女系天皇

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女系天皇(じょけいてんのう)は、日本において母のみが皇統(天皇の血統)に属する天皇を指す呼称である。母系天皇と称されることもある。

古事記』、『日本書紀』やその他歴史書の記載によれば、日本の皇統は初代神武天皇から現在の第125代今上天皇まで男系の血筋のみで続いてきた万世一系だと呼ばれ世界で一つの一族による君主在位の最長記録を更新し続けている[1][2][3]。現在有名な立憲君主制国家であるイギリスでは女系男性王の誕生や別の貴族を王室として招くことなどで連合王国時代のイギリス君主で6つ、前身のイングランド君主も含めると何度も王朝交代がされている[4][5]

概要[編集]

現在の皇室典範では皇位皇統に属する男系の男子のみ(第1条)に定めており、天皇の嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の子孫を皇族としている(第6条)。また、養子ができず(第9条)、天皇及び皇族以外の者と婚姻した皇族女子は皇族の身分を離れる規定(第12条)であるため、女系の子女(母のみ皇族)は皇族の身分になることができない。

さらに皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない(第15条)。

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東宮家の敬宮愛子内親王や秋篠宮家の眞子内親王佳子内親王などは、いずれも父方のみを辿って天皇に行き着く男系女子の皇族である。しかし、彼女らが将来、旧皇族皇別摂家源氏平氏など天皇家から分かれた家系からの男系子孫以外の一般国民の男子と結婚して子を産んだ場合、その子は性別が男であれ女であれ、父方のみを辿って天皇に行き着かないため女系となる(下掲系図を参照)。

凡例 太字は天皇(括弧内数字は代)および現行皇室典範における皇位継承資格者、斜体は仮想、
   緑は男系、赤は女系(非男系)
   男系継承の解説を中心としているため、今上天皇から直系の皇族のみを記載した。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今上天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
皇太子
徳仁親王
 
秋篠宮
文仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
愛子内親王
 
眞子内親王
 
佳子内親王
 
悠仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

女系男子

女系女子
 

女系男子

女系女子
 

女系男子

女系女子
 

男系男子

男系女子
 


現在、天皇の血筋を受け継ぐ皇族女子は7名。すでに臣籍降嫁した元皇族を皇籍復帰させることを考えなければ、この7名の産む子女が女系天皇候補となる。(この7名自身は男系皇族であり、天皇に即位したとしても女系天皇ではない)

内親王女王[6][7]
読み 生年月日 現年齢 今上天皇から
見た続柄 / 皇統
世数[8]
愛子内親王 あいこ 2001年(平成13年)12月1日 15歳 皇孫 / 皇太子徳仁親王第一女子 二世
眞子内親王 まこ 1991年(平成3年)10月23日 25歳 皇孫 / 文仁親王第一女子 二世
佳子内親王 かこ 1994年(平成6年)12月29日 22歳 皇孫 / 文仁親王第二女子 二世
彬子女王 あきこ 1981年(昭和56年)12月20日 35歳 皇従姪/ 大正天皇皇曾孫 三世
瑶子女王 ようこ 1983年(昭和58年)10月25日 33歳 皇従姪/ 大正天皇の皇曾孫 三世
承子女王 つぐこ 1986年(昭和61年)3月8日 31歳 皇従姪/ 大正天皇の皇曾孫 三世
絢子女王 あやこ 1990年(平成2年)9月15日 26歳 皇従姪/ 大正天皇の皇曾孫 三世

※順序は皇位継承の順序に準ずる。


「女系」天皇と「女性」天皇[編集]

語句の類似から、単に女子の天皇を指す女性天皇と混同されることも多いが、皇統についての「女系天皇」と、天皇個人の性別についての「女性天皇」とは異なる概念である。その天皇自身が男か女かという別とは関係がなく、概念上は女系男性天皇と女系女性天皇の両方が存在しうる。また逆に、男系についても、男系男性天皇と男系女性天皇が存在しうる。

一般に女性天皇は過去に8人10代存在するとされ、その内の6人8代は6世紀末から8世紀後半に集中するが、いずれも父系に天皇を持つ男系天皇である。また、女性天皇は未婚(生涯独身)か天皇・皇太子の元配偶者(未亡人、再婚せず)であったとされている。

