小塚崇彦

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Pix.gif 小塚 崇彦
Takahiko KOZUKA
Figure skating pictogram.svg
2011 WFSC 4d 208 Takahiko Kozuka.JPG
2011年世界選手権フリーの演技
基本情報
代表国: 日本の旗 日本
生年月日: (1989-02-27) 1989年2月27日(27歳)
出生地: 愛知県の旗 愛知県名古屋市
身長: 170 cm
体重: 62 kg
コーチ: 佐藤信夫[1]
佐藤久美子[1]
元コーチ: 佐藤有香
ジェイソン・ダンジェン
小川れい子
小塚嗣彦[1]
小塚幸子[1]
フランク・キャロル
振付師: 宮本賢二
ローリー・ニコル
元振付師: シェイ=リーン・ボーン
マリナ・ズエワ
フェドール・アンドレーエフ
佐藤有香
佐藤久美子[2]
中山知
鈴木誠一
カート・ブラウニング
ロベルト・カンパネラ
デヴィッド・ウィルソン
所属クラブ: トヨタ自動車[1]
引退: 2016年3月31日
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 258.41 2011 世界選手権
ショートプログラム: 86.39 2012 GPファイナル
フリースケーティング: 180.79 2011 世界選手権
 
獲得メダル
フィギュアスケート
世界選手権
2011 モスクワ 男子シングル
四大陸選手権
2009 バンクーバー 男子シングル
2014 台北 男子シングル
グランプリファイナル
2008 高揚 男子シングル
2010 北京 男子シングル
世界ジュニア選手権
2006 リュブリャナ 男子シングル
ジュニアグランプリファイナル
2005 オストラヴァ 男子シングル

小塚 崇彦(こづか たかひこ、ラテン文字:Takahiko Kozuka, 1989年2月27日[3] - )は、愛知県名古屋市出身の日本の元フィギュアスケート選手(男子シングル)。

主な実績に、2010年バンクーバーオリンピック8位、2011年世界選手権2位、2008年GPファイナル2位、2010年全日本選手権優勝、2006年世界ジュニア選手権優勝など。

人物[編集]

中京大学附属中京高等学校卒業[3]。2007年4月よりトヨタ自動車に所属しながら中京大学体育学部に社会人学生として進学[1]。2011年4月より中京大学大学院体育学研究科体育学専攻博士前期課程に進学、2016年3月に修了した。

祖父の小塚光彦1916年 - 2011年)は旧満州のフィギュアスケートチャンピオン[4]。帰国後は愛知県スケート連盟、オリオンFSCを創設し、山田満知子門奈裕子らを育てた。父の小塚嗣彦1968年グルノーブルオリンピック男子シングル日本代表[4]。母の小塚幸子(旧姓・坂野)、叔母の坂野浩子もフィギュアスケート選手だった。そのため、『日本フィギュア界のサラブレッド』とも呼ばれる[5]。現在、愛知県には光彦の名を冠した「小塚杯」が開催されている[6]

佐藤家と小塚家の関係は古く、信夫の母は父・嗣彦の最初のコーチであり[7]、信夫は嗣彦がオリンピックに出場した当時のコーチでもある[6]。また、母・幸子がスケートを始めたのは、近所に住んでいた久美子にリンクへ連れられていったことがきっかけである[8]

無駄のない滑らかなスケーティングとエッジを深く使ったステップ、正確な技術を持ち味とする[9][10]。2008-2009のフリープログラム「ロミオとジュリエット」の衣装がシンプルなのは、足元のエッジ捌きが映えるように上半身を目立たなくさせようという振付師、佐藤有香のねらいによる[11]

荒川静香は小塚について、スケート以外のスポーツでも少しかじればすぐにできるようになるほど運動神経がいいと語っている[12]

競泳の入江陵介とは中京大学近くのゴルフ場で知り合い、親しくしている[13]。同じ競泳の立石諒とは親友である。

2016年2月20日にフジテレビアナウンサーの大島由香里と結婚した[14]

2016年4月1日よりトヨタ自動車の社員としてスポーツ関連の部署で社業に専念している。[15]

経歴[編集]

ジュニア時代[編集]

5歳の時、佐藤有香の世界選手権優勝の演技を現地で観戦し、そのスケーティングに魅了されたことがきっかけで本格的にスケートを習い始める[16]。当初、両親の指導のもとで研鑽を重ねてきたが、小学生の頃から佐藤信夫久美子夫妻の指導を受けている。

