ユジノサハリンスク
| ユジノサハリンスク Южно-Сахалинск | |||||
|---|---|---|---|---|---|
ユジノサハリンスク名所 | |||||
| |||||
| 位置 | |||||
ユジノサハリンスクの位置 | |||||
| 座標 : 北緯46度57分40秒 東経142度43分57秒 / 北緯46.96111度 東経142.73250度 | |||||
| 歴史 | |||||
| 開村 | 1882年 | ||||
| 旧名 | ウラジミロフカ村 豊原市 | ||||
| 行政 | |||||
| 国 | |||||
| 連邦管区 | 極東連邦管区 | ||||
| 行政区画 | |||||
| 市 | ユジノサハリンスク | ||||
| 市長 | Andrey Lobkin | ||||
| 地理 | |||||
| 面積 | |||||
| 市域 | 877 km2 | ||||
| 標高 | 40 m | ||||
| 人口 | |||||
| 人口 | (2016年現在) | ||||
| 市域 | 193,669人 | ||||
| その他 | |||||
| 等時帯 | マガダン時間 (UTC+11) | ||||
| 郵便番号 | 693000–693023 | ||||
| 市外局番 | +7 4242 | ||||
| ナンバープレート | 65 | ||||
| 公式ウェブサイト : http://yuzhno.sakh.ru/ | |||||
ユジノサハリンスク(露: Южно-Сахалинск、英: Yuzhno-Sakhalinsk、ユージュナ・サハリーンスク)は、ロシア連邦極東連邦管区サハリン州の都市で、同州の州都である[1]。
日本語では旧称である「豊原」と呼ぶこともあるが、ユジノサハリンスク市域は日本統治時代の行政区分では、豊原市、豊北村、川上村のそれぞれの一部にあたり、豊原とは区域が完全には一致していない。日本統治時代(1905年 - 1945年)は樺太庁が置かれていた。
目次
概要[編集]
人口約19万4千人(2016年)。サハリン州の州都で、州内で最大の都市である。市名は「南サハリンの町」の意。 サハリン島(樺太)の南部に位置し、東はススヤ連峰(鈴谷山脈)、西はユジノサハリンスキー山脈(樺太山脈)に囲まれた盆地(鈴谷平野)で、ススヤ川(鈴谷川)が市内を流れる。
人口のうち約2万人は第二次世界大戦前に日本統治下にあった朝鮮半島から移住していた朝鮮系元日本人が、また約2万人は第二次世界大戦後に共産圏の北朝鮮から移住・帰化した元北朝鮮人が占める。
かつてはホルムスク(真岡)まで通じていた(現在は途中駅迄)鉄道の分岐点。ロシアに存在する都市としては、唯一碁盤目状になっているが、住所表記はロシアおよび欧米全般で一般的な「~通り○番地」が用いられている。輸送機関の修理工場をはじめ、鉱山、漁業、皮革、家具などの工場の他、高等師範学校、林、工、商の各種中等学校がある。
駅前には、レーニン像が残っている。
地理[編集]
サハリン島で唯一10万人以上の人口を持つ都市。ススヤ川に臨む。外国人の島内旅行や船での航行、海岸や天然湖でのレクリエーションには連邦保安局や国境警備隊の許可が必要である。
気候[編集]
湿潤大陸性気候で、夏の最高気温は20℃前後で大陸のハバロフスクやイルクーツクより涼しく、霧が多発する。冬は最高-8℃、最低-19℃と厳寒で、年間降水量は大陸内部より多い。
| ユジノサハリンスクの気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 4.3 (39.7) |
6.2 (43.2) |
12.5 (54.5) |
22.9 (73.2) |
27.8 (82) |
30.8 (87.4) |
30.8 (87.4) |
34.7 (94.5) |
29.0 (84.2) |
22.8 (73) |
18.1 (64.6) |
7.4 (45.3) |
34.7 (94.5) |
| 平均最高気温 °C (°F) | −6.7 (19.9) |
−5.3 (22.5) |
−0.3 (31.5) |
6.9 (44.4) |
13.4 (56.1) |
17.7 (63.9) |
20.8 (69.4) |
22.4 (72.3) |
18.9 (66) |
12.2 (54) |
3.2 (37.8) |
−3.7 (25.3) |
8.3 (46.9) |
| 日平均気温 °C (°F) | −12.2 (10) |
−11.6 (11.1) |
−5.6 (21.9) |
1.7 (35.1) |
6.9 (44.4) |
11.7 (53.1) |
15.5 (59.9) |
17.3 (63.1) |
13.2 (55.8) |
6.5 (43.7) |
−1.6 (29.1) |
−8.6 (16.5) |
2.8 (37) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −17.0 (1.4) |
−17.3 (0.9) |
−10.7 (12.7) |
−2.4 (27.7) |
2.5 (36.5) |
7.5 (45.5) |
12.0 (53.6) |
13.6 (56.5) |
8.5 (47.3) |
1.8 (35.2) |
−5.4 (22.3) |
−13.1 (8.4) |
−1.7 (28.9) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −31.6 (−24.9) |
−34.8 (−30.6) |
−31.1 (−24) |
−17.3 (0.9) |
−10.0 (14) |
−2.0 (28.4) |
1.5 (34.7) |
1.0 (33.8) |
−4.2 (24.4) |
−9.0 (15.8) |
−22.6 (−8.7) |
−29.0 (−20.2) |
−34.8 (−30.6) |
| 降水量 mm (inch) | 49 (1.93) |
37 (1.46) |
49 (1.93) |
59 (2.32) |
67 (2.64) |
51 (2.01) |
83 (3.27) |
110 (4.33) |
114 (4.49) |
99 (3.9) |
81 (3.19) |
62 (2.44) |
861 (33.9) |
| 降雪量 cm (inch) | 49.3 (19.41) |
58.1 (22.87) |
54.6 (21.5) |
30.2 (11.89) |
7.3 (2.87) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
5.2 (2.05) |
11.7 (4.61) |
21.9 (8.62) |
238.3 (93.82) |
| 平均降雨日数 | 0.3 | 0.4 | 2 | 9 | 17 | 17 | 20 | 19 | 19 | 18 | 9 | 2 | 132.7 |
| 平均降雪日数 | 25 | 24 | 24 | 13 | 3 | 0.1 | 0 | 0 | 0 | 4 | 20 | 26 | 139.1 |
| % 湿度 | 83 | 81 | 78 | 76 | 77 | 83 | 86 | 86 | 83 | 80 | 81 | 83 | 82 |
| 平均月間日照時間 | 133.9 | 142.3 | 186.0 | 194.4 | 200.9 | 208.3 | 171.1 | 156.2 | 187.2 | 163.7 | 115.2 | 100.8 | 1,960 |
| 出典 1: Pogoda.ru.net[2] | |||||||||||||
| 出典 2: [3] | |||||||||||||
人口[編集]
| 人口 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1885 | 1895 | 1920 | 1925[4] | 1935[5] | 1959[6] | 1962[7] |
| 57 | ↗130 | ↗14 176 | ↗15 280 | ↗28 459 | ↗85 510 | ↗86 000 |
| 1967[7] | 1970[8] | 1973[7] | 1975[9] | 1976[10] | 1979[11] | 1982[12] |
| ↗92 000 | ↗105 840 | ↗120 000 | ↗130 000 | →130 000 | ↗139 861 | ↗150 000 |
| 1985[13] | 1986[10] | 1987[14] | 1989[15] | 1990[16] | 1991[10] | 1992[10] |
| ↘147 000 | ↗152 000 | ↗166 000 | ↘159 299 | ↗178 000 | ↘164 000 | ↗165 000 |
| 1993[10] | 1994[10] | 1995[13] | 1996[13] | 1997[17] | 1998[13] | 1999[18] |
