芳子内親王

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芳子内親王
時代 平安時代初期
生誕 不詳
薨去 承和5年12月26日839年1月15日
父母 父:嵯峨天皇、母:橘嘉智子
兄弟 仁子内親王業良親王、業子内親王、有智子内親王仁明天皇正子内親王源信、源貞姫、源潔姫源弘、源全姫、源常源寛源明、源善姫、源定、基良親王、基子内親王、秀良親王、秀子内親王、忠良親王、俊子内親王、芳子内親王繁子内親王、宗子内親王、純子内親王、斉子内親王源生源安源融源鎮源啓源勤源清源勝
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芳子内親王(よしこないしんのう/ほうしないしんのう)は、嵯峨天皇の第5皇女[1]。母は皇后橘嘉智子。同母兄に仁明天皇らがいる。

承和5年12月26日839年1月15日)、父帝に先立って病死。年齢は10代後半-20代中頃であった。内親王の薨去によって、皇太后正子内親王(同母姉)は監護使を停止した。

脚注[編集]

  1. ^ 続日本紀』承和5年12月26日条