西部邁

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西部 邁
(にしべ すすむ)
生誕 (1939-03-15) 1939年3月15日
日本の旗 日本北海道長万部町
死没 (2018-01-21) 2018年1月21日(78歳没)
日本の旗 日本東京都大田区
時代 20世紀
21世紀
学派 保守思想
実存思想
実践思想
解釈学
研究分野 社会経済学
西欧思想史
主な概念 伝統
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西部 邁(にしべ すすむ、1939年(昭和14年)3月15日[1] - 2018年(平成30年)1月21日[2])は日本の保守派の評論家、元経済学者、雑誌『表現者』顧問、元東京大学教養学部教授。

経歴[編集]

1939年(昭和14年)、北海道の南部に位置する山越郡長万部町に生まれる[3]。父は夕張郡長沼町[4]浄土真宗派の末寺の末男で農協職員。札幌郡厚別の信濃小学校、札幌市立柏中学校北海道札幌南高等学校に進学。高校卒業まではマルクスレーニンスターリン毛沢東も知らぬノンポリであった[5]。18歳まで重症の吃音であり、ほとんど何も喋らずに生きていた[6]。1957年(昭和32年)、東京大学を受験するが不合格となり、一年間の浪人生活を送る[7]

1958年(昭和33年)4月、東京大学に入学、三鷹寮に入寮。同年6月、和歌山の被差別部落に入って子供たちに勉強を教える[8][9]。同年12月に結成された共産主義者同盟(ブント)に加盟。1959年(昭和34年)から同大学教養学部で自治会委員長を務める。同委員長の選挙のとき、西部はブントのメンバーたちとともに投票用紙を偽造してすり替え、共産党員の候補を落選させた[10]全学連の中央執行委員も務め、60年安保闘争に参加[11]

1961年(昭和36年)3月、左翼過激派と訣別。1964年(昭和39年)3月、東京大学経済学部卒業。当時、ブントの活動家であった青木昌彦の勧めにより、東京大学大学院に進学、経済学を専攻。指導教官は嘉治元郎。1971年(昭和46年)3月、東京大学大学院経済学研究科理論経済学専攻修士課程修了。経済学修士。1972年(昭和47年)、連合赤軍による群馬県榛名山での集団リンチ殺人事件(山岳ベース事件)の報道を目にして、多少とも左翼に共感していたことへの道徳的反省をせざるをえなくなる[12][13]

横浜国立大学経済学部助教授、東京大学教養学部助教授を歴任。1975年(昭和50年)出版の処女作『ソシオ・エコノミックス』では社会学などの方法論を導入して旧来の経済学を批判。その後渡米しカリフォルニア大学バークレー校に在籍。引き続き渡英しケンブリッジ大学に在籍。米英滞在記『蜃気楼の中へ』を発表。帰国後、1980年代から大衆社会批判を主軸とした保守論者として活動を始める。高度大衆社会・アメリカニズム批判と西欧流保守思想の擁護とを基軸にした評論活動を活発に行う。サントリー学芸賞選考委員を務める。1986年(昭和61年)、東京大学教養学部教授(社会経済学専攻)に就任。放送大学客員教授も務める。

ケインズヴェブレンを取り上げた『経済倫理学序説』で1983年(昭和58年)に吉野作造賞を受賞。社会思想についてのエッセーを集めた『生まじめな戯れ』で1984年(昭和59年)にサントリー学芸賞を受賞。

東大辞職[編集]

1988年(昭和63年)、中沢新一東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手)を東京大学教養学部助教授に推薦。委員会では通ったが教授会の採決で否決される。これに抗議して同年3月、東京大学を辞任(東大駒場騒動[要出典]。西部曰く「東大の馬鹿騒ぎ」。西部支持に回ったのは、蓮實重彦佐藤誠三郎公文俊平村上泰亮村上陽一郎芳賀徹平川祐弘鳥海靖舛添要一松原隆一郎大森彌などである。逆に反対した教官は、船曳建夫谷嶋喬四郎折原浩見田宗介

東大辞職後[編集]

東大辞職後は評論活動を続けるとともに鈴鹿国際大学客員教授、2009年(平成21年)3月まで秀明大学教授・学頭を歴任。テレビ朝日系列の討論番組、「朝まで生テレビ」に出演し[14]、保守派論客として知られている[14]1994年(平成6年)から2005年(平成17年)3月まで、真正保守思想を標榜する言論月刊誌発言者』を刊行していたが、財政上の理由で廃刊。後継の隔月刊誌『表現者』の顧問を務めていた。

新しい歴史教科書をつくる会に参加し理事の任を引き受けたものの、当初から会の運動とは一定の距離を置いており理事会などへは出席しなかった[15]

2001年(平成13年)8月、船橋市立西図書館のある司書が同館所蔵の西部らの多数の著書を廃棄基準に該当しないにもかかわらず除籍・廃棄した(船橋市西図書館蔵書破棄事件)。

2002年(平成14年)、小林よしのりとともに「つくる会」を脱退。同年、西部は東京西麻布の裏通りにある土地の所有者となり、イタリアンレストラン「ゼフィーロ」という店名で長男の西部一明をオーナー兼支配人として経営させた[16]。同店は2007年(平成19年)4月に営業終了。

雑誌『WiLL』の2011年(平成23年)4月号では大相撲の八百長を擁護した[17]

2013年(平成25年)3月1日、佐伯啓思西田昌司富岡幸一郎との座談会で「自分の咽頭部にができていると最近知った」と述べた[18]。同年4月22日、首相公邸内閣総理大臣安倍晋三、参議院議員の西田昌司、評論家の西村幸祐と会食をした[19]

2014年(平成26年)3月17日、妻が死去[20][21]。のちに西部の長男は「父の文章の大部分は母あってのものだと思います。母親の意見とかフィードバックが父の文章にかなりの程度反映されていました[22]」と述べた。

2017年(平成29年)11月、『表現者』の顧問を退き、執筆活動から引退。西部の執筆活動の実務を担当していた西部の長女も引退した。『表現者』は2018年1月号(2017年12月発売)をもって「第一期」を終了。2018年3月号(2018年2月発売)より「第二期」『表現者』として『表現者criterion』に改題・新創刊するとともに編集体制を変更。藤井聡内閣官房参与京都大学大学院教授が新編集長に就任した[23]

自殺の準備[編集]