| →165 000 | ↘162 000 | ↗177 000 | ↗178 000 | ↗181 000 | ↘177 000 | ↗179 900 |
| 2000[19] | 2001[13] | 2002[20] | 2003[7] | 2004[21] | 2005[22] | 2006[23] |
| ↘179 200 | ↘176 200 | ↘175 085 | ↗175 100 | ↘174 200 | ↘173 600 | ↘173 400 |
| 2007[24] | 2008[25] | 2009[26] | 2010[27] | 2011[28] | 2012[29] | 2013[30] |
| ↘173 200 | ↗173 800 | ↗174 722 | ↗181 728 | ↘181 651 | ↗186 267 | ↗190 227 |
| 2014[31] | 2015[32] | 2016[33] | ||||
| ↗192 734 | ↗192 780 | ↗193 669 | ||||

歴史[編集]
- 1945年8月 - 日ソ中立条約を破棄して侵攻したソ連軍(赤軍)が豊原を爆撃後、占領。
- 1946年2月 - ソ連、南樺太を自国へ編入する事を宣言。
- 1946年6月 - 豊原をユジノサハリンスクに改称。
- 1947年4月 - サハリン州の州都をアレクサンドロフスク・サハリンスキーからユジノサハリンスクへ移転。
- 1953年8月2日 - ユジノサハリンスク市内のソ連諜報機関施設にて諜報工作員教育を受けていた南樺太残留日本人「関三次郎」、同機関の命令により従事させられていた対日諜報が発覚し、逮捕(ラズエズノイ号事件)。
- 1967年11月10日 - 北海道旭川市と友好都市締結。
- 1970年 - ウラジミール・レーニン生誕100年を記念し、レーニン広場にレーニン像が設置される。
- 1989年 - ペレストロイカ政策およびグラスノスチ政策を受けて、海外観光客の訪問も可能となる。
- 1990年8月20日 - 当時3歳だったコンスタンティン・スコロプイシュヌイ君が自宅で大火傷。同年9月8日、来日し治療開始。同年11月23日、退院・帰国。
- 1992年 - サハリン州にて電話帳の発行・設置が解禁。
- 1997年9月27日 -北海道函館市と姉妹都市締結。
- 1998年1月 - ロシア全土に波及していたハイパーインフレ対策として、通貨ルーブルの大幅デフレ(1000分の1)実施。
- 2001年1月 - 日本外務省が、ユジノサハリンスクに総領事館を設置。
- 2001年9月9日 - 北海道稚内市と友好都市締結。
- 2003年8月20日 - サハリン州イーゴリ・ファルフトディーノフ知事(当時)および同州行政府職員一行、飛行機墜落事故に遭い、死去。解説HP
- 2015年3月4日 - サハリン州ホロシャビン知事(当時)、収賄容疑で逮捕・更迭。急遽、隣接自治体首長であったアムール州コジェミャコ知事(当時)がサハリン州知事代行も兼任。
交通[編集]
航空[編集]
郊外南西にあるホムトヴォ国際空港(旧:豊原大澤飛行場)で、ロシア国内の主要都市および(日本を含む)周辺国の都市と接続している。
ロシア国内[編集]
直行便はモスクワ、ブラゴヴェシチェンスク、ハバロフスク、ウラジオストク。本空港を経由地としているのは、国後島(メンデレーエフ空港)、択捉島(ヤースヌイ空港)、オハ、シャフチョルスク、ノグリキ。
日本[編集]
日本の間では、オーロラ(旧・サハリン航空)により新千歳空港、ヤクーツク航空により成田国際空港の間に定期便がある。かつては函館空港との定期便も存在した。
その他[編集]
ソウル、ハルビン(運休中)、プーケット(プーケット国際空港)。
海上[編集]
南にある近郊都市コルサコフ市(旧大泊)の港湾施設 - 稚内(日本)間との間を行き来する稚泊連絡船ペンギン33(HSLによる船体内部紹介HP)が2017年9月21日迄の夏季期間中、サハリン州の船舶会社サスコ社による運行で就航していた(日本側の窓口はHSL北海道サハリン航路株式会社が担当)。以降の航路再開については現在も調整が続いている。航路利用に限り、8日間までの電子ビザをロシア外務省の特設サイト[1]から請求できる。島西岸のホルムスク港からはロシア本土へのフェリーが運行されている。
2015年迄は、より船体規模も大きく設備も充実していた稚泊連絡船アインス宗谷(ハートランドフェリー)が就航(4月から12月までの限定。船内施設解説HP)していた[34]。
1989年には、旧ソ連側の運行により、サハリン9号が同航路に就航。
鉄道[編集]
ユジノサハリンスク駅の入り口玄関は東口のみ。
2000年代前半頃迄には、シネゴルスク・サナトリウム(旧川上温泉)行き専用列車「マトリサ号」が運行していた。
1994年に発生した宝台ループ線トンネル内崩落の復旧が見送られた為、サハリン州第二の都市「ホルムスク(旧真岡)」間の鉄道路線は1995年に廃止されている。
バス[編集]
開業は1946年3月20日。現在はユジノサハリンスク駅東口前のレーニン広場南縁西端にバスセンター施設(解説HP)があり、各路線別に料金は一律化されている。循環線はバス車体ではなくマイクロバス車体(マルシュルートカ)で運行。解説HP1、解説HP2
主なバス路線[編集]
- 63番:(後述の大型ショッピング・モール「シティモール」経由)ホムトヴォ空港行。
- 7番、19番、20番、45番:市内循環線。途中、ガガーリン公園に寄るのは、7番・19番・20番。V.I.記念広場(勝利広場)に寄るのは、7番。
- 115番:コルサコフ(旧:大泊)行。
官公署・公的機関[編集]
- ユジノサハリンスク市役所 - 旧豊原市役所建物(サハリン州所有ビジネスビル「サフィンツェントル別館」)の再利用ではなく、別の場所に立地。建物外見デザインは、後述のサフィンツェントル本館に瓜二つ。
- ユジノサハリンスク郵便局 - 旧豊原郵便局建物(アールデコ建築様式。現存せず)跡地に別の建物を立地。
- ユジノサハリンスク拘置所(旧札幌刑務所樺太支所)
- サハリン州庁舎
- サハリン州立図書館 -後述のサハリン州立美術館(旧北海道拓殖銀行豊原支店)東方向に隣接。
- サハリン州汎用学術図書館
- ロシア陸軍軍事裁判所(旧樺太守備隊司令官官舎)
- ロシア将校会館 - 旧豊原中学校建物(現存せず)跡地に別の建物を立地。
医療機関[編集]
日本国外務省が発表した『世界の医療事情「ロシア(ユジノサハリンスク)」』にて、詳細がネット公開されている。
文化[編集]
マスメディア[編集]
新聞[編集]
- ガジェタ カピータル・エクスプリェス(ロシア語表記「Газета «Капитал Экспресс»」。「首都特急新聞」のロシア語訳)
- ガジェタ サハリンスキーイェ・ヴェダマスチー(ロシア語表記「Газета «Сахалинские ведомости»」。「サハリン住民発言新聞」のロシア語訳)
- ガジェタ ティェリェミール(ロシア語表記「Газета «ТелеМир»」。「世界通信新聞」のロシア語訳)
- ガジェタ ユージュナ・サハリンスク・シェゴードニャー(ロシア語表記「Газета «Южно-Сахалинск сегодня»」。「『今日のユジノ・サハリンスク』紙」のロシア語訳)
- ガジェタ ルィバク・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «Рыбак Сахалина»」。「サハリン漁師新聞」のロシア語訳) - 1983年創刊。漁業関係機関に設立された業界紙。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約2万。
- ガジェタ グビェルンスキーイェ・ヴェードモスチー(ロシア語表記「Газета «Губернские ведомости»」。 「サハリン州公報新聞」のロシア語訳) - 1991年創刊。サハリン州政府が発行。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約1万。
- ガジェタ ハラシャヤー・ガジェタ・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «Хорошая газета Сахалина»」。「サハリン新聞」のロシア語訳)
- ガジェタ フ・カジュドゥイ・ドーム・サハリーナ(ロシア語表記「Газета «В Каждый дом Сахалина»」。「『サハリンの全ての家で』新聞」のロシア語訳)
- ガジェタ サヴィェートスキーイ・サハリン(ロシア語表記「Газета «Советский Сахалин»」。「サハリン同盟新聞」のロシア語訳)
- ガジェタ スヴァボードヌィイ・サハリン(ロシア語表記「Газета «Свободный Сахалин»」。「自由サハリン新聞」のロシア語訳) - 1990年創刊。サハリン州議会とユジノサハリンスク市議会が共同発行。週1回発行。1994年7月時点での発行部数は約1万1千。
- フリー・サハリン・ニュース - 上記「ガジェタ スヴァボードヌィイ・サハリン」の英字新聞版。1993年創刊。
