鶴丸

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鶴丸(つるまる)は、平安時代刀工国永作の日本刀太刀)。『享保名物帳』に記載される名物の一つ。皇室経済法第7条に規定する「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」(いわゆる語由緒物)であり、皇室の私有財産(御物)として宮内庁侍従職が管理している。文化財の命名法にあわせて太刀 銘国永(名物鶴丸)(たち めい くになが(めいぶつつるまる))と記載されることがあり、2009年に東京国立博物館にて開催された『御即位20年記念特別展 皇室の名宝』でもこの名称で出品されている[1]。御物として管理される際の名称は山城国国永御太刀(名物鶴丸)[2]

刀身[編集]

刃長78.6センチメートル、反り2.7センチメートル[1]。地鉄は小板目肌がよく約(つ)み、刃文は直刃(すぐは)調に小乱れ、小丁子交じる[1]の形状は特徴的な雉子股茎である。国永の作刀は本作を含めわずか4口しか残っていないが、東京国立博物館の研究員である原田一敏は本作をその中で最も優れた刀と評している[3][1]

号の由来[編集]

「鶴丸」の号の由来は、かつて刀身が収められていた太刀拵に蒔絵で鶴の紋様が施されていたことによる、と伝えられるが、この太刀拵は現存しておらず、享保名物帳ではその由来については「古き拵へ傳来の書付にも出る鶴丸と云仔細不知」と記載されており、現在でも由来の詳細については不明である。鎌倉幕府が神社へと奉納する太刀には鶴丸の紋を入れることが恒例になっていたことを踏まえて、安達氏から北条氏へと渡り、その没後にどこかの神社に奉納され、その時に鶴丸の紋を入れられたことが由来となったとする説もある。

伝来[編集]

伊達家に所有された(後述)際には引両紋入の金具と、同紋の蒔絵を施した鞘の太刀拵が作られてこれに収められ、その後はこの拵と共に後世に伝えられた。

なお、伊達家に所有されるまでの伝来についてはいくつか異なる伝がある他、それらの内容については他の歴史資料と矛盾する点もあり、「鶴丸」という号の由来と併せ、伝来には不明な点が多い。

いわゆる御由緒物の刀剣の多くは宮中祭祀などで役割を担っている。いわゆる御由緒物として取り扱われる本太刀も鶯丸と同様に、毎年1月1日に実施される宮中での歳旦祭の際に使用されることとされている[2]

江戸時代仙台藩主の伊達家の所有として代々伝わった本太刀は、明治34年(1901年)、明治天皇の仙台巡幸の際に、第14代藩主であった伊達宗基から明治天皇に献上された[1][2]。明治天皇所有の日本刀の一部は、大正天皇昭和天皇と相続されたのち第二次世界大戦後の財産税や昭和天皇崩御の際の相続税として国庫に物納されたが、本太刀は相続税法第12条第1項第1号に規定する相続税の非課税財産として上皇明仁に相続され現在に至っている[2]

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]

  • 宮内庁; 日本放送協会; 東京国立博物館 『皇室の名宝 : 日本美の華 : 御即位20年記念特別展 2期 (正倉院宝物と書・絵巻の名品)』 NHK、2009年10月。 NCID BA91484038