阿倍野区

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あべのく
阿倍野区
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
大阪市
団体コード 27119-5
面積 5.99km²
総人口 108,532
推計人口、2014年2月1日)
人口密度 18,120人/km²
隣接自治体
隣接行政区
大阪市天王寺区生野区住吉区
東住吉区西成区
区の花 ももペチュニア
区のマスコット
キャラクター
あべのん
阿倍野区役所
所在地 545-8501
大阪府大阪市阿倍野区文の里一丁目1番40号
北緯34度38分19秒東経135度31分6.5秒
阿倍野区役所
外部リンク 大阪市阿倍野区役所HP

阿倍野区位置図

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阿倍野区(あべのく)は、大阪市を構成する24区のうちのひとつ。

概要[編集]

北部の阿倍野橋周辺は近鉄南大阪線大阪阿部野橋駅大阪市営地下鉄御堂筋線大阪市営地下鉄谷町線天王寺駅阪堺電気軌道上町線天王寺駅前駅があり、百貨店映画館などが存在する商業地区である。国道25号を挟んですぐ北側の天王寺区に位置するJR大阪環状線関西本線阪和線天王寺駅とともに「天王寺・阿倍野」と位置づけられており大阪の南の主要ターミナルとなっている。2013年現在、天王寺・阿倍野は大阪府内では梅田心斎橋難波に次ぐ大阪の第三の繁華街としての機能を持っており、関西地方でも有数の商業集積地となっている。阿倍野区の最北端に位置する、近畿日本鉄道の主要駅の一つである近鉄南大阪線阿部野橋駅は大阪市東住吉区や大阪府南河内地域からのターミナル駅であり、奈良盆地南部からのターミナル駅の一つでもある。

町会・自治会等の自治組織は、金塚・常盤・高松・丸山・晴明丘・王子・阿倍野・阪南・長池・文の里の各連合町会が組織されている。北東部の松崎町・文の里と、南西部の晴明通・橋本町・相生通・北畠帝塚山万代は文教地区として知られている。また、南西部は『聖天山風致地区』(晴明通・橋本町・相生通・北畠・帝塚山)辺り(部分的に風致地区でない箇所も有る)、とりわけ北畠・帝塚山は高級住宅街として知られる。

なお、区名や大阪市営地下鉄・阪堺電気軌道上町線の駅名は「阿野」だが、神社名と近鉄南大阪線の駅名は「阿野」となっている。

地理[編集]

隣接している区[編集]

町名[編集]

阿倍野区の町名には、以下のものがある。

  • 天王寺町北、天王寺町南、美章園、文の里、三明町、昭和町、桃ケ池町、長池町、西田辺町、阪南町、播磨町、王子町、橋本町、晴明通、相生通、阿倍野元町北畠万代帝塚山、共立通、丸山通、松虫通、旭町、阿倍野筋、松崎町

また現在は住居表示上の町名ではないものの、地域一帯を示す地名として金塚(旭町全域と阿倍野筋の一部)、高松(天王寺町北・天王寺町南)といった地名があり、小学校や連合町会などの名称として使用されている。

主な地名の由来は、以下の通りとなる。

  • 文の里 - この付近を宅地開発を行った天王寺土地建物株式会社が、この地を「文ノ里」と命名した事。及び当時、この地を走っていた南海電気鉄道平野線(1980年11月28日廃止)の苗代田 - 股ヶ池間に駅を建設し、「文ノ里」と名付けて南海電気鉄道に寄付した事に由来する。
  • 播磨町 - 王子町4丁目にある南北朝時代の住吉の合戦で南朝側の忠臣・楠木正行と戦って敗れた北朝側の播磨の太守・赤松則村(円心)の子、赤松貞範が、戦死した将兵の遺骨を納めて塚を築き、播磨塚と名付け部下の冥福を祈ったと伝えられている事に由来する。
  • 王子町
    - 旧東成郡天王寺村大字阿倍野村字王子前に由来する。
  • 橋本町 - 江戸時代与力であった橋本尚四郎・久五郎兄弟が明治維新後、この地に移り住み、明治の初め頃に天下茶屋遊園地や聖天坂の道路開発など手掛けるなど、この辺り一帯の開発に貢献したのを記念して名付けられた事に由来する。
  • 晴明通 - この付近が生誕の地とされ、この地に隣接する阿倍野元町5番地にある平安時代の陰陽師の一人、安倍晴明を祀る安倍晴明神社(阿倍王子神社の末社)に由来する。
  • 相生通 - かつての東成郡天王寺村の西端であった紀州街道の下町から東に伸びる町並み(現在の西成区天神ノ森付近)と、同じく東成郡天王寺村のほぼ中心部を通る阿倍野街道(熊野街道の一部)から西へ伸びる町並みとが現在の相生通1丁目8番地と相生通1丁目9番地との境目の坂の辺りで相会する事から、その意味を取り入れて、その坂の名が相生坂と名付けられた事に由来する。
  • 阿倍野元町 - かつての東成郡阿部野村の中心地であった事に由来する。
  • 北畠 - 王子町3丁目8番地にある北畠公園に所在する大名塚を、江戸時代の国学者・並川誠所が、南北朝時代石津の戦いで討ち死にした南朝側の公家で、武将でもあった北畠顕家の墳墓と享保年間に比定した事により、明治維新後、地元の有志が、この辺り一帯を北畠顕家戦没の地として顕彰し、北畠顕家を祀る祠、阿部野神社を建立するとともに、この地に北畠の名を冠した事に由来する。
  • 万代(1丁目のみ阿倍野区・2-3丁目は住吉区) - この地の南側に隣接する住吉区万代3丁目7番地にある万代池に由来する。また、町名が名付けられた当時、この辺りも住吉区の一部であった。
  • 帝塚山 - この地の南側に隣接する住吉区帝塚山西2丁目8番地に帝塚山古墳に由来する。また、町名が名付けられた当時、この辺りも住吉区の一部であった。