- ガジェタ フ・ショードゥリャー・ヴシェフ(ロシア語表記「Газета «Всё для Всех»」。「『全ては皆の為』新聞」」のロシア語訳)
- ガジェタ カムサモーリスカヤー・プラヴダ・ナ・サハリーニェ(ロシア語表記「Газета «Комсомольская правда на Сахалине»」。「サハリン共産主義者真実新聞」のロシア語訳)
- ガジェタ エムカー・ナ・サハリーニェ(ロシア語表記「Газета «МК на Сахалине»」。「サハリンMK新聞」のロシア語訳)
- セ・コリョ・シンムン(「新高麗新聞」) - 1949年創刊。在樺コリアン向けにサハリン州議会が発行。ハングル語使用。1994年7月時点での発行部数は約3千。
- オーストロフ・ソクロビシチ(「宝島」のロシア語訳) - 1991年創刊。ユジノサハリンスク市開基110周年記念の子供新聞。記事の作成および投稿者は、市内在住の小中学生。
地域ローカル雑誌、タウン情報誌[編集]
- ガロードスコイ・インフォルマチオンニイ 2ゲーイーエス(ロシア語表記「Городской информационный справочник «2ГИС»」。「都市情報ガイド『2GIS』」のロシア語訳) - 2013年 4月1日創刊。
- アフトモビーリヌイイ・ジュルナル ナ・ウリーチャフ・ガローダ(ロシア語表記「Автомобильный журнал «На улицах города»」。「自動車雑誌『街の街』」のロシア語訳) - 2010年創刊。
- イェジェミェシャーチュヌィイー・ジュルナル アサバイェー・ムニェニーイェー(ロシア語表記「Ежемесячный журнал «Особое Мнение»」。「月刊誌「特別意見』」のロシア語訳)
- ジュルナヤー ジェラヴァイー・ユージュナ・サハリンスク(ロシア語表記「Журнал «Деловой Южно-Сахалинск»」。「雑誌『商業サハリン』」のロシア語訳) - 2007年創刊。
- ジュルナヤー サブィチーヤー・サハリーナ(ロシア語表記「Журнал «События Сахалина»」。「雑誌『サハリンの出来事』」のロシア語訳)
- ピェギーアナリナイェー・イーンフォルマチーアンナイェ・アギェーントストヴァ サハリン・クリールィ(ロシア語表記「Региональное информационное агентство «Сахалин-Курилы»」。「地域情報機関誌『サハリン・クリル諸島(旧千島列島)』」のロシア語訳)
- テーイーアー アストローヴァ(ロシア語表記「ТИА «Острова»」。「TIA 『諸島』」のロシア語訳)
- ガジェタ アルグメントゥイ・イ・ファクトゥイ(ロシア語表記「Газета Аргументы и факты」。「新聞の議論と事実」のロシア語訳)。2008年時点における発行部数は約300万部。
地上波テレビ放送[編集]
地域ローカル局[編集]
- オーテーヴェー サハリン・イ・クリールィ(ロシア語表記「ОТВ - Сахалин и Курилы」。「Oテレビ サハリン・クリル諸島」のロシア語訳) - 公式HP(グーグル翻訳を介した日本語訳表示)
全国ネット局系列[編集]
ロシア東西にて10種類に区分されている放送用時間帯(国内時差とは別物)の内、「第1地域」に分類され、首都モスクワとの時差は(日本とモスクワとの時差より更に1時間多い)7時間もあるサハリン州ユジノサハリンスク市においては、モスクワと同じタイムテーブルの番組をそのまま放送する訳にはいかず、(一般人には開放していない)国内各遠隔地向け衛星回線や同用途の地上マイクロ通信回線を通じてキー局より一度受信・デジタル録画。その後、各地の配列局が各自担当する放送時間帯に合わせてタイムテーブルを調整し再送放送している。
全国放映能力を有していた旧ソビエト時代の国営放送の内、様々な紆余曲折を経て生き残ったロシア版三大ネットワークTVとも言うべき下記局が挙げられる。
- ロシア1 - ソ連崩壊前に、エリツィン大統領が末期ソ連政府公共放送「チャンネル1」に対抗する目的・意図を以つ「当時ソ連構成国で最大であったロシア共和国」版公共放送として改組した。「Program Three」を発祥とし、その後「All-Union Program Two」→「All-Union Television 2」→「All-Union Channel 2」→「RTR」→「RTR1」→「RTRロシア」を経て、現局に至る。ネット放送(ビデオオンデマンド(極東地域向け))
- チャンネル1 - 「Soviet Central TV」を発祥とし、その後「Soviet Television Channel 1」→「Soviet Television Network 1」→「Ostankino Channel 1」→「Public Russian Television」を経て、現局に至る。旧ソ連時代から現ロシア連邦初期に至る長い年月の中で、事実上のフラグシップTV局であった。ネット放送(ライブストリーミング)
- エヌテーヴェー(ロシア語表記「НТВ」) - 局名の先頭文字である「Н」は「Независимое (独立)」「Новое (新しい)」「Наше (我々の)」 等の意味が込められ、その名の通り、政府に批判的なニュースや報道で人気を博したが、近年ではプーチン政権の圧力に屈し、報道番組は激減。その為、政治要素の薄い娯楽系ロシア映画作品が放送の大半を占めている。「Program 4」を発祥とし、その後「Network 4」→「National Channel 4」→「Channel 4 Ostankino」を経て、現局に至る。ネット放送(ライブストリーミング)
ラジオ放送[編集]
FMラジオ[編集]
放送時間帯「第1地域」に準拠した番組タイムテーブル再編成および再送については、「地上波テレビ放送」全国ネット局系列で述べた事情と同じ(「デジタル録画」ではなく「デジタル録音」)。
ユジノサハリンスク・ラジオ放送局(旧日本放送協会豊原放送局)より送信。
下記放送の幾つかは、ライブストリーミング方式にてネット配信もされている。ネット放送HP
| 周波数 (MHz) |
放送局名 | キー局 | 備考 | ネット放送 |
|---|---|---|---|---|
| 87,90 | アフト・ラジオ(ロシア語表記「Авторадио」) | 同一局 | 「自動ラジオ」のロシア語訳 | - |
| 88,30 | リェートロFM(ロシア語表記「Ретро FM」) | 同一局 | 「懐古FM」のロシア語訳。旧ソ連時代の若者向けラジオ放送局「リェートロ・ラジオ」が発祥。 | http://retrofm.ru/online/player.php |
| 88,90 | ラジオ・ピェーカルド(ロシア語表記「Радио Рекорд」) | 同一局 | 「エアチェック・ラジオ」のロシア語訳 | - |
| 89,90 | ルースカイェ・ラジオ(ロシア語表記「Русское радио」) | 同一局 | 「ロシア・ラジオ」のロシア語訳 | - |
| 101,70 | ラジオ・シャンソーン(ロシア語表記「Радио Шансон」) | 同一局 | 「シャンソン・ラジオ」のロシア語訳 | - |
| 102,50 | エヴローパ・プリュース(ロシア語表記「Европа Плюс」) | 同一局 | 「欧州プラス」のロシア語訳 | http://retrofm.ru/online/player.php |
| 102,90 | ロックFM(ロシア語表記「Rock FM」) | 同一局 | 「ロックFM」のロシア語訳 | - |
| 103,50 | ラジオ・マヤーク(ロシア語表記「Радио Маяк」) | 同一局 | 「ビーコン無線」のロシア語訳 | - |
| 104,40 | シティ・サハリン(もしくは「シチー・サハリーン」(ロシア語表記「Сити Сахалин」)) | ラヴ・ラジオ(ロシア語表記「Love Radio」。「愛情ラジオ」のロシア語訳 | かつての旧王子製紙豊原工場敷地の一角に立地。公式HP(ロシア語) | http://www.loveradio.ru/player.htm?region=26711# |
| 105,10 | グプラン・ラジオ・ダーチャ(ロシア語表記「план Радио Дача」) | 同一局 | 「別荘(ダーチャ)計画ラジオ」のロシア語訳 | - |
| 105,50 | ラジオACTB(ロシア語表記「Радио АСТВ」) | 同一局 | 「ACT無線」のロシア語訳 | - |
| 106,00 | ラジオ・ロッシイー(ロシア語表記「Радио России」) | 同一局 | 「ロシア・ラジオ」のロシア語訳 | - |
| 106,50 | ダロージュナイェ・ラジオ(ロシア語表記「Дорожное радио」) | 同一局 | 道路ラジオ」のロシア語訳 | http://retrofm.ru/online/player.php |
| 107,20 | ヴェスティーFM(ロシア語表記「Вести FM」) | 同一局 | 「ニュースFM」のロシア語訳。全国ネットTV局の一つ「ロシア1」のFMラジオ放送部門。 | - |
AMラジオ[編集]