西部は50代の時から自分の生き方の結末を考えていた。55歳の頃には自死への構えがおおよそ定まっていた。2014年に妻を亡くした後にはさらにその決意を固めていった。妻と死別して以降、西部は長男にも自殺を口にするようになり、電話で長男に「お父さんは自殺をすることに決めた」と告げた[24]。健康面では西部は背中に持病を抱えていて激しい痛みに襲われることもあり[25]、皮膚炎や神経痛に悩まされおり[24]、頸椎症で執筆活動が困難になっていた[26]。自殺するまでの数年、親しい人には「死にたい」と漏らしていた。周囲に「ウソじゃないぞ。俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」とも語っていた。また長女や長男に迷惑がかからないように人生を終えるといつも言ってもいた。著書などでは「自然死といわれるものの実態は『病院死』にすぎない」、「生の最期を他人に命令されたりいじり回されたくない」などと述べていた。自殺するまでの数年、木村三浩一水会代表)に対しては「自分の意思もわからない状態で看取られるのは耐えられない」、「もうそろそろ限界だ」と言っていた。2017年の著書の中では「死に方は生き方の総仕上げだ」と記し、自ら命を絶つ「自裁死」の意思があることを改めて述べていた[27][28][29][30][31][32][33][34][35]。2017年10月、西部は自分が主催していた私塾「表現者塾」の塾頭を務めたAに「体がどうにも言うことをきかない。多摩川で自殺するつもりだ。手伝ってくれるか」と依頼した[24]。さらに西部が司会を務めるTV番組『西部邁ゼミナール』(TOKYO MX)の編集担当プロデューサーだったMXエンターテインメント株式会社社員Bにも自殺の準備の手伝いを依頼した。元塾頭Aは同番組最後の対談相手であり、Bは東京MXテレビから子会社のMXエンターテインメントに出向し、同番組のディレクターも務めていた[36]。酒井孝太郎(産経新聞社会部次長)は「『助太刀』の依頼は、手が不自由となっていたため避けがたかったに違いない」と述べた[35]。依頼を受けた2人は、ともに西部の熱心な信奉者として知られていた[37]。木村三浩によると、2人は「西部先生と非常に近く、思想的にも共鳴していた」[38]富岡幸一郎(文芸評論家)はのちに「2人は西部先生の死生観に共鳴していた、それだけは間違いありません[39]」と述べた。2人について西部の長女はのちに「(父と)Aさんは20年以上、Bくんは10年以上の付き合いでした」、「生前本当によくして下さった方々」、「2人とも真面目で、父が頼まなければ犯罪とは関係の無い人たちでした」と述べた[40][41][39]。警視庁捜査1課によると、西部は自殺する前、2人に「ガスで自殺したい」などと話していた[42]。元塾頭Aと社員Bの2人は2017年のうちに西部から依頼を受け自殺のための道具の購入や現場の下見などの準備をした。自殺現場には東京の西の端、東急東横線多摩川駅近傍である大田区田園調布5丁目の多摩川河川敷が選ばれた[43][44]。Aは工事現場用のハーネスを勤務先から持ち出し、西部はそのハーネスを自殺するときに着用した。またAは自殺の準備を手伝うのに使う中古パソコンを購入した[45]。2017年9月ごろからBはのちに西部が自殺するときに使ったロープや懐中電灯を購入し始めた。またBは手の不自由な西部のためにパソコンで遺書を代筆した[39]。同年11月4日、西部はAに「1月20日に決行する」と告げた[45]。同年12月上旬ごろ、AとBの2人は自殺現場である多摩川の河川敷までの道を下見した。同月、2人は自殺現場付近の下見もした[43][46][47]。西部の長男によると、多摩川の河川敷は西部と西部の妻が気にいっていた場所だった。のちに長男は「愛する妻との思い出が残る川辺で死にたかったのだろう」と話した[22]。同月の暮れに木村三浩が西部の自宅で話していたとき、西部は「本当は俺はいないんだよ。実は10月22日にやろうと思ったんだ。ところが選挙になっちゃったもんだから、世の中が騒いでいてできなかった。でも来年になったら、間もなくいなくなると思うよ」と述べた。木村が「先生、そんなこと言わないでくださいよ」と言うと西部は「俺は覚悟を決めてるんだから、君が覚悟を決めろよ。受け入れなきゃだめだよ」と述べた[38]。同月末、遺作『保守の遺言』(平凡社新書、2018年2月末刊)の最後となった打ち合わせの席で、西部は担当編集者の金澤智之(平凡社新書編集部)に「1月下旬にはそう(自殺)するつもりだ。この本は死後の出版になる」と改めて述べた[48][49]。また同月末、西部は雑誌『AERA』(2017年12月18日号)で村本大輔(芸人)と対談をした。その際西部は本村と意気投合し、予定時間を延長し3時間に及ぶ政治談義に花を咲かせた[50][51][25]。さらに同月末、西部は知人の一人に「私がいなくなったあとは家族をよろしく」と言った[25]

2018年(平成30年)1月10日、AはTV番組『西部邁ゼミナール』の収録で西部と対談をした。その対談の際、西部は「(人間にとって)本当に幸いなのは死ねること。お願いですから死なせてください」と述べた。さらに西部はその対談で、番組のスタッフやゲストと酒を酌み交わし議論することの大切さを説いた[52][53][54][55]。同月15日、西部と木村三浩は駐日ロシア大使館を表敬訪問し、日本とロシアの友好についてロシア代理大使と意見交換をした。その後、西部と木村はテレビ局のスタッフも交えて新宿で24時半ごろまで酒を飲んだ。そのとき西部は「僕はもういなくなるから、会うのは今日でおしまいになるかもしれない」と述べた。翌16日、木村が西部に「昨日はご馳走さまでした」と電話をすると西部は「昨日は会えて楽しかったよ。でも、もう会えないからね」、「君と知り合えて楽しかったよ」と述べた[38][34]。同月20日夜、Aは西部とBを現場に連れて行くためにレンタカー店でトヨタのヴェルファイアを借りてBと合流した[39][45]。同日夜、西部は新宿の行きつけの文壇バーに長女とともに来店し、を飲んだ[56]。そのバーを出たあと、同日午後11時50分ごろ、西部は新宿御苑付近で長女に「これから会う人がいるから先に帰りなさい」と言って長女を帰宅させた。

自殺の実行[編集]

