兵庫区

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ひょうごく ウィキデータを編集
兵庫区
Kobe Wing Stadium 002.JPG
御崎公園球技場
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
神戸市
市町村コード 28105-1
面積 14.68km2
総人口 109,962[編集]
推計人口、2022年7月1日)
人口密度 7,491人/km2
隣接自治体
隣接行政区
神戸市長田区北区中央区
区の花 パンジー
兵庫区役所
所在地 652-8570
兵庫県神戸市兵庫区荒田町一丁目21番1号
北緯34度40分49.9秒 東経135度9分55.6秒 / 北緯34.680528度 東経135.165444度 / 34.680528; 135.165444座標: 北緯34度40分49.9秒 東経135度9分55.6秒 / 北緯34.680528度 東経135.165444度 / 34.680528; 135.165444
兵庫区役所
外部リンク 神戸市兵庫区
兵庫区位置図
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兵庫区の中心市街地

兵庫区(ひょうごく)は、神戸市を構成する9行政区の一つで、同市中部に位置する。また瀬戸内海沿岸に所在する。

概要[編集]

かつて大坂の外港として栄えた「兵庫津(ひょうごのつ)」と呼ばれる港が位置しており、その歴史は平清盛が整備した大輪田泊[1]に遡る。江戸時代後期に欧米との条約により、もともとは「兵庫港」が開港する予定であったが、実際には3km東の神戸村(現在の神戸市中央区)が開港場となり、神戸外国人居留地や港湾施設が整備され、「神戸港」が設置された。「兵庫」と「神戸」は元来別々の町村であったが、市域の拡大によって一つの都市として一体化した。神戸港開港によって神戸は国際港湾都市工業都市として急速に発展していき、兵庫は神戸市の一地域に組み込まれていった。臨海部には川崎造船所(後の川崎重工業中央区にまたがる)や三菱重工業神戸造船所が所在し、阪神工業地帯の一角を成している。

地理[編集]

歴史[編集]

兵庫区にあった「兵庫生洲」[2]摂津名所図会より

旧石器時代、会下山遺跡において石器が発見された[3]縄文時代、遺跡や土器の出土からこの時代から集落が形成されたことが確認される[4]弥生時代には荒田[5]、大開[6]、松本[7]などいくつかの集落が設けられ、多くの出土品が見つかっている[3]古墳時代には夢野丸山古墳、会下山二本松古墳が造られる[4]

奈良時代行基によって摂播五泊の一つ大輪田泊鎌倉時代以降の兵庫津、現在の神戸港西部)が築かれ[8][9]平安時代には平清盛が大輪田泊を利用して経が島を、また隣接する都として福原京を建造した[10][11]。このため、一ノ谷の戦いでは平氏の北の陣営が築かれ、戦場となる。

区南東部に位置する兵庫津は、江戸時代には全国有数の規模を誇る港町として栄え、人口も2万人を超えていた[12]1868年の兵庫港開港の際には、開港による既存の港湾・市街の混乱を回避するため、宇治川以東に位置する神戸村の神戸港が事実上の開港場となった[13][14]。当初こそ「兵神」と神戸と対等に扱われた兵庫津だったが、文明開化による神戸の発展はめざましく、兵庫津は1879年には自治体として神戸区に、1892年には港湾として神戸港に併呑されるに至り、兵庫は神戸市の一地域となった。兵庫津では1874年から1899年にかけて兵庫運河が開削され、江戸時代の面影が随分と失われた[15][16]。神戸市街の拡張のため宇治川は早くから暗渠化され、神戸港への土砂の流入を防ぐため湊川1901年に現河道に付け替えられたことで、神戸から兵庫津までが地続きとなり、より神戸と一体的な市街が形成されていった[17]

明治以降は沿岸部に川崎造船所(後の川崎重工業中央区にまたがる)や三菱重工業神戸造船所が置かれ、工業港の様相を呈するようになった[18]神戸空港開港後は国内外の主要企業の進出が進み、人口増加率は神戸市内で最も高く、単身者世帯の人口増加率は前年比141%である。

長田区との区境近くにある地名の「夢野」は、現存する「風土記」の「摂津国風土記」逸文にみられ[19]、この地の鹿であった「夢野の鹿」の伝承にある[20]。「夢野の鹿」は和歌季語にもなっており、山家集にも詠まれている[21]

行政区域の変遷[編集]