夜間には、稚内ラジオ中継局からの中波放送(NHKラジオ第1放送、NHKラジオ第2放送、STVラジオ、HBCラジオ)が鮮明に受信出来る。
| 周波数 (kHz) |
放送局名 | 呼出符号 | 空中線 電力 |
放送対象地域 | (日本国内における)放送区域 内世帯数 |
開局日 | ネット放送 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 927 | NHK 旭川第1 |
なし | 1kW | 道北圏(上川・留萌・ 宗谷・北空知) |
約2万6500世帯 | 1947年 3月21日 |
http://radiko.jp/#!/live/JOIK |
| 1197 | STV ラジオ |
北海道 | 1986年 11月6日 |
http://radiko.jp/#!/live/STV | |||
| 1368 | HBC 北海道放送 |
JOTS | http://radiko.jp/#!/live/HBC | ||||
| 1467 | NHK 旭川第2 |
なし | 全国 | 1953年 3月29日 |
http://radiko.jp/#!/live/JOAB |
教育[編集]
大学[編集]
- サハリン国立総合大学(Сахалинский государственный университет、略称「СахГУ」。旧「ユジノサハリンスク教育大学」→現校名) - 道都大学、稚内北星学園大学、天理大学の提携校。
- ユジノサハリンスク経済法律情報大学 - 釧路公立大学の提携校。
- プレハーノフ記念ロシア経済アカデミー(旧「モスクワ商科大学」→旧「モスクワ国民経済大学」→旧「モスクワ経済大学」→現校名)ユジノサハリンスク分校
専門学校[編集]
- ユジノサハリンスク市総合技術専門学校
- ユジノサハリンスク市中央音楽学校
- サハリンスキーカレッジイスクーストフ(Сахалинский колледж искусств) - 「サハリンアートカレッジ」のロシア語訳が校名。解説HP
- 現代人道支援アカデミー(Современная гуманитарная академия)
その他[編集]
- 児童館子供と青年の創作活動の家(その他の呼称として「子供の宮殿」「チルドレンズ・クリエイティビティ・パレス」等) - 後述のチェーホフ・センター一角に立地する児童向け課外活動教育施設。旧ソ連時代、全土に置かれたピオネール宮殿のユジノサハリンスク支部建物を(一時期は映画館施設「プリミエル」に転用の後)再び児童館施設として復帰。運動施設(コマンドサンボ、柔道、器械体操)や文化教育施設(絵画、彫刻、チェス、裁縫、ダンス)、その他、児童劇団公演ステージ等。夏季にはサマーキャンプも企画・開催される。
スポーツ[編集]
- サッカー
- FCサハリン・ユジノサハリンスク - 1969年創設。ホームスタジアムは(勝利広場内にある)屋外サッカー場「スパルタク・スタジアム。1992年(当時、ピーク人口5万1800人を迎えていた)同州都市ホルムスク(旧真岡町)に一度ホーム移転(チーム名称も「FCポルトヴィク・エネルギア・ホルムスク」に改名)していたが、2004年より再びユジノサハリンスク市にホーム復帰。2011年にはロシア全体の3部リーグに当たるロシア・セカンドディビジョンに所属。
- プロアイスホッケー
- PSKサハリン - チーム創設は2013年。2014-15シーズンよりアジアリーグアイスホッケー参入。ホームリンクは多目的屋内型スポーツ施設アイスパレスクリスタル。旧称は「サハリンシーライオンズ(「シーライオン」とはアシカの英訳)」および「HCサハリン」。
- 女子バレーボール
- PSK「サハリン」 - チーム創設は2012年。前述のアイスホッケークラブおよび後述のバスケットボールチームと経営会社およびホームスタジアムは同一。2016年4月、ロシア2部リーグ「ロシアAリーグ」で優勝を果たし、ロシア1部リーグ「ロシア・バレーボール・スーパーリーグ」に昇格。
- プロバスケットボール
- サハリン - 前述のアイスホッケークラブおよび女子バレーボールチームと経営会社およびホームスタジアムは同一。ロシア1部リーグ「ロシア・バスケットボール・スーパーリーグ」男子ディビジョンA昇格を視野に設立。
宗教施設[編集]
キリスト教(ロシア正教会)[編集]
グーグルマップ「русская православная церковь Южно-Сахалинск」の参照も推奨。
- 復活主教座聖堂(サボール・ヴォスクレセニヤ・フリストヴァ(Собор Воскресения Христова)) - 2016年に竣工。ガガーリン記念文化公園内(カムサモーリスカヤー通り(旧東11条通り)およびカムニスチーチェスキー通り(旧神社通り)が交差する南西角。かつて共産党関連施設が集積していたチェーホフセンター向かい)にて建立された。解説HP、グーグルストリートビュー画像
- キリスト降誕聖堂(サポール・ロシュデストヴァ・フリストヴァ(Собор Рождества Христова)) - 勝利広場に建設。高さは同国極東地域では最大の約70m。グーグルストリートビュー画像(撮影当時はまだ建設中)
- サンクトペテルブルク「至福のクセニア」教区教会(プリホド・ブラジェンノイ・クセニイ・ペテルブルグスコイ(Приход Блаженной Ксении Петербургской)) - 1988年、約5,000人以上居るロシア正教会聖人に加えられたサンクトペテルブルク出身女性「クセニア・ペトロフスカ」を祀っている。解説HP(上から4番目)、グーグルストリートビュー画像
- 高位聖職者インノケンティウス・モスクワ高名教会(フラム・ヴォ・イーミャ・スヴァチチェリャ・インノケンチヤ・ミトロポリタ・モスコフスコヴォ(Храм во имя Святителя Иннокентия митрополита Московского)) - ロシア正教会およびカトリック教会で聖人とされるローマ教皇インノケンティウス1世を祀っている。グーグルストリートビュー画像
- スモレンスク聖堂(フラム・スモレンスコイ・イコニ・ボジエイ・マテリ(Храм Смоленской иконы Божией Матери)) - 主に生神女(イエスの母マリア)を祀っている。市内北東部地域(レーニナ通りとススヤ川の交差近辺)に立地。ユジノサハリンスク市内に立地するキリスト教関連施設としては最も古い歴史があり、開所前夜には(サハリンを訪れていた)作家チェーホフも牧師達と一緒にここで一夜を過ごしていたとされている。グーグルストリートビュー画像
- 聖ニコライ聖堂(サラム・スヴャティテリャー・ミーコラヤー(Храм святителя Николая))
キリスト教(カトリック)[編集]
- ユジノサハリンスク・カトリック教会(カトリチェスキャー・ツェエルコブィ・ユージュナサハリンスク(Католическая церковь в Южно-Сахалинске))
キリスト教(プロテスタント)[編集]
- 複音の家パブテスト教会(ドム・エヴァンゲリヤ(Дом Евангелия)) - グーグルストリートビュー画像、立地場所(グーグルマップ)
日本統治時代に建てられた宗教施設[編集]
2000年代半ば前後および2010年代半ば前後に、神奈川大学が訪露。現地で現況を調査し、下記論文をまとめている(両論文共にネット上で公開)。
- 神奈川大学論文「人類文化研究のための非文字資料の体系化, 01: 126-157『旧樺太(南サハリン)神社跡地調査報告(2004年3月)』(共著:冨井正憲、藤田庄市、中島三千男)
- 神奈川大学論文「年報 非文字資料研究, 11: 125-138『09 サハリンにおける「カラフト」期の日本文化・歴史遺産を保存し利用するという視点からの神社遺構の現況について(2015年3月20日)』(共著:サマリン・イーゴリ・アナトーリエビッチ、遠坂創三、前田孝和)
神道系[編集]
- 旧官幣大社樺太神社 - 当時の建造物は全て解体撤去されており、跡地には1963年に建てられたコンクリート製3階建て洋館(旧ソ連時代に建てられた共産党幹部専用迎賓館。ペレストロイカを機に市営ホテル「ゴルカ」となり、現在は会社事務所となっている)と、建造時期や建造目的がはっきりとしていない宝物殿風デザインのコンクリート製高床式建造物が残っている[35]。管理は事実上放棄状態に近く、内部は心無い落書きで荒らされている。他の詳細については、ロケットニュース24による現況解説記事を参照の事。
- 旧樺太護国神社 - ゴーリコヴァ通り沿い(栄光広場 - 勝利広場 間のほぼ中間)にある(1960年代に建設された)ユジノサハリンスク市立病院後庭に近接。建物は残っていないが、階段・基壇・土台は残っており、同病院正面右入り口に燈籠らしき(「奉納/佐々木時蔵/昭和十年」と彫られた)石台が残っている。前述病院建物の中で伝染病隔離病棟が最も近い事もあり、市民から忌避されてきた為、然程荒らされていない。立地場所(グーグルマップ)
- 旧鼎社豊原神社樺太招魂社 - 神社跡地を偲ばせる形跡は(敷地を斜めに流れる小川「リカ・ロガトカ(旧玉川)」支流を除き)地面に埋没した礎石および二本の樹木(松とマロニエ)以外、一切残っていない。戦後すぐにコンクリート製2階建ての保育園が建設・開園。2000年代前半頃に死体検死所となり、現在は文房具店「カンツ・ビュロ(Канц-Бюро)」が立地している。グーグルストリートビュー画像
