青木鈴慕

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

青木 鈴慕(あおき れいぼ)は、尺八琴古流名跡

初代[編集]

明治23年(1890年7月15日) - 昭和30年(1955年7月2日))本名は青木誠造。

神奈川県横浜の生まれ、父が、兄が尺八奏者だったため、18歳で初代川瀬順輔に入門し川瀬社中に入る。20歳で尺八指南になる。鈴慕会を組織。大正10年(1921年)に川瀬社中を離れ、独自に東京竹友社を組織。日本三曲協会理事、尺八協会会長などを務めた。次男が2代目青木鈴慕、孫に青木彰時

2代目[編集]

(昭和10年(1935年10月4日) - )本名は青木静夫。

東京の生まれ、父は初代青木鈴慕。幼少から父の元で修行。NHK邦楽技能者育成会卒業。昭和39年(1964年)に山本邦山横山勝也らと共に「三本会」を結成。沢井忠夫らと共に「民族音楽の会」にも参加。昭和50年(1975年)に2代目青木鈴慕を襲名。昭和51年(1976年)と昭和55年(1980年)に文化庁芸術祭優秀賞。昭和53年(1978年)に文化庁芸術祭大賞。平成2年(1990年)にモービル音楽賞日本芸術院賞。平成11年(1999年)に重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。同年、松尾芸能賞優秀賞。平成14年(2002年)、紫綬褒章受章。平成28年(2016年)、春の叙勲で旭日小綬章受章。東京芸術大学の講師を務めた事もある。作曲には「物語一つ」「花火」他多数。実子は青木彰時。

外部リンク[編集]