長女と別れた直後の21日未明、西部と社員Bが新宿区内を一緒に歩いている姿がのちに防犯カメラで確認された[52][57]。自殺するまでの一連の過程で、複数の防犯カメラに彼らの姿が映っていた[39]。同日未明、元塾頭AとBの2人は、長女と別れた西部と新宿2丁目で合流した[45]。Aは新宿から自殺現場の多摩川付近まで西部とBを乗せてレンタカーを運転した[39]。Aは、防犯カメラに写ったり警察にばれたりしないよう幹線道路を避けて車を運転した。移動中の車内では西部が好きだった「ダンチョネ節」を流していた。その車中で西部はAとBに11万円ずつ渡した[45][36]。現場付近に到着するとAは西部とBを見送った。自殺現場に着くとBは西部がハーネスと重り付きのベルトを装着するのを手伝い、ハーネスにロープを結びつけるのも手伝い、川に流されないように固定した[37][39][45][58]。西部は粉末状の薬のような物質を自殺当日に持参していた。西部はその物質についてBに「これは毒だ」と説明した。Bはフィルムケース大の瓶を用意していた。Bは西部からその物質を受取り、その物質をその瓶に入れて西部に渡した[52][59][43][46][60][61][62][47][32][42]。そうしてBは西部の最期を見届けた[63]。Aは余った薬の処分を任された[64]。21日午前2時すぎに長女の携帯電話に西部から着信があったがメッセージが残されていなかった。普段西部は携帯電話を使っていなかった上、メッセージもなかったことから不審に思い、長女は警察に通報した[65]。同日未明、長女は長男にも西部が自宅にいないことを知らせ、2人で捜し歩いた。同日朝、長男は現場の多摩川の川面に浮かんだ状態の西部を発見した[35]。同日午前6時40分頃、長男は「父親が川に飛び込んだ」と110番通報し、駆けつけた田園調布警察署の署員が救出したが、そのときには既に意識がなかった。発見されたとき西部は両手に白いロープを縛りつけ、また身体に工事現場用のハーネスを装着し、腰付近にロープを巻いていた。ハーネスに接続したロープのもう片方は川べりの樹木に結びつけられていた[39]。身体が川の水に流されることを防ぎ、見つかりやすくするためだったと見られている。また西部の遺体の眼と口にはヘアバンドとタオルが巻かれており、顔は毛糸のネックウオーマーで覆われていた[37][35]。これは顔をにつつかれないようにするためだったと見られている。さらに口の内にはフィルムケース大の小さなを入れていた。発見時その瓶は空だった[66][59][43][47][32]。のちに長男は「多分、姉のことを思って綺麗に死んだんだと思います。ロープを木に繋げていたのは、海まで流されて発見が遅れるのを嫌ったからでしょう」と話した[22]。現場の河川敷には家族、Bなどの知人、警察などに宛てたワープロ打ちの複数の遺書が残されていた[67][54][68][30]。それらのうち長女宛ての遺書には「警察にご迷惑をかけるかもしれないが、病院死は嫌だ」と書かれていた[29]。警察宛ての遺書には「すみません、お手を煩わせます」という気遣いと配慮が記されていた[38]。また遺書の一部には葬儀を望まないと書かれていた[25]。同日午前8時37分、東京都内の搬送先の病院で死去していることが確認された。西部の亡くなった夜が明けると、長男と長女のもとには西部から自死を告げる手紙が速達で届いた。手紙には死に場所が記されていた[22]。78歳没[67][69][70][71][72]。司法解剖などの結果、死因は「溺死として矛盾ない」というものだった[47]。目立った外傷はなく、生前の言動や遺書から当初、単独で自殺を実行したものと見られていた。

死去後[編集]

同日社員Bは新聞記者に対し、2017年12月に発売された西部の著書『保守の真髄』を「読んでもらえれば、先生の死生観を理解してもらえる」と語っていた[30]三原朝彦(衆議院議員)は「自ら準備をして命を断った著者(西部)の死生観はこれ迄の著者の思想同様、世に一石を投じたと私は思います」と述べた[73]。金澤智之(平凡社新書編集部)は「医療技術の進歩によって『死の先延ばし』が可能になった現代にあって、それらに対するアンチテーゼという意味で西部さんの自死が投げかけたものはあまりにも大きい」と述べた[49]。自殺の数日後、渋谷区幡ヶ谷の代々幡斎場に遺体が棺に納められて安置され、遺族と近親者は最後のお別れをした。木村三浩は出棺前に西部が好んで歌っていた「蒙古放浪歌」を花向けに高唱し、棺の中に歌詞が書かれた歌集を納めた。その後火葬が行われ、遺族と近親者は骨揚げをした[34]。Bは西部の通夜や密葬にずっと付き添っていた[41]。その後間もなく、警視庁刑事部捜査1課は西部発見時の状況に不可解な点があり、西部の死に第三者が関与した可能性があるとみて事件性を疑い再捜査に入った。同年2月10日、TV番組『追悼・西部邁と日本』(チャンネル桜)の一部の出演者が多摩川で発見されたときの西部の様子について話した。その出演者によると、晩年西部は手が不自由で両手に白い手袋を装着して公の場に出ており、日常生活においても周囲の助けが必要な状態であり、1人では自殺を実行し得なかったため、幇助者がいたと予想されるとのことだった。同年3月1日発売の月刊誌で浜崎洋介(文芸批評家)は「生前ワープロを使わなかった先生がどうやってワープロで遺書を用意したのか」、「ハーネスやロープと遺書を先生がどこに隠し、それらをどう運び、さらにあまり自由の利かない手でどうやって木にロープを括りつけたのか」と疑問点を挙げた[65][74][75]。同年3月15日、マスコミ各社は警察が西部の死について再捜査していると報じた。警視庁は西部がロープを結ぶことなどを1人で実行した可能性は低いと見て、西部と交友のあった関係者から事情を聴取するなど氏名不詳者による自殺幇助容疑で当時の状況を調べた[76][77][78][79]。Bは同年4月24日に予定されていた西部を偲ぶ会のとりまとめ役もしていた[41][80]。警視庁が防犯カメラを捜査したことなどからAとBの容疑が浮上した[46]。2人は逮捕前に任意の取り調べを受けた。その際2人は取り調べに全面的に応じた。Aはその取り調べの中で毒物とみられる薬を警視庁に提出した。2人とも捜査に協力し、彼らには逃亡する意思が見えなかった[64][34]。同年4月5日、警視庁捜査1課は2人を自殺幇助の容疑で逮捕した。それに対し2人とも容疑を認めたと報じられたが、のちにBは容疑を一部否認していると報じられた[63]。2人が逮捕されたことについて長女は「父の自殺にお2人を巻き込んでしまい本当に申し訳ない」、「父がご迷惑をおかけして本当に申し訳ない気持ちです。…父からの依頼を断ってくれればよかったのにと思います」「本にも書いているし、友達にもよく言っていたことなので、(父が)そういう気持ちでいることは分かっていました」「(父は)自殺ということで片付くと思っていたのではないかと思います」「父が頼んだことだと思います…報道で(2人の)顔も名前も出てしまって…」「両手が縛られていたなんてことが報道されていましたけれど、もし本当にそうなら最初から自殺とは出ないはず。そんな間違った報道が出るので本当に困っていました」「(父)は安らかな死に顔でした」「父の死に顔はおやすみなさい、と言った時とまったく一緒で、本人は満足して死んだようです」と述べた[52][40][81][53][41][59][29][82][80][38][39]。長尾和宏(医師)は、「自殺や自殺ほう助を擁護するつもりは無いが…もし自殺ほう助をお願いするのであれば、