- 旧北辰神社 - 跡地には、正面玄関形状が赤い鳥居風(赤い東洋風屋根も装飾されている)のゲオログホテル(ロシア語表記「Геолог Гостиница」)が立地している。実際に鳥居や石段を再利用したのかは不明。グーグルストリートビュー画像
仏教系[編集]
- 旧法恩寺
- 旧慈恵院
- 旧日蓮寺
- 旧乗願寺 - 1974年頃迄には、地区郵便局建物として利用されていた。
- 旧弘法寺 - 1974年頃迄には、住居として利用されていた。
- 旧景行寺 - 建物は現存せず、跡地に家具・建築資材店「ドム・メーベリ」立地。
その他[編集]
- 共同墓地 - 中心部より南方。路線バスで約40分程。墓地内には墓参者向けのベンチやテーブルも設置されている。
- 奥にある日本人墓地は容易に乗り越えられない程の高さがある(黒色塗装金属製の檻の様な)塀で囲っている。
- グーグルマップで同墓地を検索すると、神社の鳥居画像が併せて表示されるが、その様な建造物は此処には存在していない。
観光[編集]
公園[編集]
- レーニン広場(旧豊原駅前広場) - ユジノサハリンスク駅東口前にある公園施設(広さは200m☓100m)。噴水と(旧ソ連時代の巨匠彫刻家エフゲニー・ブチェティチ作品である)レーニン像の他、芝生や植樹が整備され、複数のベンチ椅子も配置される等、都心型公園の体裁を整えている。
- 広場内にある橋の欄干には、アベックが縁起を担いで施錠したと思われる鍵が多数、付けられている。解説HP
- ガガーリン記念文化公園(旧御大典記念豊原市民公園) - ユジノサハリンスク駅より東方1km程(中心部より500m程)先に立地。下記施設の他、キオスクや喫茶施設も設置。
- 旭川公園 - 姉妹都市として提携している北海道旭川市に因み命名。レーニナ通り沿い(駅東口より南方向)の東方向裏手通りに立地。グーグル・ストリートビュー画像北東角、南西角、南東角、北西角
- クルゼンシュテルナ公園 - サハリーンスカヤ通り(旧真岡通り)沿い(旧私立藤川実践女学校跡地)に立地。1906年7月にサハリン島北端および千島列島を探検(解説HP)したロシア海軍提督アーダム・ヨハン・フォン・クルーゼンシュテルンを記念に造られた。(グーグル・ストリートビュー画像)
- 映画コンサートホール「キノ・テアトル・アクチャブリィ」手前公園 - 解説HP
- 栄光広場(旧官幣大社樺太神社鳥居前広場) - ミュージアム施設「軍事技術博物館」が建っている。スケートボードに興ずる青少年が多く集まる。(グーグル・ストリートビュー画像)
- 勝利広場 - 「V.I.記念広場」とも呼称され、サッカー競技場「スパルタク・スタジアム」やロシア正教会「キリスト降誕聖堂」、その他、ミュージアム施設「マヤ・イストーリア博物館」「パペーダ博物館」が建っている。
- ゴールヌィ・ヴォーズドゥフ展望台(旧旭ヶ丘展望台) - ロシア語で「山の空気」を意味する名が付いている。近年、麓が観光経済特区に指定されている。
ミュージアム、演劇場、映画館[編集]
- サハリン州立ユジノサハリンスク郷土史博物館(サハリンスキー・オブラスノイ・クラィエヴエチェスキー) - かつて前州都「アレクサンドロフスク・サハリンスキー」にあった歴史博物館機能および陳列品も吸収統合している。1990年には同館内にあったチェーホフ・コーナーが(同じ市内にある「チェーホフ『サハリン島』記念館」にではなく)逆にアレクサンドロフスク・サハリンスキーにあるチェーホフ記念施設へ移設されている。解説HP
- 庭 - 九五式軽戦車が野外展示されている。
- サハリン州立美術館(中国語: 萨哈林州美术馆) - 前述のレーニン広場東縁沿いを南北に伸びるレーニナ通り(旧豊原大通り)沿いに立地する旧北海道拓殖銀行豊原支店建物(新古典主義建築)建物を流用。収蔵点数は約1万4000点を誇り、近現代美術作品の他、イコン画や北方少数民族の生活用品・工芸品を展示。解説HP、グーグル・ストリートビュー画像
- 勝利広場内
- マヤ・イストーリア(ロシア語で「私の歴史」)博物館 - 2015年開館。古代から現代に渡るロシア全土の歴史を網羅。
- パペーダ(ロシア語で「幾つかの勝利」)博物館 - 2015年開館。第二次世界大戦終戦直後に行われた北方領土侵攻作戦の成功を記念。「占守島の戦い」再現ジオラマも展示。
- サハリン鉄道歴史博物館 - ユジノサハリンスク駅およびホテルユーラシア北隣りに立地。機関車が動体保存展示。解説HP、グーグル・ストリートビュー画像
- 栄光広場内
- 軍事技術博物館
- 地質博物館
- サフィンツェントル本館(もしくは「サヒンセンター」「貿易センタービル」) - コンベンション・センター施設も兼ねたサハリン州所有の7階建て巨大ビル。海外観光客向けの物産土産物販売コーナーも附設。2005年には、前庭にてTHE BOOMが野外コンサートを開催。
- チェーホフ・センター - ロシアの劇作家・短編小説家「アントン・チェーホフ」を偲び、記念に建造された屋内文化施設群。中心部をユジノサハリンスク駅よりガガーリン記念文化公園手前まで東西を横断するカムニスチーチェスキー通り(旧神社通り)とカムサモーリスカヤー通り(旧東11条通り)が交差する角地に立地。現在は全ての世代の市民・観光客に門戸が開かれた文化娯楽施設集積地区だが、かつて旧ソ連時代においては(アントン・チェーホフ記念施設以外は)ピオネールなど完全選抜制の共産党青少年組織向け施設群や共産党員専用ホテル「ラーダ」(現インターナショナル・ビジネスセンター・ホテル。解説HP)が立地していた。
- チェーホフ『サハリン島』記念館(もしくは「チェーホフ・ミュージアム) - 解説HP
- A.P.チェホフ記念サハリン国際ドラマ劇場 - 旧樺太庁豊原高等女学校(建物は現存せず)跡地に立地。
- 児童と若者用劇場
- コンサートホール「カプリチオ(ロシア語で「狂想曲」「奇想曲」の意味)」
- 児童館施設チルドレンズ・クリエイティビティ・パレス児童演劇場 - かつては旧ソ連時代の「ピオネール宮殿ユジノサハリンスク支部」建物を2000年より映画館プリミエル(ロシア語で「主役」)として運営していたが、現在は再び児童館施設に戻されている。
- カムサモーリェッツ映画館 - 前述のレーニナ通りおよび(前述のカムニスチーチェスキー通りに北方向に四区画置いて並行し、東西に伸びる)サハリーンスカヤ通り(旧真岡通り)が交差する角地(後述のサハリンデパート北方向向かい)に立地するロシア語吹替専門映画館。旧ソ連時代は共産党青年組織「コムソモール」施設「若者文化センター・コムソモール」。
- 映画コンサートホール「キノ・テアトル・アクチャブリィ(ロシア語で「10月の映画館」)」 - 隔年1月下旬にて、「日本映画祭 in サハリン」が在ユジノサハリンスク日本総領事館主催で開催される。旧ソ連時代は共産党少年組織ピオネールの下位組織「オクチャブリャータ」施設。
- 人形劇専用劇場「奇跡の島」 - 前述の「映画コンサートホール「キノ・テアトル・アクチャブリィ」裏手に立地。
- 他の市内映画館としては、後述の大型ショッピングモール「シティモール」3Fフロア内映画館、後述の複合型商業施設パノラマホテル映画館がある。
スポーツ観戦施設、健康施設[編集]
- 州立大型温水プール施設「アクア・シティ」(もしくは「アクヴァ・シチ」。ロシア語表記「АКВА СИТИ」) - 2018年9月、市内中心部より南方へ約4km離れたミーラ大通(旧東8条通り)沿いに開業予定。完成予想CG動画
- 移動テントサーカス - 前述の復活主教座聖堂の隣接地にて夏季期間のみ開催。
- ガガーリン記念文化公園(旧豊原市民公園)内スポーツ施設
- 観光経済特区「ゴールヌィ・ヴォーズドゥフ」内施設 - 主にルスツ・リゾートと提携。
- ゴールヌィ・ヴォーズドゥフ・スキー場(旧旭ヶ丘綜合スキー場) - 1995年頃迄には盛況であったが、個人経営者による民営化を機に(ロシアン・マフィアの暗躍により市内で凶悪犯罪が多発していた2000年前後にかけて)ロッジ施設が3回も全焼する被害に見舞われ、その影響で経営不振に陥り、以後暫くは廃墟同然であった。[36]その後、再整備されて再開。現在は政府等の経済支援を受け、2008年初冬より最新鋭のゴンドラリフト等も設置されて賑わいを取り戻している
- ほのかユジノサハリンスク支店 - 北海道大手のスーパー銭湯チェーン「丸新岩寺」および同社ロシア現地法人「ほのかサハリン」による合弁経営。ゴールヌィ・ヴォーズドゥフ展望台(旧旭ヶ丘展望台)麓に置かれた観光経済特区にて2018年中に開業予定。解説HP1
- 勝利広場内スポーツ施設
- 屋外サッカー競技場スパルタク・スタジアム - 1969年~1993年および2004年以降、FCサハリン・ユジノサハリンスクのホームスタジアムとなっている。グーグル・ストリートビュー画像
- 多目的屋内型スポーツ施設アイスパレスクリスタル - アイスホッケークラブ「PSKサハリン」のホームリンクとしてだけでなく、同名のバスケットボールチームおよび女子バレーボールチームのホームスタジアムとしても氷を張らずに兼用されている。収容可能人数は約1,100人。後述の大型ショッピングモール「スタリッツァ」近隣に立地。氷を貼らずに屋内運動場としても利用可能。解説HP、グーグル・ストリートビュー画像
