ウィンザー朝

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ウィンザー家
House of Windsor
王朝
Badge of the House of Windsor.svg
イギリスの旗 イギリスおよび英連邦王国
主家 ザクセン=コーブルク=ゴータ家
(ヴェッティン分家)
創設 1917年7月17日 (104年前) (1917-07-17)
家祖 ジョージ5世
現当主 エリザベス2世
分家 マウントバッテン=ウィンザー
(認知的親族関係)
著名な人物 一覧(英語版)
バッキンガム宮殿のバルコニーに姿を現したウィンザー家の人々(2013年6月15日)

ウィンザー朝(ウィンザーちょう)は、イギリスおよびその他の英連邦王国王朝である。1901年ザクセン=コーブルク=ゴータ家ヴェッティン家の分家)は、ヴィクトリア女王ザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートの嫡男である国王エドワード7世の王位継承により、ハノーヴァー朝イギリスの君主に引き継いだ。1917年第一次世界大戦中のグレートブリテン及びアイルランド連合王国での反ドイツ感情英語版のために、王室の名前を、ドイツ語の英語読みのザクセン=コーブルク=ゴータ家(House of Saxe-Coburg-Gotha)から英語のウィンザー家(House of Windsor)に改名した[1]。それ以降、ウィンザー家はジョージ5世エドワード8世ジョージ6世エリザベス2世の4人の君主が在位してきた。

現在の家長は16の主権国家の君主である。イギリス(拠点)、カナダオーストラリアニュージーランドジャマイカバルバドスバハマグレナダパプアニューギニアソロモン諸島ツバルセントルシアセントビンセント・グレナディーンベリーズアンティグア・バーブーダセントクリストファー・ネイビスである。これらの各国の君主制に加えて、3つの王室属領、14のイギリス海外領土、および2つのニュージーランドの自由連合がある。

歴史[編集]

ウィンザー家(House of Windsor)の元の家名(王朝名)はサクス=コバーグ=ゴータ家(House of Saxe-Coburg-Gotha)といった。これはヴィクトリア女王の夫(王配アルバートの家名(その英語形)であった。アルバートはドイツザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト1世の息子であったが、この家系からはベルギーブルガリアポルトガルの王家も出ている。

第一次世界大戦中の1917年ジョージ5世は敵国ドイツ領邦であるザクセン=コーブルク=ゴータ公国の名が冠された家名を避け、王宮のあるウィンザー城にちなんでウィンザー家と改称し、かつ、王家は姓を用いないとの先例を覆してウィンザーを同家の姓としても定めた。そのため、1917年以降は現在の女王エリザベス2世にいたるまでをウィンザー朝と称し、かつ、その構成員(ジョージ5世の直系および存命の叔父コノート公アーサーの系統)は(必要がある場合には)ウィンザーの姓を用いる。ただし、ヴィクトリア女王の血統が断絶したわけではないので、いずれもハノーヴァー朝の継続と見なされることがある。ハノーヴァー朝以来代々の王位継承者の配偶者はドイツ人やドイツ系の王族が迎えられることが多かったが、エドワード8世がアメリカ人女性ウォリス・シンプソンとの結婚問題から退位し、代わって王位に就いたジョージ6世の妃エリザベスグレートブリテン王国成立以降で初の同国出身の王妃となった。現王太子チャールズの元の妃ダイアナ、現在の妃カミラもまた同国出身である。

なお、1960年にエリザベス2世と夫フィリップ・マウントバッテン(Philip Mountbatten)公の間に生まれる子の姓をマウントバッテン=ウィンザー(Mountbatten-Windsor)とする枢密院令が発せられた。もっとも、家名(王朝名)が変更されたわけではないため、現状を前提とすればチャールズ王太子が即位してもその家名(王朝名)はウィンザーのままであり、姓のマウントバッテン=ウィンザーとはずれが生じることとなる[2]

歴代君主[編集]

1917年に家名をウィンザー家と改称。

肖像 誕生 在位 戴冠式 配偶者 崩御 続柄
George V of the united Kingdom.jpg ジョージ5世 1865年6月3日
マールバラハウス
1910年5月6日
 –
1936年1月20日[3]

(25年, 260日)
1911年6月22日 メアリー・オブ・テック 1936年1月20日
サンドリンガム・ハウス
(70歳, 230日没)
エドワード7世アレクサンドラ・オブ・デンマークの嫡男
Edward VIII Portrait - 1936.jpg エドワード8世 1894年6月23日
リッチモンド公園
ホワイト・ロッジ
1936年1月20日
 –
1936年12月11日

(10ヶ月, 21日)
なし ウォリス・シンプソン 1972年5月28日
ルートデュシャンデントレイネメント4番地
(77歳, 340日没)
ジョージ5世メアリー・オブ・テックの嫡男
King George VI.jpg ジョージ6世 1895年12月14日
ヨーク・コテージ
1936年12月11日
 –
1952年2月6日

(15年, 57日)
1937年5月12日 エリザベス・ボーズ=ライアン 1952年2月6日
サンドリンガム・ハウス
(56歳, 54日没)
ジョージ5世とメアリー・オブ・テックの嫡男
Queen Elizabeth II 1959.jpg エリザベス2世 1926年4月21日
メイフェア
ブルトン通り17番地
1952年2月6日
 –
現在

(69年, 264日)
1953年6月2日 フィリップ・マウントバッテン 存命中
(95年, 190日)
ジョージ6世エリザベス・ボーズ=ライアンの息女

系譜[編集]

 
 
 
 
アルバート
(サクス=コバーグ=ゴータ家)
 
女王
ヴィクトリア
(ハノーヴァー家)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
国王
エドワード7世
(サクス=コバーグ=ゴータ家)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エディンバラ公爵および
ザクセン=コーブルク=ゴータ公爵
 
コノート公爵
(ウィンザー家)
 
オールバニ公爵および
ザクセン=コーブルク=ゴータ公爵
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
国王
ジョージ5世
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
国王
エドワード8世
 
国王
ジョージ6世
 
ハーウッド伯爵夫人
メアリー
 
グロスター公爵
ヘンリー
 
ケント公爵
ジョージ
 
ジョン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
女王
エリザベス2世
 
スノードン伯爵夫人
マーガレット
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ウェールズ公
チャールズ
 
プリンセス・ロイヤル
アン
 
ヨーク公爵
アンドルー
 
ウェセックス伯爵
エドワード
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ケンブリッジ公爵
ウィリアム
 
サセックス公爵
ヘンリー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ジョージ
 
シャーロット
 
ルイ

家系図[編集]

  • 2021年7月現在。
  • 黒線で囲まれている人物は、故人。


脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ McGuigan, Jim (2001). “British identity and 'people's princess'”. The Sociological Review 48 (1): 1–18. doi:10.1111/1467-954X.00200. 
  2. ^ The Royal Family name - イギリス王室公式サイト(2020年8月14日閲覧、最後の段落)
  3. ^ ジョージ5世は、1917年7月17日に王室の名前をウィンザー朝に改名するまで、ザクセン=コーブルク=ゴータ家の一員でだった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]