隣接している区[編集]

人口[編集]

人口
1935年 145,064
1940年 149,363
1945年 70,848
1947年 130,633
1950年 160,127
1955年 211,414
1960年 238,592
1965年 254,076
1970年 269,639
1975年 165,868
1980年 142,418
1985年 130,429
1990年 123,919
1995年 98,856
2000年 106,897
2005年 106,985
2010年 108,304
2015年 106,956
2020年 109,144

地域[編集]

町名[編集]

兵庫地区
  • 中道通
  • 西橘通
  • 中之島
  • 出在家町
  • 永沢町
  • 佐比江町
  • 門口町
  • 小河通
  • 兵庫町
  • 西出町
  • 水木通
  • 島上町
  • 西多聞通
  • 築地町
  • 船大工町
  • 南仲町
  • 下沢通
  • 湊町
  • 西仲町
  • 天王町
  • 上沢通
  • 芦原通
  • 大井通
  • 北逆瀬川町
  • 神明町
  • 西宮内町
  • 会下山町
  • 南逆瀬川町
  • 切戸町
  • 三川口町
  • 西柳原町
  • 福原町
  • 東柳原町
  • 東出町
  • 本町
  • 松本通
  • 羽坂通
  • 七宮町
  • 駅前通
  • 駅南通
  • 新開地
  • 西上橘通
  • 入江通
  • 松原通
  • 須佐野通
  • 大開通
  • 今出在家町
  • 浜崎通
  • 塚本通
  • 磯之町
  • 鍛冶屋町
荒田地区
湊地区
  • 平野町
  • 梅元町
  • 湊山町
  • 雪御所町
  • 上三条町
  • 下三条町
  • 上祇園町
  • 祇園町
  • 楠谷町
  • 馬場町
  • 烏原町
  • 湊川町
  • 熊野町
  • 五宮町
  • 菊水町
  • 石井町
  • 東山町
  • 鵯越筋
  • 鵯越町
  • 氷室町
  • 清水町
  • 北山町
  • 里山町
  • 滝山町
  • 小山町
  • 夢野町
  • 山王町
  • 都由乃町
  • 千鳥町
  • 大同町
  • 矢部町
  • 神田町
林田地区
  • 遠矢浜町
  • 吉田町
  • 浜山通
  • 笠松通
  • 和田宮通
  • 和田崎町
  • 御崎本町
  • 小松通
  • 上庄通
  • 三石通
  • 和田山通
  • 明和通
  • 御所通
  • 御崎町
  • 浜中町
  • 材木町
  • 金平町
  • 高松町

消滅した大字・町丁[編集]

消滅前の大字・町丁[23] 誕生年月日 消滅年月日 現在の大字・町丁
魚棚町 江戸時代 1977年 島上町、本町
江川町 江戸時代 1977年 兵庫町
川崎町 江戸時代 七宮町
川中町 1930年 1973年 和田宮通
北仲町 江戸時代 1977年 本町
北宮内町 江戸時代 1977年 七宮町、本町
小物屋町 江戸時代 1977年 本町
算所町 江戸時代 1977年 兵庫町
鹿屋町 江戸時代 1977年 本町
正慶町 1900年 1978年 駅南通
新在家町 江戸時代 1975年 中之島
新町 江戸時代 1975年 中之島
住吉通1-4丁目 1894年 1975年 明和通、御崎本町
関屋町 江戸時代 1975年 中之島
匠町 江戸時代 1977年 鍛冶屋町
戸場町 1873年 1977年 本町
富屋町 江戸時代 1977年 本町
中庄通1-3丁目 1905年 1973年 上庄通
中町西通1-2丁目 1945年 1975年 新開地
西小湊通1-2丁目 1945年 1975年 新開地
浜新町 江戸時代 1975年 中之島
松屋町 江戸時代 1977年 本町、鍛冶屋町
宮内町 江戸時代 1977年 七宮町、本町
宮前町 江戸時代 1977年 七宮町、本町
明治通1-3丁目 1900年 1978年 芦原通、駅南通

大字・町丁の変遷[編集]

健康[編集]

  • 医療法人仁風会 小原病院
  • 井上病院
  • 医療法人社団元気会 由井病院
  • 医療法人一輝会 荻原みさき病院
  • 医療法人榮昌会 吉田病院
  • 彦坂病院
  • 川崎病院
  • 神戸百年記念病院
  • 神戸大山病院(旧佑康病院)
  • 湊川病院  
  • 三菱神戸病院(開設者:三菱重工業

