ピアノ協奏曲第2番 (ショパン)
| ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 作品21 | |
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| ジャンル | ピアノ協奏曲 |
| 作曲者 | フレデリック・ショパン |
フレデリック・ショパン作曲のピアノ協奏曲第2番(ピアノきょうそうきょくだいにばん)ヘ短調 作品21は、1830年に完成された。第2番という番号であるが、第1番よりも先に作られた(現在、ヤン・エキエル編纂の「ナショナル・エディション」では番号付けは廃されている。以下、ナショナル・エディションの表記に倣う)。完成した1830年の3月17日にワルシャワで、作曲者のピアノ独奏により初演された[1]。
概要
[編集]ユゼフ・エルスネルの元でピアノソナタハ短調、ピアノ三重奏曲、そして『ラ・チ・ダレム変奏曲』を書いて経験を積んだショパンが、ピアニストとして名を挙げるために満を持して作曲した初の協奏曲である。名を挙げるためにピアノ協奏曲が必要、という発想はそれ自体が、フンメルやフィールド、カルクブレンナーといった当時のヴィルトゥオーゾたちの影響下にあるものであり、当然ながら彼らの作品様式の延長線上に位置づけられる[2]。
初めての大作ということもあり、曲は、よく言えばホ短調協奏曲よりも自由な構成を持つが、厳しく言えば構成面での薄弱さがある。こうした弱点を、若き天才の独創性などとして肯定的に評価する意見もあるが、それはこの曲や作曲当時の作曲家の実相を見誤るものであろう[2]。ホ短調協奏曲に比べて演奏回数はやや少ない[注釈 1]。作曲家の小林秀雄は、同曲の自編版(全音楽譜出版社刊 ISBN 4111101127)の解説の中で、カルクブレンナーのピアノ協奏曲第1番ニ短調作品61の影響を指摘している。実際、ショパンのホ短調協奏曲が献呈されたのはカルクブレンナーであり、音楽史では、しばしばカルクブレンナーなどのピアノ協奏曲は「オーケストラが添え物のピアノ曲」[5]:101と評価されてきた。
『レント・コン・グラン・エスプレッシォーネ』(現在では『夜想曲第20番』として有名な作品)には、この協奏曲の第1・第3楽章からの断片的なモチーフが引用されている。
ホ短調と同様、オーケストレーションの貧弱さがよく指摘されている。この点は、前述のカルクブレンナーのように、ショパンが参考にしたヴィルトゥオーゾたちの影響が考えられ、シューマンやブラームスといったシンフォニー作曲家のそれとは本質的に異なっているためである[2]。
また、それだけでなく、ショパンが協奏曲を作曲・出版された1830年代の頃のピアノ協奏曲の作曲・出版・演奏にかんする慣行として、今日「室内楽版」として知られる、ピアノ独奏と弦楽四重奏によるピアノ五重奏または弦楽四重奏にコントラバスを加えたピアノと弦楽五重奏によるピアノ六重奏といった演奏形態[6]:79のための楽譜販売が一般的であった[6]:79ことに見られるように、管打楽器なしでも演奏が成立しうるほどに管弦楽の比重が小さく[6]:148-149、そればかりか「室内楽版」での演奏にあたってあたって管楽器のフレーズはたとえ重要なものでも「切り捨てられ」、そして必要に応じて、ピアノ独奏者が補うほどであったことによるだろう[注釈 2]。さらに、オーケストレーション自体がショパン自身によるという確証もなく、別人の手による可能性すらある[2]。、管弦楽法に長じた他者により新たにオーケストレーションされたためだと「ナショナル・エディション」では主張されており、その証拠としては現存する自筆スコアの管弦楽部分が他人の筆跡で書かれており、ショパンの直筆はピアノパートのみである点が挙げられている(ただし、ショパンが友人らと一緒に写譜したものである可能性もあり、断言は難しい)。だが、第3楽章のコル・レーニョなど、ショパンがオーケストレーションにあたって彼なりに創意工夫を凝らしたことは明らかである。ナショナル・エディションではユリアン・フォンタナが作成したピアノスコアなどを元に本来のオーケストレーションを「復元」した「コンサート・エディション」と、従来の楽譜を校訂した「ヒストリカル・エディション」が作成された。
初めての大作ということもあり、曲は第1番よりも調性構造の弱さがある一方、随所に様々な創意がこらされている。第1番に比べて演奏回数はやや少ない。作曲家の小林秀雄は、同曲の自編版(全音楽譜出版社刊 ISBN 4111101127)の解説の中で、カルクブレンナーの「ピアノ協奏曲第1番ニ短調」作品61の影響を指摘している。実際、ショパンのホ短調協奏曲が献呈されたのはカルクブレンナーであり、音楽史では、しばしばカルクブレンナーなどのピアノ協奏曲は「オーケストラが添え物のピアノ曲」[5]:101と評価されてきた。
『レント・コン・グラン・エスプレッシォーネ』(現在では『夜想曲第20番』として知られる作品)には、この協奏曲の第1・第3楽章からの断片的なモチーフが引用されている。
なお、管弦楽を補強した版をアンドレ・メサジェ、アルフレッド・コルトー[8][9]らが作成しており、このうちメサジェ版はマルグリット・ロンの依頼で作成されたもの(彼女はこの版を晩年までレパートリーとした)。2015年にはケヴィン・ケナーが編集したピアノと弦楽五重奏のためのヴァージョンも発売された[10]。ショパンは2台ピアノ版を一切残さなかったため、2台ピアノのための編曲版はこれからロンド・クラコヴィアクまで、すべて他人の手による創作となっている。
