船橋市西図書館蔵書破棄事件

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最高裁判所判例
事件名 損害賠償請求事件
事件番号 平成16年(受)第930号
2005年(平成17年)7月14日
判例集 民集59巻6号1569頁
裁判要旨
  1. 公立図書館は、住民に対して思想、意見その他の種々の情報を含む図書館資料提供してその教養を高めること等を目的とする公的な場である。そして、公立図書館の図書館職員は、公立図書館の役割を果たせるように、独断的な評価や個人的な好みにとらわれることなく、公正に図書館資料を取り扱う義務を負うべきであり、閲覧に供されている図書について、独断的な評価や個人的な好みによってこれを廃棄することは、図書館職員としての基本的な職務上の義務に反する。
  2. 公立図書館が、住民に図書資料を提供するための公的な場であるということは、そこで閲覧に供された図書の著作者にとって、その思想、意見等を公衆に伝達する公的な場である。したがって、公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは、当該著作者が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものである。そして、著作者の思想の自由、表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることにかんがみると、公立図書館において、その著作物が閲覧に供されている著作者が有する利益は、法的保護に値する人格的利益であり、公立図書館の図書館職員である公務員が、図書の廃棄について、基本的な職務上の義務に反し、著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは、当該図書の著作者の人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となる。
第一小法廷
裁判長 横尾和子
陪席裁判官 甲斐中辰夫泉德治島田仁郎才口千晴
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
反対意見 なし
参照法条
国家賠償法1条1項図書館法2条、図書館法3条、13条19条21条
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事件の舞台となった、かつての船橋市西図書館(東日本大震災の被害により閉鎖・移転された。)

船橋市西図書館蔵書破棄事件(ふなばししにしとしょかんぞうしょはきじけん、2001年8月10日 - 8月26日)は、船橋市西図書館司書が、西部邁新しい歴史教科書をつくる会会員らの著書計107冊[1][2]を、自らの政治思想に基づき、廃棄基準に該当しないにもかかわらず除籍・廃棄した事件[2]

概要[編集]

この事件は翌2002年4月12日付けの産経新聞1面にて報道された。船橋市教育委員会が調査に動き、5月に関係者の処分が行われた。廃棄された図書のうち103冊が廃棄した女性司書ら5人によって寄付という形で弁償された。ただし廃棄された図書のうち4冊は入手困難であったために弁償されず、同じ著者の別の書籍を寄付している。

被害を受けた「新しい歴史教科書をつくる会」と井沢元彦ら7人は、表現の自由を侵害されたとして提訴。1審の東京地裁と2審の東京高裁は、廃棄の違法性を認定したものの、蔵書の管理は市の自由裁量とし、著者の権利を侵害したとは言えないとして、請求をすべて棄却した。2005年7月14日、最高裁は廃棄は著者の人格的利益を侵害する違法行為と認定、2審判決を破棄し審理を同高裁に差し戻した。差戻し控訴審判決(同年11月24日)は、「廃棄されたのと同じ本が再び図書館に備えられている」などとして、賠償金は計2万4000円、一人あたり3000円とした。

その後、2006年4月7日 最高裁は上告を棄却。同年8月9日、船橋市は国家賠償法第1条2項に基づき、この不法行為を実行した職員に求めていた賠償金の全額補填が日納付されたと発表した。

「現代版焚書」として、また公立図書館に対する著者の権利が争われ、表現の自由・利用者の知る権利とも関連するケースである。

廃棄を行なった司書の対応[編集]

  • 廃棄を行なった司書は船橋市による聞き取り調査に対して2001年8月10日、14日、15日、16日、25日および26日の6日間に107冊の図書を除籍したことを認めた[2]
  • 同聞き取り調査で、同司書は特定の著者の図書を一時期に大量に廃棄するに至った経緯について、次のように述べた[2]

利用者から新しい歴史教科書をつくる会が作成した教科書についての問い合わせがあり、それを調べる目的で関係図書を集めたところまでは覚えている

— 平成14年第2回船橋市議会定例会会議録(第4号・3)