  • ほう助してくれる人が逮捕されないために一筆手紙を記しておくべき。
  • 残された家族がPTSDにならないために事前にメッセージを送るべき。
  • 川で死ぬことは消防や警察に多大な迷惑をかけるので、やめるべき。」

「今、自裁を真剣に考えている人は、西部さん騒動の展開に学ぶべき。もしも西部さんが私の前に登場して、『持続的鎮静』を希望したら。家族もみんな同意していたら、医者は持続的鎮静や安楽死をほう助できるか。答えは、100%、NOである。しかし、西部さんの願いは、心情的には分かる」と述べた[83]落合洋司(弁護士)は2人が逮捕されたことについて「違法なことではあるが、酌むべき事情もあると思う」と述べた[84]小林よしのり(漫画家)は「西部邁氏の自殺ほう助で2名が逮捕された。無粋な話だ。警察は見逃してやることが出来んのか? わしがまだ交際してたら手伝ったかもしれない」、「安楽死が許可されればいいのに」と述べた[85]。木村三浩は「私の友人であるB氏とA氏が、西部先生の死生観に共鳴し、自裁を手助けするまでに至ったことに驚きはしたものの、理解はできた。…2人とも尊敬する西部先生の思いを尊重し、覚悟を決めての行動ではなかったかと思う…『やむにやまれず』『自分たちが何とかしなければ本懐が遂げられない』との逡巡、葛藤、苦悩から来る行動だったのではないだろうか…主従関係の問題ではなく、優しさや人情の問題であり、自分自身を勘定に入れない振る舞いの意識の発露だろう…西部先生に忠誠を誓い、葛藤しながらも手助けをした両氏やその家族まで巻き込み、皆がある意味で本意でない展開になってしまったことは、西部先生自身が予想したものでもなかったはずだ」と述べた[34]藤井靖(明星大学准教授)は「個人の尊厳を重視する観点に立てば、西部さんのように自分で死ぬことを決め、そして他者に幇助を依頼すること自体は、善悪でいうと完全に悪いとはいえない。安楽死の議論も、日本においてももっと進むべきなのかもしれない」と述べた[86]西田昌司(参議院議員)は「西部先生も親しかった人間が罪を被ることは望むところではなかったと思う」と述べた[87]。同年4月7日、警視庁は2人を送検した[47]。同月16日発売の隔月刊誌『表現者criterion』は「西部邁 永訣の歌」という特集を組んだ[88]。同月24日、「西部邁先生を偲ぶ会」が都内のホテルで開催された。会には西部が主宰していた発言者塾・表現者塾の関係者を中心に約300人が出席した。富岡幸一郎(文芸評論家)、黒鉄ヒロシ(漫画家)、伊吹文明(元衆議院議長)、脇雅史(元参議院議員)、中山恭子(参議院議員)、佐藤正久(参議院議員)、丸川珠代(参議院議員)、西田昌司(参議院議員)、東谷暁(ジャーナリスト)、上島嘉郎(ジャーナリスト)、佐高信(評論家)、寺脇研(京都造形芸術大学教授)、荒井晴彦(映画監督)、阪本順治(映画監督)、水島総(日本文化チャンネル桜社長)、中森明夫(コラムニスト)、藤井聡(京都大学大学院教授)、柴山桂太(京都大学大学院准教授)らもこの会に出席した。司会は立川談四楼(落語家)が務めた。遺影の前には自殺幇助の疑いで逮捕された2人の減刑嘆願書が用意され、出席者が署名をした。会では故人への献杯が終わると出席者が順番に登壇し、西部への想いを話した[87][89]。同月26日、東京地検はAとBを自殺幇助の罪で起訴した[90]。同月28日発売の雑誌『映画芸術』は「追悼 西部 邁」という特集を組んだ[91]。同年5月1日、東京地裁は自殺幇助の罪で起訴されたAとBの保釈を認める決定をした。保釈保証金はAが250万円、Bが200万円だった。Bは即日納付した[92]。同年7月12日、自殺幇助の罪で起訴されたAとBの初公判が東京地裁(守下実裁判官)で開かれた[93][94]。その公判に両被告はスーツ姿で出廷し、神妙な表情で冒陳を聞いていた[45]。守下裁判官は両被告の公判を分離した[26]

元塾頭A[編集]

元塾頭Aは西部と約20年にわたり親交があった[41]。Aはバルブ関連の会社に勤めるかたわら、西部の私塾「表現者塾」の塾頭も務めた[63]。2018年1月10日に収録されたTV番組『西部邁ゼミナール』で、西部はAを「色々な世話役をやってくれていた」と紹介した。同番組で西部が「(Aは)自動車の運転が好きで、よく乗っけてもらう」などと私的なエピソードを明かすとAは笑顔でうなずいていた[54]。同年4月5日に逮捕されたときAは「20年以上お世話になった先生のためにやらなくてはならないと思った」と供述した[52]。富岡幸一郎は、「Aさんは(西部)先生と古い付き合いでした。表現者塾の前身の発言者塾のころ、90年代からのメンバーです。ほかの塾生のように侃々諤々の議論をするタイプではなく、我を出しませんが、いつも一歩引いたところで先生のそばにいました」[39]と述べた。木村三浩はAについて「西部先生の政治的スタンスや問題意識、哲学にいたるまで、深く理解し共有していた人物だと思う」と述べた[34]。Aは初公判が開かれる前に長男らと示談が成立した[24]。同年7月12日に開かれた初公判でAは「間違いざいません」と述べ、起訴内容を認めた。Aは同公判の被告人質問で、西部から「最期は病院ではなく自殺を選びたい」と聞かされていたと述べた。同公判では「先生の意志は固かった。ただただ、先生に安心して逝ってもらいたいだけだった」とも述べた。閉廷前には「西部先生はいたずらに世間を騒がせ、迷惑をかけることを好まなかった。何よりも家族を大切にしろ、とおっしゃっていた。…(西部の遺族には私の)妻や娘のことまで気遣って頂き、感謝のしようがありません」と述べた。その公判では西部の長男が証言台に立ち、西部が常々自殺願望を話していたことを明かし、「Aが話してくれたことは真実だと信じた」と述べた。[45]。検察はAに「犯行は公益侵害の可能性が高く悪質」「周到に準備された計画的犯行で、果たした役割は大きい」として懲役2年を求刑した。弁護側は遺族の処罰感情が緩和していることを考慮して執行猶予付きの判決とするよう求めた。Aは即日結審した[94][45][36][24]。同月30日、Aの判決公判が東京地裁で開かれた。守下実裁判官は「計画の重要部分を担った」として懲役2年、執行猶予3年(求刑懲役2年)の有罪判決を言い渡した。「被告が協力したのは、かねてから自殺することを公言していた西部氏からの働きかけが大きかったからである」ことを理由に、守下裁判官は判決を執行猶予付きとした[58][95]

