長田区

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ながたく
長田区
長田神社
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
神戸市
市町村コード 28106-9
面積 11.36km2
総人口 94,126[編集]
推計人口、2020年11月1日)
人口密度 8,286人/km2
隣接自治体
隣接行政区
神戸市兵庫区須磨区北区
区の木 ハナミズキ
区の花 サルビア
区のマスコット なぁタン
長田区役所
所在地

653-8570
兵庫県神戸市長田区北町三丁目4番地の3
北緯34度39分56.5秒東経135度9分3.2秒座標: 北緯34度39分56.5秒 東経135度9分3.2秒
長田区役所

区役所位置
外部リンク 神戸市長田区

長田区位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

長田区位置図

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長田区[1](ながたく)は、神戸市を構成する9区のうちのひとつ。また、神戸市全9区のうち人口密度は最大で面積は最小の区である。

概要[編集]

新長田駅前の街並み
若松町4丁目で撮影

同市の中南部に位置する。神戸三大神社の一つ長田神社がある。正月の三ヶ日だけではなく追儺神事・夏越祭など年中賑わいがある。

区南西部は、古くから「駒ヶ林」と称され、沿岸部を中心に渡来人の集落が形成された歴史がある。同じ長田区内でも長田神社周辺とは異なる庶民文化を形成し、近代、駒ヶ林から山側への街地拡大に際して「新長田」と呼ばれるエリアが確立した(なお、昭和中期、現在の西区の西神地区が開発される以前には新長田地区が「西神戸」と呼ばれた時代もある)。神戸の「履き倒れの街」を象徴するケミカルシューズ産業が盛ん。全国でも有数のコリアタウンがあり、大阪市生野区と並ぶ在日コリアンの多い街としても有名である。本場の味と言われるお好み焼き屋や焼肉店も多く、冷麺も有名。焼きそばそば焼きと呼び、店にもそば焼きと書かれているところが多い。そば飯もここが発祥である。阪神・淡路大震災では大規模な火災が発生して商業地住宅地が消失する被害があった。その再開発にて、2009年には「鉄人28号」の巨大像が新長田駅南側に誕生、長田区が鉄人28号に特別住民票を交付するなど、象徴的な新たな地域の顔として親しまれている(KOBE鉄人PROJECTも参照のこと)。

北部は山麓で入り組んだ坂の上に築かれた町・丸山地区があり、コミュニティ活動が盛んな地区として、全国的にも知られている[2]

1868年明治元年)の神戸開港より、神戸には多くの中国人華僑)が居留するに至り、彼らのための共同墓地・神阪中華義荘が宇治野村(現在の神戸市中央区中山手7丁目)に作られたが、1924年に海の見える高台である林田区長田村(現在の長田区滝谷町1丁目9-1)に移転された。約1000基の墓が立ち並んでおり、敷地内に『清國孩童総墓』などがある[3][4][5]

震災のあった1995年の初秋に、「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(シリーズ第48作)の撮影が、被災して仮設で営業していた菅原市場で行われた。主演の渥美清は翌年に死去。この作品が渥美の遺作となった。神戸でロケが行われた韓国ドラマ『ガラスの華』では、警察署として長田区役所の建物が使用された。

地理[編集]

歴史[編集]

  • 1889年(明治22年) - 東尻池村、西尻池村、長田村、駒ヶ林村、野田村、御崎村、今和田新田、吉田新田を合わせて林田村と命名される[6]。神戸市制実施[6]。神戸区に葺合、荒田両村を合わせて神戸市とする[6]
  • 1896年(明治29年) - 湊村、林田村、池田村を神戸市に編入[6]
  • 1898年(明治31年) - 苅藻島埋立工事完成[6]
  • 1901年(明治34年) - 湊川付け替え工事完成、通水式を実施する[6]
  • 1910年(明治43年) - 兵庫電気軌道(山陽電鉄)兵庫 - 須磨間開通[6]。 長田駅。西代駅開業[6]
  • 1919年(大正8年) - 寺池、重池、蓮池を市営住宅地として埋立[6]
  • 1931年(昭和6年) - 区制実施[6]。林田区誕生[6]
  • 1945年(昭和20年)5月1日 - 行政区の再編により、林田区の一部(兵庫運河以東および常盤町・千歳町・大池町一 - 四丁目を除く)および須磨区の一部(大字西代)の区域に本区を設置。
  • 1967年(昭和42年)7月9日 - 集中豪雨により五位ノ池町2丁目の住宅地裏山が崩れ3戸が全壊。付近で土嚢積み作業をしていた水防団員が巻き込まれて3人が死亡[7]
  • 1984年(昭和59年)12月19日 - 公募により90種2177通の応募の中から区の花が制定[8]
  • 1995年平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災で家屋倒壊に加え、地震直後に大規模な火災が発生するなど多大な打撃を受ける。
  • 2003年(平成15年)10月8日 - 公募により503通の応募の中から区の木が制定[8]
  • 2008年(平成20年) - 不況により靴の受注が前年度比で40 - 50%の大幅減となる。震災後、人口減少が続き、空き家率が18%に達する[9]
  • 2017年(平成29年)12月3日 - 長田区で「暴力団追放住民決起大会」が開かれた[10]。付近の住民ら約150人と県警、公益財団法人「暴力団追放兵庫県民センター」などの関係機関が参加、区内をパレードした[10]

