木曜ゴールデンドラマ

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木曜ゴールデンドラマ』(もくようゴールデンドラマ)は、1980年4月3日から1992年3月26日まで日本テレビ系列局が毎週木曜 21時台 - 22時台 (JST) に編成していた長時間テレビドラマ枠。

概要[編集]

長時間ドラマの走りであるテレビ朝日の『土曜ワイド劇場』に続くドラマ枠で、番組開始から1年半は読売テレビ日本テレビの交互制作だったが、1981年10月の『火曜サスペンス劇場』開始に伴い、以後は読売テレビの制作担当枠(責任枠)へと変更された。

放送作品も、初期においては『熱中時代スペシャル』など連続ドラマの派生作品や『東京大地震マグニチュード8.1』といった大規模な特撮を用いたSF物、はたまた時代劇と種類は多岐にわたり、企画原案の際にプロデューサー脚本家、または企画を持ち込む制作会社の自由が利く枠として知られていた。『東京大地震マグニチュード8.1』もそうだが、『チャップリン暗殺計画』『大誘拐』など、テレビの2時間ドラマではスケール的に困難と思われる題材も予算にメリハリをつけて取り上げていく姿勢もあった。そのため、読売テレビ・日本テレビの親会社である読売新聞社と作品内容を巡って対立していた山崎豊子の小説も当枠でテレビドラマ化が実現でき、『女系家族』が三田佳子主演で1984年1月5日に単発で放送された。山崎豊子原作の小説が日本テレビ系列でテレビドラマ化されたのは、現在に至るまでこの1度だけである[1]

新人作家の登竜門として「ゴールデン・シナリオ大賞」が実施された。

日本テレビ系列初の2時間ドラマシリーズだが、解説放送は一度も行われず、また、全国的な再放送もされていない。そのため、これらの再放送を行っているのは山形テレビテレビ朝日系列)やテレビ愛知テレビ東京系列)といったローカル局が中心である。

1988年頃は番組オープニングの直前に「読売テレビ開局30周年」の映像が付け加えられていた。

1991年1月17日の湾岸戦争開戦当日には急遽内容が変更され、当時『NNNきょうの出来事』のキャスターを務めていた小林完吾櫻井よしこの進行で『NNN報道特別番組』が編成された(読売テレビが日本テレビの出中を受けてネット出し)。そのため、当日放送予定だった作品は日を改めて放送された。

当初は視聴率は堅調に推移し、1985年1月17日放送の芦屋雁之助主演『娘よ!! 父ちゃんはお前の花嫁姿が見たかったんや』では26.5%を記録した。しかし、晩年は視聴率が低下、1992年3月26日放送分をもって終了した。

過去に放送された作品の一部は日テレ系列の日テレプラスファミリー劇場チャンネルNECOホームドラマチャンネルなどのCS放送で放送されることもある。またTBS系列のCS放送であるTBSチャンネルでも一部作品が放送されることがある。

編成時間[編集]

期間 放送時間(日本時間 備考
1980.04 1988.03 木曜日 21:02 - 22:51(109分)
1988.04 1988.09 木曜日 21:02 - 22:52(110分) 22時台のミニ番組枠の縮小に伴い、放送枠が1分拡大。
1988.10 1992.03 木曜日 21:03 - 22:52(109分) 予告時間の拡大に伴い、放送枠が1分縮小。

放送作品[編集]

放映ネット局[編集]

系列は当番組終了時(1992年3月)のもの。

放送対象地域 放送局 系列 備考
近畿広域圏 読売テレビ 日本テレビ系列 制作局(番組開始当日から終了まで)
関東広域圏 日本テレビ 制作局(番組開始当日から1981年9月まで)
北海道 札幌テレビ
青森県 青森放送 [3]
岩手県 テレビ岩手
宮城県 ミヤギテレビ
秋田県 秋田放送
山形県 山形放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
[4]
福島県 福島中央テレビ 日本テレビ系列 [5]
山梨県 山梨放送
新潟県 テレビ新潟 開局直後の1981年4月2日から[6]
長野県 テレビ信州 開局直後の1980年10月2日から[7]
静岡県 静岡第一テレビ
富山県 北日本放送
石川県 石川テレビ フジテレビ系列 1990年3月まで[8]
テレビ金沢 日本テレビ系列 開局直後の1990年4月5日から
福井県 福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
中京広域圏 中京テレビ 日本テレビ系列
鳥取県
島根県
日本海テレビ [9]
岡山県
香川県
西日本放送 [10]
広島県 広島テレビ
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
徳島県 四国放送 日本テレビ系列
愛媛県 南海放送
高知県 高知放送
福岡県 福岡放送
長崎県 長崎国際テレビ 開局直後の1991年4月4日から[11]
熊本県 くまもと県民テレビ 開局日の1982年4月1日から[12]
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列
日本テレビ系列
1983年10月6日から1985年3月28日まで[13]

