識子内親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

識子内親王(しきしないしんのう、貞観16年(874年) - 延喜6年12月28日907年1月14日))は清和天皇の皇女。母は右中弁藤原良近の娘。名は「さとこ」とも読む[1]

来歴[編集]

貞観18年(876年)3月13日内親王となる。貞観19年(877年)2月17日、伊勢斎宮に卜定された。元慶2年(878年)8月28日野宮に入り、元慶3年(879年)9月9日伊勢に群行したが、翌元慶4年(880年)12月4日父上皇の死去により退下した。延喜6年(906年)12月28日薨去、33歳。

脚注[編集]

  1. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus(コトバンク)

参考資料[編集]