全日本ノービス選手権Bクラス2連覇(1998-1999、1999-2000)、同Aクラス2連覇(2000-2001、2001-2002)。1999-2000には全日本ジュニア選手権に初出場し、9位に入っている[17]。ジュニア3年目の2004-2005シーズン、全日本選手権ショートプログラム (SP) で本田武史らを抑えて1位に立ち、注目を浴びる。

2005-2006シーズン、ISUジュニアグランプリ (JGP) 初戦のJGPモントリオールで2位、2戦目のSBC杯で優勝。JGPファイナルでは日本人男子選手初制覇の快挙を成し遂げた。全日本ジュニア選手権も制し、世界ジュニア選手権では日本人男子として高橋大輔織田信成以来3人目の優勝を果たした。

シニア以降[編集]

バンクーバー五輪出場・8位入賞[編集]

2007年ロシア杯エキシビジョンの演技

2006-2007シーズンからシニアに参戦し、ISUグランプリシリーズ(GPシリーズ)2戦目のNHK杯で総合3位となり早くも初の表彰台に上がった。

2007-2008シーズン、4度目の出場となった全日本選手権で2位となり、四大陸選手権世界選手権行きの切符を手にした。四大陸選手権は8位に留まったが、自身初出場の世界選手権では総合8位と健闘し、翌2009年大会の日本男子シングル出場の3枠確保に貢献した。

2008-2009シーズン、初戦のスケートアメリカでGPシリーズ初優勝を果たし、日本人男子4人目のGPシリーズ優勝者となった。続くエリック杯で総合2位になり、初めてGPファイナルに進む。GPファイナルではSPで首位に立ったが、FSで2度の転倒があり、総合2位となった。四大陸選手権ではフリーの4回転トウループで転倒するも認定され、総合3位に入り銅メダルを獲得[18]。このシーズンはFSで4回転トウループに挑み続けていたが、世界選手権では4回転抜きの確実な構成で臨み[19]、同大会で日本男子最高の総合6位。総合7位だった織田信成との順位合計は「13」となり、目標に掲げていた翌2010年バンクーバーオリンピックの出場枠「3」をギリギリで確保した。

2009-2010シーズン、全日本選手権で3位に入り、自身初のオリンピック代表に選出される。バンクーバーオリンピックにおいては、SPは3回転アクセルの着氷が乱れたものの無難にまとめて8位スタート。FSは4回転トウループが若干両足になるも試合では初めて着氷に成功し、五輪の大舞台で総合8位入賞を果たした。なおバンクーバー五輪に出場した日本男子選手で、3人の内では最下位だった(ほか高橋大輔3位・織田信成7位)ものの、小塚ただ1人が4回転ジャンプが認定されて[20]、過去五輪代表の日本男子選手では史上2人目[21]の快挙達成となる[22]。続く世界選手権ではSPで4位につけたが、FSの高難度ジャンプの失敗が響き総合10位に終わった。シーズン終了後、上半身の強化と表現力の向上に力を注いだ。

世界選手権・銀メダル獲得[編集]

2010-2011シーズン、GPシリーズ中国杯エリック杯と連続優勝。ポイントランキング1位の成績で進出したGPファイナルでは総合3位となった。7度目の出場となった全日本選手権で初優勝。かつて全日本3連覇を果たした父に続き、男子では史上初の全日本親子制覇となった。東日本大震災の影響で1か月延期、日本・東京からロシア・モスクワに代替開催となった世界選手権では、予選をトップで通過。SPでは3回転アクセルの失敗で6位と出遅れたが、FSでは4回転トウループを国際試合で初めてクリーンに決めるなど、他ジャンプもミス無く完璧な演技を披露。全員のジャッジが全ての演技要素に、1点以上のGOE加点を付ける高得点でFS2位となり、総合2位に入り世界選手権で自身初の銀メダルを獲得し、日本男子選手としては史上4人目の同大会メダリストに輝いた。

