中沢新一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
中沢 新一
2014年2月
生誕 1950年5月28日(65歳)
日本の旗 日本山梨県山梨市
時代 20世紀の哲学
21世紀の哲学
地域 東洋哲学
日本哲学
学派 ポストモダン
現代思想
脱構築
ポスト構造主義
研究分野 人類学
宗教学
自然
環境
主な概念 緑の党
対称性
野生の科学
エネルゴロジー
アースダイバー
テンプレートを表示

中沢 新一(なかざわ しんいち、1950年5月28日 - )は、日本哲学者思想家人類学者宗教学者明治大学特任教授/野生の科学研究所所長。多摩美術大学美術学部芸術学科客員教授

概説[編集]

構造主義クロード・レヴィ=ストロースジャック・ラカンポスト構造主義ジル・ドゥルーズジュリア・クリステヴァなどの思想家、また南方熊楠折口信夫柳田国男などの日本民俗学の研究者、そして、自身修行を体験したチベット仏教などから影響を受け、独自の思想を展開している人類学者、思想家である。もともと理系(東京大学理科二類に入学)であったこともあり、文理の境をこえ、宗教、文学、数学、科学、芸術、哲学とあらゆる領域を横断的に研究の対象とする点が特徴。 そのような自らの学問的態度について中沢は「この地球上に人類が出現し、現在のホモ・サピエンス・サピエンスになって以降の全歴史が、人類学者としての私の主題です。一人の人間の一生でできる仕事ではないのですが、それでも、全人類がこれまでに継承してきた膨大な知恵をおろそかにすることはできないと思うのです」と述べている。[1] また、2011年の東日本大震災以降は、エネルギー問題、現代における政治参加の問題についても思考しており、実践的な活動として2013年には「グリーンアクティブ」を設立した。

略歴[編集]

山梨県山梨市出身。 ラブレーやサド、メルロー=ポンティなどの外国文学を愛読する一方、共産党員でありながら在野の民俗学研究者でもあった父・厚に連れられ、しばしば山梨県内の遺跡や民俗信仰の痕跡に調査に出かけるアドレサンス期であったという。また近所には、後に作家となる林真理子の家があった。

1979年(昭和54年)チベット密教修行のためにネパールへ赴く。カトマンズ盆地のボーダナートに暮らしていたラマ・ケツン・サンポ(後に彼と『虹の階梯』(1981年)を共著)をはじめ、ディルゴ・ケンツェー・リンポチェやドトプチェン・リンポチェに師事。以後、ネパール、インド、シッキム、ブータン等で、ゾクチェンと呼ばれるチベット思想や瞑想修行法を学ぶ[2]。「仏教の出てくる根源」への関心から行ったこの修行の影響が、後の中沢の思想を大きく特徴づけるものとなる。[3]

帰国後、山口昌男のもとで、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手をつとめる。

1983年『チベットのモーツァルト』(せりか書房)を発表。同書は、同じく現代思想的な内容を扱った浅田彰の『構造と力』とともに同年の話題書となり、二冊は人文書としては異例の売り上げを果たした。中沢・浅田のふたりは、前後にデビューした他の若手研究者とともに「ニュー・アカデミズム」とよばれ、人文系研究者のみならず、広い影響力をもった。 しかし、中沢自身は「自分が思想で目指しているものをはっきりと意識し始めたのは、『雪片曲線論』からです。収録されているものは八三、四年に書いた作品が多いのですが、当時ニュー・アカデミズムと呼ばれた一種の言語構築主義に対する反発がその作品の背景にあります。」と発言しているように、自分をニューアカデミズムの潮流とは離れた場所に位置づけている。[4]

1992年(平成4年)、南方熊楠についての包括的な研究『森のバロック』(せりか書房)を発表。最新の社会学、カルチュラル・スタディーズなど現代思想の表舞台には背を向け、『東方的』(91年)、『森のバロック』、『はじまりのレーニン』(94年)など、反時代的な人物や思想を取り上げる反時代的な書物を書き上げることに熱中したという[5]

