山田良定

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山田 良定(やまだ りょうじょう、1931年昭和6年)10月5日 - 平成14年(2002年1月30日)は、日本彫刻家日展理事。浄土宗専念寺住職・滋賀大学名誉教授。滋賀県出身。

略歴[編集]

昭和6年(1931年)10月5日、滋賀県神崎郡五個荘町奥(現東近江市)に生まれる[1][2]滋賀大学卒業後富永直樹に師事し[1][2]、昭和50年(1975年)・51年(1976年)日展で連続特選を受賞した[1]。平成2年(1990年)には文部大臣賞、平成11年(1999年)「開幕の刻」で芸術院賞を受賞[1][2]した。この間県立石山高校教諭や母校滋賀大の教授(退官後名誉教授)を務め[1][2]、大津市公民館児童美術教室で子供達への指導[1]を行った。平成14年(2002年)1月30日、栗東市の病院で肺炎により死去[3][1]

年譜[編集]

  • 1931年(昭和6年) - 生まれる。
  • 1954年(昭和29年) - 滋賀大学教育学部卒業。
  • 1962年(昭和37年) - 日本芸術院会員富永直樹に師事する。
  • 1963年(昭和38年) - 日展初入選、以後毎年出品する。
  • 1975年(昭和50年) - 第7回日展で「潮風」が特選となる。
  • 1976年(昭和51年) - 第8回日展で「草原」が無鑑査・連続特選を受ける。
  • 1981年(昭和56年) - 日展審査員を務める。
  • 1990年(平成2年) - 第26回日展で「秋・ふたり」が文部大臣賞を受賞する。
  • 1995年(平成7年) - 浄土宗芸術賞を受賞する。
  • 1999年(平成11年) - 「開幕の刻」で芸術院賞を受賞する。
  • 2002年(平成14年) - 1月30日死去

主な役職[編集]

  • 日展理事・日本彫刻会理事・浄土宗芸術家協会理事
  • 滋賀県近江八幡市白王町「専念寺」住職

作品[編集]

  • 「宗祇法師顕祥碑」(滋賀県東近江市 能登川町総合文化情報センター中庭)
  • 「浪の音」(滋賀県東近江市五個荘)
  • 「若鮎」(滋賀県大津市京町 中央大通り分離帯)
  • びわこ国体モニュメント「びわこ讃歌」(滋賀県大津市 皇子山総合運動公園
  • 「出逢い」(滋賀県長浜市 長浜駅前)
  • 「草原」(滋賀県近江八幡市 近江八幡市文化会館前)
  • 「平和の祈り」 (滋賀県守山市 守山市総合運動公園)
  • 「芭蕉翁の像」(三重県伊賀市 伊賀支所前座像)
  • 「湖の華」(広島県福山市 みずほ銀行福山支店前・大分県大分市 大分駅前)
  • 「開幕の刻」・「ジーンズの女」・「ふれあい」・「秋・ふたり」(福島県郡山市 奥羽大学歯学部附属病院)
  • 「湖風」(北海道札幌市 中央区大通西3丁目札幌大通公園

関連書籍[編集]

  • 「山田良定と郷土の弟子たち展 近江八幡市市制50周年記念事業」(山田良定と郷土の弟子たち展」実行委員会 2005年)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 「日本人名大辞典」(講談社 2001年)
  2. ^ a b c d 「滋賀報知新聞」(2003年11月15日)
  3. ^ 「四国新聞」(2013年6月20日)