- 屋内スケート場アレナ・シチ - 後述の大型ショッピングモール「シティモール」北西近隣地に立地。グーグル・ストリートビュー画像
- 屋内体育館「ヴァストーチナヤー・ギームナジーヤー」(「Восточная Гимназия」。ロシア語で「東部体育館」) - 旧樺太公立豊原第三国民学校。グーグル・ストリートビュー画像
- 屋内体育館「ギームナジーヤー No.2」(「Гимназия №2」。ロシア語で「第二体育館」) - 旧樺太公立豊原第二国民学校。グーグル・ストリートビュー画像
- シティモール内併設ボーリング場
- かつて2000年に、サハリーンスカヤ通り157番地(同通り西方とススヤ川(旧鈴谷川)交差地点にある橋の西側)にもボーリング場(旧豊原市時代に造られ操業していた工場建物を改装し再活用)が開店したが後に閉店。現在は大型家具店「アズヴカ」(「Азбука мебели」。和訳すると「アルファベット家具」)となっている。グーグル・ストリートビュー画像
- 日本式健康ランド - エメリヤナワ通りに立地(隣にホテルパノラマ)。施設名の通り、日本にある健康ランドやスーパー銭湯を参考にしている。解説HP
- 複合レジャー施設「ホリデー」 - 前述のレーニナ通りに東方向に一区画置いて並行し、南北に伸びるジェルジーンスカヴァ通り沿いに立地する健康サウナ施設。カジノ、ゲームセンターも併設。グーグル・ストリートビュー画像
- 公衆浴場ガラツキエ・バーニ - パビェードゥィ大通り(もしくは「パベーダ大通り」)沿いに立地するロシア式サウナ(バーニャ)。曜日別に男女利用者を振り分けて営業。解説HP、グーグル・ストリートビュー画像(撮影当時は改装工事により休業中)
- シネゴルスキエ・ミネラリニエ・ヴォディ(ロシア語表記「Синегорские Минеральные Воды」。別名「シネゴルスク・サナトリウム」。旧「川上温泉」) - 中心部より北西約50km先に立地。最寄り駅はシネゴルスク線(旧国鉄川上線)クリューチ駅(旧国鉄本川上駅)。旧ソ連により洋風施設化され、現在は予約さえしていれば外国人旅行者も含め誰でも利用可能(同じく予約が必要だが、日帰り利用も可能)。屋内熱帯植物園なども併設。解説HP1、解説HP2、グーグル・マップ
商業[編集]
買い物スポット解説HPの参照も推奨。
駅近辺(レーニナ通り沿い、サハリーンスカヤ通り沿い)[編集]
- サハリンデパートユジノサハリンスク本店 - 前述のレーニナ通りおよび前述のサハリーンスカヤ通りが交差する角地に立地する市内随一の老舗百貨店。戦前の三越百貨店旧豊原支店建物(新古典主義建築。二つの通りに沿ってL字状に建てられている)を利用。市場型経済への急激な移行でロシア経済が混乱していた1990年代前半頃は経営を立て直す必要に迫られ、(旧ソ連時代の都市によく見られた)子供百貨店「タヴァールィ・ドピャー・ヂェチェイー(ТОВАРЫ ДПЯ ДЕТЕИ、「子供用品」のロシア語訳)」として経営されていた期間もあった。最上階の窓は、日本国内の老舗百貨店にてよく見られる大きな窓が並んでいる(室内からの眺望性を重視する飲食店街が最上階に入居するケースが顕著だった為)が、大衆食堂形式の飲食店は地階に配置されている。グーグル・ストリートビュー画像
- 自由市場「ウクペフ」 - 前述のサハリーンスカヤ通りおよび(ユジノサハリンスク駅より北方向に続く)線路が交差する踏切手前(踏切を挟んだ隣地は露天型自由市場「ルイノク」)に立地する屋内施設型自由市場(外見は大型ショッピングモール)。「成功」のロシア語訳が店名の由来。裏手の通りには、在樺コリアン業者が多くを占める露天型自由市場「ヴァストーク市場」が開かれている。グーグル・ストリートビュー画像
- カリンカ - サハリーンスカヤ通り沿い、前述の自由市場ウクペフに隣接する大型商業施設。スーパーがテナントで入居。グーグル・ストリートビュー画像
- 食品・衣料品スーパーオケアン - レーニナ通り沿いに立地。旧ソ連時代は全国各地に展開していた国営(主に缶詰加工された)海産物卸売チェーンだったが、現在は民営化。地階にはユジノサハリンスク市内大手のDVDショップチェーン店も入居。グーグル・ストリートビュー画像
- ドムピータ - レーニナ通り沿い(但し、駅東口より南方向)に立地する中型商業施設。グーグル・ストリートビュー画像
- その他、中規模以上の商業施設(いずれも中心部に立地)として、スーパー・スタリーチヌイ、スーパー・ピェールヴィー・セメイヌィー(もしくはピエルビー・マガジン。「マガジン」とはロシア語で「商店」を意味する)ユジノサハリンスク店がある。他、旧ソ連時代から市内各地に見られたキオスク(珍品玩具購入体験者による解説HP)も健在である。
閉店[編集]
- 衣料品店ルスラン
- 国営レコードレーベル「メロディア」直営レコード店チェーン・ユジノサハリンスク店 - 1990年代半ば頃に閉店。レーニナ通り沿い(駅東口より南方向)に立地していた。現在、跡地は書店になっている。
郊外南西部(ホムトヴォ国際空港手前付近)[編集]
- シティモール(もしくは「シチモルル」。ロシア語表記「Сити Молле」) - 中心部より南方7km程先(中心部では約1.5km程の間隔を開けて並行している市内二大南北縦貫道路「レーニナ通り」「ミーラ大通り(旧東8条通り)」が南方向に進むに従い間隔を狭め、やがてV字状に連結する手前という好立地区画)に位置する大型ショッピングモール。2009年11月にプレオープンされ、2010年5月に正式オープン(建設風景画像付き解説HP、建設工事および開業についての画像付き解説HP(ロシア語))。ロシア極東随一の規模を誇る。アップルストアやロイズコンフェクトなど外資系企業の出店もあり。児童客のみ利用可能な店内周回パーク・トレイン風低速バッテリーカー(複数台を連結)なども完備。市内住民向けの機能店である為、市外・州外・国外から来た観光客向けの土産物取り扱いは少なかったが、近年、テナント入居した「サハリンスキー・ムゼイ・メドヴェジャ(店内グーグル・ストリートビュー画像)」等、状況に変化が見られる。公式HP(ロシア語)、解説HP1、解説HP2、解説HP3、解説HP4、店内紹介動画、グーグル・ストリートビュー画像
主なフロア構成は下記の通り。
| 階 | フロア概要 |
|---|---|
| 6F | キッチン家具ショールーム |
| 5F | ゲームセンター |
| 4F | 家具店、複数テナント店 |
| 3F | フードコート(解説HP、映画館、子供向け屋内遊園器具パーク |
| 2F | 複数アパレルショップ |
| 1F | 食品スーパー「シティマーケット」、複数テナント店 |
- 大型玩具店「ブブリー・グム」(ロシア語表記「Бублb Гум」) - ミーラ大通り(旧東8条通り)沿いに立地。グーグル・ストリートビュー画像
- その他、中規模以上の商業施設として、サハリン州大手家電量販店チェーン「DNS」ユジノサハリンスク支店がある。
コ
中心部東部(ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い・近辺、およびカムサモーリスカヤー通り(旧東11条通り)沿い・近辺)[編集]
- ドーム・タルゴーブリデパート - (前述のレーニナ通りに東方向に四区画置いて並行し、南北に伸びる)ミーラ大通り(旧東8条通り)沿いに立地。建物外見は今時の郊外型家電量販店の様な目新しい佇まいだが、店内については昭和50年代頃の日本に多く見られた国鉄駅地階ショッピングセンターの様なレトロな風景が広がっている。解説HP、グーグル・ストリートビュー画像
- スタリッツァー - 大型ショッピングモールが入居する超高層ビジネスビル。グーグル・ストリートビュー画像
- メガポリスデパート - ガガーリン記念公園南側縁ち中央付近を起点に南へ伸びるゴーリカヴァ通り沿い立地。ユジノサハリンスクで最初にエスカレーターが設置された商業施設。グーグル・ストリートビュー画像
- 複合型商業施設パノラマ(ロシア語で「眺望」)・ホテル - ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い南方に立地。(主にホームセンターである)大型商業施設パノラマ、映画館パノラマ、ホテルにより構成。グーグル・ストリートビュー画像
- スラビヤンスキー・バザール - 駐在外国人や富裕層の需要を狙って起業された輸入食材専門の高級スーパー。物価が日本と然程変わらないユジノサハリンスク市にある食材店でありながら、日本製カップラーメン等が約3~4倍程の価格で売られている。グーグル・ストリートビュー画像
- その他、中規模以上の商業施設(いずれも中心部に立地)として、マナルフ(前述のメガポリスデパート向かい)、プラザ、トゥリ・セミョルキ、回転寿司屋ニホンミタイ、ゲルメス・ルシがある。
郊外北東部(ミーラ大通り(旧東8条通り)沿い・旧王子製紙豊原工場敷地周辺)[編集]
祭り・催事[編集]
- 日本映画祭(もしくは「サハリン国際映画祭」)- 毎年2月上旬。(解説HP)