『三万年の死の教え―チベット『死者の書』の世界』を発表。NHKで放映された『NHKスペシャル チベット死者の書』[6]の脚本も担当し評判を呼ぶ[7]

2013年(平成25年)より河合隼雄学芸賞選考委員[8]を務める。

思想[編集]

原子力発電技術について中沢は「生態圏を逸脱した「自然」のエネルギー現象」と「化学物理的な生態圏的自然のエネルギー変換装置」の間の「脆弱なインターフェイス」が問題であるとしており、これは「自己増殖ばかりではなく、解体と死の原理が含まれている」、「生態圏内部的な第一の自然」を記述できない二十世紀のモダン科学の構造の問題そのままであるとしている。そのような思考から「現代の科学は、自己変容をおこしていかなければいけない」と語っており、現代科学におけるそういった兆候の例として、非ファン=ノイマン型コンピュータの設計、トポスをめぐるアレクサンドル・グロタンディークの数学、生命を動かすアルゴリズムの研究などをあげている。[9]

評価[編集]

そもそも日本文化人類学会にも日本宗教学会にも所属したことが一度もなく、特定の学会におけるポジションや権威とは無縁ということもあって、アカデミズムの世界で中沢の研究について論じられる機会は極端に少なかった。松村一男はこれについて、「なぜ中沢の神話論・宗教論が宗教学の枠内で論じられることがないのかといえば、それは皆、それを論じることで自分の研究の範囲の狭さが明らかになることを恐れているからかと思われる。そうした試みを行った場合には、弁明が伴う」[10]と述べ、「これはゲーテフンボルトフロイトユング、そして日本での柳田、折口、吉本隆明などと同じく、名前を冠した「中沢学」という、世界を丸ごと理解しようとする試み」(29頁)として、『カイエ・ソバージュ』の総合性を評価している。 吉本隆明は、「日本の知識人の中でも一種の珍品」として一休とも比較しながら「人類の精神の考古学」という言葉を用いて高く評価している。[11]

学問的厳密性を欠いた独特の著述スタイルに対しては、見田宗介など多くの批判が継続的にある一方、蓮實重彦浅田彰などその特殊性を評価する人物もいる。

リゼット・ゲーパルトは、政治的には「日和見主義」、「従来の専門的学問の否定と平行して、知に対するエッセイ風の姿勢があらわれる。この背後には、十九世紀末の耽美主義者やディレッタントやダンディのリバイバルがある」」(『現代日本のスピリチュリティ』岩波書店、2013年、68~69頁)と評している。


オウム真理教事件[編集]

宗教学の立場から新宗教についても論じ、1980年代の末に、自身のチベット仏教の研究からも影響をうけているオウム真理教に関心を示し、発言をしていた[12][13]。しかし、1995年(平成7年)地下鉄サリン事件など一連の事件がオウム真理教による組織的犯行であることが発覚すると、中沢も批判の対象とされた[14]。事件後の1993年7月に、青土社の雑誌「imago」の特集号として「オウム真理教の深層」を責任編集し、自身は、河合隼雄と元信者である高橋英利との鼎談、同じくオウム事件に関して批判を集めていた博物学者の荒俣宏、人類学者で信者だった坂元新之輔の両者との対談、当時沸き上がっていたジャーナリスティックな教団批判から身を引いて、宗教学的に教団の問題点を追求した論考「尊師のニヒリズム」を寄稿している。同誌に寄稿した人物には他に、哲学者の鵜飼哲や社会学者の吉見俊哉、ロシア文学研究者で翻訳家の亀山郁夫などがいる。1995年5月、雑誌上に「オウム信者への手紙」を発表[15]。 以上のように、事件直後には教団に関して多くの発言を残したが、その後は積極的な発言はおこなっていない。その理由について本人は「マスコミの表面に出ている議論は、あの教団がもっているものに触れていない」「あの教団については、未だにわからない部分がある」と語っている。[16] 事件後、かつて共にニューアカデミズムブームの中心にいた浅田彰は、中沢と対談し「バカが本を誤読して暴走したからといって、本の著者に責任はない」と中沢を擁護した。[17]