皇族女子は非皇族男子と結婚した場合、その間に生まれた子が皇族となることはなかった。[9][10]現在の皇室典範でも皇族女子自身が皇族の身分を離れることが規定されている(第12条)。第38代天智天皇、第40代天武天皇、第42代文武天皇など女性天皇の子が即位した例もあるが、その子の父親すなわち女性天皇の夫もまた天皇・皇太子である。[11][12]

*凡例 濃い赤色は女性天皇、金色は天皇、線(┃)は実子、点線 (----)は夫婦。(過去の女性天皇の解説を中心としているため、一部省略した箇所がある。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
蘇我堅塩媛
 
29欽明天皇
 
石姫皇女
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
33推古天皇
 
30敏達天皇
 
広姫
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大俣女王
 
押坂彦人
大兄皇子
 
糠手姫皇女
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
吉備姫王
 
茅渟王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
35皇極天皇
37斉明天皇
 
 
 
34舒明天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
蘇我遠智娘
 
38天智天皇
 
蘇我姪娘
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
40天武天皇
 
 
41持統天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
49代以降
 
 
草壁皇子
 
 
 
 
43元明天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
44元正天皇
 
藤原宮子
 
42文武天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
光明皇后
 
45聖武天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
46孝謙天皇
48称徳天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
108後水尾天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
109明正天皇
 
110後光明天皇
 
111後西天皇
 
112霊元天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
115桜町天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
117後桜町天皇
 
116桃園天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
118後桃園天皇
 
 
 
 
 
 
 
 

その他の事例[編集]

男系男子から皇族女子への「婿入り」[編集]

過去において、見ようによっては「婿入り」と見られる事例が少なくとも3例ある。しかしいずれも皇統の男系子孫である。

第26代継体天皇
第25代武烈天皇には男子がおらず兄弟もいなかったため近江国から来て即位し、武烈天皇の姉である手白香皇女と婚姻した。[13]継体天皇は応神天皇の男系の5世孫(曾孫の孫)とされている。
第49代光仁天皇
第38代天智天皇の男系の孫であるが父が早くに薨去。壬申の乱の後、天皇の後継は天武天皇系統に移った。その後第45代聖武天皇の皇女井上内親王と結婚。しかし770年に第48代称徳天皇が崩御した際、度重なる粛清によって天武天皇の嫡流(男系)にあたる皇族がいなくなっていため即位。
第119代光格天皇
第113代東山天皇の男系の曾孫。第118代後桃園天皇が崩御したときに皇子がおらず近親にも有力候補がいなかったため、世襲親王家閑院宮家から選ばれ即位。後桃園天皇のただ一人の皇女欣子内親王と結婚。

女系天皇の前例とされるもの[編集]

第44代元正天皇は母親である第43代元明天皇から皇位を譲られており、母親のみが天皇である。父親・草壁皇子皇太子であったが即位しておらず、天皇である母親から皇位を継承している事から、元正天皇は女系天皇であるという説である。また元正天皇は男系を辿れば天武天皇の孫に当たる3世皇族であるが、即位前から母親の元明天皇の血筋により内親王とされていた。

この問題について「女系天皇」とは何をもって「女系」としているかによって元正天皇の位置づけが変わる。確かに「天皇という立場」から見たら母親から皇位を譲られている「女系天皇」と言えるが、「血統」から見たら父親・草壁皇子は皇統に属する男系の男子の皇族でもあることから、男女双系天皇であると考えるのがふさわしい。ただしそれは、多くの男系天皇とされている諸天皇にもあてはまる。

また、この元明天皇元正天皇の前例に則り、仮に女性皇族が即位しても夫が皇統に属する男系男子の旧皇族旧宮家)であれば男系が維持されるという意見もある。

天皇以外の女性君主[編集]

明治以前は、天皇が在位していない期間に天皇として役割を果たした神功皇后を天皇とみなしていたこともあるが神功皇后の男系祖先は開化天皇である。、ほかにも、飯豊皇女春日山田皇女なども政治を司ったという意味で天皇ではなかったかという考え方もあるが両皇女も同様に男系で皇統に属する皇女である。[14]

