逢坂誠二

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逢坂 誠二
おおさか せいじ
Seiji Osaka cropped 1 Seiji Osaka 201101.jpg
総務大臣政務官就任に際して
公表された肖像写真
生年月日 (1959-04-24) 1959年4月24日(62歳)
出生地 日本の旗 日本 北海道虻田郡狩太町(現:ニセコ町
出身校 北海道大学薬学部
前職 地方公務員ニセコ町
自治労ニセコ町職員組合
ニセコ町長
所属政党無所属→)
民主党→)
民進党→)
旧立憲民主党菅G)→)
立憲民主党近藤G
称号 薬学士北海道大学1983年
薬剤師
公式サイト 衆議院議員 逢坂誠二(おおさかせいじ)

日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(地域主権・地域活性化及び地方行政担当)
内閣 鳩山由紀夫内閣
菅直人内閣
在任期間 2009年12月4日 - 2010年9月21日

選挙区比例北海道ブロック→)
北海道8区
当選回数 5回
在任期間 2005年9月12日 - 2012年11月16日
2014年12月15日 - 現職

当選回数 3回
在任期間 1994年11月 - 2005年8月29日
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逢坂 誠二(おおさか せいじ、1959年4月24日 - )は、日本政治家立憲民主党所属の衆議院議員(5期)。姓の漢字は正確には部首が⻍ではなく⻌[1]。立憲民主党北海道連代表[2]

北海道ニセコ町長(3期)、総務大臣政務官菅直人第1次改造内閣菅直人第2次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官鳩山由紀夫内閣菅直人内閣)、旧立憲民主党政務調査会長等を歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

北海道虻田郡狩太町(現:ニセコ町)に生まれる。父親は樺太の旧野田町に生まれ旧恵須取町で育った[3]。母親も他県の出身者で、二人で日用雑貨屋を営んでいた。小学校に上がると父親に命じられ、低学年からヤクルトや牛乳の配達、集金などをし家業を手伝った[4]。1977年に北海道倶知安高等学校を卒業。札幌市の予備校の寮で一浪したのち[5]、1979年に北海道大学薬学部に入学。学業のかたわら音楽活動も熱心に行った[6]

免疫学の研究者になることを望んでいたが、大学4年生の秋に父親が病気になり、研究職の道を断念[7]。故郷で転勤がない就職先はあまりなく、しかたなく町役場の試験を受ける。1983年3月大学卒業後、4月ニセコ町役場へ入庁[8]し、旧社会党系の自治労に加盟。1984年薬剤師免許を取得。仕事の合間に、北海道大学や慶応大学の研究室に出入りしながら法律の勉強を少しずつ始めた[6]

ニセコ町長へ[編集]

係長をしていた1988年、町長を目指すきっかけとなった黒澤明監督の『生きる』を見る[9]。また同年、「まちで街路整備事業をやりたい」という町民が現れる。町役場とは無関係の自主的取り組みであったが、毎晩のように町民と話し合う生活がそれから6年間続く。情報公開と住民参加の原理の重要性を実感し、町長選挙に出ることを考える。1994年7月、北海道大学の大学院生であった田中秀征衆議院議員の話を聞く機会があり、田中の「僕は選挙弱いんだよね、勝った数より負けた数が多い」という言葉に強く背中を押され[6]、8月にニセコ町役場を辞職。推薦団体はゼロ、支援した町議は一人だけであったが、同年10月16日に行われたニセコ町長選挙で現職の渡辺冨雄を僅差で破り初当選した[10][11]

1998年10月、無投票で再選。町長選挙を直前に控えた2002年9月17日、札幌市の市民グループから翌年の北海道知事選挙への出馬要請を受ける。この申し出を断り、10月に無投票で3選。

3選後の2002年12月20日に連合北海道から、12月27日には市民グループ8団体から、2003年1月22日には民主党から出馬を請われ[12]、動向が注目されるところとなった。同年2月2日、知事選不出馬を正式に表明[13]。2月12日、一連の騒動の責任をとるとして、議長に退職申出書を提出し、ニセコ町長職への辞意を表明する[14]。これに対し、町の人口約4,600人から辞意の撤回を求める3,000名分の署名が届けられた。2月26日に逢坂は議長に辞職撤回の意思を伝えた[15]2004年内閣府が行った調査で、ニセコ町は参考にしたい自治体の1位となっている[16]