- マースレニッツァ - 毎年3月1日(「春の訪れを祝う日」「バターの日」)。いわゆるロシア版「春分の日」であり、(正教会信仰伝搬以降は)ロシア正教会版「謝肉祭」とも言える。ロシアに東方正教会が伝搬する前から祝われていたとされている。市内主要イベントはガガーリン記念文化公園にて開催。定番料理は「ブリヌイ」。
- 国際女性デー - 毎年3月8日。
- 復活大祭 - 4月~5月上旬の内、いずれか1日間(毎年異なる)に定められ祝う正教会版「復活祭」。定番菓子は(「レアチーズケーキ」の元祖とも言われる)「パスハ」および「クリーチ」。
- ビブリオノーチ - 毎年4月下旬。ロシア版「カルチャーナイト」。ロシア全土にある図書館の深夜開放が行われ、音楽ライブ・コンサートなどのイベントが開催される。2018年4月21日、サハリン州立図書館での開催状況解説HP
- 労働者の祭典(ロシア版「メーデー」) - 毎年5月1日。集会、スラブ民俗アンサンブル野外演奏、市民パレードなど、ガガーリン公園や中心部目貫通りにて開催。
- 戦勝記念日退役軍人パレード - 毎年5月9日。第二次世界大戦対ドイツ戦勝日であるが、近年では対日戦勝イベント色も強まっている。(ユジノサハリンスク勝利広場での戦勝記念日祝賀イベント解説(2008年))
- 国際日ロ文化フェスティバル - 毎年7月中旬。解説HP
- 人形劇 国際フェステバル - 毎年9月、人形劇劇場「奇跡の島」で開催。
- ユジノサハリンスク「まちの日」祭典 - 毎年9月中旬、市役所前広場をメイン会場に市内各所(サハリン州立図書館、博物館など)で開催。夜には花火大会も開かれる。前身地方自治体とされるウラジミロフカ村開村を偲んで祝うイベント。
- 冬祭り野外イルミネーション - 毎年12月下旬 ~ 翌年1月7日のシーズン期間中、ガガーリン公園や勝利広場敷地内の樹木に装飾が施され、野外ヨールカ(ロシア版クリスマス・ツリー)となる。その他、チェーホフ劇場など市内随所の建物外壁にもLEDイルミネーション装飾点灯がされる。ロシア版「おせち料理」とも言える新年定番料理は「オリヴィエ・サラダ」など。
名物・名産品[編集]
菓子、嗜好品、料理、食料品[編集]
- サハリンビール トラジショナル、林蔵ビール
- 露天売りクワス、露天売りスタカンチク(カップ型最中にロシア風ラクトアイスを充填した旧ソ連時代からの伝統的氷菓。「コップちゃん」のロシア語訳」。解説HP)、モルス(コケモモ果汁ジュース)、鳥のミルク(一口大のマシュマロ・メレンゲ・ミルクスフレをチョコレートコーティングした旧ソ連時代からの伝統的菓子(発祥はポーランド))
- イーワンチャイ(もしくは「イワン茶」「ヤナギラン茶」) - 12世紀よりロシア(当時はルーシ)で飲まれていた茶で、紅茶の代用品としても普及。主原料であるヤナギランはサハリンにも多く群生している。「ИВАН ЧАЙ」と表記。(解説HP1(上より11番目)、解説HP2)
- シロープ・クラパフキー(イワツツジ樹液シロップ) - 多くの樹液シロップに見られる無色透明ではなく、赤い色が特徴。「сироп клоповки」と表記。
- サハリン風ロシア料理 - 地産地消風アレンジや嗜好の違いの反映等。揚げ調理が殆ど存在しなかったロシア料理の中で、東アジア周辺諸国料理からの影響を受け、揚げ物料理も採り入れられている。
- サハリン風中央アジア料理、ロシア風中央アジア料理
- 露天売りシャウルマ(ロシア風「ドネルケバブ」)
- 露天売りシャシリク(ロシア風「シシカバブ」 - 主にガガーリン記念文化公園内にて営業。
- サハリン風ラグー(グルジア野菜炒め) - ナスやトマトを具材に多用しているのが、ロシア本土風ラグーと異なる。
- ロシア風韓国料理 - 多くの在樺コリアンが居住していることによる。
- サハリン風日本料理、ロシア風日本料理
- 鮭加工品(塩漬け、スモークサーモン、干物)、イクラ、スニェトーク(子持ちキュウリウオ干物)、サハリン産ガゴメコンブ(解説HP)
雑貨、宝飾品[編集]
進出している日系企業・団体[編集]
- 北海道ビジネスセンター
- サハリン日本センター
- サハリン事務所
- 三井物産
- 伊藤忠商事
- NHKサハリン事務所 - NHKユジノサハリンスク支局だったが、規模縮小・降格。
- 北海道新聞
- 北海道銀行
- トヨタ自動車販売センター - 2016年4月30日に開店。
- ロイズコンフェクト
日本との関係[編集]
日本製品など[編集]
ユジノサハリンスク市内のホテルでは、CNNの他にNHKの衛星放送を見ることが出来る。市内には、日本食レストランが数軒あり、日本から輸入した食材で食事ができる。市内にはみちのく銀行の支店があったが、2007年12月29日限りで営業を終了した。
日本統治時代の建築および日本統治時代からの残留日本人もわずかながら残っている。2003年には日本建築学会により、計画系論文集「ユジノーサハリンスクにおける日本期歴史建造物調査」(共著:井澗裕、角幸博)が発表(ネット公開版 同論文)。日本時代の建造物の状況について、まとめられている。その他、有志による「調査・解説HP(注:樺太神社を豊原神社と混同や豊原高等女学校跡地調査など、ごく僅かの間違いを含んでいる)」草の根的な考察も随時行われている。
在外公館[編集]
- 在ユジノサハリンスク日本国総領事館 - 2001年1月、日本外務省がユジノサハリンスク市に設置。
友好都市[編集]
脚注[編集]
- ^ 加賀美雅弘 『世界地誌シリーズ 9 ロシア』 朝倉書店、2017年、149頁。ISBN 978-4-254-16929-4。
- ^ “Pogoda.ru.net” (Russian). 2007年9月8日閲覧。
- ^ http://www.wunderground.com/NORMS/DisplayIntlNORMS.asp?CityCode=32150&Units=metric Seasonal Weather Averages
- ^ Администрация губернаторства Карафуто Результаты переписи 1925 года: Домовладения и численность населения — Тоёхара, 1926. — С. 18—27. — 30 с.
- ^ Администрация губернаторства Карафуто Результаты переписи 1935 года: Домовладения и численность населения — Тоёхара, 1936. — С. 15—19. — 25 с.
- ^ “Всесоюзная перепись населения 1959 года. Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
- ^ a b c d Народная энциклопедия «Мой город». Южно-Сахалинск
- ^ “Всесоюзная перепись населения 1970 года Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу.”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
- ^ Российский статистический ежегодник, 1998 год
- ^ a b c d e f “Российский статистический ежегодник. 1994”. 2016年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月18日閲覧。
- ^ “Всесоюзная перепись населения 1979 года Численность городского населения РСФСР, её территориальных единиц, городских поселений и городских районов по полу.”. Демоскоп Weekly. 2013年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月25日閲覧。
- ^ Народное хозяйство СССР 1922-1982 (Юбилейный статистический ежегодник)
- ^ a b c d e “Российский статистический ежегодник. Госкомстат, Москва, 2001”. 2015年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月12日閲覧。
- ^ “Народное хозяйство СССР за 70 лет. Юбилейный статистический ежегодник. Финансы и статистика, Москва, 1987 год”. 2016年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月28日閲覧。