皇統断絶?[編集]

また、第26代の継体天皇で血筋が一度途絶えているとする説があり、壬申の乱、南北朝時代など一系ではなかったとの説などである。これを元に男系が継続した万世一系とは言えないという主張である。詳しくは万世一系を参照。

男系原理の由来[編集]

  • 娘に家の継承を認めないという中国を発祥として朝鮮経由で渡来した家父長的氏族制度の影響。
  • 記紀神話における「天壌無窮の神勅」に求める説。すなわち「男系継承は神代、初代神武天皇以前から定められていた掟であり、一貫して続いてきた伝統である」という認識。そのため男系でない「万世一系の皇統に属さない女系天皇は天皇といえず、皇祖皇宗アマテラスや歴代天皇の霊)からも天皇として認められない」という神話的な理由ではないかと考えられる。

旧皇室典範がはじめて男系の継承原理を成文法とし、現在の皇室典範もこれを踏襲したが、戦前も戦後も政府としての公式解釈は存在していない。半官の逐条解説書『皇室典範義解』も、旧皇室典範第1条の男系継承規定について「皇家の成法」「不文の常典」であるとするのみである。

欧州王室との相違[編集]

ヨーロッパの王室は日本の皇室とは歴史的背景等が異なるので同列には並べられないが、ここに相違点を以下に挙げる。

継承は男子のみ
かつてヨーロッパの主要な国(ドイツ・フランスなど)では、王位を男系男子のみに継承させていた(男系女子を排除する点で日本と異なる)。これは、サリカ法典やその影響を受けた部族法などにおける男子のみ土地を相続するという規定が、後世に王位継承法として援用されたためである。ただし、ブリテン島、イベリア半島や東欧などで女系に依る相続や女王は男系男子がいない場合には許容されていた。キリスト教圏は一夫一妻制なので、どの国でも歴史上、男系男子の断絶により女系の王族が即位し、新たに王朝を開くということがしばしばあった。そのため、少なく見積もってもほぼ1500年は確実に系譜を辿り得る日本の皇室のような王朝は、約800年にもわたってフランスを統治し、現在もスペインを統治しているカペー朝の男系一族を例外として存在しない。
側室
キリスト教の影響で側室を認められていなかった。さらに王の妾の子供は私生児であるため王位継承権は存在しない。このため男系男子のみに継承させる制度自体がキリスト教国においては不可能に近い。日本においては側室が認められていたので叔父や甥まで含めると男系男子が多数存在しその維持に問題が存在しなかった。
結婚相手
ヨーロッパでは男系であれ女系であれ、代々王族同士(他国の王族ないしこれに準ずる有力貴族を含む)の間に生まれた嫡子のみに王位を継承させていた。王族の国際結婚が盛んで、父が他国の王族であっても血縁は繋がっていることが多かったため、女系による王朝交代が円滑に行なわれたのだとする説もある。しかし古来日本の皇室では、皇位を継承するためには父のみ皇族であればよく、臣民女子との間に生まれた子が即位した例はきわめて多い。このような例は貴賎結婚に極めて厳格だったヨーロッパの王室ではあまり見られないことである。
女系継承者
20世紀後半に入ってから、ヨーロッパの君主国のほとんどが男系女子や女系(父は臣民でもよい)にも王位継承資格を与えるようになったが、このような改革の多くは「男女平等」をその理由とし、必ずしも男系男子の不足とは関係がない。また、嫡子が姉―弟の場合は弟の継承権が先のままの所もある。

現代の皇室と女系天皇の議論[編集]

皇室には1965年の秋篠宮文仁親王誕生から2006年の悠仁親王誕生までの41年間、皇室から男系男子が生まれなかったため、将来において皇統が断絶するのではと危惧されており、継承原理を改変して女系継承を容認すべきとする意見もある。悠仁親王誕生によって時間的猶予ができたが、男系論者、女系論者ともに皇位継承問題皇族についての議論を続けていくことで認識は一致している。

