宮内庁東宮職

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東宮職の事務室がある東宮御所

東宮職(とうぐうしょく)は、宮内庁内部部局のひとつ。皇太子皇太子妃、またその子女らの家政機関。皇太子の別称である「東宮」に因む。

事務[編集]

宮内庁法第6条 
東宮職においては、皇太子に関する事務をつかさどる

東宮職の事務に関する法的根拠は宮内庁法第6条にあり、「東宮職においては、皇太子に関する事務をつかさどる」とされるが、実際の東宮職は皇太子周辺の一般事務のみならず、皇太子、皇太子妃、さらにはその独立の生計を営んでいない未婚の子女の家政をおこなっている。現在では、皇太子徳仁親王皇太子妃雅子敬宮愛子内親王がそれに当たる。

天皇の退位等に関する皇室典範特例法が施行された場合、施行日の翌日からは皇太子が置かれないことから東宮職も置かれないこととなり、代わりに皇嗣に関する事務をつかさどる皇嗣職が置かれることとなる(同法附則第11条)。

職員[編集]

職員の総数は70人前後である[1]

正規[編集]

  • 東宮大夫
宮内庁東宮職の長。「とうぐうだいぶ」と読む。
  • 東宮侍従長
皇太子の側近奉仕のことを総括・掌理する。東宮侍従を監督する。
皇太子の側近奉仕のことを分掌する。東宮侍従長を補佐する。
  • 東宮女官長
皇太子妃の側近奉仕のことを総括・掌理し監督する。東宮女官を監督する。
  • 東宮女官
皇太子妃の側近奉仕のことを分掌する。東宮女官長の補佐をする。
  • 東宮侍医長
皇太子、皇太子妃及びその子女に関する医事を総括する。
  • 東宮侍医
皇太子、皇太子妃及びその子女に関する医事を分掌する。

非正規[編集]

  • 東宮内舎人
東宮侍従の補佐をする。男性職員のみ。
歴代職員:山内学
  • 東宮女嬬
東宮女官の補佐をする。女性職員のみ。
歴代職員:今井紘子、小山内さち子
  • 東宮雑仕
雑務に従事する。女子職員のみ。
  • 東宮侍衛官
皇太子、皇太子妃及び子女の身辺警護を行う皇宮護衛官
歴代職員:佐藤勉
  • 東宮参与
  • 東宮仕人
内閣府事務官のこと。「つこうど」と読む。
  • 東宮職御用掛
内廷費から雇われる子女の私教員
歴代職員:糸川順子(2011年 - 2014年)野村一成(2011 - 2012) 、大橋志津江(2014 - )、唐橋在倫(2014 - )
  • 東宮出仕
東宮職内廷係員ともいう。子女の養育を補佐する。
歴代職員:福迫美樹子(2004年 - 2009年[2][3])、筒井美奈(2007年 - 2011年)、天野尚子(2008年 - )、霜鳥加奈(2011年 - )
  • 大膳課厨房第五係
  • 大膳課主膳第二係
  • 車馬課配車第二係

歴代東宮大夫(日本国憲法施行後)[編集]

  • 1949年(昭和24年)05月31日まで、宮内府事務官、叙・一級
  • 1950年(昭和25年)05月31日まで、総理府事務官、叙・一級
  • 1950年(昭和25年)06月01日以降、人事院規則1-5の一部改正に伴い特別職となり、「東宮大夫」そのものが官職となる(叙級なし)。
氏名 在任期間 備考
穗積重遠 1947年(昭和22年)5月03日 - 1949年(昭和24年)02月26日
野村行一 1949年(昭和24年)02月26日 - 1957年(昭和32年)07月29日 在任中死去
瓜生順良 1957年(昭和32年)07月30日 - 1957年(昭和32年)11月12日 宮内庁次長による事務取扱
鈴木菊男 1957年(昭和32年)11月12日 - 1977年(昭和52年)09月20日
安嶋弥 1977年(昭和52年)09月20日 - 1989年(平成元年)05月01日
菅野弘夫 1989年(平成元年)05月01日 - 1994年(平成06年)04月01日
森幸男 1994年(平成06年)04月01日 - 1996年(平成08年)01月19日
古川清 1996年(平成08年)01月19日 - 2002年(平成14年)05月01日
林田英樹 2002年(平成14年)05月01日 - 2006年(平成18年)04月06日
野村一成 2006年(平成18年)04月06日 - 2011年(平成23年)07月05日
小町恭士 2011年(平成23年)07月05日 - 2016年(平成28年)05月13日
小田野展丈 2016年(平成28年)05月13日 -