2011-2012シーズン、GPシリーズスケートアメリカで3位、NHK杯2位となるも、GPファイナル進出はならなかった。連覇のかかった全日本選手権では、SPで回避した4回転トウループをFSでクリーンに決めたが、後半の3回転アクセルの転倒がひびき、3.63点差で逆転優勝ならず2位に留まったが、5回目の世界選手権への出場を決めた。しかし期待された世界選手権ではSP・FS共に4回転トウループの着氷に失敗し、他のジャンプにもミスが目立ち総合11位に敗れ2大会連続のメダル獲得はならなかった。世界国別対抗戦も自身の成績は総合6位に留まったが、日本代表としては同大会初の総合優勝を果たしている。

2012-2013シーズン、GPシリーズは初戦のスケートアメリカで自己ベスト更新のSP2位から逆転優勝、2戦目のロステレコム杯で2位。通算3度目のGPファイナルの進出を決めたが、総合5位に留まった。全日本選手権では本番前に足の怪我を抱えながら強行出場するも、総合5位に終わり6年ぶりに表彰台を逃した。大会後の検査で、右足の腱鞘炎により全治1ヶ月と診断された。[23]怪我の影響によりエントリーしていたチャレンジカップを欠場。ガルデナスプリング杯で大会復帰し優勝をした。

ソチ五輪落選[編集]

2013-2014シーズン、スケートアメリカで6位と不調、中国杯では3位に留まりGPファイナル進出を逃す。全日本選手権では3位となるも、グランプリシリーズの成績不振が響いて、ソチオリンピックの代表には惜しくも選出されなかった。四大陸選手権では、優勝した無良崇人に次ぐ総合2位で銀メダルを獲得[24]世界選手権代表は当初補欠選出だったものの高橋(ソチ五輪6位)がケガによる出場辞退で、小塚が急遽繰り上がり同大会2年ぶりに出場[25][26]。準備期間が僅か3週間の調整ながらもSP・FS共に6位の総合6位に入った[27][28]

2014-2015シーズン、スケートカナダでは8位、ロステレコム杯は6位で2007-2008シーズン以来初めて両方の大会でメダルを獲得できなかった。全日本選手権ではSP6位だったもののFS2位と逆転し、同大会で2年連続3位の表彰台に登り、2年連続通算7回目の世界選手権代表入りを決める。しかし、世界選手権のSPでは3つのジャンプ全て失敗し19位と大きく出遅れてしまい、FSは1番滑走で順位を上げる(FSのみは9位)も、過去ワースト成績の総合12位に終わった。 4月11日、東京都内で開催のトークショーに出演。その際に小塚自ら「4月から大学院に復学しました。修士論文があるため、スケートを3か月間は休みます。その間に今後どうするかを考えたい」と、同年夏頃にスケート選手としての進退について決断する事を明らかにした[29]

2015-2016シーズン、現役続行を決めたものの左足首腱鞘炎により中国杯を欠場[30]ロステレコム杯ではGPシリーズで過去最低の9位に沈む。全日本選手権でも5位に留まり、四大陸選手権及び世界選手権共に代表落ちとなった。

現役引退[編集]

2016年3月15日、自身の公式ブログサイトにて、昨年12月の全日本選手権を最後に、今シーズン限りでの現役引退を発表(連盟には所属のトヨタ自動車経由で2016年3月末日をもっての引退という内容で届出)した。

同年4月17日、「スターズ・オン・アイス」の東京公演にて、演目は、坂本龍一の「エピローグ」で現役ラストダンスを飾った。 [31] 引退後はスケート界から完全に去り、所属先であるトヨタ自動車の従業員として活動する[32]

同年6月18日、大島由香里フジテレビアナウンサーとの結婚披露宴を行った[33]

主な戦績[編集]

大会/年 2002-03 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10 2010-11 2011-12 2012-13 2013-14 2014-15 2015-16
オリンピック 8
世界選手権 8 6 10 2 11 6 12
四大陸選手権 8 3 4 2
世界国別対抗戦 8 中止[34] 6
全日本選手権 4 4 6 2 2 3 1 2 5 3 3 5
GPファイナル 2 3 5
GPロステレコム杯 5 2 2 6 9
GPスケートカナダ 8
GP中国杯 1 3 欠場
GPスケートアメリカ 8 1 3 1 6
GPNHK杯 3 7 2
GPエリック杯 6 2 1
ユニバーシアード 2
ガルデナスプリング杯 1
アジア大会 4
世界Jr.選手権 1
全日本Jr.選手権 7 6 4 1
JGPファイナル 1
JGPSBC杯 1
JGPモントリオール 4 2
JGPブダペスト 7
JGPバルト杯 9
JGPメキシコ杯 2