衆議院議員へ[編集]

国政に目が向くきっかけは「小泉構造改革」だった。小泉内閣は地方交付税の削減を政策として推し進めた。2004年12月2日にNHKホールで開かれた全国町村長大会[17]小泉純一郎首相が会場を出る時、逢坂はステージに向かって「このままじゃ日本がつぶれるぞ」と大声で叫んだという。その後、地元新聞のインタビューに「地方自治のことがわかる国会議員がいないとだめだ」と答えると、それを見た民主党衆議院議員(当時)の鉢呂吉雄から「あんたがやらなきゃだめだ」と言われる[18]

2005年8月8日、衆議院解散。鉢呂は岡田克也代表の意向を受けて逢坂に立候補を要請[19]。8月25日、逢坂は比例北海道ブロック単独1位候補として立候補することを正式に表明し、8月29日に町長を辞職[13]。同年9月の第44回衆議院議員総選挙で初当選した[20]

2007年第21回参議院議員通常選挙比例区への鞍替えが持ち上がり、逢坂自身も鞍替えを一度は承諾したものの、民主党本部の常任幹事会では否定的な意見が出され、最終的に転出は見送られた。これは、逢坂の出身地であり町長を務めたニセコ町を含む後志総合振興局北海道4区は前述の鉢呂吉雄地盤であり、第45回衆議院議員総選挙で選挙区調整の難航が予想されたことによる。北海道8区選出の金田誠一が同年10月に脳梗塞を発症して次期総選挙への不出馬を表明したため、逢坂はかつての鉢呂の地盤でもあった北海道8区で公認を受ける。

2009年第45回衆議院議員総選挙で、北海道8区で自由民主党公認の福島啓史郎を大差で破り再選[21]され、鳩山由紀夫内閣内閣総理大臣補佐官地域主権地域活性化及び地方行政担当)に任命されて以降の菅直人内閣まで務める。2010年9月に菅直人第1次改造内閣総務大臣政務官(所掌は地方行政、地方財政地方税制消防[22])に任命され、菅直人第2次改造内閣まで務める。2011年9月に野田内閣の発足に伴い総務大臣政務官を退任し、民主党副幹事長に起用された。2012年1月より民主党総括副幹事長に就く。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙で、日本未来の党小沢一郎の女性運転手を擁立して日本共産党の新人を含めた4人の争いの末、自民党新人の前田一男松前町長に敗れる。比例北海道ブロックで民主党が獲得した2議席に届かず、比例復活もならず落選した[23]

2014年12月の第47回衆議院議員総選挙で、北海道8区で前回敗れた前田を破り、3選。2年ぶりに国政に復帰した。

2016年3月27日、民主党と維新の党が合流して結成された民進党に参加した[24]

2017年7月27日、民進党代表の蓮舫が、同月の東京都議会議員選挙の結果を受けて辞任を表明[25]。蓮舫の辞任に伴う代表選挙(9月1日投開票)では枝野幸男の推薦人に名を連ねた[26][27]

無所属、立憲民主党[編集]

2017年9月28日、民進党は希望の党への合流を決定[28]。翌9月29日の早朝、「無所属でやるしかない」と決断。すぐに地元の函館に戻り、記者を集め、出馬表明を行った[6]。「希望の党とはどうしても合わない」と述べ、民進党本部が求める希望の党への公認申請を見送る方針を明らかにした[29]。10月3日に結党した立憲民主党に入党。その上で、同22日投開票の第48回衆議院議員総選挙に無所属で立候補し[30]、前田を破り4選。翌日、立憲民主党は役員会で逢坂を公示日に遡って追加公認することを決めた[31]

2019年1月28日、立憲民主党の政調会長に就任[32]。同年8月24日、同党北海道連代表に就任[33]

2020年8月24日、旧立憲民主党と旧国民民主党は、2つの無所属グループを加えた形で合流新党を結成することで合意した[34]。同年9月10日に行われた新「立憲民主党」の代表選挙では枝野幸男の推薦人に名を連ねた[35]。9月26日、立憲民主党北海道連が発足。旧党道連代表の逢坂が代表に就任した[2]

