濱田台児

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浜田 台児(はまだ たいじ、旧字体:濵田 臺兒[1]1916年大正5年)11月15日 - 2010年平成22年)9月1日[2])は、鳥取市出身の日本画家。本名は浜田 健一(はまだ けんいち)。

略歴[編集]

伊東深水橋本明治に師事する。日展に出品を重ねる。鮮明な色彩による人物・花鳥画を得意とする。1975年(昭和50年)日展文部大臣賞、1980年(昭和55年)日本芸術院賞受賞[3]、1989年(昭和59年)日本芸術院会員。日展顧問。

画集に『浜田台児画集』(邦画会、1961年)がある。

2010年9月1日、東京都杉並区の病院[2]脳梗塞のため死去[4]。93歳だった。

脚注[編集]

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  1. ^ 「濵」は「浜」の正体字「濱」の俗字
  2. ^ a b 浜田台児氏死去 日本画家 - 47NEWS(よんななニュース) 2010/11/24 11:27【共同通信】
  3. ^ 『朝日新聞』1980年3月5日(東京本社発行)朝刊、22頁。
  4. ^ 濱田台児氏=日本画家、日本芸術院会員 : おくやみ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) 2010年11月24日14時36分 読売新聞