教育[編集]

小学校
中学校
特別支援学校
高等学校

交通[編集]

鉄道路線[編集]

西日本旅客鉄道
この他、山陽新幹線が区内を通るが駅はない。
阪神電気鉄道(阪神)
阪急電鉄(阪急)
神戸電鉄
神戸市営地下鉄

バス路線[編集]

道路[編集]

阪神高速道路
一般国道
主要地方道
その他の県道
その他広域幹線道路

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

神戸市水の科学博物館
兵庫運河。右奥に見えるのがレガッタコース
兵庫城の石碑と案内看板

兵庫七福神めぐり[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 高橋昌明 2007, p. 33.
  2. ^ 兵庫津繁栄の時代 - 66 兵庫生洲跡の碑”. 神戸市. 2022年8月13日閲覧。
  3. ^ a b 神戸歴史遺産”. 神戸市文化スポーツ局文化財課. 2022年8月18日閲覧。
  4. ^ a b 辻田忠弘 1989, p. 8.
  5. ^ 丸山潔 1980, pp. 1–2.
  6. ^ 前田佳久 1993, pp. 2–3.
  7. ^ 中谷正 2005, pp. 1–6.
  8. ^ 藤井直正 1988, pp. 071–074.
  9. ^ 黒田勝彦 2007, p. 4.
  10. ^ 辻田忠弘 1989, p. 11.
  11. ^ 高橋昌明 2007, pp. 33–34.
  12. ^ 福原敏男 2004, p. 257.
  13. ^ 橋本行史 2019, p. 8.
  14. ^ 辻田忠弘 1989, p. 7.
  15. ^ 村田誠治 1974, pp. 516–525(上)
  16. ^ 新修神戸市史編集委員会 1994, pp. 295–296.
  17. ^ 吉原大志 2010, pp. 182–184.
  18. ^ 橋本行史 2019, p. 12.
  19. ^ 佐々木隆 2013, p. 186.
  20. ^ 神戸市兵庫区:まちかどの伝説と信仰”. 神戸市. 2022年8月19日閲覧。
  21. ^ 山家集”. 兵庫県立美術館. 2022年8月14日閲覧。
  22. ^ a b c d e 神戸市北区:歴史”. 神戸市. 2022年8月19日閲覧。
  23. ^ 神戸史学会 2007.
  24. ^ 神戸市立会下山小学校-トップページ”. 神戸市立会下山小学校. 2022年8月16日閲覧。
  25. ^ 神戸市立神戸祇園小学校 - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立神戸祇園小学校. 2022年8月16日閲覧。
  26. ^ 神戸市立浜山小学校-トップページ - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立浜山小学校. 2022年8月16日閲覧。
  27. ^ 神戸市立兵庫大開小学校-トップページ”. 神戸市立兵庫大開小学校. 2022年8月16日閲覧。
  28. ^ 神戸市立水木小学校-トップページ - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立水木小学校. 2022年8月16日閲覧。
  29. ^ 神戸市立明親小学校-トップページ”. 神戸市立明親小学校. 2022年8月16日閲覧。
  30. ^ 和田岬小学校-トップページ”. 和田岬小学校. 2022年8月16日閲覧。
  31. ^ 神戸市立夢野の丘小学校-トップページ”. 神戸市立夢野の丘小学校. 2022年8月16日閲覧。
  32. ^ 神戸市立須佐野中学校-トップページ - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立須佐野中学校. 2022年8月16日閲覧。
  33. ^ 神戸市立兵庫中学校-トップページ - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立兵庫中学校. 2022年8月16日閲覧。
  34. ^ 神戸市立兵庫中学校北分校-トップページ”. 神戸市立兵庫中学校北分校. 2022年8月16日閲覧。
  35. ^ 神戸市立湊川中学校-トップページ - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立湊川中学校. 2022年8月16日閲覧。
  36. ^ 神戸市立夢野中学校-トップページ”. 神戸市立夢野中学校. 2022年8月16日閲覧。
  37. ^ 神戸市立吉田中学校-トップページ - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立吉田中学校. 2022年8月16日閲覧。
  38. ^ 夙川中学校・高等学校-中学校”. 学校法人 須磨学園. 2022年8月16日閲覧。
  39. ^ 神戸市立友生支援学校-トップページ - 神戸教育情報ネットワーク”. 神戸市立友生支援学校. 2022年8月16日閲覧。
  40. ^ トップページ - 兵庫県立兵庫工業高等学校 - 兵庫県教育委員会”. 兵庫県立兵庫工業高等学校. 2022年8月16日閲覧。
  41. ^ 兵庫県立神戸工業高等学校”. 兵庫県立神戸工業高等学校. 2022年8月16日閲覧。
  42. ^ 神戸市立神港橘高等学校-トップページ”. 神戸市立神港橘高等学校. 2022年8月16日閲覧。
  43. ^ 神戸市立楠高等学校-トップページ”. 神戸市立楠高等学校. 2022年8月16日閲覧。
  44. ^ 夙川中学校・高等学校-高校”. 学校法人 須磨学園. 2022年8月16日閲覧。
  45. ^ 神戸アートビレッジセンター - KAVCについて”. 神戸アートビレッジセンター. 2022年8月15日閲覧。
  46. ^ 野口五郎もアン・ルイスも来た 創業85年、昭和の香り残るレコード店”. 神戸新聞社. 2020年3月18日閲覧。
  47. ^ 三菱重工 | 和田岬砲台 - Mitsubishi Heavy Industries”. 三菱重工. 2022年8月14日閲覧。

