山下和正

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
山下和正
生誕 (1937-02-10) 1937年2月10日(82歳)
愛知県名古屋市
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京工業大学
職業 建築家
受賞 日本建築学会賞作品賞(1976年)
所属 山下和正建築研究所
建築物 顔の家
フロム・ファーストビル
六本木ピラミデ

山下 和正(やました かずまさ、1937年2月10日 - )は、日本建築家工業デザインも手がけている。また、古地図のコレクターであり、岐阜県図書館には山下和正コレクションがある。

略歴[編集]

  • 1937年2月10日 - 愛知県名古屋市に生まれる
  • 1955年 - 東海高等学校卒業
  • 1959年 - 東京工業大学工学部建築学科卒業。日建設計工務東京事務所。(1964年まで)
  • 1964年 - 日建設計を休職(1966年まで)。シュナイダ・エスレーベン建築事務所勤務。(ドイツ)
  • 1965年 - ロンドン市建築局勤務。
  • 1966年 - コーリン・スインジョン・ウィルソン建築事務所(イギリス)勤務後帰国。日建設計工務東京事務所勤務。(1969年まで)
  • 1969年 - 東京造形大学デザイン学科室内建築専攻助教授(1978年まで)
  • 1969年 - 山下和正建築研究室設立
  • 1971年 - 山下和正建築研究所設立(改租・改称)

主な作品[編集]

フロム・ファーストビル
警視庁築地署数寄屋橋交番
 建造物名 所在地 状態 備考
/合掌の山荘 1963年(昭和38年) 20長野県軽井沢町
/夫婦屋根の家 1968年(昭和43年) 14神奈川県川崎市
/豊口邸 1969年(昭和43年) 14神奈川県鎌倉市
/MOV山荘(伊藤別邸) 1971年(昭和46年) 19山梨県山中湖村
/平野医院 1973年(昭和48年) 14神奈川県平塚市
/永原邸 1973年(昭和48年) 13東京都板橋区
/顔の家 1974年(昭和49年) 26京都市中京区
/沖縄国際海洋博覧会三井子ども科学館 1975年(昭和50年) 47沖縄県本部町 現存せず
/松葉邸 1975年(昭和50年) 13東京都町田市
/フロム・ファーストビル 1976年(昭和51年) 13東京都港区
/任梟慮・草森紳一書斎 1977年(昭和52年) 01北海道音更町
/ペガサスビル 1979年(昭和54年) 13東京都港区
/茨城県営「双葉台団地」 1979年(昭和54年) 08茨城県水戸市
/久保邸 1980年(昭和55年) 13東京都武蔵野市
/茨城県営「大角豆団地」 1980年(昭和55年) 08茨城県つくば市
/ストライプハウス 1980年(昭和55年) 13東京都港区
/田中歯科医院 1981年(昭和56年) 14神奈川県横浜市
/数寄屋橋交番 1982年(昭和57年) 13東京都中央区
/日本民芸館新館 1982年(昭和57年) 13東京都目黒区
/パークサイドつくば松代 1993年(平成5年) 08茨城県つくば市
/文教大学湘南校舎 1985年(昭和60年) 14神奈川県茅ヶ崎市
/六本木ピラミデ 1991年(平成3年) 13東京都港区

エピソード[編集]

  • フジテレビの番組『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』では、屋根のてっぺんに付けられたオブジェのアイディアが間に合わず、プレゼンの際に仮に刺したまち針の箇所にこういうオブジェが付くことを説明したものの、本人の意図に反してまち針の先端と同じ形状のまま採用されてしまい、そのまま竣工したエピソードが紹介されている。

文献[編集]

著書[編集]

その他[編集]

  • 別冊新建築『山下和正(日本現代建築家シリーズ3)』1981年、新建築社

関連項目[編集]