2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙で、前田を破り5選[36]。11月2日、枝野幸男がこの総選挙で立憲民主党が伸び悩んだ責任を取り、党代表を辞任する意向を表明[37]

逢坂が所属する党内の最大グループ「サンクチュアリ(旧赤松グループ)」は枝野の辞任に伴う代表選挙に向け、西村智奈美の擁立を検討していた。しかし、同グループ前会長で前衆議院議員の赤松広隆らが、経験不足などを理由に西村擁立に難色を示した。その結果、11月16日夜、国会内で会合を開き、必要な推薦人20人を確保した上で、町長と党要職経験のある逢坂を擁立する方針を決めた。逢坂はグループの要請を受け、同日、記者団に立候補する意向を表明した[38][39][40][41]。11月17日、記者会見し、正式に出馬表明[42]

政策・主張[編集]

ニセコ町長時代[編集]

  • 2000年12月、「情報共有」と「住民参加」を2大原則とする「まちづくり基本条例」を制定した(施行は2001年4月)[43][44]
  • 地方自治体に対し権限や財源を移譲し、同時に地方自治体独自の自主的な判断の尊重を主張している[45]。また道州制論議に関し、逢坂は道州制の導入そのものに関しては否定していないながらも、基礎自治体である市町村を最も重視する考えを示している。
  • 役場の管理職会議を全面公開とした。職員の傍聴も自由、住民は誰でも聞くことができるようにした[16]
  • 「徹底的な情報公開」と「人への投資」の二つを大きな柱として町政を行った。逢坂はこう回顧している。「とにかく人に投資することを10年やり続ければ地域は変わるという確信がありました。ただ、その気持ちが変わったのが小泉政権の時。地域でどんなに頑張っても国政に自治に対するきちんとした認識がなければ、積み上げたレンガはあっという間に崩されるということがよくわかりました」[6]

衆議院議員時代[編集]

憲法問題
  • 憲法改正について、2017年、2021年のアンケートで「どちらとも言えない」と回答[46][47]。2021年11月19日、BSフジの番組に立憲民主党代表選挙の立候補者4人が出演した際、逢坂は「(日本国憲法は)不磨の大典ではない。国民が改正が必要であると言えば、改正の議論はしないといけない」「憲法改正だけが目的の議論っていう場合は、なかなか乗りづらい」と述べ、絶対的な護憲思想ではないことを明らかにした[48]
  • 憲法9条への自衛隊の明記について、2021年のアンケートで「どちらかといえば反対」と回答[49]
外交・安保・日米問題
  • 安全保障関連法の成立について、2017年のアンケートで「評価しない」と回答[46]
  • 安倍内閣による北朝鮮問題への取り組みについて、2017年のアンケートで「評価しない」と回答[46]
  • 2021年11月19日、立憲民主党代表選挙の候補者共同記者会見で「外交安保政策は、政権が変わるたびにガラガラ変わるということではまずい」と述べた[50]
  • 2021年11月23日、代表選挙の候補者討論会で、自公政権の外交・安保政策を原則継承すると表明。ただし、普天間飛行場の名護市辺野古移設に関しては「民意とかけ離れているので立ち止まって再度交渉し直すことが大事だ」と述べた[51]
ジェンダー問題
  • 選択的夫婦別姓制度の導入について、2009年のアンケートで「賛成」と回答[52]。2017年のアンケートでは「どちらかといえば賛成」と回答[46]。2021年のアンケートでは「賛成」と回答[47]
  • 2016年3月23日、衆議院法務委員会において、選択的夫婦別姓制度に関連した閣法を出すことや国会で論ずる場を設けることを求めた[53]ほか、「世論を待つということ、慎重にということよりも、もう一歩踏み込む時期に来ている」と述べている[54]
  • 同性婚を可能とする法改正について、2021年のアンケートで「賛成」と回答[49]
  • LGBTなど性的少数者をめぐる理解増進法案を早期に成立させるべきか」との問題提起に対し、「賛成」と回答[47]
  • クオータ制の導入について、2021年のアンケートで「賛成」と回答[49]
エネルギー政策
  • 原子力発電への依存度について今後どうするべきか」との問題提起に対し、2021年のアンケートで「ゼロにすべき」と回答[49]
  • 大間原子力発電所青森県大間町)の建設凍結を求める[55]
  • 2021年11月24日、BS日本深層NEWS』に立憲民主党代表選挙の候補者4人が出演。「脱炭素社会を実現するエネルギー源として、原発を再稼働するべきか否か」との質問に対し、逢坂は「日本の原発は致命的な欠陥がある。再稼働は厳しい」と答えた[56]

