中村貞以

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中村 貞以(なかむら ていい、1900年7月23日 - 1982年3月12日)は、日本の日本画家

浮世絵の伝統の上に近代的感覚を加味した画風を築いた。

略歴[編集]

本名は清貞。大阪市船場で鼻緒問屋を営む中村清助の第四子に生まれる。2歳のとき手に火傷したため、合掌描きを工夫した。両親は将来太夫にするつもりで、はじめ浄瑠璃を習わせたが、幼少期より習字や絵に才能を発揮。大阪経理学校中退。始め、浮世絵師長谷川貞信に師事した後、 大正8年(1919年)、美人画の巨匠・北野恒富に師事し、大正12年(1923年)、現在の春の院展である試作展に入選。芸術院賞文部大臣賞を受賞[1]昭和7年(1932年)、院展で「朝」が日本美術院賞第1号となる。昭和23年(1948年)には日展の審査員となった。昭和25年(1950年)に松岡政信が、昭和27年(1952年)に長谷川青澄が入門する。

その後も昭和41年(1966年)、「シャム猫と青衣の女」などで日本芸術院賞[2]。画塾春泥会を主宰した。他の門人に浅田庭史森本有泉寺本郷史小川雨虹らがいる。

主な作品[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 中村貞以『出身県別 現代人物事典 西日本版』p954 サン・データ・システム 1980年
  2. ^ 『朝日新聞』1966年4月7日(東京本社発行)朝刊、14頁。

参考文献[編集]

  • 油井一人編 『20世紀物故日本画家事典』 美術年鑑社、1998年

関連項目[編集]