事件後は、同じく生涯の中で強い批判に曝されたショスタコーヴィッチハイデッガーの伝記をよくよみ、深く傷つきながらも、作品の中にその傷をあらわさない彼らの姿勢に学んだ。[18]

島田裕巳[19]苫米地英人[20]などが、オウム真理教に関連して、中沢批判の著作を発表している。

発言[編集]

中華人民共和国におけるチベット問題についてもたびたび発言をしている。ロバート・サーマン『なぜダライ・ラマは重要なのか』(講談社,2008年)の紹介文では、「中国はダライ・ラマを受け入れるとき、はじめて真の発展をとげることができるが、拒絶すれば、中国人の魂は市場経済のなかに、沈んでいってしまうだろう」と述べている。

また、ペマ・ギャルポとの対談[21]でも中国が市場経済にソフトランディングしていこうとしているが、独裁政権と市場経済は両立しないとしたうえで「これをどういう方向でソフトランディングしていくかは、中国人だけでは解決不能だと思います。拡大していく市場というのは国際的な問題ですから、世界中の人間が知恵を出し合わないとこれは不可能でしょう」「10億の民を包みこんでいる中国が崩壊したり解体したりすると、これは地球大的に悲惨なことが起こる。わたしたちはそれを求めないし、ダライラマ猊下もそんなことは求めない。ただそれを行うためには、いろんな形で私たちが智慧を出し合い、干渉をおこなっていかなければならないと思います」と述べている。

家族[編集]

曾祖父の徳兵衛が甲府・日下部教会(日本メソジスト教会)を中心にキリスト教の布教を行いつつ民俗研究を行った山中共古とともに受洗し、自身も民俗研究も行った。祖父中沢毅一は徳兵衛とともに受洗した飯島信明の娘を妻とし、同様にキリスト教徒で一高教授を務め、昭和天皇に進講したこともある海洋生物学者(荒俣宏『大東亜科学綺譚』参照)。

父親の中沢厚は市議会議員(日本共産党所属)で民俗学者。叔父の中沢護人も日本共産党に所属した科学技術史家(製鉄に関する民俗学研究も行った)[22]。妻は「タンタンの冒険旅行」など多くの作品を手がける翻訳家の川口恵子。義理の叔父(叔母の夫)は日本史学者網野善彦。遠縁に作家芹沢光治良がいる。

著書[編集]

単著[編集]