その他

人物[編集]

ニセコ町長在任中、国土交通省主催の講演にて公表された肖像写真
  • パソコン通信の頃からインターネットを利用し[60]SNSブログTwitterなどを多用する。2009年6月17日の国会党首討論をTwitterで実況中継した[61]
  • 2009年7月3日に公認アカウントを取得したmixiで「衆議院議員 逢坂誠二の日記」を記し、「革命を愛する」コミュニティに所属する。
  • ボブ・ディランの大ファン[62][63]で「ボブ・ディランを語らせたら朝まで」と[8]豪語する。1978年に予備校で寮生活をしていた時に、新譜の『ストリート・リーガル』を聴くために札幌市内のロック喫茶に通い詰めた[5]。その他、ニール・ヤングザ・バンドなどもよく聴く[4]
  • 2008年3月26日、国鉄労働組合のJR採用差別闘争の院内集会に参加し、連帯の挨拶を行った[64]
  • 2009年8月30日投開票の第45回衆議院議員総選挙において、自身の当選確実が報道された際、Twitter上に「当選確実なう」とツイートし、公職選挙法違反(当時)が指摘された[65]
  • 自らの政治信条について、「保守とか、リベラルとか、革新とか、右翼とか、左翼とか、私にはあまり意味がない。私の仕事は、国民を守ること。そのために国を守ることも、食料やエネルギーを確保することも必要だ。私の中には、保守、リベラル、革新などあらゆるものが同居している。国民の命を守り、国民とともに成長するために。」と述べている[66]
  • 政調会長として、韓国による日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を受けて、「日韓両国の関係悪化を安全保障の分野にまで持ち込む韓国政府の姿勢は、決して容認できるものではない。」「米国政府にとってもGSOMIA破棄など望む状況であるはずもなく、今回の決定で利益を得る国がどこなのかを考えても、今回の決定は極めて遺憾であると断ぜざるを得ない」と韓国を批判する談話を発表した[67]

著書[編集]

単著
  • 『自治の課題とこれから 改革の時代の自治を問う』北海道町村会、1999年2月。
  • 町長室日記―逢坂誠二の眼』柏艪舎、2004年8月5日。ISBN 978-4434047244
  • 町長室日記―完結編』柏艪舎、2007年1月。ISBN 978-4434100826
  • 『自治体のカタチはこう変わる』ぎょうせい、2012年6月7日。ISBN 978-4-324-09485-3
共著など

