谷口吉郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
たにぐち よしろう
谷口 吉郎
生誕 1904年(明治37年)6月24日
石川県金沢市
死没 (1979-02-02) 1979年2月2日(満74歳没)
東京都港区
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学
職業 建築家
受賞 日本建築学会賞作品賞
(1949年、1956年)
日本芸術院賞(1961年)
所属 谷口吉郎建築設計研究所
建築物 藤村記念堂
秩父セメント第2工場
東宮御所
東京国立博物館東洋館
東京国立近代美術館
名鉄バスターミナルビル

谷口 吉郎(たにぐち よしろう、1904年明治37年)6月24日 - 1979年昭和54年)2月2日)は、昭和期の建築家である。石川県金沢市出身。

帝国劇場の設計者、庭園研究者、博物館明治村の初代館長。子の谷口吉生も建築家である。女婿に納屋嘉治(宗淡)・淡交社社長。

経歴[編集]

主な作品[編集]

  • 東京工業大学水力実験室 (東京都目黒区 / 1932年 / 現存しない)
  • 自邸 (東京都品川区 / 1935年)
  • 慶應義塾幼稚舎 (東京都渋谷区 / 1937年)
  • 慶應義塾大学日吉寄宿舎 (横浜市日吉/1938年/現存)
  • 藤村記念堂 (岐阜県中津川市 / 1947年)
  • 慶應義塾大学第3校舎(4号館)・大学学生ホール(東京都港区 / 1949年 / 現存しない / 第1回日本建築学会賞作品賞)
  • 慶應義塾大学第2研究室(新萬來舎(東京都港区 / 1951年 / 現存)
  • 石川県繊維会館 (現・西町教育研修館 / 石川県金沢市 / 1952年)
  • 秩父セメント第2工場 (埼玉県秩父市 / 1956年 / 第8回日本建築学会賞作品賞)
  • 東京工業大学創立70周年記念講堂 (東京都目黒区 / 1958年)
  • 藤村記念館 (長野県小諸市 / 1958年)
  • 原敬記念館 (岩手県盛岡市 / 1958年)
  • 石川県美術館 (現・石川県立伝統産業工芸館 / 石川県金沢市 / 1959年)
  • 千鳥ヶ淵戦没者墓苑 (東京都千代田区 / 1959年)
  • 東宮御所 (東京都港区 / 1960年)
  • 青森県庁 (青森県青森市 / 1961年)
  • 文京区立鴎外記念本郷図書館 (東京都文京区 / 1962年)
  • ホテルオークラ東京本館メインロビー[2](東京都港区虎ノ門/ 1962年 / 現存しない)
  • 名古屋大学古川図書館 (現・名古屋大学古川記念館 / 名古屋市千種区 / 1964年)
  • 乗泉寺 (東京都渋谷区 / 1965年)
  • 良寛記念館 (新潟県出雲崎町 / 1965年)
  • 帝国劇場(ロビー・客席) (東京都千代田区 / 1966年)
  • 山種美術館 (東京都中央区 / 1966年 / 現存しない)
  • 出光美術館 (東京都千代田区 / 1966年)
  • 斎藤茂吉記念館 (山形県上山市 / 1967年)
  • 名鉄バスターミナルビル (愛知県名古屋市 / 1967年)
  • 東京国立博物館東洋館 (東京都台東区 / 1968年)
  • 東京国立近代美術館 (東京都千代田区 / 1969年)
  • 八王子乗泉寺霊園 (東京都八王子市 / 1971年)
  • 迎賓館和風別館 (東京都港区 / 1974年)
  • 日本学士院会館 (東京都台東区 / 1974年)
  • 国立飛鳥資料館 (奈良県奈良市 / 1974年)
  • 吉川英治記念館 (東京都青梅市 / 1976年)
  • 栗本図書館 (長野県諏訪郡富士見町 / 1978年)
  • 愛知県陶磁資料館 (愛知県瀬戸市 / 1978年)
  • 沖縄戦没者慰霊碑 (沖縄県糸満市 / 1979年)
  • 金沢市立玉川図書館 (石川県金沢市 / 1979年 / 子、谷口吉生と共同設計)

余談[編集]

  • 明治建築の代表作である鹿鳴館が取り壊される様子を山手線の車中から見て残念に思ったことが、後年「博物館明治村」の構想につながったという[3]。当時の名古屋鉄道社長・土川元夫と意見が合い、明治村開館のために尽力した。谷口と土川は金沢四高の同級生で親友であった。

著作・文献[編集]

  • 「雪あかり日記」中央公論美術出版、1974年
  • 「せせらぎ日記」中央公論美術出版、1983年
    • 「雪あかり日記 せせらぎ日記」中公文庫、2015年
  • 「谷口吉郎著作集」全5巻 淡交社、1981年
  • 「谷口吉郎の世界 モダニズム相対化がひらいた地平」彰国社、1998年

脚注[編集]

  1. ^ 『朝日新聞』1961年4月15日(東京本社発行)朝刊、1頁。
  2. ^ 「柔らかな光を生む、そろばん玉のように連なる「切子玉形」の照明は古墳時代の首飾りを模した。テーブルと椅子は上から見ると梅の花のよう」(「春秋」日本経済新聞2014年8月18日)。この照明は「オークラランタン」と称される。
  3. ^ 「明治建築の何に彼はひかれたのだろう。▼れんが造りのなかは天井に竹のすのこが組まれ、窓の光を反射し伸びやかな空間をつくっている教会堂。石造りの壁に花の文様をいくつも刻み、雰囲気を和らげている電話交換局――。明治村に集めたものは、日本で育まれた素材や意匠を西洋建築に上手に織り込んでいる。そこに谷口の視線は注がれていたのではないか」(「春秋」日本経済新聞2014年8月18日)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]