曦子内親王

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曦子内親王(ぎし(あきこ)ないしんのう、元仁元年(1224年) - 弘長2年8月21日1262年10月5日))は、鎌倉時代皇族土御門天皇皇女。生母は源有雅(大宮局)。伊勢斎宮後嵯峨天皇准母皇后宮、のち女院院号仙華門院(せんかもんいん)。

生涯[編集]

寛元2年(1244年内親王宣下。異母兄後嵯峨天皇即位に伴い、同年12月16日(1245年1月15日)、21歳で斎宮に卜定。同3年8月13日(1245年9月5日)、左近衛府初斎院入り、同年9月17日(10月9日)野宮へ移る。同4年1月29日(1246年2月16日)、後嵯峨天皇譲位により、群行せず退下。宝治2年8月8日(1248年8月27日)、後嵯峨天皇准母として皇后冊立建長3年3月27日(1251年4月19日)院号宣下、仙華門院と称する。弘長2年8月21日(1262年10月5日)、39歳で崩御