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院 (2016-09-26). 議員氏名の正確な表記 (Report). https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/gaiji.htm 2016年10月9日閲覧。. 
  2. ^ a b “旧民主党勢力、3年ぶり再結集 新立憲道連が発足”. 北海道新聞. (2020年9月27日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/464390/ 2020年12月1日閲覧。 
  3. ^ その4396『逢坂誠二の徒然日記』(6093)”. 衆議院議員 逢坂誠二(おおさかせいじ) (2019年9月6日). 2019年12月17日閲覧。
  4. ^ a b 第85回 逢坂誠二議員”. みわちゃんねる突撃永田町!! (2008年). 2021年3月25日閲覧。
  5. ^ a b 2011年1月24日 その1283『逢坂誠二の徒然日記』
  6. ^ a b c d e “逢坂誠二(立憲民主党衆議院議員 北海道8区)”. もふ萌え図鑑. (2018年12月22日). https://constitutionalfluffyparty.wordpress.com/2018/12/22/%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%88%e3%83%ab/ 2019年12月19日閲覧。 
  7. ^ 第204回 民進党 逢坂 誠二 衆議院議員”. 会いに行ける国会議員 みわちゃんねる突撃永田町!! (2017年3月15日). 2017年11月22日閲覧。
  8. ^ a b プロフィール | 衆議院議員 逢坂誠二(おおさかせいじ)
  9. ^ 神田誠司「役場の係長は立ち上がった(記者席)」 『朝日新聞』1999年7月16日付朝刊、6面。
  10. ^ 自治の試金石 「忌避政策」を いかに実現するか 逢坂誠二氏『法律文化』2005年11月号
  11. ^ 【夢の対談】新旧最年少首長、改革のバトンをつなごう(前編) 2008年7月26日
  12. ^ “逢坂誠二氏に「北海道のリーダー」を強く期待 民主党北海道が知事選出馬を要請”. 民進党北海道. (2003年1月22日). http://www.dp-hokkaido.jp/pastnews/news_030122.html 2017年11月22日閲覧。 
  13. ^ a b 地方選挙News 行政 選挙情報 No-384 自治タイムス
  14. ^ 逢坂 2004, pp. 232–234.
  15. ^ 逢坂 2004, p. 237.
  16. ^ a b 住民自治を制度化したまちづくり 北海道ニセコ町|内閣府 経済社会総合研究所
  17. ^ 全国町村長大会を開催”. 全国町村会 (2014年12月2日). 2021年11月26日閲覧。
  18. ^ 三輪さち子 (2021年11月23日). “逢坂氏単独インタビュー「小泉首相に叫んだあの日が原点」”. 朝日新聞. https://digital.asahi.com/articles/ASPCQ6WWFPCQUTFK010.html 2021年11月26日閲覧。 
  19. ^ “逢坂ニセコ町長を擁立 民主、比例北海道ブロック1位”. 朝日新聞. (2005年8月25日). http://www.asahi.com/senkyo2005/news/TKY200508240426.html 2017年11月22日閲覧。 
  20. ^ 比例代表 北海道ブロック : 開票結果 : 総選挙2005 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  21. ^ 北海道 小選挙区 : 総選挙2009 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  22. ^ 平成22年9月21日 新総務副大臣・新総務大臣政務官 初登庁後記者会見の概要
  23. ^ 北海道 【比例代表】 : 開票結果 : 総選挙2012 : 衆院選 : 選挙 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  24. ^ “民進党が結成大会 衆参156人、代表に岡田克也氏選出”. 朝日新聞. (2016年3月27日). http://www.asahi.com/articles/ASJ3W5212J3WUTFK00G.html 2016年3月29日閲覧。 
  25. ^ “民進 蓮舫代表 記者会見で辞任を表明”. NHK NEWS WEB (日本放送協会). (2017年7月27日). オリジナルの2017年7月28日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/hJ7sa 2017年7月28日閲覧。 
  26. ^ 枝野幸男 推薦人名簿 (PDF)”. 民進党 (2017年8月21日). 2021年11月26日閲覧。
  27. ^ “前原・枝野両氏の会見要旨と推薦人 民進代表選”. 朝日新聞. (2017年8月21日). https://www.asahi.com/sp/articles/ASK8P41N1K8PUTFK00P.html 2017年12月25日閲覧。 
  28. ^ “前原氏「希望に合流」表明=民進、常任幹事会で了承【17衆院選】”. 時事ドットコム. (2017年9月28日). https://www.jiji.com/jc/amp?k=2017092800383 2017年9月28日閲覧。 
  29. ^ “逢坂氏、公認申請せず 道8区 希望と政策一致困難”. 北海道新聞. (2017年10月1日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/135387 2017年11月22日閲覧。 