  • 『チベットのモーツァルト』せりか書房、1983 講談社学術文庫2003年
  • 『雪片曲線論』青土社、1985 中公文庫1988年
  • 『野ウサギの走り』思潮社、1986 中公文庫1989年
  • イコノソフィア 聖画十講』河出書房新社、1987 河出文庫1989年
  • 『虹の理論』新潮社、1987 新潮文庫1990年、講談社文芸文庫2010年
  • 『悪党的思考』平凡社、1988 平凡社ライブラリー1994年
  • 『バルセロナ、秘数3』中央公論社、1990 中公文庫1992年 講談社学術文庫 
  • 『東方的』せりか書房 1991 のち講談社学術文庫 
  • 『森のバロック』せりか書房、1992 講談社学術文庫2006年 ※南方熊楠論考、文庫は抄版
  • 『幸福の無数の断片』河出文庫 1992 ※文庫のみ
  • 『ゲーテの耳』河出書房新社、1992 河出文庫1995年
  • 知天使のぶどう酒』河出書房新社、1992 河出文庫1995年
  • 『三万年の死の教え―チベット「死者の書」の世界』角川書店、1993 角川文庫ソフィア1996年
  • 『リアルであること』メタローグ、1994 幻冬舎文庫1997年
  • 『はじまりのレーニン』岩波書店、1994 同時代ライブラリー1998年、岩波現代文庫2005年
  • 『哲学の東北』青土社、1995 幻冬舎文庫1998年
  • 『純粋な自然の贈与』せりか書房、1996 講談社学術文庫2009年
  • 『ポケットの中の野生』岩波書店、1997 新潮文庫2004年 ※書き下ろしのゲーム論
  • 『女は存在しない』せりか書房 1999 
  • 『佐久夜』静岡新聞社 2001 小著
  • 『フィロソフィア・ヤポニカ』集英社 2001 ※西田幾多郎田辺元論考]]、講談社学術文庫2011年
  • 『緑の資本論』集英社、2002 ちくま学芸文庫2009年
  • 『人類最古の哲学―カイエ・ソバージュ〈I〉』講談社選書メチエ 2002 
  • 『熊から王へ―カイエ・ソバージュ〈II〉』講談社選書メチエ 2002 
  • 『精霊の王』講談社 2003
  • 『愛と経済のロゴス―カイエ・ソバージュ〈III〉』講談社選書メチエ 2003 
  • 『神の発明 カイエ・ソバージュ〈IV〉』講談社選書メチエ 2003 
  • 『対称性人類学 カイエ・ソバージュ〈V〉』講談社選書メチエ 2004 
  • 『僕の叔父さん 網野善彦集英社新書 2004 
  • アースダイバー』講談社 2005 ※天皇・東京論
  • 『芸術人類学』みすず書房 2006 
  • 『三位一体モデル TRINITY』東京糸井重里事務所 2006 
  • 『ミクロコスモス I〜II』四季社 2007 のち中公文庫 
  • 『古代から来た未来人 折口信夫』ちくまプリマー新書 2008
  • 『狩猟と編み籠  対称性人類学II』講談社<芸術人類学叢書1> 2008 ※カイエ・ソバージュの続刊
  • 『鳥の仏教』新潮社  2008 ※チベット語仏典から初訳と解説、新潮文庫2011年
  • 『日本の大転換』集英社新書 2011
  • 『野生の科学』講談社 2012 
  • 『惑星の風景 中沢新一対談集』青土社 2014

共著[編集]

編著[編集]

  • 1989年『東洋の不思議な職人たち』平凡社・東洋文庫ふしぎの国2
  • 1989年『神々と妖精たち』 平凡社・東洋文庫ふしぎの国9 
平凡社東洋文庫500点刊行記念の別冊
  • 1991年『南方熊楠コレクションⅠ 南方マンダラ』 河出書房新社・河出文庫
  • 1991年『南方熊楠コレクションⅡ 南方民俗学』河出書房新社・河出文庫
  • 1991年『南方熊楠コレクションⅢ 浄のセクソロジー』河出書房新社・河出文庫
  • 1991年『南方熊楠コレクションⅣ 動と不動のコスモロジー』河出書房新社・河出文庫
  • 1991年『南方熊楠コレクションⅤ 森の思想』河出書房新社・河出文庫

共編[編集]

翻訳書[編集]