社員B[編集]

2018年1月10日に収録されたTV番組『西部邁ゼミナール』で、西部は番組の編集担当者である社員Bの名前を挙げて「立派な人」だと述べた。Bは一番最後まで西部のそばにいたとされる。長女によると、西部とBは親しい間柄だった。東京MXテレビの関係者によると、Bは「西部さんをとても慕っていた」。寺脇研(京都造形芸術大学教授)によると、Bは「西部先生に心酔しており、お世話係として常に寄り添っていた」。また寺脇や関係者によると、西部もBの家族を気にかけるなど彼らは厚い信頼関係にあった。木村三浩によると、西部は酒席でも何かあると「Bくんを呼んでくれ」と言って頼りにしていた。木村はBについて「とても礼儀正しい人物で、優しさとともに強い正義感を持った好青年である。…(西部)先生はよく『おい、B君を呼んでくれ! 』と言って電話をかけ、B氏も時間が折り合う時にはその場に駆けつけていた。西部先生がB氏をとても頼りにしていたのがよくわかった。B氏は、口数は少ないが、自身の立場をわきまえた振る舞いができる人であり、西部先生が使う独特の表現や形容を、自身でかみ砕いて体得していた。また、西部先生の考え方や生き方に強く惹かれているように見えた…酒を飲んでいる時、究極的に信頼できる人間とはどんな人間かという話題になった。西部先生は戦後の高度成長を支え『電力の鬼』と呼ばれた財界人、松永安左エ門の言葉を借りて『刑務所に入ったことがある人』『大病をしたことがある人』『放蕩したことがある人』であると答えると、B氏が深くうなづきながら『そうですね』と共感していたことが印象に残っている」と述べた。富岡幸一郎はBについて、「塾生ではなかったものの、シンポジウムなどにはよく参加していました。先生の人間力、存在感に共鳴していたんだと思います」と述べた。[29][54][68][32][38][39][34]。同年4月5日に逮捕されたときBは「先生の死生観を尊重し、力になりたいと思った」と供述した[59][96]。同月12日には、Bの勾留理由開示手続きが東京地裁で開かれた。Bは「隠滅する証拠は持っていない。寛容な判断をお願いしたい」と早期釈放を求めた[97]。同月26日に東京地検により起訴されて以降、BはMXエンターテインメント株式会社を出勤停止となった[63]。またBは、刑事裁判では争う構えを示した[63]。その後、西部とB双方に親交がある西田昌司(参議院議員)や佐高信(評論家)ら5、6人の有志が中心になってBを救う会が設立された。Bは代理人の弁護士を立てており、刑事裁判の弁護士費用も工面しなければならないため会が周囲にカンパを呼びかけた[63]。同年7月12日に開かれた初公判で、Bは 「時間の経過は事実だが、入水はご自分のご意志で動いた」「(自殺は)私が働きかけたものではありません」「(私の行為は)自殺を幇助したものではありません」と述べ、起訴内容を否認して無罪を主張し、争う構えをみせた。また西部の体に装着させたハーネスや重りについてBは「あくまで遺体が流されないようにして発見を早めるために用意した」と述べた。弁護側は「単に西部さんに同行しただけに過ぎない」と主張した[36][94][45]。同月31日にはBの第2回公判が開かれた[45]

人物[編集]

  • 西部は自分の好き嫌いについて次のように述べている[98]
好き 嫌い
人物 自分 自分
言葉 保守 革新
食べ物 うどん 幕の内弁当
学問 ある種の哲学 あらゆる種類の経済学
芸術 ある種の絵画 最近の文学
スポーツ なし なし
動物 人間と言いたいところだが、なし
宗教 すべての旧宗教と言いたいところだが、なし すべての新興宗教と言いたいところだが、なし
国(人種) まずイタリア、次にイギリスと言いたいが、やはり日本 まずアメリカ、次に韓国と言いたいが、やはり日本

主張[編集]

イラク戦争[編集]

2003年(平成15年)にアメリカがバグダッドを攻撃した時、木村三浩一水会代表)とともに「これはアメリカの間違いである」、「アメリカのアグレッション、侵略である」、「国際法なんて大したもんじゃないんだけれども、まがりなりにもあるルールをアメリカのように極めて意図的に策略的に踏みにじって、国連決議までも蹂躙しながら行くというのは、どういうことなのか」、「こういう侵略を許すわけにはいかない」と声をあげた[102]。また木村とともに論文集『鬼畜米英 : がんばれサダム・フセインふざけんなアメリカ!!』(鹿砦社、2003年)を出した。『産経新聞』、『正論』、『諸君!』などを中心とする日本の親米保守の知識人たちと一線を画し彼らを批判した[103]

皇位継承[編集]

皇室の皇位継承について、日本国家を統合するための象徴機能は皇室において、つまり「血」統よりも「家」系を重視する方向において、よりよく維持されると思われるということを理由に、「女系」にも「女子」にも皇位継承が可能なように(皇室典範第二条の)「継承の順位」を変更したほうがよいと述べた[104]。これに対し、一部から「左に回帰した」との反発が起こった。西部は天皇についてたびたび論じている[105][106][107][108][109][110][111][112][113][114][115][116][117][118]

国防[編集]

国家の自立と自尊の確保を目指す立場から[119]日本の核武装徴兵制の導入、防衛費の倍増、尖閣諸島の実効支配強化を主張している。

消費税[編集]