事件・事故[編集]

経済[編集]

産業[編集]

本社を置く企業[編集]

過去に本社を置いていた企業

地域[編集]

健康[編集]

教育[編集]

大学・短期大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

各種学校・専門学校[編集]

小中学校区[編集]

  • 校区一覧 [1]

公園[編集]

組合・団体[編集]

貧民窟[編集]

旧長田村は神戸の貧民部落の一つであった[12]。無資産者が大部分であった[12]吉田司によれば、日本最大の被差別部落であったが、阪神・淡路大震災では差別問題に触れることを恐れたマスコミが報道を控えたため人知れず消滅することとなった[13]

隣接している区[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

※神戸電鉄長田駅と神戸市営地下鉄長田駅は約1.9km離れている。

路線バス[編集]

神戸市で唯一民間バスの乗り入れない区でもある。ただし、神戸市道夢野白川線阪急バス神姫バスが通るが、同道路は区内の区間がわずかのため、当区にバス停はない。

道路[編集]

区内の東西を縦断する国道2号
(真上には阪神高速3号神戸線)
梅ヶ香町3丁目で撮影
阪神高速道路
一般国道
県道

主要地方道のみである。

その他広域幹線道路

出身有名人[編集]

政治・経済・文化・芸能[編集]

スポーツ[編集]

アナウンサー[編集]

その他[編集]

ゆかりのある人物[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

若松公園鉄人28号のモニュメント
新長田1番街

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 『路線価設定地域図 昭和36年分 3の3』66頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年11月14日閲覧。
  2. ^ 神戸市長・久本喜造ブログ - 長田区・丸山地区を歩く 2013年6月18日”. 2020年9月1日閲覧。
  3. ^ 日本華僑の共同墓地と后土・土地神の考察(日本国内の華僑霊園の地域差に注目して)A Study of Public Cemeteries of Chinese Living in Japan and HouTu/the Deities of Earth : Focus on Regional Differencesin Chinese Cemeteries in Japan 松尾恒一[file:///C:/Users/%E3%82%89%E3%81%8F%E3%82%88~1/AppData/Local/Temp/kenkyuhokoku_199_10.pdf]
  4. ^ 貿易の街育てた友好 「落地生根」神戸と華僑(1)軌跡”. 日経新聞 (2015年10月6日). 2020年9月1日閲覧。
  5. ^ 一般社団法人中華会館公式サイト - 中華義荘”. 2020年8月31日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k 長田区ってこんなまち、ながたの歴史、神戸市に編入、神戸市長田区役所公式サイト。
  7. ^ 「警官官ら八人ダムに 山津波に出動中」『朝日新聞』昭和42年7月10日朝刊、12版、15面
  8. ^ a b 区のシンボル”. 神戸市長田区. 2014年8月21日閲覧。
  9. ^ :平成20 年住宅・土地統計調査神戸市、第3回豊かな住生活部会「空家の解消、住み替えがスムーズにできる環境づくりの現状」、平成22.3.11
  10. ^ a b “「暴力団は出ていけ」任侠山口組トップ射殺事件の神戸・長田で暴追パレード 住民150人参加”. 産経WEST (産経新聞社). (2017年12月4日). http://www.sankei.com/west/news/171204/wst1712040015-n1.html 2018年4月16日閲覧。 
  11. ^ a b “神戸・長田で発砲、男性死亡 抗争事件で捜査 任侠山口組代表狙ったか”. 産経WEST (産経新聞社). (2017年9月12日). http://www.sankei.com/west/news/170912/wst1709120098-n1.html 2018年3月25日閲覧。 
  12. ^ a b 『一経済学徒の断草』180-181頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年7月11日閲覧。
  13. ^ 藤吉, 雅春 (1999-07-02). ノンフィクションを書く!. ビレッジセンター出版局. p. 238. ISBN 978-4894361294 
  14. ^ 本名・『尾崎小百合』(おざき・さゆり)。当該記事参照。

参考文献[編集]

  • 井上貞蔵『一経済学徒の断草』邦光堂、1927年。
  • 『路線価設定地域図 昭和36年分 3の3』大阪国税局
  • 落合重信、有井基『神戸史話』創元社、1967年7月 ISBN 978-4-422-25003-8
  • 落合重信、有井基、陸井敏子、長田区広報相談課『ながたの歴史』、1977年3月。
  • 田辺眞人、長田区役所まちづくり推進課『ながたの民話』、1983年3月。
  • 田辺眞人、竹内隆、長田区役所まちづくり推進課『ながたの歴史』、2005年3月。

外部リンク[編集]