側室

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

側室(そくしつ)とは、一夫多妻制の下の身分の高い階層における夫婦関係において、夫たる男性の本妻である正室に対する概念で、本妻以外の公的に認められた側妻やにあたる女性を指す。

概説[編集]

高貴な男性の場合、寵愛を受けた女官女房等も側室に該当する。現在では側室を正室以外の「妻」と定義(『大辞泉』)されるが、本来は正室の位置づけが「家族の一員」であるのに対し、側室の位置づけは「使用人」である。この点で「本妻=正室」が家族の一員であるのとは厳密には異なる。側室であっても正室と同じく政略的理由によることもあり、正室(あるいは正室という名義)があてがったり、あらかじめ様々な条件の元に集められた候補女性内から選択であって、男性側の完全な自由意志によるものとは限らない。また身分や出自の格差の大きさや、政治的理由や正室や奥向き(貴人の家族空間)責任者から「妻」として許可がない女性に関しては、単なる妾・愛人とされ側室として認められない場合もある。

側室の実態の多様性[編集]

男女の情や同居人同士の親近感が絡んでくるため、上述の区分けは厳密には守られない事が多く、時代や身分によって正室と側室との関係は多様であり、君主と下僕のような厳格な差があったケースから、まるで実の姉妹のように扱いに大差がないケースまでいろいろであった。儒教倫理に基づく建前としては「正室が一人で側室が複数」が正格であったが、日本では稀に側室を複数あるいは一人もちながら正室を置かなかった例や、逆に複数の正室を置いて側室をもたなかった例などがあり、かなり変則的であった。また側室が子を生んだ場合の側室本人の扱いも時代や身分によって大きく異なる。例えば江戸時代皇室では、側室は出産後わが子を抱く間もなくただちに子と切り離され、本人の身分は低いままに置かれ(御役御免になって追放されることすらあった)、自由に我が子に会うことも出来なかった。その一方では、将軍家の大奥においてはまったく逆に、出産した側室は「御生母様」「御腹様」と崇められ絶大な権勢をふるった。

男系男子の維持[編集]

儒教において、直系の男子が先祖の祭祀を守ることが重視された。また、婚姻制度にも、子孫繁栄、男系相続者の存在が重要視される。古代中国では正室が生んだ長男子を「伯」といったが、側室の生んだ男子のほうが年長である場合その長男子を「孟」といった。

一夫一妻制の下では、女性一人が生涯に出産できる子供の数は限られる。また、妻の健康状態、不妊、夫婦の不仲問題から、子ができないこともある。そのため、男系男子の子孫が安定的に確保できるとは限らない。その問題を防ぐため、かつては側室を持つことにより、男系男子の子孫を絶やさないことが重視された。

しかし、男性側の健康問題や不妊等により子ができないこともある[注釈 1]。この場合、側室を持ってしても子を確保することはできない。だが、伝統的に一夫多妻制が採られていれば、当該男性に異腹の兄弟などがいる可能性が高くなる。その者を養子とすることで、男系男子による祭祀の承継を維持できる可能性は高くなる。


注釈[編集]

  1. ^ 世界保健機構による1998年の統計発表では、不妊症の原因の24%が男性側、女性男性双方にまたがる原因が24%で、41%が女性側。

関連項目[編集]