斎藤春香

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斉藤 春香(さいとう はるか、1970年3月14日 - )は、青森県弘前市出身のソフトボール選手・指導者。ソフトボール日本代表監督を務めた[1]日立ソフトボール部アドバイザー。

来歴[編集]

エピソード[編集]

弘前市立第一中学校に入学にしてソフトボール部に入部し、青森県立弘前中央高校に進学後もソフトボールを続けた。

北京オリンピックにおいて、日本チームが金メダルを獲得した時のウィニングボールを所有している。1塁審判のアウトの宣言を聞いた途端、ファーストの佐藤理恵がボールを高々と放り上げ、歓喜の渦が巻き起こる中でボールの行方は分からなくなっていた。後にこのボールは関係者によって密かに回収され、斎藤に渡されたという。

地元弘前にある弘前市運動公園野球場の愛称「はるか夢球場」は、斎藤に因んで2012年に命名されたものである[2][3]

脚注[編集]

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  1. ^ 日本ソフトボール協会公式サイトでは「ヘッドコーチ」とも表現されている。
  2. ^ 愛称「はるか夢球場」に/弘前 ”. 東奥日報 (2012年9月30日). 2015年3月11日閲覧。
  3. ^ OG便り ~あの選手は今~ 「Vol.1 齋藤春香さん」”. 日立ソフトボール部. 2015年3月11日閲覧。

外部リンク[編集]