新関良三

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新関 良三(『アサヒグラフ』1949年2月23日号)

新関 良三(にいぜき りょうぞう、1889年8月4日 - 1979年4月27日)は、ドイツ文学者、演劇研究者。文化功労者。文学博士。

経歴[編集]

山形県生まれ。旧姓・平泉。東京帝国大学文科大学独文科卒。シラー研究から始まり、ギリシャ悲劇を始めとする比較演劇研究者として多くの業績を残した。1943年『ギリシャ・ローマ演劇史』で帝国学士院賞・恩賜賞受賞。第四高等学校教授、学習院教授を務め、戦後は埼玉大学学長、共立女子大学教授を務めた。息子はソ連大使を務めた外交官の新関欽哉。学習院時代の三島由紀夫の担任教師でもあった。1858年、『ギリシャ・ローマ演劇史』で日本芸術院賞受賞[1]。1963年日本学士院会員。

人物[編集]

教え子であった三島由紀夫は、「一にもシラー、二にもシラーの、シラー教の教祖、父ツァマ(とっつぁま)こと新関良三先生」と述懐している[2]

父ツァマこと新関良三先生も、全身これドイツ語といふべき先生で、あるとき、

「Zwischen’、これは即ち英語のアモンクである。アモンクである」
と例の通り重厚な調子で言はれるのが、一瞬何のことかわからなかつたが、やがてそれは英語の among をドイツ語読みしたものだとわかつた。正に Deutschland über alles である[注釈 1]

— 三島由紀夫「ドイツ語の思ひ出」[2]

著書[編集]

  • 『西洋演劇史 第1巻 希臘悲劇論』岩波書店, 1925
  • 『演劇論集』岩波書店, 1925
  • 『西洋演劇研究』春秋社, 1931
  • 『現代独逸文学の展望』第一書房, 1934
  • 『ナチス独逸の演劇』弘文堂書房, 1940
  • 『シラーと希臘悲劇』東京堂, 1941、新版1958
  • 『日本演劇と大東亜文化建設』大東亜文化建設研究:国民精神文化研究所, 1942
  • 『演劇研究』畝傍書房, 1942
  • 『日本演劇論』畝傍書房, 1942
  • 『演劇の本質』東京堂, 1943
  • 『西洋文学論考』愛宕書房, 1943
  • 『古代劇』鎌倉書房, 1947
  • 『希臘羅馬演劇史』全4巻 東京堂, 1948
    • 改訂版『ギリシャ・ローマ演劇史』全7巻 東京堂, 1957
  • 編著『アイスキユロスソポクレス』 南江堂, 1954
  • 『シラー 生涯と著作』東京堂, 1959
  • 『ギリシャ・ローマの演劇』東京堂, 1960
  • 『劇文学の比較研究』東京堂出版, 1964
  • 『詩人シラー 研究と随想』筑摩書房, 1967
  • 『現代のギリシャ悲劇 復活と創作』東京堂出版(1・2), 1968
  • 『新関良三演劇論文集』東京堂出版, 1977
  • 『ドイツ文学点描集』学術図書出版, 1980。小著
  • 『シラー戯曲研究『群盗』』三修社, 1982

翻訳[編集]

  • カアル・ハアゲマン『舞台芸術 演劇の実際と理論』内田老鶴圃, 1920
  • ゲオルク・カイゼル『カレーの市民』新潮社, 1921
  • シルレル『ワレンシュタイン』東京堂書店, 1922
  • フロイド『夢判断 精神分析大系』アルス, 1930
  • シラーウィルヘルム・テル』独逸文学叢書刊行会, 1939
  • ゲーテ『ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン』改造社, 1941
    • 編訳『世界大思想全集 哲学・文芸思想篇22 レッシング シラー ゲーテ』に収録。河出書房, 1953
  • 編訳『シラー選集』全5巻、冨山房, 1941
    • 『世界文学大系18 シラー』筑摩書房, 1959、一部収録 
  • ヤコブ・ブルクハルト『ギリシャ文化史』全6巻、東京堂, 1948-1950、改訂版1957

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ ドイツの歌」の中の一節。

出典[編集]

  1. ^ 『朝日新聞』1958年2月22日(東京本社発行)朝刊、1頁。
  2. ^ a b 三島由紀夫「ドイツ語の思ひ出」(ドイツ語 1957年5月)。29巻 & 2003-04, pp. 521-526

参考文献[編集]