  • 同司書は同聞き取り調査で、廃棄をした理由は説明できないと述べた[2]
  • 同司書は同聞き取り調査で、思想的背景で図書を廃棄したことを否定した[2]
  • 2008年、同司書は絵本『ててちゃん』(福音館書店)を公表して絵本作家としての活動を再開した[3]
  • 同司書は事件発覚後にJBBY(社団法人日本国際児童図書評議会)で理事に任命された。(任期:2005年5月 - 2007年5月)

西部邁の反応[編集]

  • 西部邁はこの件を引き合いに出して次のように述べている。

つい先だって、船橋の市立図書館で、私の書物が一冊を除いてすべてひそかに廃棄されるという扱いを受けたが、次の焚書に当たっては、本書(『知性の構造』ハルキ文庫版)がその一冊の例外になるという名誉にあずかれればと切望する。坑儒されてみたいくらいに思っている私がなぜこんなことをいうのか。それは、本書がどこかに残っていれば、その作成に携わってくれた皆様に――単行本を物にしてくれた小山晃一氏を含めて――ささやかな返礼ができると思うからである。

— 西部邁『知性の構造』ハルキ文庫、2002年、270頁

…図書館の収蔵能力にも限界がありますので、図書館員の好みに合わぬ書物はどんどん廃棄処分されていくしかないのです。

— 西部邁『人生読本』ダイヤモンド社、2004年、129頁

どこかの公立図書館で、僕の著書が五十冊ばかり、(いわゆる左翼の)図書館員によって勝手に廃棄されていると報道されたとき、僕は、「載断(せつだん)するなり焼却するなり、どうぞお好きなように」と応えました。

— 西部邁『妻と僕 寓話と化す我らの死』飛鳥新社、2008年、215頁

自分の言説が受け入れられなくても、私は痛痒を感じません。それどころか私は、若いときからずっと、「坑儒」(知識人への生き埋め)されるのはちとつらいが「焚書」されるくらいはまったく平気、という種類の人間なのです。事実、どこかの図書館で、私の五十冊ばかりを含めて、左翼の気に入らない書物が勝手に廃棄されたとき、それに抗議する原告団に私は加わりませんでした。いくつかのメディアがそれについて取材してきた折にも、これはホンネではなかったのですが、「坑儒されても文句はいいません」と虚勢を張っておりました。

— 西部邁『どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由』幻戯書房、2013年、42頁

  • 2009年、西部は『焚書坑儒のすすめ』というタイトルの著書を公表した[4]

エピソード[編集]

  • 船橋市立図書館は、廃棄を行った司書が書いた童話絵本『ぬい針だんなとまち針おくさん』を35冊も購入し所蔵していた。これはベストセラーである『世界の中心で愛を叫ぶ』(23冊)や『負け犬の遠吠え』(16冊)よりも多かった[5]。さらに同司書が翻訳した『メリーゴーランドがやってきた』は32冊も所蔵されていた。
  • 雑誌『ず・ぼん』2005年11月号は「船橋西図書館の蔵書廃棄事件を考える」という特集を組んだ[6][7]

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 船橋市図書館資料除籍基準に該当しない一般書の除籍数が107冊であったとされる。
  2. ^ a b c d e f 平成14年第2回船橋市議会定例会会議録(第4号・3)
  3. ^ ててちゃん-おやこで あそぼう わらべうた』 福音館書店、2008年4月。ISBN 978-4834023374
  4. ^ 『焚書坑儒のすすめ エコノミストの恣意を思惟して』 ミネルヴァ書房、2009年11月。ISBN 978-4-623-05621-7
  5. ^ 丹治則男『ジャーナリズムの課題』
  6. ^ ず・ぼん11 タイトル一覧
  7. ^ 船橋西図書館の蔵書廃棄事件を考える」、『ず・ぼん』2005年11月号、ポット出版。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

資料・判決文[編集]

解説・意見[編集]