  • 応益説と能力説について、次のように解説している。「なんらかの公共支出にたいする負担を論じる場合、その公共施策から利益を得る者がそれを負担せよといういわゆる応益説に対し、それを負担する能力のある者が支払えといういわゆる能力説が依然として人々に訴求する力をもっている」[120]
  • その上で、税制における能力説(累進課税)と応益説(消費税など)との併用を主張している。この点について次のように述べている。「社会は「共同の企て」と「個別の企て」の二重的構成になっている。現実の公共施設・サービスはそれら両層に及ぶであろうから、実際の税制にあっては能力説と応益説とを併用するほかない。」[121]
  • 能力説と応益説の考え方の原則については次のように述べている。「私のいいたいのは「共同の企て」に深くかかわる公共支出を目的にするときには、能力説にもとづいて累進課税を手段としたらどうか、そして、人々の「個別の企て」において発生するものとしての「市場の失敗」を矯正するための公共支出を目的とする場合には、人頭税なり応益税なりを手段とすべきではないか、というものである。…もちろん、これは考え方の原則であって、実際の税制を(税収の支出先を特定したものとしての)目的税にせよということではない。そんなことをすれば税制の伸縮性が損われてしまう」[122]
  • 1989年(平成元年)4月1日、消費税導入を決断した竹下登とは親交があり、決断前夜、「竹下さんは地獄を見た方だから、消費税導入はできる。むしろ彼でなければできないでしょう」、「腹をくくれ」と迫り、それを聞いた竹下は「くくった」と呼応し、消費税導入に至った[123]

民主党への対応[編集]

民主党政権ができる前から「必ずや日本を解体に導きます」と述べていた[124]。しかし雑誌『時局』2006年(平成18年)6月号では民主党へのかすかな期待について論じた[125]。尖閣諸島情勢が緊迫化するのにともない、中国で不買運動や工場の破壊がおきると以前から予測していた。その後、結果的にその通りの事態が生じている[126]

受賞[編集]

連載[編集]

新聞[編集]

  • 2006年(平成18年)4月5日から2007年(平成19年)3月28日まで、『産経新聞』に「保守再考」(全44回)を連載した。
  • 2010年(平成22年)4月21日から2013年(平成25年)3月6日まで、『毎日新聞』の「異論反論」欄を他の3名の寄稿者との持ち回りで担当した。

雑誌[編集]

  • VERDAD』(ベストブック)に1999年(平成11年)8月号から「流言流行への一撃」を連載している。
  • 『時局』(時局社)に1994年(平成6年)4月号から2014年(平成26年)10月号まで「平成哲学指南」を連載した。
  • 『表現者』(MXエンターテインメント)
    • 「憶い出の人々」を連載していた。その後、連載が終了。
    • 「巻末オピニオン」を連載している。
  • 言志』(ブクログ)に2012年(平成24年)8月の創刊号から「今号のコラム」を連載している。
  • 映画芸術』(編集プロダクション映芸)で441号(2012年(平成24年)10月30日発売)以降、佐高信と映画について語る対談「連続斗論」を連載している。司会は寺脇研が務めている。
  • 『まこも草子NEO』(企画制作 : デラフィック)に123号(2015年(平成27年)7月発行)から「マコモ党宣言」を連載している。

雑誌の刊行[編集]

  • 1994年(平成6年)4月、真正保守思想を標榜する月刊誌『発言者』(西部邁事務所、秀明出版会)を創刊し主幹を務めていたが2005年(平成17年)3月、財政上の理由により廃刊。
  • 1997年(平成9年)の創刊から1998年(平成10年)の休刊まで英文雑誌『JAPAN CURRENTS』(日本国民文化研究所)の総合監修を務める。
  • 2003年(平成15年)7月、『北の発言』を創刊するがその後財政上の理由により廃刊。
  • 2005年(平成17年)6月より『発言者』の後継誌『表現者』(MXエンターテインメント)を刊行。西部はその顧問を務めた。

出演[編集]

TV[編集]

レギュラー
2005年4月、立川談志野末陳平吉村作治毒蝮三太夫と「談シング5(ファイブ)」を結成。立川談志の喉の治療のため、2008年8月30日に放送を一時休止。
2008年10月、『談志・陳平の言いたい放だい』の後番組として『続・言いたい放だい』を開始し司会を務める。2009年1月より番組名を『西部邁ゼミナール〜戦後タブーをけっとばせ〜』と改題。過去の放送分も公式サイトから視聴できる。
ゲスト出演
一時期は準レギュラーでもあった[要出典]
2008年以降頻繁に出演[要出典]
日本文化チャンネル桜開局以降不定期出演[要出典]

映画[編集]

タイトル 監督 公開年
LEFT ALONE 井土紀州 2005年
ベオグラード1999 金子遊 2009年

著書[編集]

単著[編集]