現在、配偶者が存命の皇族の后妃は皇后美智子(82)・皇太子徳仁親王妃雅子(53)・文仁親王妃紀子(50)・正仁親王妃華子(76)の4名のみ。このため現在の皇室典範で天皇を存続させるには悠仁親王(10)が将来男子を授かるのを望むしかない状況である。

補註[編集]

  1. ^ 諸説あるが、少なくとも「高群逸枝(民俗学者)が古代は母系制であったと主張している」というのは誤認である。高群が提示した概念は「父系母族制」という名称の通り、藤原家のように皇后の一族が政治的な力を持つ母権的であってもあくまで天皇になるのは父系(=男系)であった
  2. ^ 神武天皇以来、男系で続いてきた万世一系だった天皇の地位は、女系天皇(男系女性天皇ではない。女系男性天皇も言葉には含まれている。)が即位すると神武天皇以来の皇統に属さず、その結果として中華圏や欧州のように易姓革命として日本史上初の王朝交代が生じる
  3. ^ http://www.sankei.com/life/news/140426/lif1404260034-n1.html
  4. ^ 現在のイギリス王室であるウィンザー朝1917年に始まったドイツ系イギリス人の王族によるもの。
  5. ^ イギリス王室1000年の歴史 レッカ社  カンゼン ASIN: B014219DUK
  6. ^ 2014年(平成26年)10月5日典子女王皇籍離脱以降から現在の内親王女王一覧
  7. ^ 皇室の構成図(平成28年4月1日現在)
  8. ^ 直系尊属天皇から数えた数
  9. ^ ただし、当時女性皇族を母に持つ人間は「宮腹」と呼ばれ、普通の貴族より高貴な存在と目されていた。
  10. ^ また、欽明から推古、斉明にかけての系譜にも少なからず改ざん・造作が行われたとの説もあり、系譜自体も慎重な検討が必要であるとする説もある。 それ以前の皇統については、折口信夫の主張する中天皇論等を考慮すれば、女系天皇(純然たる女系あるいは男系でなく双系という意見もある)であった可能性も少なくないとの説もある。
  11. ^ また、歴史学界からは相手にされない説であるが、鎌倉時代の『一代要記』、南北朝時代の『本朝皇胤紹運録』に記載の天武の年齢に基づくと、天武は天智より4歳年長であると解釈できることから、一部の研究家により第40代天武天皇の父親は第34代舒明天皇でないとする仮説(佐々克明小林恵子大和岩雄ら)が提唱されており、その場合、父系祖先が天皇でない場合に限り、母親が第37代斉明天皇であったことが皇位継承の条件であったことになるとの主張もあるが、これは仮説であり正式なものとはされていないうえ、父系祖先が天皇でなかったことが証明できないので成り立たない。しかしこの説によるならば、その系譜から第38代天智天皇らも男系ではなく女系の天皇と見なすこともできる可能性を見出すことができないわけではない。
  12. ^ 古事記』、『日本書紀』にはさまざまな造作が加えられているとされるが、その問題の1つには天皇が男系で継承されてきたように記した点である。古代、氏族としての帰属は父系を原則としていたのは事実としても、生活習慣は基本的に母系制であり、家の継承が常に父系的に行われていたとは考えられないのではないだろうか、ということである(その後の時代も婿養子という制度は残されている)。 現在の日本においては、結婚した夫婦は民法上どちらかの姓を名乗り、その子もその姓を名乗ることとなっているが、現状でそのほとんどが男子(父)の姓を名乗っている。姓をもって家の継承と見なすならば国民においても男系継承が一般的であるといえるが、婿養子あるいは娘の子が跡を継ぐことも少ないながら存在し、かつての女系継承の残滓ともいえるものも見受けられる。
  13. ^ 記紀による
  14. ^ さらに徹底して、折口信夫中天皇あるいは民俗学者[誰?]がいうヒメ・ヒコ制で歴史を整理すれば、『古事記』・『日本書紀』の矛盾の多くが解決し、巨大古墳の被葬者の治定も容易に定まることになるとする意見もある(が、このことは特に皇位継承が女系足り得たかどうかとは関係しない)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]