岡田斗司夫

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おかだ としお
岡田 斗司夫
本名 岡田 斗司夫(おかだ としお)
出生地 日本の旗 大阪府大阪市
職業 評論家文筆家
公式サイト 岡田斗司夫なう
主な作品
実写映画
愛國戰隊大日本

OVA
おたくのビデオ』(企画)


ゲーム
電脳学園』(企画)


書籍『いつまでもデブと思うなよ』(著)

岡田 斗司夫(おかだ としお、1958年7月1日 - )は、日本プロデューサー評論家文筆家実業家企画者、講演者。 自称オタキングおたくの王)。株式会社オタキング代表取締役、株式会社クラウドシティ代表取締役。 FREEex設立者。大阪府立今宮高等学校卒業、大阪電気通信大学除籍。

来歴

1958年大阪府立病院で一男一女の第2子として出生。

1978年、一年の浪人の後、大阪電気通信大学に入学[1]、「SF&アニメーション研究会」へ入部。

1981年、履修届の出し忘れにより同大学除籍[2]

1982年、親出資で実家の会社の一部門のSFグッズ専門店「ゼネラルプロダクツ」開店[3]。しかし岡田が従業員と不倫。同時期、大阪での活動に限界を感じた山賀博之はこれを契機に岡田と東京進出[4]

1984年秋、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(劇場公開時の題名)を企画。制作のため12月24日にガイナックス設立。

1992年、ガイナックス退社。共同設立者の武田は「働かない岡田に退職を迫った結果」と発言[5]

1996年よりNHKBS2で不定期放送中の番組『BSマンガ夜話』開始。この頃より「オタキング」(=おたく)を自称し出し、宅八郎に代わり、オタク関係の著書を出版、並行して各種メディアに露出してオタクを擁護した[6]

1997年、自身の講演・執筆活動のために株式会社オタキングを設立、代表取締役に就任[7]

2007年、自ら実践したレコーディング・ダイエットをテーマに著した『いつまでもデブと思うなよ』が50万部以上のベストセラー[8]。しかし2015年現在では大幅なリバウンド中。

2010年3月、オタキングex設立。

2011年2月、株式会社クラウドシティ設立。5月、ニコ生岡田斗司夫ゼミ開始。

2012年、吉本興業と契約、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1月、オタキングexの社名をFREEexに変更。

脚注

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  1. ^ 岡田斗司夫『世紀の大怪獣!!オカダ 岡田斗司夫のお蔵だし』イースト・プレス、1998年、141頁
  2. ^ 岡田斗司夫、速水由紀子「現代の肖像 岡田斗司夫」『AERA』2002年11月4日
  3. ^ 岡田斗司夫『世紀の大怪獣!!オカダ 岡田斗司夫のお蔵だし』イースト・プレス、1998年、140-141頁
  4. ^ ニコニコ生放送「ニコ生 岡田斗司夫ゼミ」2012年9月27日放送
  5. ^ 武田康廣 『のーてんき通信 エヴァンゲリオンを創った男たち』 ワニブックス2002年、152頁。
  6. ^ 岡田斗司夫『世紀の大怪獣!!オカダ 岡田斗司夫のお蔵だし』イースト・プレス、1998年、126-129頁。
  7. ^ 岡田斗司夫『オタクの迷い道』文藝春秋、1999年、84頁
  8. ^ 「いつまでもデブと思うなよ」 大ベストセラーの理由 J-CASTニュース、2007年10月23日

外部リンク