  30. ^ 過半数が立憲民主党へ 北海道の民進系候補”. 日本経済新聞 (2017年10月3日). 2017年10月16日閲覧。
  31. ^ “立民 北海道8区の逢坂氏を追加公認”. NHK NEWS WEB. (2017年10月23日). http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171023/k10011194291000.html?utm_int=all_side_ranking-social_001 2017年10月23日閲覧。 
  32. ^ 立憲民主党政調会長に逢坂誠二氏”. 産業経済新聞社 (2019年1月28日) 2019年2月1日閲覧。
  33. ^ “立憲民主道連 逢坂氏を代表に選出 「衆院選空白区対策急ぐ」 /北海道”. 毎日新聞. (2019年8月25日). https://mainichi.jp/articles/20190825/ddl/k01/010/020000c 2019年10月16日閲覧。 
  34. ^ 山下龍一、小林豪 (2020年8月24日). “立国の新党、無所属2グループも合流へ 150人前後に”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/ASN8S6TNFN8SUTFK00J.html 2021年11月9日閲覧。 
  35. ^ “【合流新党】立民・枝野代表推薦人名簿”. 産経新聞. (2020年9月7日). https://www.sankei.com/article/20200907-FZVL7WX7CBPEZAF3QMXBUHBOEI/ 2021年11月26日閲覧。 
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  37. ^ 立民 枝野代表 辞任の意向表明 衆院選 議席減で引責”. NHK (2021年11月2日). 2021年11月2日閲覧。
  38. ^ “立民代表選に泉、逢坂氏出馬表明 最大グループ、擁立方針に転換”. 東京新聞. (2021年11月16日). https://www.tokyo-np.co.jp/article/143106 2021年11月17日閲覧。 
  39. ^ “立憲民主代表選 逢坂誠二氏が立候補の意向表明”. NHK. (2021年11月16日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211116/k10013350421000.html 2021年11月17日閲覧。 
  40. ^ 中道路線の泉健太氏・リベラル系の逢坂誠二氏を軸に展開か…立民代表選で2氏出馬表明 : 政治 : ニュース” (日本語). 読売新聞オンライン (2021年11月16日). 2021年11月17日閲覧。 “西村智奈美・元厚生労働副大臣(54)を推す声も出ていた。ただ、同グループ前会長で政界を引退した赤松広隆・前衆院副議長らが経験不足などを理由に難色を示した。このため、首長や党の要職経験がある逢坂氏に白羽の矢が立った。近藤氏は「(逢坂氏は)安定性を持った人で、党を引っ張るにふさわしい」と説明した。逢坂氏の出馬が決まったことで、党内では、小川、西村両氏の立候補は難しいとの見方が出ている”
  41. ^ 立憲民主党道連代表の逢坂誠二氏が、党代表選への立候補を表明 党内最大グループから要請(HBCニュース)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2021年11月17日閲覧。
  42. ^ “立憲・泉健太政調会長が会見 代表選出馬を表明(2021年11月17日)”. THE PAGE. (2021年11月17日). https://www.youtube.com/watch?v=OMX0WZzBOe8 2021年11月17日閲覧。 
  43. ^ ニセコ町まちづくり基本条例の策定、見直し経緯 - まちづくり | ニセコ町
  44. ^ 国づくりのプラットホームとしての首都機能移転 - 国会等の移転ホームページ - 国土交通省
  45. ^ 過疎地域にも可能性ある 首相補佐官(地域主権担当・民主) 逢坂 誠二氏
  46. ^ a b c d e f g 逢坂誠二”. 2017衆院選 候補者アンケート(朝日・東大谷口研究室共同調査). 朝日新聞社. 2021年10月22日閲覧。
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  48. ^ 4候補が憲法改正などめぐり議論 立憲民主党 代表選告示”. FNNプライムオンライン (2021年11月20日). 2021年11月20日閲覧。
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  57. ^ 総務省政務三役会議の全面公開について BLOGOS 2010年1月4日
  58. ^ 2009年衆院選 朝日新聞アンケート
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参考文献[編集]

  • 逢坂誠二『町長室日記―逢坂誠二の眼』柏艪舎、2004年8月5日。ISBN 978-4434047244

外部リンク[編集]

公職
先代:
日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(地域主権、地域活性化及び地方行政担当)

2009年 - 2010年
次代:
先代:
長谷川憲正
階猛
小川淳也
日本の旗 総務大臣政務官
内山晃
森田高と共同
浜田和幸
森田高と共同

2010年 - 2011年
次代:
福田昭夫
主濱了
森田高
先代:
渡辺冨雄
Flag of Niseko, Hokkaido.svg北海道ニセコ町長
1994年 - 2005年
次代:
佐藤隆一
党職
先代:
長妻昭
立憲民主党政務調査会長
第3代:2019年 - 2020年
次代:
新・立憲民主党に移行)