桂あやめ (3代目)

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3代目 桂 あやめかつら あやめ
3代目 桂 あやめ
結三柏は、桂文枝一門の定紋である。
本名 入谷 ゆか(いりたに ゆか)
生年月日 (1964-01-31) 1964年1月31日(53歳)
出生地 日本の旗 日本兵庫県神戸市
師匠 5代目桂文枝
名跡 1. 桂花枝(1982年 - 1994年)
2. 3代目桂あやめ(1994年 - )
活動期間 1982年 -
活動内容 上方落語
家族 林家和女(姉)
所属 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
受賞歴
1987年 「第8回ABC漫才落語新人コンクール」最優秀新人賞

1994年 「第1回きらめき賞」
1996年 「咲くやこの花賞」大衆芸能部門
1997年 「大阪府芸術劇場」奨励新人賞認定
2000年 「大阪府女性基金プリムラ奨励賞」
2002年 「第57回文化庁芸術祭賞」演芸部門優秀賞
2007年 「繁昌亭大賞」奨励賞

備考
上方落語協会理事

3代目 桂 あやめ(3だいめ かつら あやめ、本名:入谷 ゆか(いりたに ゆか)、1964年1月31日(戸籍上は2月1日) - )は、兵庫県神戸市兵庫区[1]出身の女性落語家よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。上方落語協会、上方落語協会茶道部「楽茶会」会員。出囃子は「菖蒲浴衣」。夙川学院高校中退。

寄席囃子三味線方の林家和女は実姉、5代目林家小染は義兄。当代林家染八は甥。

来歴・人物[編集]

1982年6月5日に5代目桂文枝(当時は3代目小文枝)に入門、桂 花枝(かつら はなし)を名乗る。初舞台は1982年11月京都蛸薬師の桂文太の会。1994年6月6日、3代目桂あやめを襲名。

1999年、林家染雀との音曲漫才コンビ「姉様キングス」を結成し、人気を博す。

2012年、内海英華めぐまりここっこわんだふる佳恵春野恵子、かぐや、ヴァチスト太田とともに『女芸人キャバレーナイト』を結成。同年1月より、毎月最終月曜日に都合の合うメンバーが数名集まり、ステージショーを公演。[2]さらに同年のその後、英華およびまりことともに音曲漫才トリオ『オジョウサンズ』[3]も立ち上げる。

弟子に桂さろめがいたが師弟関係は解消しているようである。

エピソード[編集]

  • 中学校2年生の時、課外授業「上方落語鑑賞」で落語に夢中になり、小文枝のオリジナルTシャツを作製し落語会に着ていくなど、追っかけをしていた。のちに入門を志願したところ、車の免許がないことを理由に断られたため、合宿にて2週間後に取得、入門を許された。花枝時代は愛称は「花ちゃん」。師匠の初名である「あやめ」という名前が高校時代から憧れていた。1992年4月に「あやめ」襲名が桂小枝と小文枝の相談によって決定(小文枝の「文枝」襲名と同時期)したが、後述の「スナックママ連続殺人事件」が起きたために実際の襲名は約2年遅れた。
  • 入門当時女流噺家が珍しかったため、初高座の音源が録音されている。
  • 一時期SM大喜利というイベントを行っていた。高座でSMのコスチュームで悪い答えには膝の上にブロックを置く過酷なルールだった。
  • 入門間もない頃、師匠の着物を忘れるという大失敗を犯してしまい(小文枝夫人に連絡がついたものの前年に作った着物を渡されたらしい)、小文枝から叱られて手を上げられたことがある。その場には偶然河内家菊水丸が居た(全て本人たちがラジオで語ったところによる)。
  • 24歳で、釣り好きの4歳年上の照明技師と結婚も、3年目で離婚した。
  • 1992年1月5日、「スナックママ連続殺人事件」(警察庁指定119号事件)の指名手配被疑者が隣人を装って部屋に侵入、首を絞められ現金14万円を奪われた。しかし、彼女の通報により被疑者逮捕に至った。文枝の自叙伝『あんけら荘夜話』によれば、警察の事情聴取には気丈に応じていたが、その後、経緯を報告すべく師匠宅に電話を入れ、師の声を聞いた途端に泣き崩れてしまったという。本件被害がきっかけとなり、後に防犯催涙スプレーの通信販売広告キャラクターを務めた。
  • 1995年1月17日の阪神・淡路大震災で母親を亡くすも、気丈に高座を務めた。その当時の状況は、後に出演した「徹子の部屋」で語られた。体調を崩した父を自分のアパートに引き取って面倒を見た。
  • 2002年に38歳で第1子となる女児を出産し、シングルマザーとなる。父親の名前は公表していない。
  • 時事問題を扱う「あやめジャーナル」、新作落語のネタ下ろし中心の「できちゃったらくご!」など、積極的に落語会を主催している。以前は大阪府大阪市天王寺区にミニホール「茶臼山舞台」を開いていた(2003年 - 2007年3月)。閉場後はあやめ自身が開催する落語会や公演の連絡先となっている。
  • 2007年は入門25周年にあたる。
  • 漫才コンビのロザンと共に、「あやめ・ロザンのアンテナ」と言う名前のトークイベントを開催していた。
  • ラジオ番組『ラジオよしもと むっちゃ元気!』がきっかけで、まるむし商店の磯部公彦としましまんずの4人で「おせち」というユニットバンドを組み、自作の曲でライブを行っていたことがある。あやめはヴォーカルとアコーディオンを担当した。
  • 蜘蛛グッズコレクター。
  • 実姉が林家和女、義兄が5代目林家小染、自身が桂あやめ、と偶然とはいえ最後に「め」がつく名前であることに本人はこだわりをもっているようで、その旨芸人仲間にも語っている。それゆえ弟子にも「さろめ」と命名し、統一を図ったということである。
  • 2009年には彦八まつりの実行委員長を務めた。それに伴い、短編映画「あなたのためならどこまでも」を撮影し、まつりで公開した。
  • 入門当時は何をやってもウケず、悩んだあげく師匠小文枝の助言もあり、女性が女性を演じる創作落語に転じ、これにより、「セールス・ウーマン」「営業一課の高田君」「コンパ大作戦」などが生まれた。
  • 2012年は入門30周年にあたりダイエットに挑戦した。
  • 2014年には髪の毛を金髪にした。

出演[編集]

現在[編集]

過去[編集]

受賞歴[編集]

著書[編集]

参考文献[編集]

出典[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 神戸新聞NEXT 2015年1月20日
  2. ^ 2012年12月31日には初めてメンバー8名が全員そろって出演した。なお、この時はその後他の落語家も加わって年越しオールナイト落語会へと続いた。
  3. ^ かつて大阪で活動していたトリオ『ジョウサンズ』のパロディ。