出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊藤 裕司(いとう ひろし、1930年9月3日 - 2023年7月6日[1])は、日本の漆芸家、日本藝術院会員。
京都市出身。本名は裕允(ひろのぶ)。京都市立日吉ヶ丘高等学校卒。山崎覚太郎に師事。1953年「山海譜」で日展初入選。1964年「触」で日本現代工芸美術展初入選。京蒔絵を習び色漆を主な素材にした作品を発表している。2004年「スサノオ聚抄」で日本芸術院賞受賞。2011年芸術院会員。2018年秋の叙勲で旭日中綬章を受章[2]。
1953
京都市立美術工芸学校漆芸科卒業
山崎覚太郞(東京)に師事、色漆技法を修得する(~‘57)
第9回日展初入選('66,'68特選,'83会員賞、審査員4回)
1962
第3回日本現代工芸美術展初入選('66大賞、'97文部大臣賞)
1970
漆芸作家集団〔フォルメ〕創設同志とともに前衛活動'79まで
1978
第8回世界クラフト会議・京都国際会議漆分科会コーディネーター
1985
紺綬褒章受章(以降四度受章)
1990
京都府文化賞功労賞受賞
1995
京都市芸術功労賞
2000
文化庁長官表彰―漆芸功労により表彰を受ける
2002
林野庁長官賞受賞 日本漆工協会主催「漆の美展」
2004
農林水産大臣賞受賞 日本漆工協会主催「漆の美展」、日本藝術院賞受賞
2011
日本漆工協会(総裁・桂宮宣仁親王)漆工功労賞表彰、日本藝術院会員に就任
2018
旭日中綬章受章
コレクション
日本藝術院、東京国立近代美術館工芸館、京都国立近代美術館
京都府京都文化博物館、京都市美術館、伊勢神宮、熱田神宮、明治神宮 他
現在
日本藝術院会員、公益社団法人日展顧問、現代工芸美術家協会常務理事
- ^ “伊藤裕司氏死去 漆芸家”. 新潟日報. (2023年7月12日). https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/247064 2023年7月13日閲覧。
- ^ “平成30年秋の叙勲 旭日中綬章受章者” (PDF). 内閣府. p. 1 (2018年11月3日). 2023年1月25日閲覧。 アーカイブ 2023年1月25日 - ウェイバックマシン
|
|---|
|
第一部(美術) |
|---|
| 1942年から1975年 | |
|---|
| 1976年から2000年 | |
|---|
| 2001年から2025年 | |
|---|
|
第二部(文芸) |
|---|
| 1942年から1975年 | |
|---|
| 1976年から2000年 | |
|---|
| 2001年から2025年 | |
|---|
|
第三部(音楽・演劇・舞踊) |
|---|
| 1942年から1975年 | |
|---|
| 1976年から2000年 | |
|---|
| 2001年から2025年 | |
|---|
|
|
太字は恩賜賞受賞者。雅号、筆名、芸名等は受賞時のものによる。表記揺れによる混乱を避けるため、漢字は便宜上新字体に統一する。 |