詳細[編集]

2015-2016 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2015年12月24日-27日 第84回全日本フィギュアスケート選手権札幌 5
78.19
6
150.63
5
228.82
2015年11月20日-22日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 8
69.61
9
125.87
9
195.48


2014-2015 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2015年3月23日-29日 2015年世界フィギュアスケート選手権上海 19
70.15
9
152.54
12
222.69
2015年2月4日-14日 ユニバーシアード冬季競技大会グラナダ 1
77.15
3
140.55
2
217.70
2014年12月25日-28日 第83回全日本フィギュアスケート選手権長野 6
72.39
2
173.29
3
245.68
2014年11月14日-16日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 3
81.38
7
135.42
6
216.80
2014年10月31日-11月2日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダケロウナ 6
75.85
11
127.32
8
203.17
2014年10月4日-日 2014年ジャパンオープンさいたま - 6
119.51
3
団体


2013-2014 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年3月24日-30日 2014年世界フィギュアスケート選手権さいたま 6
85.54
6
152.48
6
238.02
2014年1月20日-25日 2014年四大陸フィギュアスケート選手権台北 4
76.85
1
159.53
2
236.38
2013年12月20日-23日 第82回全日本フィギュアスケート選手権さいたま 3
90.70
4
174.11
3
264.81
2013年11月1日-3日 ISUグランプリシリーズ 中国杯北京 3
81.62
5
145.30
3
226.92
2013年10月18日-20日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカデトロイト 4
77.75
5
153.20
6
230.95
2013年10月5日-日 2013年ジャパンオープンさいたま - 2
158.42
1
団体


2012-2013 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2013年4月1日-3日 2013年ガルデナスプリング杯ガルデナ 1
81.18
2
147.45
1
228.63
2012年12月20日-24日 第81回全日本フィギュアスケート選手権札幌 3
84.58
7
143.98
5
228.56
2012年12月6日-9日 2012/2013 ISUグランプリファイナルソチ 4
86.39
5
166.88
5
253.27
2012年11月9日-11日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 3
76.34
3
153.65
2
229.99
2012年10月19日-21日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカケント 2
85.32
1
166.12
1
251.44
2012年10月6日-日 2012年ジャパンオープンさいたま - 2
165.08
1
団体


2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2012年4月18日-22日 2012年世界フィギュアスケート国別対抗戦東京 8
73.61
5
151.69
6
225.30
2012年3月26日-4月1日 2012年世界フィギュアスケート選手権ニース 13
71.78
11
146.85
11
216.63
2011年12月23日-25日 第80回全日本フィギュアスケート選手権門真 2
85.60
2
165.37
2
250.97
2011年11月11日-13日 ISUグランプリシリーズ NHK杯札幌 2
79.77
2
155.25
2
235.02
2011年10月21日-23日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカオンタリオ 2
70.69
2
141.40
3
212.09
2011年10月1日-日 2011年ジャパンオープンさいたま - 3
148.21
3
団体


2010-2011 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2011年4月24日-5月1日 2011年世界フィギュアスケート選手権モスクワ 1
165.00
6
77.62
2
180.79
2
258.41
2011年2月15日-20日 2011年四大陸フィギュアスケート選手権台北 - 6
66.25
2
157.27
4
223.52
2010年12月24日-26日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 - 1
87.91
1
164.02
1
251.93
2010年12月9日-12日 2010/2011 ISUグランプリファイナル北京 - 4
77.90
2
159.89
3
237.79
2010年11月26日-28日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ - 1
77.64
1
170.43
1
248.07
2010年11月5日-7日 ISUグランプリシリーズ 中国杯北京 - 1
77.40
1
156.11
1
233.51
2010年10月2日-日 2010年ジャパンオープンさいたま - - - 1
団体


2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月22日-28日 2010年世界フィギュアスケート選手権トリノ 4
84.20
12
132.53
10
216.73
2010年2月12日-28日 バンクーバーオリンピックバンクーバー 8
79.59
8
151.60
8
231.19
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権門真 2
80.54
3
155.59
3
236.13
2009年11月5日-8日 ISUグランプリシリーズ NHK杯長野 5
74.05
10
111.95
7
186.00
2009年10月22日-25日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 2
75.50
2
139.63
2
215.13
2009年10月3日-日 2009年ジャパンオープンさいたま - 4
130.13
3
団体


