マーク・ミッチェル

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Pix.gif マーク・ミッチェル
Mark Mitchell
Figure skating pictogram.svg
基本情報
代表国: アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日: 1968年5月2日(48歳)
元コーチ: カルロ・ファッシ
Christa Fassi
Peter Burrows
Ronna Gladstone
元振付師: Sandra Bezic
Slavka Kohout
Jamie Isley
所属クラブ: SC of Hartford
引退: 1994年

マーク・ミッチェル(Mark Mitchell 1968年5月2日-)は、アメリカ合衆国の元フィギュアスケート選手で、現在はコーチ兼、コリオグラファー(振付師)。ボストンにてペーター・ヨハンソンと共に指導している。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

ミッチェルは1986年の全米ジュニアチャンピオンである。また1990年に全米選手権で3位になったが、世界選手権に派遣されなかった。ミッチェルの代わりに派遣されたのは、背中の痛みで負傷していた、クリストファー・ボウマンが不戦勝の形で派遣された。翌年91年は全米選手権4位で、これも世界選手権に派遣されなかった。

1992年にも全米選手権で3位になるが、1992年アルベールビルオリンピックに派遣されなかった。トッド・エルドリッジが不戦勝の形でオリンピックに派遣された。しかし1992年世界選手権に派遣されて5位となり、エルドリッジより上の成績だった。

1993年全米選手権2位で、世界選手権に派遣されてショートプログラムで満点の6.0をもらう。ショートプログラムはカート・ブラウニングに次いで2位だったが、フリーで逆転され最終的に4位に終わる。そのため、1994年リレハンメルオリンピックのアメリカ男子枠は2となる。これは当時のルールで、オリンピック前年の世界選手権で3位以内に入らないと3枠は取れないルールによる。現在はこのルールは解消されている。
1993年以降は、ミッチェルはイタリアに渡り、カルロ・ファッシの指導をうける。その後、プロ化宣言をしたが、1994年全米選手権で5位となりリレハンメルオリンピックには派遣されなかった。1994年以降はプロになり、チャンピンズオンアイスでツアーを回っている。

指導歴[編集]

彼は現在ボストンのスケートクラブで、前スウェーデンナショナルチャンピオンのペーター・ヨハンソンともにコーチをしている。教え子には2007年世界ジュニア優勝者のスティーブン・キャリエール、2008年東部セクション優勝者のカトリーナ・ハッカー、2007年全米ジュニア4位のカレン・オイ、2007年東部セクション優勝のKylie Gleason、二度のジュニアグランプリ優勝のJuliana Cannarozzo,2008年全米ジュニア3位のBrittney Rizo,2007年カナダジュニア優勝者のDana Zhalko-Tytarenko、2009年全米ジュニア優勝者のロス・マイナー
以前コーチしたのは2003年全米4位のスコット・スミス、2007年全米2位のエミリー・ヒューズ、2004年全米ジュニア2位のJason Wong,2003年全米ノービス3位のJessica Houston,2003年全米ジュニア優勝のErica Archambault.がいる
ミッチェルとヨハンソンは2003 、2006、2007年のUSFSA/PSA 優秀コーチに、2006年USOC 最優秀コーチに選ばれている。

戦歴[編集]

Event 82-83 83-84 84-85 85-86 86-87 87-88 88-89 89-90 90-91 91-92 92-93 93-94
世界選手権 5th 4th
全米選手権 3rd N. 1st J. 8th 3rd 4th 3rd 2nd 5th
スケートアメリカ 4th 3rd
スケートカナダ 3rd 2nd
エリック・ボンパール杯 1st
ボフロスト杯 1st
Novarat Trophy 3rd 1st
U.S. Olympic Festival 1st
Eastern Sectionals 1st
  • J = Junior level

参考文献[編集]