補足[編集]

  • 鹿児島テレビ(KTS)では当番組打ち切り後、同局制作の開局20周年記念作品『江夏八重子の生涯』(キー局1988年10月27日放送分)のみを後日スペシャル番組として時差ネットで放送した(当時、KTSの木曜プライムタイムがフジ系同時ネット枠のため)。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 但し、山崎の訃報は『ZIP!』『スッキリ!!』などでも大々的に取り上げられ、2013年10月26日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』では「特別企画 山崎豊子追悼スペシャル ~その後、世界は変わったのか!?~」と称し、山崎作品を振り返る特集が組まれた。
  2. ^ 実話をもとに制作された作品。「北海道キヨスク」ページの「過去の事業」の項目を参照のこと
  3. ^ 青森放送(RAB)は開局から1991年9月30日まで、テレビ朝日系列にも加盟していた。
  4. ^ その後、1993年4月1日山形テレビ(YTS)のネットチェンジに伴い、現在は日本テレビ系列マストバイ局となっている。
  5. ^ 福島中央テレビ(FCT)は開局から1981年9月30日まで、テレビ朝日系列にも加盟していた。
  6. ^ 1981年3月31日までの日テレ系列局・新潟総合テレビ(NST)は当該時間帯がフジテレビ系同時ネット枠(21時台)・テレビ朝日系時差ネット枠(22時台)のため、当番組は未放送。
  7. ^ テレビ信州(TSB)は開局から1991年3月31日まで、テレビ朝日系列にも加盟していた。
  8. ^ 番組タイトルを変え、他の曜日に遅れネットで放送。
  9. ^ 日本海テレビ(NKT)は開局から1989年9月30日まで、テレビ朝日系列にも加盟していた。
  10. ^ 但し、西日本放送(RNC)での放送は1983年3月まで、香川県のみが対象。
  11. ^ 1990年9月30日までの日テレ系列局・テレビ長崎(KTN)は当該時間帯がフジテレビ系同時ネット枠のため、当番組は未放送。
  12. ^ 1982年3月31日までの日テレ系列局・テレビくまもと(TKU)は当該時間帯がフジテレビ系同時ネット枠(21時台)・テレビ朝日系同時ネット枠(22時台)のため、当番組は未放送。
  13. ^ 1985年4月のプライムタイムネット再改編に伴い打ち切り。
日本テレビ系列読売テレビ制作 木曜21:00 - 21:02枠
前番組 番組名 次番組
怒れ兄弟!
(21:00 - 21:54)
予告
(1980.4 - 1988.3)
予告
(21:00 - 21:03)
【1分拡大して継続】
日本テレビ系列・読売テレビ制作 木曜21:02 - 21:03枠
木曜ゴールデンドラマ
(21:02 - 22:52)
【1分縮小して継続】
予告
(1988.10 - 1992.3)
【1分拡大して継続】
予告
(21:00 - 21:03)
日本テレビ系列・読売テレビ制作 木曜21時台 - 22時台
怒れ兄弟!
(21:00 - 21:54)
渚の女
(22:00 - 22:54)
木曜ゴールデンドラマ
(1980.4 - 1992.3.26)
ドラマシティ'92
(1992.4.2 - 1993.3.25)
日本テレビ系列・読売テレビ制作 木曜22:51 - 22:52枠
ミニ番組
(22:51 - 23:00)
木曜ゴールデンドラマ
(1988.4 - 9)
【1分拡大して継続】
ドラマシティ'92
(21:03 - 22:52)