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年4月16日-19日 2009年世界フィギュアスケート国別対抗戦東京 10
65.25
7
125.68
8
190.93
2009年3月23日-29日 2009年世界フィギュアスケート選手権ロサンゼルス 5
79.35
7
142.83
6
222.18
2009年2月2日-8日 2009年四大陸フィギュアスケート選手権バンクーバー 3
76.61
4
145.15
3
221.76
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権長野 2
77.40
2
148.54
2
225.94
2008年12月10日-14日 2008/2009 ISUグランプリファイナル高陽 1
83.90
3
140.73
2
224.63
2008年11月13日-16日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ 2
77.00
2
153.78
2
230.78
2008年10月23日-26日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカエバレット 3
80.10
1
146.08
1
226.18


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2008年3月17日-23日 2008年世界フィギュアスケート選手権ヨーテボリ 8
70.91
8
132.24
8
205.15
2008年2月11日-17日 2008年四大陸フィギュアスケート選手権高陽 7
67.48
6
128.90
8
196.38
2007年12月26日-28日 第76回全日本フィギュアスケート選手権大阪 1
72.70
2
146.64
2
219.34
2007年11月22日-25日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯モスクワ 7
64.65
4
135.33
5
199.98
2007年10月25日-28日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカレディング 10
56.25
7
121.22
8
177.47


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年4月29日-日 2007年ジャパンオープンさいたま - 4
132.76
1
団体
2007年1月28日-2月4日 2007年アジア冬季競技大会長春 5
58.73
4
118.38
4
177.11
2006年12月27日-29日 第75回全日本フィギュアスケート選手権名古屋 5
70.49
6
130.39
6
200.88
2006年11月30日-12月2日 ISUグランプリシリーズ NHK杯長野 4
67.95
3
140.39
3
208.34
2006年11月17日-19日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ 11
56.04
6
121.81
6
177.85


2005-2006 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2006年3月6日-12日 2006年世界ジュニアフィギュアスケート選手権リュブリャナ 3
107.52
2
60.07
1
119.98
1
180.05
2005年12月23日-25日 第74回全日本フィギュアスケート選手権東京 - 10
55.80
3
137.20
4
193.00
2005年12月10日-11日 第74回全日本フィギュアスケートジュニア選手権長野 - 1
62.10
1
121.20
1
183.30
2005年11月24日-27日 2005/2006 ISUジュニアグランプリファイナルオストラヴァ - 1
60.14
1
118.58
1
178.72
2005年10月20日-23日 ISUジュニアグランプリ SBC杯岡谷 - 3
52.11
1
106.83
1
158.94
2005年9月22日-25日 ISUジュニアグランプリ モントリオールモントリオール - 3
52.10
2
113.67
2
165.77


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2004年12月24日-26日 第73回全日本フィギュアスケート選手権横浜 1
71.46
6
111.23
4
182.69
2004年11月20日-21日 第73回全日本フィギュアスケートジュニア選手権大阪 3
58.50
3
110.61
4
169.11
2004年9月1日-5日 ISUジュニアグランプリ ブダペストブダペスト 14
42.87
5
100.07
7
142.94


2003-2004 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2003年11月21日-23日 第72回全日本フィギュアスケートジュニア選手権京都 4 6 6
2003年10月30日-11月2日 ISUジュニアグランプリ バルト杯グダニスク 11 8 9
2003年9月24日-28日 ISUジュニアグランプリ メキシコ杯メキシコシティ 4 2 2


2002-2003 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2002年11月23日-24日 第71回全日本フィギュアスケートジュニア選手権名古屋 9 7 7
2003年9月26日-29日 ISUジュニアグランプリ モントリオールモントリオール 6 7 4


2001-2002 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2001年11月23日-24日 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権東京 8 10 8


プログラム使用曲[編集]

