野村四郎

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野村 四郎(のむら しろう、1936年昭和11年)11月27日[1] - )は、観世流シテ能楽師東京芸術大学名誉教授。日本能楽会会長、観世会監事、銕仙会理事。

長男の野村昌司も観世流シテ方の能楽師だが、他の親族はいずれもみな和泉流狂言方で、七世野村万蔵(野村萬)二世野村万作野村万之介は兄弟、二世野村萬斎九世野村万蔵二世野村万禄は甥にあたる。

来歴[編集]

和泉流狂言方六世野村万蔵の四男として東京で生まれる。兄弟が狂言師となる中でひとり能役者に進むべく、1952年(昭和27年)に二十五世観世元正に内弟子入門し、観世寿夫に師事。

1955年(昭和30年)に初シテ『俊成忠度』を演じ、1962年(昭和37年)に独立。以後観世流シテ方として活躍し、やがて能楽界の重鎮となっていった。

欧州・北米・インドなどで能楽の公演を行い世界各地への普及に貢献したことも特筆に値する。観世流職分として能楽界の後進を育成するかたわら、東京芸術大学音楽学部教授として能楽の研究を教え、さらにワシントン大学ハワイ大学などでも能楽指導にあたっている。

その一方で、舞台では古典の秘曲や大曲、あるいは復曲の能を数々上演するとともに、新作能の作曲・作舞・上演も精力的に行い、他流との共演や異分野の邦楽や洋楽との共演などといった新しい試みにも積極的に取り組んだ。2006年に日本芸術院賞を受賞。

年表[編集]

  • 1955年(昭和30年)- 初シテ『俊成忠度』
  • 1962年(昭和37年)- 独立、以後観世流シテ方として活躍
  • 1978年(昭和53年)- 重要無形文化財「能楽」保持者に認定(総合認定)、保持者の団体である日本能楽会会員となる
  • 1987年(昭和62年)- 野村四郎の会『求塚』で文化庁芸術祭優秀賞
  • 1994年(平成6年)- 芸術選奨文部大臣賞
  • 1998年(平成10年)- 紫綬褒章
  • 2003年(平成15年)- 第25回観世寿夫記念法政大学能楽賞
  • 2006年(平成18年)- 2005年度(第62回)日本芸術院賞(近年の舞台活動に対して)
  • 2016年(平成28年)- 重要無形文化財「能シテ方」保持者に認定(各個認定、いわゆる人間国宝
  • 2018年(平成30年)- 旭日小綬章

主な舞台[編集]

能の古典の秘曲・大曲あるいは復曲能[編集]

  • 『猩々乱』
  • 石橋
  • 道成寺
  • 『恋重荷』
  • 『屋島大事』
  • 『鷺』
  • 卒塔婆小町
  • 『鸚鵡小町』
  • 『三輪 誓納』
  • 『檜垣』
  • 『姥捨』
  • 『芭蕉 平調返』
  • 『木曾 願書』

ほか

新作能[編集]

異分野の邦楽との共演[編集]

  • 『熊野の物語』
  • 『相聞』
  • 『竹取物語』
  • 『賢治宇宙曼荼羅』
  • 『スサノヲ』
  • 『謡かたり隅田川』(「謡かたり三人の会」を豊竹咲大夫、村尚也と結成)
  • 『葵上』(山田流箏曲による)

ほか

他流との共演[編集]

ほか

オペラ演出と出演[編集]

著作[編集]

出典[編集]

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.554

参考文献・外部リンク[編集]