パリで親交を結んだデルフィナ・ポトツカ伯爵夫人に献呈されている。
編成
[編集]フルート2、オーボエ2、B♭管クラリネット2、ファゴット2、F管ホルン2、B♭管トランペット2、バストロンボーン、ティンパニ、弦五部。
演奏時間
[編集]約30分。ただし、30分を切っている録音もある[11]。
曲の構成
[編集]| 音楽・音声外部リンク | |
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- 第1楽章 Maestoso ヘ短調 4/4拍子
- 協奏風ソナタ形式。オーケストラによる提示部は、問いと答えのような第1主題、オーボエによって提示される変イ長調の第2主題からなり、独奏ピアノがドラマティックに登場すると、熱い音楽が繰り広げられる。再現部では第2主題は提示部と同じく変イ長調で再現されるのが特徴。
- 第2楽章 Larghetto 変イ長調 4/4拍子
- 三部形式。この楽章は、当時ショパンが恋心を抱いていた、コンスタンツィヤ・グワトコフスカへの想いを表現したと友人ティトゥス・ヴォイチェホフスキ宛ての手紙で述べている。中間部は変イ短調に転じ、弦の刻みの上にユニゾンで激しいレチタティーヴォ風の音楽が展開される。
- 第3楽章 Allegro vivace ヘ短調~ヘ長調 3/4拍子
- コーダを持つロンド形式。ポーランドの代表的な民族舞踊であるマズルカ(特にオベレクの要素が強い)が基になっている。中間部は弦楽器にコル・レーニョ(弓の木の部分で弦を叩く)奏法が指示され、ピアノもユニゾンとなる。コーダはヘ長調に転じ、ホルンのファンファーレにより、明るく華やかに終結する。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 周知のようにショパンの名を冠したショパン国際ピアノコンクールの本選において課題曲としてショパンの2曲の協奏曲のいずれかが課されるが、ホ短調協奏曲が選択されることが多い[3]。この理由についてピアニストの青柳いづみ子は「繊細な美しさが魅力だが、演奏時間が短く、難しいわりに効果が上がらない」ためと考察している[4]。
- ↑ とはいえ、ショパンのピアノ協奏曲第2作(ホ短調協奏曲)では弦楽器のパート譜に管楽器の重要なフレーズが印刷され、たとえばチェロ奏者が折々にファゴットの役割を果たす。それは、楽曲に⽋くことができない管楽器のフレーズがある、という意識の表れと⾔え、管楽器の役割が無造作に無視できるものだという書法の限界を示すものでもあるだろう[7]
出典
[編集]- ↑ “夢見るように美しいメロディ。ショパンの初恋から生まれた名曲『ピアノ協奏曲第2番』”. 家庭画報.com. 世界文化社 (2024年3月17日). 2026年3月17日閲覧。
- 1 2 3 4 岡田 安樹浩 (2010年3月1日). “ショパン : ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 Op.21 解説”. ピティナ・ピアノ曲事典. 一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ). 2026年6月26日閲覧。
- ↑ ピティナ ピアノnote. “本選コンチェルト選択と「2番」の響き(コラム)~2021ショパンコンクール”. note. 2026年7月8日閲覧。
- ↑ 青柳いづみ子 (2017年7月17日). “「ショパコンファイナル、どちらを選ぶ?」(ショパン 2017年8月号)”. 2026年7月8日閲覧。
- 1 2 鐵 百合奈,小岩 信治 (2022). “ニ短調ピアノ協奏曲の系譜 : ピアニストと音楽学者が語る”. 言語社会 (一橋大学大学院言語社会研究科) 16: 94-117. doi:10.15057/73482.
- 1 2 3 小岩 信治 (2014). “ショパンのピアノ協奏曲「室内楽版」 ― 1990年代からの録音史概観”. 言語文化 (一橋大学語学研究室) 51: 79-85. NAID 120005568178 2026年6月26日閲覧。.
- ↑ 小岩真治 (2025), “モーツァルトとショパン:弦楽オーケストラの魅⼒とピアノ協奏曲”, 近藤嘉宏デビュー30周年記念演奏会プログラム冊子 2026年7月16日閲覧。
- ↑ “item_code=8.110612”. www.naxos.com. 2018年12月12日閲覧。
- ↑ “wunder's version”. www.universalmusic.pl. 2018年12月12日閲覧。
- ↑ “new-versions-of-chopins-piano-concertos”. pwm.com.pl. 2018年11月23日閲覧。
- ↑ “Yelena Bekman-Shcherbina plays Chopin piano concerto No.2, Op.21 (Nikolai Anossov 1950)”. www.youtube.com. 2025年10月22日閲覧。
