美章園駅
| 美章園駅 | |
|---|---|
東口(2006年7月)
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| びしょうえん Bishōen |
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◄天王寺 (1.5km)
(1.5km) 南田辺►
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| 所在地 | 大阪市阿倍野区美章園一丁目18 |
| 所属事業者 | |
| 所属路線 | R 阪和線 |
| キロ程 | 1.5km(天王寺起点) |
| 電報略号 | ヒシ |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
5,362人/日(降車客含まず) -2015年- |
| 開業年月日 | 1931年(昭和6年)6月3日 |
| 備考 | 直営駅 みどりの券売機プラス設置駅 |
美章園駅(びしょうえんえき)は、大阪府大阪市阿倍野区美章園一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線の駅である。
概要[編集]
駅名の由来は、大阪の財界人である山岡美章が大正年間に設立した美章土地株式会社がこの駅の付近の土地を住宅地として開発したことに由来する。ただし、開発したときの美章土地の経営者は大阪商工会議所第8代会頭、大阪商船(現在の商船三井)や日本電力(現在は解散)の社長などを務めた息子の山岡順太郎である[1]。
歴史[編集]
- 1931年(昭和6年)6月3日 - 阪和電気鉄道の阪和天王寺駅(現在の天王寺駅) - 南田辺駅間に、停留場として新設。
- 1940年(昭和15年)12月1日 - 南海鉄道への吸収合併により、同鉄道山手線の停留場となる[2]。
- 1944年(昭和19年)5月1日 - 戦時買収により国有化され、鉄道省(国鉄)阪和線所属となる[2]。同時に駅に昇格。
- 1945年(昭和20年)2月14日 - 空襲の被害を受け、営業休止。
- 1947年(昭和22年)4月15日 - 営業再開[3][4]。
- 1958年(昭和33年) - 駅舎改築[3]。
- 1958年(昭和33年)5月13日 - 改良工事竣工[3]。
- 1969年(昭和44年)8月 - 西口完成[5]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる[2]。
- 1993年(平成5年)7月1日 - 阪和線運行管理システム(初代)導入。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる[6]。
- 2013年(平成25年)9月28日 - 阪和線運行管理システムを2代目のものに更新。
- 2015年(平成27年)
- 3月8日 - みどりの窓口の営業を終了。
- 3月9日 - みどりの券売機プラスが稼働。
- 2018年(平成30年) - 駅ナンバリング導入予定。
空襲による当駅付近の被害[編集]
1945年(昭和20年)2月14日[7]午後8時過ぎ、アメリカ軍による空襲で、B29が阿倍野区内だけに3発の爆弾を投下した。そのうち1トン爆弾1発が当駅構内に落下し阪和線の鉄筋コンクリート橋脚を粉砕、付近の民家20件ほどを破壊し死傷者30余名を出した。運悪く和歌山行きの電車が発車した直後でホームに多くの人がいたため、多くの死者が出た[8]。1951年(昭和26年)8月24日、駅東側に当時の駅職員によって「遭難供養之碑」が建てられた。
この時に明浄高等女学校(現・明浄学院高校)裏にも爆弾が落下し、同校生も犠牲になった[8]。近くの文の里公園に「慰霊塔」がある。それには大阪市最初の被爆地と書かれているが、実際には2月14日より前から大阪市内に空襲が行われている。
大阪市内で空襲慰霊碑のある駅としては、他に1945年8月14日の京橋駅空襲で被害を受けた大阪環状線京橋駅がある。
駅構造[編集]
相対式ホーム2面2線を持つ高架駅。分岐器や絶対信号機がない停留所に分類される。
通常使用される改札口は東側のみだが、平日の朝ラッシュ時には西側の改札口も利用できる。2008年3月にエレベーターが整備され、歩道と改札口の段差にもスロープが設置されるなど、バリアフリー化が進んでいる。
天王寺駅が管理している直営駅で、JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅である。ICOCAが利用することができる(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。
のりば[編集]
| のりば | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | R 阪和線 | 下り | 鳳・関西空港・和歌山方面 |
| 2 | 上り | 天王寺・大阪方面 |
- 2013年9月までは、「鳳方面行き」「天王寺行き」に行先が固定された簡易型自動放送だった。
ダイヤ[編集]
当駅をはじめ、これより先和歌山方面の快速通過駅全駅共通で、主に日中時間帯を中心に上下線とも1時間あたり4本の停車である。阪和線内では各駅停車区間になる鳳駅 - 日根野駅間の「区間快速」・日根野駅 - 和歌山駅間での「紀州路快速」の停車駅は4本に統一されている。
利用状況[編集]
付近に学校が多く、学生の利用者がかなりの部分を占める。
大阪府統計年鑑[9]によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1997年 | 6,429 |
| 1998年 | 6,336 |
| 1999年 | 6,163 |
| 2000年 | 6,032 |
| 2001年 | 5,684 |
| 2002年 | 5,293 |
| 2003年 | 5,225 |
| 2004年 | 5,065 |
| 2005年 | 4,830 |
| 2006年 | 4,842 |
| 2007年 | 4,762 |
| 2008年 | 4,773 |
| 2009年 | 4,804 |
| 2010年 | 4,784 |
| 2011年 | 4,824 |
| 2012年 | 4,842 |
| 2013年 | 5,145 |
| 2014年 | 5,227 |
| 2015年 | 5,362 |
駅周辺[編集]
- 河堀口駅(近鉄南大阪線)
- スーパーサンコー 美章園店
- 阿倍野美章園郵便局
- 明浄学院高等学校
- あべの翔学高等学校
- 大阪府立天王寺高等学校
- 大阪市立工芸高等学校
- 大阪芸術大学附属大阪美術専門学校
- ハローワーク阿倍野(文の里庁舎)
- 美章園温泉(登録有形文化財指定)※現在は無い。
このほか、駅の東側は古くからの商店や住宅が所狭しと軒を連ねている。阪和線の高架下には商店が軒を連ねている。周辺道路は交通量が多い上に歩道が狭い。
バス路線[編集]
1990年代まで近鉄バスもあべの橋と志紀車庫・国分方面を結ぶ路線が停車していた。
隣の駅[編集]
脚注[編集]
- ^ 大阪市 阿倍野区 阿倍野区の地名・町名の由来 - 大阪市
- ^ a b c 曽根悟(監修) 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』42号 阪和線・和歌山線・桜井線・湖西線・関西空港線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年5月16日、12-13頁。
- ^ a b c 天王寺鉄道管理局三十年写真史P275「駅の変せん」、年表
- ^ 『関西国電50年』(鉄道史資料保存会、1982年)年表
- ^ 天王寺鉄道管理局三十年写真史 P223年表
- ^ 「ICOCA」いよいよデビュー! 〜 平成15年11月1日(土)よりサービス開始いたします 〜(インターネット・アーカイブ) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年8月30日
- ^ 天王寺鉄道管理局三十年写真史P177の年表では昭和20年3月11日となっているが、誤り。
- ^ a b 『阿倍野区史』(1956年)P334-337
- ^ 大阪府統計年鑑 - 大阪府
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 美章園駅|駅情報:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道
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