  • 『ソシオ・エコノミックス 集団の経済行動』 中央公論社、1975年ISBN 978-4-12-000592-3
    • 『ソシオ・エコノミックス』 イプシロン出版企画、2006年4月ISBN 4-903145-03-4
  • 『蜃気楼の中へ 遅ればせのアメリカ体験』 日本評論社、1979年6月ISBN 978-4-535-57465-6
    • 『蜃気楼の中へ 遅ればせのアメリカ体験』 中央公論社〈中公文庫〉、1985年8月ISBN 4-12-201246-5
    • 『蜃気楼の中へ 遅ればせのアメリカ体験』 中央公論新社〈中公文庫〉、2015年3月、改版。ISBN 978-4-12-206087-6
  • 『経済倫理学序説』 中央公論社、1983年3月ISBN 978-4-12-001172-6
    • 『経済倫理学序説』 中央公論社〈中公文庫〉、1991年11月ISBN 4-12-201854-4
    • 『経済倫理学序説』 中央公論新社〈中公文庫〉、2014年7月、改版。ISBN 978-4-12-205983-2
  • 『ケインズ』 岩波書店〈20世紀思想家文庫 7〉、1983年4月ISBN 978-4-00-004407-3
  • 『大衆への反逆』 文藝春秋、1983年7月ISBN 978-4-16-338090-2
    • 『大衆への反逆』 PHP研究所〈PHP文庫〉、1991年4月ISBN 4-569-56349-X
    • 『大衆への反逆』 文藝春秋〈文春学藝ライブラリー〉、2014年8月ISBN 4-16-813023-1
  • 『生まじめな戯れ 価値相対主義との闘い』 筑摩書房、1984年7月ISBN 978-4-480-85231-1
    • 『生まじめな戯れ 価値相対主義との闘い』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、1992年1月ISBN 4-480-02594-4
  • 『論士歴問――大衆社会をこえていく綱渡り』 プレジデント社1984年10月ISBN 4-8334-1238-1 - 吉本隆明富岡多恵子鶴見俊輔長谷川慶太郎二階堂進松本健一井尻千男村上陽一郎山崎正和江藤淳との対談が収録されている。
  • 『幻像の保守へ』 文藝春秋、1985年7月ISBN 978-4-16-339870-9
  • 『大衆社会のゆくえ』 日本放送協会編、日本放送出版協会〈NHK市民大学〉、1986年7月
  • 『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』 文藝春秋、1986年10月ISBN 4-16-340990-4
    • 『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』 洋泉社〈MC新書 17〉、2007年6月ISBN 978-4-86248-149-8
    • 『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』 文藝春秋〈文春学藝ライブラリー 思想 19〉、2018年6月ISBN 978-4-16-813074-8
  • 『大衆の病理 袋小路にたちすくむ戦後日本』 日本放送出版協会〈NHKブックス 518〉、1987年1月ISBN 4-14-001518-7
  • 『近代経済思想』 放送大学教育振興会〈放送大学教材〉、1987年3月ISBN 978-4-14-531941-8
  • 『批評する精神』 PHP研究所、1987年6月ISBN 4-569-22038-X
  • 『貧困なる過剰 ビジネス文明を撃つ』 日本経済新聞社、1987年9月ISBN 4-532-09450-X
    • 『貧困なる過剰 ビジネス文明を撃つ』 PHP研究所〈PHP文庫〉、1991年12月ISBN 4-569-56435-6
  • 『大錯覚時代』 新潮社、1987年10月ISBN 4-10-367501-2
  • 『剥がされた仮面 東大駒場騒動記』 文藝春秋、1988年7月ISBN 4-16-342480-6
  • 大衆民主主義を疑う』 自由民主党調査局政治資料研究会議〈情報資料 368号〉、1988年11月
  • 『新・学問論』 講談社〈講談社現代新書 936〉、1989年2月ISBN 4-06-148936-4
  • 『学者この喜劇的なるもの』 草思社、1989年6月ISBN 4-7942-0345-4
  • 『サンチョ・キホーテの眼』 文藝春秋、1989年6月ISBN 4-16-343340-6
  • 『ニヒリズムを超えて』 日本文芸社、1989年10月ISBN 4-537-04986-3
    • 『ニヒリズムを超えて』 佐伯啓思 解説、角川春樹事務所〈ハルキ文庫〉、1997年11月ISBN 4-89456-362-2
  • 『マスコミ亡国論 日本はなぜ“卑しい国”になったのか』 光文社〈カッパ・ブックス〉、1990年4月ISBN 4-334-00494-6
  • 『白昼への意志 現代民主政治論』 中央公論社、1991年1月ISBN 4-12-001988-8
  • 『マスメディアを撃て』 PHP研究所、1991年2月ISBN 4-569-52976-3
  • 『戦争論 絶対平和主義批判』 日本文芸社、1991年6月ISBN 4-537-05003-9
    • 『戦争論 暴力と道徳のあいだ』 角川春樹事務所〈ハルキ文庫〉、2002年2月ISBN 4-89456-957-4
  • 『思想史の相貌 近代日本の思想家たち』 世界文化社、1991年6月ISBN 4-418-91511-7
  • 『私の憲法論 日本国憲法改正試案』 徳間書店、1991年6月ISBN 4-19-554590-0
    • 『私の憲法論 真正保守による改正試案』 徳間書店〈徳間文庫〉、1999年5月ISBN 4-19-891110-X
    • 『わが憲法改正案 「大切な心」を忘れた日本人』 ビジネス社、2004年4月ISBN 4-8284-1115-1 - 西部 (1999b)の改訂版。追加の文章が随処に挿入されている。
  • 『人間論』 日本文芸社、1992年4月ISBN 4-537-05012-8
  • 『「成熟」とは何か 新政経学のすすめ』 講談社、1993年4月ISBN 4-06-206429-4
  • 『リベラルマインド 歴史の知恵に学び、時代の危機に耐える思想』 学習研究社、1993年7月ISBN 4-05-105638-4
  • 『歴史感覚 何が保守政治の神髄か』 PHP研究所、1994年6月ISBN 4-569-54318-9
  • 『歴史の復権 「文明」と「成熟」の構図』 東洋経済新報社〈日本を考える〉、1994年7月ISBN 4-492-08554-8
  • 『死生論』 日本文芸社、1994年11月ISBN 4-537-05035-7
    • 『死生論』 角川春樹事務所〈ハルキ文庫〉、1997年5月ISBN 4-89456-311-8
  • 『世人に言上したきことあり』 新潮社、1996年1月ISBN 4-10-367502-0
  • 『現在への証言 平成の世と切り結ぶ』 広済堂出版、1996年2月ISBN 4-331-50519-7
  • 『破壊主義者の群れ その蛮行から日本をいかに守るか』 PHP研究所、1996年3月ISBN 4-569-54969-1
  • 『思想の英雄たち 保守の源流をたずねて』 文藝春秋、1996年4月ISBN 4-16-350900-3
    • 『思想の英雄たち 保守の源流をたずねて』 角川春樹事務所〈ハルキ文庫〉、2012年1月ISBN 978-4-7584-3629-8
  • 知性の構造』 角川春樹事務所、1996年7月ISBN 4-89456-025-9
    • 『知性の構造』 角川春樹事務所〈ハルキ文庫〉、2002年11月ISBN 4-7584-3014-4
  • 『知識人の生態』 PHP研究所〈PHP新書〉、1996年11月ISBN 4-569-55365-6
  • 『「国柄」の思想』 徳間書店、1997年1月ISBN 4-19-860634-X
  • 『恐慌前夜の独り言』 新潮社、1998年2月ISBN 4-10-367503-9
  • 『なぜ「日本売り」は起きたのか 愚かなるかな、改革論者よ』 PHP研究所、1998年3月ISBN 4-569-55977-8
  • 『国家と歴史 状況の中で』 秀明出版会〈発言者双書 1〉、1998年4月ISBN 4-915855-11-2
  • 『寓喩としての人生』 徳間書店、1998年6月ISBN 4-19-860864-4
  • 『西部邁の論争の手引き』 日刊工業新聞社〈B&Tブックス〉、1998年9月ISBN 4-526-04242-0
  • 『虚無の構造』 飛鳥新社、1999年4月ISBN 4-87031-366-9
  • 『西部邁の論争ふたたび 対米属国からぬけでる方法』 日刊工業新聞社〈B&Tブックス〉、1999年11月ISBN 4-526-04470-9
  • 『福澤諭吉 その武士道と愛国心』 文藝春秋、1999年12月ISBN 4-16-355800-4
  • 『国民の道徳』 新しい歴史教科書をつくる会 編、産経新聞ニュースサービス、2000年10月ISBN 978-4-594-02937-1
  • 『ナショナリズムの仁・義』 PHP研究所、2000年12月ISBN 4-569-61428-0
  • 『エコノミストの犯罪 「失われた10年」を招いたのは誰か』 PHP研究所、2002年4月ISBN 4-569-62063-9
  • 『保守思想のための39章』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2002年9月ISBN 4-480-05966-0
  • 『人生の作法』 飛鳥新社、2002年10月ISBN 4-87031-521-1
  • 『獅子たりえぬ超大国 なぜアメリカは強迫的に世界覇権を求めるのか』 日本実業出版社、2003年4月ISBN 4-534-03569-1
  • 『学問』 講談社、2004年4月ISBN 4-06-212369-X
  • 『人生読本』 ダイヤモンド社、2004年7月ISBN 4-478-70311-6
  • 『友情 ある半チョッパリとの四十五年』 新潮社、2005年4月ISBN 4-10-367504-7
    • 『友情 ある半チョッパリとの四十五年』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、2011年5月ISBN 978-4-480-42827-1
  • 『無念の戦後史』 講談社、2005年8月ISBN 4-06-213057-2
  • 『核武装論 当たり前の話をしようではないか』 講談社〈講談社現代新書 1884〉、2007年3月ISBN 978-4-06-149884-6
  • 『教育 不可能なれども』 ダイヤモンド社、2007年7月ISBN 978-4-478-00200-1
  • 『「日本国憲法」を読む(上)』 イプシロン出版企画、2007年8月ISBN 978-4-903145-20-4
  • 『「日本国憲法」を読む(下)』 柴山桂太 解説、イプシロン出版企画、2008年9月ISBN 978-4-903145-21-1
  • 『妻と僕 寓話と化す我らの死』 飛鳥新社、2008年7月ISBN 978-4-87031-851-9
  • 『サンチョ・キホーテの旅』 新潮社、2009年3月ISBN 978-4-10-367505-1
  • 『陥没する世界のなかでの「しあわせ」論』 ジョルダン〈ジョルダンブックス〉、2009年1月ISBN 978-4-915933-07-3
  • 『だからキミの悩みは黄金に輝く 西部邁の人生相談』 ジョルダン〈ジョルダンブックス〉、2009年4月ISBN 978-4-915933-20-2
  • 『14歳からの戦争論』 ジョルダン〈ジョルダンブックス〉、2009年10月ISBN 978-4-915933-25-7
  • 『昔、言葉は思想であった 語源からみた現代』 時事通信出版局、2009年11月ISBN 978-4-7887-0974-4
  • 『焚書坑儒のすすめ エコノミストの恣意を思惟して』 ミネルヴァ書房、2009年11月ISBN 978-4-623-05621-7
  • 『小沢一郎は背広を着たゴロツキである。 私の政治家見験録』 飛鳥新社、2010年7月ISBN 978-4-86410-029-8
  • 『文明の敵・民主主義――危機の政治哲学』 時事通信出版局、2011年3月ISBN 978-4-7887-1166-2
  • 『そろそろ子供と「本当の話」をしよう』 ベストブック〈Big birdのbest books〉、2012年8月ISBN 978-4-8314-0176-2
  • 『「世論」の逆がおおむね正しい――西部邁ゼミナール』 産經新聞出版、2012年10月ISBN 978-4-8191-1188-1
  • 『金銭(かね)の咄噺(はなし)』 NTT出版、2012年11月ISBN 978-4-7571-5084-3
  • 『どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由』 幻戯書房、2013年1月ISBN 978-4-86488-012-1
  • 『実存と保守 危機が炙り出す「人と世」の真実』 角川春樹事務所、2013年4月ISBN 978-4-7584-1216-2
  • 『保守の辞典』 幻戯書房、2013年5月ISBN 978-4-86488-022-0
  • 『中江兆民 百年の誤解』 黒鉄ヒロシ 絵、時事通信出版局、2013年11月30日ISBN 978-4-7887-1310-9
  • 『生と死、その非凡なる平凡』 新潮社、2015年4月ISBN 978-4-10-367506-8
  • 『ファシスタたらんとした者』 中央公論新社、2017年6月ISBN 978-4-12-004986-6
  • 『保守の真髄――老酔狂で語る文明の紊乱』 講談社〈講談社現代新書 2455〉、2017年12月ISBN 978-4-06-288455-6
  • 『保守の遺言――JAP.COM衰滅の状況』 平凡社〈平凡社新書 872〉、2018年3月ISBN 978-4-582-85872-3
  • 『西部邁 自死について』 富岡幸一郎 編、アーツアンドクラフツ、2018年5月ISBN 978-4-908028-28-1
  • 『西部邁発言 1』「文学」対論 vs. 古井由吉、加賀乙彦、辻原登、秋山駿、論創社、2018年5月ISBN 978-4-8460-1715-6
  • 『西部邁発言 2』「映画」斗論 vs. 佐高信、寺脇研……、論創社、2018年5月ISBN 978-4-8460-1716-3
  • 『マスコミ亡国論 日本はなぜ“卑しい国”になったのか』 青志社、2018年6月ISBN 978-4-86590-064-4

