後藤純男

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後藤 純男(ごとう すみお、1930年1月21日 - 2016年10月18日[1])は、日本画の画家

昭和5年(1930年)、千葉県東葛飾郡関宿町(現野田市)に生まれる。昭和7年(1932年) に埼玉県北葛飾郡金杉村(現松伏町)へ転居。昭和61年(1986年)に内閣総理大臣賞を受賞、昭和63年(1988年)から平成9年(1997年)まで東京藝術大学美術学部の教授を務めた。平成18年(2006年)に旭日小綬章を受章する。平成28年(2016年)に日本芸術院賞恩賜賞を受賞する。歌人米川千嘉子は姪。

2016年10月18日、敗血症により逝去。86歳没[1]

略歴[編集]

  • 1930年 千葉県東葛飾郡関宿町(現・野田市)の真言宗豊山派の住職後藤幸男の子として生まれる。
  • 1932年 埼玉県金杉村(現・松伏町)へ転居。
  • 1942年 金杉小学校を卒業する。同年、父後藤幸男が母校で教師を勤めていた旧制豊山中学校(現日本大学豊山高等学校)入学
  • 1945年 郷里の旧制埼玉県立粕壁中学校(現春日部高等学校)第4学年へ転入。
  • 1946年 粕壁中学校卒。山本丘人に師事。
  • 1949年 田中青坪に師事。
  • 1952年 再興第37回日本美術院展覧会(院展)に初入選。5年間の教員生活を終える。
  • 1954年 日本美術院院友に推挙。
  • 1955年 約8年間の関西、四国における真言宗の寺を巡るスケッチ旅行を始める。
  • 1965年 再興第50回日本美術院展覧会で日本美術院賞・大観賞を受賞。日本美術院特待に推挙。
  • 1969年 再興第54回日本美術院展覧会で日本美術院賞・大観賞を受賞。
  • 1974年 日本美術院同人に推挙。
  • 1976年 再興第61回日本美術院展覧会で文部大臣賞を受賞。
  • 1981年 ネスカフェ・ゴールドブレンド「違いがわかる男」のコマーシャルに出演。
  • 1982年 中国西安美術学院名誉教授に就任。
  • 1986年 再興第71回日本美術院展覧会で内閣総理大臣賞を受賞。
  • 1987年 北海道空知郡上富良野町にアトリエを構える。
  • 1988年 東京藝術大学美術学部教授に就任。教授時代の門弟には、日本画家の後藤仁がいる[2]
  • 1993年 真言宗豊山派の総本山長谷寺に襖絵「夏冬山水」を奉納。
  • 1995年 パリ・三越エトワールにて「後藤純男展」を開催。
  • 1997年 東京藝術大学教授を退官。北海道空知郡上富良野町に後藤純男美術館を開館。
  • 1999年 千葉県銚子市犬吠駅に後藤純男美術館を開館(2004年1月30日閉館)。
  • 2002年 埼玉県北葛飾郡松伏町の名誉町民となる。
  • 2006年 旭日小綬章を受章。
  • 2014年5月10日 大分県玖珠郡九重町田野1712-707 九州芸術の杜内に常設で後藤純男リトグラフ館を開館。(原画とリトグラフ)
  • 2016年 日本芸術院賞恩賜賞を受賞。東京藝術大学名誉教授に就任。千葉県流山市の名誉市民第一号となる。10月、敗血症により逝去。

主な弟子[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b “後藤純男氏死去=日本画家、東京芸術大名誉教授”. 時事通信. (2016年10月18日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2016101800749&g=soc 2016年10月18日閲覧。 
  2. ^ 後藤 仁 公式ホームページ 「後藤 仁(GOTO JIN)のアトリエ」

外部リンク[編集]