- ^ “Всесоюзная перепись населения 1989 года. Численность городского населения”. 2011年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月22日閲覧。
- ^ Российский статистический ежегодник.2002 : Стат.сб. / Госкомстат России. – М. : Госкомстат России, 2002. – 690 с. – На рус. яз. – ISBN 5-89476-123-9 : 539.00.
- ^ “Российский статистический ежегодник. 1997 год”. 2016年5月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月22日閲覧。
- ^ “Российский статистический ежегодник. 1999 год”. 2016年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月14日閲覧。
- ^ “Российский статистический ежегодник. 2000 год”. 2016年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月13日閲覧。
- ^ “Всероссийская перепись населения 2002 года. Том. 1, таблица 4. Численность населения России, федеральных округов, субъектов Российской Федерации, районов, городских поселений, сельских населённых пунктов - райцентров и сельских населённых пунктов с населением 3 тысячи и более”. 2012年2月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年2月3日閲覧。
- ^ “Российский статистический ежегодник. 2004 год”. 2016年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月9日閲覧。
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- ^ “Российский статистический ежегодник, 2006 год”. 2016年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月10日閲覧。
- ^ “Российский статистический ежегодник, 2007 год”. 2016年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月11日閲覧。
- ^ “Российский статистический ежегодник, 2008 год”. 2016年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月12日閲覧。
- ^ “Численность постоянного населения Российской Федерации по городам, посёлкам городского типа и районам на 1 января 2009 года”. 2014年1月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月2日閲覧。
- ^ “Всероссийская перепись населения 2010 года. Сахалинская область. Численность населения городских округов, муниципальных районов, городских и сельских поселений, городских населённых пунктов, сельских населённых пунктов”. 2014年7月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月28日閲覧。
- ^ Сахалинская область. Оценка численности постоянного населения на 1 января 2011-2016 годов
- ^ “Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям. Таблица 35. Оценка численности постоянного населения на 1 января 2012 года”. 2014年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月31日閲覧。
- ^ “Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2013 года. — М.: Федеральная служба государственной статистики Росстат, 2013. — 528 с. (Табл. 33. Численность населения городских округов, муниципальных районов, городских и сельских поселений, городских населённых пунктов, сельских населённых пунктов)”. 2013年11月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月16日閲覧。
- ^ “Таблица 33. Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2014 года”. 2014年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
- ^ “Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2015 года”. 2015年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月6日閲覧。
- ^ Численность населения Российской Федерации по муниципальным образованиям на 1 января 2016 года
- ^ “サハリン航路が再開 第1便、稚内港に到着”. 産経新聞. (2016年8月2日) 2016年8月1日閲覧。
- ^ 書籍「'94サハリン紀行 北緯50度線を越える鉄道の旅」(共著:小林博明・三田真弘、出版:日本興行株式会社)第3章 サハリン最後の夜
- ^ 神奈川大学論文「人類文化研究のための非文字資料の体系化, 01: 126-157『旧樺太(南サハリン)神社跡地調査報告(2004年3月)』」(共著:冨井正憲、藤田庄市、中島三千男)
外部リンク[編集]
- ユジノサハリンスク市政府 公式HP(ロシア語)
- [2] - 上記HPをグーグル翻訳を介して日本語表示化。
- ユジノサハリンスク日本国総領事館 公式HP
- 建設産業部サハリン課 サハリン交流情報(稚内市 公式HP)
- 65RUS - ユジノサハリンスク市アムールスカヤ通から…(稚内市サハリン事務所ブログ)
- 旭川市の友好都市・ロシア連邦 ユジノ・サハリンスク市(旭川市 公式HP)
- 北海道サハリン事務所(北海道庁)総合政策部)国際局国際課)ロシアグループ)
- ユジノサハリンスク旅行ガイド(地球の歩き方HP)
- ユジノサハリンスクの旅行ガイド(トリップアドバイザー日本)
- 日本から最も近い外国サハリンとはどんな所?サハリンの住宅事情とは?(SUUMOジャーナル)
- ヤクーツク航空で行くサハリン観光ツアー(JATM)
- サハリン良いとこ一度はおいで
- ユージノサハリンスクの旅行記・ブログ
- サハリン三面記事
- 【辺境音楽マニア】日本から最も近い白人文化圏「サハリン」のメタル事情(ロケットニュース)
- サハリンの闇 - 主に日常生活や商行為等でロシアン・リスクに纏わる現地実例など。
| サハリン州の市町 | ||
| 州都: ユジノ=サハリンスク アニワ |
アレクサンドロフスク=サハリンスキー |
ウグレゴルスク |
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