参考文献[編集]

  • 村田誠治 『神戸開港三十年史』 上、原書房、1974年 (原著1899年)。doi:10.11501/992515 
  • 新修神戸市史編集委員会 『新修神戸市史 歴史編 4 (近代・現代)』神戸市、1994年。 
  • 神戸史学会 編 『神戸の町名 改訂版』(第一冊発行)神戸新聞、2007年12月10日。ISBN 978-4-343-00437-6 
  • 藤井直正 (1988). “行基の足跡 -歴史考古学の視点から-”. 大手前女子大学論集 (大手前女子大学) 22: 053-079. ISSN 02859785. NAID 110000046478. 
  • 辻田忠弘 (1989). “神戸考概論”. 都市政策 (神戸都市問題研究所) 56: 3-18. doi:10.11501/1833526. ISSN 03850390. 
  • 福原敏男 (2004). “雨乞の灯火風流 : 幕末兵庫津の事例”. 国立歴史民俗博物館研究報告 (国立歴史民俗博物館) 117: 251-268. doi:10.15024/00001281. ISSN 0286-7400. NAID 120005748472. 
  • 高橋昌明 (2007). “平清盛の対中国外交と大輪田泊”. 海港都市研究 (神戸大学文学部 海港都市研究センター) 2: 27-39. doi:10.24546/80030016. ISSN 02881535. NAID 110006386886. 
  • 黒田勝彦 (2007). “神戸開講140年の意義と神戸港”. 都市政策 (神戸都市問題研究所) 129: 4-11. ISSN 03850390. 
  • 吉原大志 (2010). “1900年代前後における海港都市神戸の形成について--湊川付替事業を事例に”. 海港都市研究 (神戸大学大学院人文学研究科海港都市研究センター) 5: 181-192. doi:10.24546/81002122. 
  • 佐佐木隆 (2013). “「菟餓野の鹿」の伝説 「鳴く牡鹿なれや…」という諺”. 人文 (学習院大学人文科学研究所) 11: 188-170. ISSN 18817920. 
  • 橋本行史 (2019). “港湾都市の盛衰 : 神戸と堺の比較から”. 政策創造研究 (関西大学政策創造学部) 13: 1-40. ISSN 18827330. NAID 120006619914. 
  • 丸山潔; 丹治康明, 渡辺誠 (1980). 楠・荒田町遺跡発掘調査報告書 (Report). 神戸市教育委員会. doi:10.24484/sitereports.10387. 
  • 前田佳久; 内藤俊哉, 千種浩, 木越邦彦, 南木睦彦, 成瀬正和, 藁科哲男, 東村武信, 松井章, 大澤正己 (1993). 大開遺跡発掘調査報告書 (Report). 神戸市教育委員会文化財課. doi:10.24484/sitereports.11231. 
  • 中谷正 (2005). 兵庫松本遺跡第2~4・12・17・19次発掘調査報告書 (Report). 神戸市教育委員会. doi:10.24484/sitereports.10451. 

外部リンク[編集]