シーズン SP FS EX
2015-2016[35] レスペート・イ・オルグージョ〜誇りと敬意〜(ファルーカ)
曲:沖仁
振付:宮本賢二
イオ・チ・サロ
歌:アンドレア・ボチェッリ
ピアノ:ラン・ラン
振付:ローリー・ニコル
エピローグ
曲:坂本龍一
振付:宮本賢二
2014-2015 エバリスト・カリエゴ
曲:エドゥアルド・ロビーラ
振付:宮本賢二
レスペート・イ・オルグージョ〜誇りと敬意〜(ファルーカ)
曲:沖仁
振付:宮本賢二
2013-2014 アンスクエア・ダンス
作曲:デイヴ・ブルーベック
振付:シェイ=リーン・ボーン
序奏とロンド・カプリチオーソ
作曲:カミーユ・サン=サーンス
振付:マリナ・ズエワフェドール・アンドレーエフ
映画『華麗なるギャツビー』より
Bang Bang
ボーカル:ウィル・アイ・アム
振付:佐藤有香
2012-2013 映画『栄光への脱出』のテーマ
作曲:アーネスト・ゴールド
振付:デヴィッド・ウィルソン
サウンド・オブ・サイレンス
ボーカル:サイモン&ガーファンクル
振付:佐藤有香
ムーン・ダンス
ボーカル:マイケル・ブーブレ
振付:マリナ・ズエワ
2011-2012 インナー・アージ
作曲:ジョー・ヘンダーソン
振付:デヴィッド・ウィルソン
ファンタジア・フォー・ナウシカ
作曲:久石譲
振付:マリナ・ズエワ、フェドール・アンドレーエフ
チェロ・ソング
ボーカル:ニック・ドレイク
振付:佐藤有香
2010-2011 ソウル・マン・メドレー
作曲:オリン・アイザックス
振付:佐藤有香、ロベルト・カンパネラ
ピアノ協奏曲第1番
作曲:フランツ・リスト
振付:マリナ・ズエワ
Hello, Goodbye & Safety Dance
ドラマ『Glee』より
振付:カート・ブラウニング、ロベルト・カンパネラ
Free Fallin'
ボーカル:ジョン・メイヤー
振付:佐藤有香
2009-2010[36] ボールド・アズ・ラヴ
作曲:ジミ・ヘンドリックス
振付:佐藤有香
ギター・コンチェルト
作曲:マイケル・ケイメン、演奏:布袋寅泰
振付:佐藤有香
クローサー
ボーカル:ニーヨ
振付:クラレンス・フォード
2008-2009[37] テイク・ファイヴ
作曲:デイヴ・ブルーベック
振付:佐藤有香
ロミオ
映画『ロミオとジュリエット』より
作曲:ニーノ・ロータ
振付:佐藤有香
ラストダンスは私に(ドリフターズ
ボーカル:マイケル・ブーブレ
振付:サンドラ・ベジック
2007-2008[38][39] キャラバン
作曲:デューク・エリントン、演奏:ザ・ベンチャーズ
振付:佐藤有香
ビートルズ・コンチェルト
編曲:ジョン・ラター、演奏:ジョン・ラッター & ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
振付:佐藤有香
サタデー・ナイト・フィーバー
演奏:ビージーズ
振付:宮本賢二
2006-2007[2] アート・オン・アイス
作曲:エドウィン・マートン
サラバンド
作曲:ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、編曲:エドウィン・マートン
振付:マリナ・ズエワ
ピアノ協奏曲第2番
作曲:フレデリック・ショパン
振付:マリナ・ズエワ
I Could Have Danced All Night
ミュージカル『マイ・フェア・レディ』より
ボーカル:ジェイミー・カラム
振付:佐藤有香
2005-2006[17] シング・シング・シング パート2
作曲:ルイ・プリマ
振付:佐藤有香
ピアノ協奏曲
作曲:ジョージ・ガーシュウィン
振付:佐藤有香
カー・ウォッシュ
ボーカル:ミッシー・エリオット
振付:中山知
2004-2005[40][17] ミグラ
作曲:サンタナ
振付:佐藤有香
映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』より
作曲:クラウス・バデルト
振付:佐藤有香
カー・ウォッシュ
作曲:ミッシー・エリオット
振付:中山知

表彰[編集]

2006年
  • JOCスポーツ賞 新人賞
  • 名古屋スポーツ奨励賞
  • 中部スポーツ賞 奨励賞
2007年
2010年
  • 名古屋市スポーツ功労賞
  • 愛知県スポーツ功労賞
  • 文部科学省・文部科学大臣表彰
2011年
  • 愛知県スポーツ功労賞
  • 第26回中日体育賞(中日新聞

