イリヤ・クリムキン

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Pix.gif イリヤ・クリムキン
Ilia KLIMKIN
Figure skating pictogram.svg
Klimkin EC 06.jpg
2006年欧州選手権のクリムキン
基本情報
代表国: ロシアの旗 ロシア
生年月日: (1980-08-15) 1980年8月15日(39歳)
出生地: ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Russian Soviet Federative Socialist Republic.svg ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国モスクワ
身長: 170 cm[1]
元コーチ: ヴィクトール・クドリャフツェフ[1]
イゴール・ルサコフ
エドゥアール・プリナー
イリーナ・モイセーワ
エフゲニア・ゼリコワ[2]
元振付師: イリーナ・コルガノワ
所属クラブ: スポーツクラブ・モスクビッチ[1]
引退: 2007年
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 197.42 2006 欧州選手権
ショートプログラム: 68.72 2006 世界選手権
フリースケーティング: 133.32 2006 欧州選手権
 
獲得メダル
フィギュアスケート
欧州選手権
2004 ブダペスト 男子シングル
グランプリファイナル
2002/03 サンクトペテルブルク 男子シングル
世界ジュニア選手権
1999 ザグレブ 男子シングル
ジュニアグランプリファイナル
1998/99 デトロイト 男子シングル

イリヤ・セルゲーエヴィチ・クリムキンロシア語: Иля Сергеевич Климкин[3]1980年8月15日[1] - )は、ロシア男性フィギュアスケート選手。2006年トリノオリンピック男子シングルロシア代表。1999年世界ジュニアフィギュアスケート選手権優勝、2004欧州選手権銅メダリスト。ロシア語では「イリヤー・スィルギェーイェヴィチュ・クリームキン」が近い。

経歴[編集]

モスクワに生まれ4歳でスケートをはじめる。1999年世界ジュニアフィギュアスケート選手権優勝。1999年のネーベルホルン杯において、2つの異なった4回転ジャンプ(トウループジャンプサルコウジャンプ)を1つのプログラムに入れることに史上初めて成功し優勝[4]。2002年GPシリーズNHK杯優勝。2003年の夏にコーチだったイゴール・ルサコフが長年の闘病の末に癌で亡くなりヴィクトール・クドリャフツェフにコーチを変更する。2004-2005シーズンは怪我により主要大会への出場はなかったが、2005-2006シーズンにはロシア選手権で2位となりトリノオリンピックの代表に選出された。トリノオリンピックでは11位。2007年4月にアマチュアを引退。プロスケーターとしてのキャリアを終えた後はモスクワでコーチをしている。

クリムキンイーグル[編集]

独特の雰囲気を持ったプログラムは「クリムキンワールド」と評された。特に両足のひざを曲げて上半身を後ろに反らせたまま行うイーグルは「クリムキンイーグル」と呼ばれ、彼の最大の見せ場となっていた[5]

主な戦績[編集]

大会/年 97-98 98-99 99-00 00-01 01-02 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07
冬季オリンピック 11
世界選手権 9 棄権 10
欧州選手権 6 4 3 5
ロシア選手権 10 5 4 3 2 2 2 4
GPファイナル 4 2
GPエリック杯 7 4
GPロシア杯 8 2 5 9 3
GP中国杯 6
GPNHK杯 3 2 1
GPスケートアメリカ 5
フィンランディア杯 6 1 3
ネーベルホルン杯 1
世界Jr.選手権 4 1 4
JGPファイナル 2
JGPハンガリー杯 5 1
JGPソフィア杯 6 1

シニア[編集]

ジュニア[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.96
  2. ^ Климкин Илья Сергеевич
  3. ^ ロシア語ラテン翻字: Ilia Sergeyevich Klimkin
  4. ^ 小坂有紀編『COLORS 2007 フィギュアスケート男子読本』あおば出版、2007年3月、p.111
  5. ^ 斎藤貴子編『COLORS フィギュアスケート男子シングルフォトブック』あおば出版、2006年2月、p.107
  6. ^ 2002/2003 ISUグランプリファイナルはフリー演技を2度行った。
  7. ^ 順位決定方法については2000/2001 ISUグランプリファイナルを参照のこと。

外部リンク[編集]