歴代東宮侍従長[編集]

氏名 在任期間 備考
穗積重遠 1947年(昭和22年)05月03日 - 1949年(昭和24年)02月26日 東宮大夫兼任
野村行一 1949年(昭和24年)02月26日 - 1957年(昭和32年)07月29日 東宮大夫兼任
山田康彦 1959年(昭和34年)04月01日 - 1965年(昭和40年)03月31日
戸田康英 1965年(昭和40年)04月01日 - 1977年(昭和52年)04月01日
黒木従達 1977年(昭和52年)04月12日 - 1983年(昭和58年)01月19日 在任中死去
安嶋弥 1983年(昭和58年)01月19日 - 1983年(昭和58年)06月16日 東宮大夫兼任
山口広次 1983年(昭和58年)06月16日 - 1986年(昭和61年)04月01日
安嶋弥 1989年(平成元年)01月12日 - 1989年(平成元年)04月30日 東宮侍従兼任
菅野弘夫 1989年(平成元年)05月01日 - 1989年(平成元年)07月10日 東宮大夫兼任
山下和夫 1989年(平成元年)06月20日 - 1995年(平成07年)09月08日 1996年(平成08年)05月没
古川清 1995年(平成07年)09月08日 - 1996年(平成08年)01月19日
曽我剛 1996年(平成08年)01月16日 - 2001年(平成13年)03月31日
林田英樹 2001年(平成13年)11月02日 - 2002年(平成14年)05月01日
小林秀明 2002年(平成14年)10月11日 - 2005年(平成17年)09月06日
末綱隆 2005年(平成17年)09月06日 - 2009年(平成21年)03月31日
加地正人 2009年(平成21年)03月31日 -

歴代東宮女官長[編集]

氏名 在任期間 備考
牧野純子 1959年(昭和34年)4月1日 - 1969年(昭和44年)
松村淑子 1969年(昭和44年)4月16日 - 1989年(平成元年)
高木みどり 1993年(平成5年) - 2003年(平成15年)7月
木幡清子 2003年(平成15年)07月 - 2011年(平成23年)
西宮幸子 2015年(平成27年)08月[4][5] -

歴代東宮女官[編集]

東宮女官は、東宮女官長と同様に国家公務員特別職にあたり、定員は4名前後である。

氏名 在任期間 備考
佐久間玲子・名和栄子・今村淑子 1959年(昭和34年)4月01日 - 1971年(昭和46年)
佐久間玲子・名和栄子・今村淑子・小櫃美智子 1971年(昭和46年)4月1日 - 1979年(昭和54年)
和辻雅子 1979年(昭和54年) - 1984年(昭和59年)7月
村上寿満子 1984年(昭和59年)7月 - 1993年(平成5年)
木幡清子 1993年(平成5年)6月1日 - 1993年(平成5年)6月23日
木幡清子・中町芙佐子 1993年(平成5年)6月23日 - 1994年(平成6年)1月14日
木幡清子・中町芙佐子・岡山いち 1994年(平成6年)1月14日 - 1994年(平成6年)6月1日
木幡清子・中町芙佐子・岡山いち・箱嶋明美 1994年(平成6年)6月1日 - 1999年(平成11年)3月
木幡清子・岡山いち・箱嶋明美・安東博子 1999年(平成11年)6月7日 - 2003年(平成15年)7月8日
岡山いち・箱嶋明美・安東博子 2003年(平成15年)7月8日 - 2005年(平成17年)3月10日
岡山いち・箱嶋明美・安東博子・楠田恵美 2005年(平成17年)3月10日 - 2007年(平成19年)9月10日
岡山いち・箱嶋明美・安東博子 2007年(平成19年)9月10日 - 2008年(平成20年)4月1日
岡山いち・箱嶋明美・安東博子・小山久子 2008年(平成20年)4月1日 - 2010年(平成22年)12月27日
岡山いち・箱嶋明美・安東博子 2010年(平成22年)12月27日 - 2011年(平成23年)1月17日
岡山いち・箱嶋明美・安東博子・木本彰子 2011年(平成23年)1月17日 -

脚注[編集]

外部リンク[編集]