出版[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.17
  2. ^ a b 『Cutting Edge 2007 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2007年1月、p.87
  3. ^ a b 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.37
  4. ^ a b “フィギュア選手に中傷文 4年間で20通超”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2015年10月15日). http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20151015-OYTNT50041.html 2015年10月18日閲覧。 
  5. ^ 『Cutting Edge』p.43
  6. ^ a b 『Cutting Edge 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2005年12月、p.47
  7. ^ 『フィギュアスケートに懸ける人々』p.83
  8. ^ 『フィギュアスケートに懸ける人々』p.88
  9. ^ 『Cutting Edge 2007』p.35, p.39
  10. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 36』新書館、2009年2月、p.21
  11. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 36』新書館、2009年2月、p.23
  12. ^ 荒川静香『フィギュアスケートを100倍楽しく見る方法』p.110
  13. ^ 日本経済新聞コラム『小塚崇彦「世界選手権ではリンクで熱気を感じたい」』2011年1月3日掲載
  14. ^ “日曜朝の顔に! 大島アナ、4・3から「新報道2001」キャスター就任”. サンケイスポーツ. (2012年10月7日). http://www.sanspo.com/geino/news/20160314/geo16031405030003-n1.html 2016年3月14日閲覧。 
  15. ^ 引退の小塚 中京大大学院を修了「晴れ晴れとした気持ち」(2016年3月19日)
  16. ^ 日本経済新聞コラム『フィギュアスケート小塚崇彦氏(中)「自然」な滑り氷上で自由自在(駆ける魂)』2009年3月10日掲載
  17. ^ a b c 『Cutting Edge』p.92
  18. ^ 『フィギュアスケート08-09シーズンフラッシュバック』実業之日本社、2009年4月、p.45
  19. ^ 「小塚 SP5位 織田は7位 五輪枠『3』へ着実に」『朝日新聞 夕刊』2009年3月26日、第4版、第3面
  20. ^ 『フィギュアスケート2010-2011シーズンオフィシャルガイドブック』朝日新聞出版、2010年5月、p.14
  21. ^ 1人目は、2002年ソルトレイクシティ五輪のSPで4回転トウループ-3回転トウループを成功させた本田武史
  22. ^ 『フィギュアスケートメモリアルBOOK』コスミック出版、2010年4月、p.49
  23. ^ [フィギュア]小塚、右足故障で全公演欠場…スターズ・オン・アイス
  24. ^ 無良が初優勝、2位の小塚は現役続行を明言(スポニチ)
  25. ^ 高橋大輔 膝の故障で世界選手権欠場「悩みましたが…」(スポニチ)
  26. ^ Takahiko Kozuka BLOG 世界選手権(2014年3月5日)
  27. ^ 小塚は6位、準備期間3週間もシーズンベスト(スポニチ)
  28. ^ 小塚 予定より長かった今季「最後まで引き延ばされた」(スポニチ)
  29. ^ フィギュア小塚崇彦引退も 今夏に決断(日刊スポーツ)
  30. ^ 小塚崇彦「人生上初めて」左足の負傷で中国杯欠場
  31. ^ 小塚崇彦が涙のラストダンス…最後は佐藤コーチとの“儀式”で新たな人生へ”. デイリースポーツ (2016年4月17日). 2016年4月18日閲覧。
  32. ^ Takahiko Kozuka BLOG ありがとうございました(2016年3月15日)
  33. ^ フィギュア・小塚さんとフジ・大島アナが結婚披露宴(スポーツ報知・2016年6月18日付記事)
  34. ^ 東日本大震災の影響により開催中止。
  35. ^ 『FIGURE SKATING BEST SCENE』p46
  36. ^ テレビ朝日 フィギュア 2009-2010 出場スケーターより
  37. ^ 『男子シングル読本』pp.14-15
  38. ^ 『Cutting Edge 2008 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2007年12月、p.64
  39. ^ 斎藤貴子編『フィギュアスケート07-08シーズンフラッシュバック』実業之日本社、2008年3月、p.28
  40. ^ 八木沼純子著『日本フィギュアスケート 氷上のアーティストたち』日本経済新聞社、2005年11月、p.201

外部リンク[編集]