高橋節郎

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髙橋 節郎(たかはし せつろう、新字体:高橋 節郎、旧字体:高橋 節郞1914年大正3年)9月14日 - 2007年平成19年)4月19日)は、日本の芸家である。長野県南安曇郡北穂高村(現安曇野市)出身。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)を経て、1938年東京美術学校工芸科漆工部卒業。日本芸術院会員、文化勲章受章者、文化功労者日展顧問。

経歴[編集]

  • 1940年(昭和15年)- 紀元二千六百年奉祝展「虜美人草(ひなげし)之図小屏風」を出品、入選
  • 1946年(昭和21年)- 第1回日展「菊籬蒔絵文庫」を出品、入選
  • 1953年(昭和28年)- 第9回日展審査員に就任
  • 1965年(昭和40年)- 第7回新日展出品作「化石譜」により日本芸術院賞受賞[1]
  • 1976年(昭和51年)- 東京芸術大学美術学部教授に就任(1982年に退任)
  • 1981年(昭和56年)- 日本芸術院会員
  • 1984年(昭和59年)- 紺綬褒章受章
  • 1986年(昭和61年)- 勲三等瑞宝章受章
  • 1990年(平成2年)- 文化功労者を顕彰、長野県芸術文化功労者受賞
  • 1995年(平成7年)- 東京芸術大学名誉教授に就任、豊田市美術館髙橋節郎館開館
  • 1997年(平成9年)- 長野オリンピック公式記念メダルをデザイン、文化勲章を受章
  • 1998年(平成10年)- 豊田市名誉市民となる
  • 2003年(平成15年)- 都営地下鉄大江戸線汐留駅の陶壁レリーフ「日月星花」が「日本の鉄道パブリックアート大賞」の国土交通大臣賞を受賞、出身地の穂高町(現:安曇野市)に安曇野髙橋節郎記念美術館開館
  • 2007年(平成19年)- 肺炎のため死去、92歳。

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『朝日新聞』1965年4月10日(東京本社発行)朝刊、14頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]