歴史[編集]

1943年(昭和18年)4月1日に、大阪市がそれまでの15区制から22区制へ分増区させた際、住吉区が3区(住吉区・東住吉区・阿倍野区)に分区されて誕生した。区域は大阪市編入前の旧天王寺村(1897年大阪市第一次市域拡張以降の区域)の大半と、田辺村・住吉村長居村のそれぞれ一部にあたる。

区名の由来は、古代にこの地を領有していた豪族「阿倍氏」の姓からとする説と、『万葉集』の山部赤人の歌からとする説、古地名の「東生郡餘戸郷(ひがしなりぐんあまべごう)」の「餘戸(あまべ)」からとする説などがあるが、豪族「阿倍氏」説が今のところ有力である。

区名については、1943年分区前までの住吉区役所は現在の阿倍野区内にあったことから、当初の案では分離前の「住吉区」の区名を継承することが検討されていた(現在の住吉区は、当初案では「住之江区」が提示された)。しかし住吉大社周辺の住民の反対によってこの案は撤回され、「住吉区」の名称は現在の住吉区が継承し、当区は阿倍野区の名称となった。

この際、新区名の漢字表記を「阿倍野」にするか「阿部野」にするかの論議が起きた。当時「阿倍野」「阿部野」の両表記ともに広く使用されていたが、1925年に大阪市に編入された際、東成郡天王寺村大字「阿部野」から大阪市住吉区「阿倍野」町へ表記が変更されていたこともあって、区役所の土地台帳や戸籍原簿などに「阿倍野」が使われていたため「阿倍野」の表記を採用した。

なお1925年に大阪市に編入された際に設置された第一次住吉区は、第一次案での区名候補は「阿倍野区」だったが、住吉区の名称が採用されている。

産業[編集]

商業[編集]

あべのハルカス:2014年3月7日に全館開業。
近鉄百貨店阿倍野本店(旧・西本館)2007年5月撮影。 この建物は、あべのハルカス(タワー館)に建てかえられたため、現存しない。
日本を代表する大企業の一つであるシャープ本社ビル(長池町)

主な商業施設[編集]

阿倍野区に本社を置く企業[編集]

地域[編集]

大阪市立大学医学部キャンパス・大阪市立医学部附属病院
大阪市立工芸高等学校本館(大阪市指定文化財)

教育[編集]

大学・短期大学・専門学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

バス[編集]

区内ではあべの橋を拠点とする。あべの橋からは高速路線(近鉄バスなど)も発着する。

道路[編集]

名所・旧跡・文化・観光施設[編集]

阿部野神社 
阿倍王子神社 
安倍晴明神社 
桃ヶ池 

出身有名人[編集]

他多数

国土交通省地価公示(2009年度)[編集]

商業地域・防火地域[編集]

  • 昭和町2丁目1番1号:472,000円/m²
  • 三明町2丁目7番23号:386,000円/m²
  • 昭和町5丁目1番30号:440,000円/m²
  • 旭町1丁目1番10号:622,000円/m²

一種住居地域・準防火地域[編集]

  • 文の里3丁目7番30号:366,000円/m²
  • 三明町2丁目10番6号:298,000円/m²
  • 阪南町6丁目12番10号:320,000円/m²
  • 天王寺町北2丁目16番2号:262,000円/m²

二種中高層住居専用地域・準防火地域[編集]

  • 丸山通1丁目3番36号:242,000円/m²
  • 桃ケ池町2丁目10番21号:319,000円/m²
  • 晴明通5番16号:309,000円/m²
  • 阪南町1丁目32番16号:323,000円/m²
  • 播磨町1丁目11番11号:312,000円/m²
  • 北畠1丁目6番17号:438,000円/m²

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


座標: 北緯34度38分19秒 東経135度31分7秒 / 北緯34.63861度 東経135.51861度 / 34.63861; 135.51861