共著[編集]

一部執筆/インタビュー書籍[編集]

翻訳[編集]

音声・動画作品[編集]

  • 『真正保守思想を求めて』2、エピック・ソニー、1989。
  • 『西部邁の「反論を待つ」』2、エピック・ソニー、1990。
  • 『西部邁の「反論を待つ」』3、エピック・ソニー、1990。
  • メディアが世界を変える』第16巻、中京テレビ編、丸善。

脚注[編集]

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  1. ^ 西部 2012d, pp. 46, 103
  2. ^ “評論家・西部邁さん死去、多摩川で自殺か 78歳”. 産経ニュース. (2018-01-21). http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210033-n1.html 2018-01-21閲覧。 
  3. ^ 西部 (2008a)の巻末に西部の詳細な経歴が掲載されている。また西部は『寓喩としての人生』(徳間書店、1998年)という自伝を公表している。
  4. ^ 西部 1984a
  5. ^ 西部 2008a, p. 244
  6. ^ 西部 2013a, p. 108
  7. ^ 西部 1998d
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  9. ^ 西部邁 2007b, pp. 36-37
  10. ^ 西部 1986c, pp. 36-37
  11. ^ 西部 1986c
  12. ^ 西部 1998d, pp. 175-177
  13. ^ 西部 2008a, pp. 61-63。
  14. ^ a b “西部邁さん死去”. 毎日新聞. (2018-01-22). https://mainichi.jp/articles/20180122/k00/00m/040/027000c 
  15. ^ 小林 & 西部 2003
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]