  • 『サーカス アクロバットと動物芸の記号論』ポール・ブーイサック著 せりか書房 1977.12
  • 『鯰絵-民衆的想像力の世界』コルネリウス・アウエハント著 共訳 せりか書房 1979.10
  • 『衣裳のフォークロア』P.G.ボガトゥイリョフ著 松枝到共訳 せりか書房 1981.9
  • 『セメイオチケ2 記号の生成論』ジュリア・クリステヴァ著 共訳 せりか書房 1984.7
  • 『記号の横断』ジュリア・クリステヴァ編著 共訳 せりか書房 1987.11
  • 『せかいのはじまり』(世界おはなし名作全集 第12巻)小学館 1990.10
  • 『チベットの聖者ミラレパ』エヴァ・ヴァン・ダム著 法蔵館, 1994.7
  • 『サンタクロースの秘密』クロード・レヴィ=ストロース著 せりか書房, 1995.12
  • 『禅の言葉』マルク・ドゥ・スメト編 紀伊国屋書店, 1996.6
  • 『インディアンの言葉 北米インディアンの記録から』ミッシェル・ピクマル編 紀伊国屋書店 1996.9
  • 『ブッダの言葉』マルク・ドゥ・スメト編 小幡一雄共訳 紀伊国屋書店 1996.12
  • 『知恵の遥かな頂』ラマ・ケツン・サンポ著 編訳 角川書店, 1997.7
  • 『ダライ・ラマ、イエスを語る』ダライ・ラマ 角川書店, 1998.5
  • 『それでもあなたの道を行け インディアンが語るナチュラル・ウィズダム』ジョセフ・ブルチャック編 石川雄午共訳 めるくまーる 1998.8
  • 『グレイ・アウル 野性を生きた男』ラヴァット・ディクソン著 馬場郁共訳 角川書店 2000.6
  • 『ダライ・ラマ、生命と経済を語る』ダライ・ラマ,ファビアン・ウァキ著 角川書店, 2003.3
  • クロード・レヴィ=ストロース 『パロール・ドネ』 講談社選書メチエ2009.6  ※講演・講義録 
  • 『料理民俗学入門』イヴォンヌ・ヴェルディエ著 くくのち学舎, 2009.9

雑誌掲載論文・随筆[編集]

  • 「音、その分子的革命」『音の宇宙模型 -Sound Cosmodel-「夜想Extra」』ペヨトル工房、1984年。
  • "The zero logicof disease; a critique of violence". Monumenta Serindica 15, 117-166, (Tokyo: Institute for the Study of Languages and Cultures of Asia and Africa.) 9. 1986年
  • 「すばらしい日本捕鯨」季刊誌『ルプレザンタシオン』第1号、筑摩書房、1991年。
  • 「古代的マトリックス」季刊誌『季刊仏教』法蔵館、1994年。
  • 「縄文・ミシャグチ・道祖神――環太平洋神話学への一試論」『東北学Vol.9』、東北文化研究センター、2003年。
  • 「苦行と快楽」、岩波講座『宗教/5 言語と身体 : 聖なるものの場と媒体』所収、岩波書店、2004年。
  • 「国文学と人類学」、『人文論叢』第79集、二松学舎大学、2007年。
  • 「なぜ今、チベット仏教か」季刊誌『ジッポウ』6号(2008夏号)特集「平和なれチベット」ダイヤモンド社、2008年。
  • 「経済とは何か 原点から考える」『INES特別レポート』新時代戦略研究所、2008年。
  • 「対称性の思考としてのアニミズム」『人と動物の関係学1 動物観と表象』岩波書店、2009年。
  • 「脳内トポロジーとしての地図学」『仮想地球の試み 地域と地球をつなぐ』京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科、2010年。
  • 「民藝を初期化する」『Art Anthropology 05』多摩美術大学芸術人類学研究所、2010年。

論文[編集]

映画字幕翻訳[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「惑星の風景」2014年、青土社
  2. ^ 「季刊セムSems」第3号、1999年、ゾクチェン研究所、
  3. ^ 『惑星の風景』青土社、2014年、98頁。
  4. ^ 『惑星の風景』青土社、2014年、8頁。
  5. ^ 安藤礼二編「年譜」、『虹の理論』講談社文芸文庫、2010年、326頁。
  6. ^ 映画監督の宮崎駿は本映像について、映画「もののけ姫」制作時にくり返し観たと述べている。http://www.ghibli.jp/tibet/top.html
  7. ^ 山口瑞鳳は、日本でも翻訳が出ているニンマ派の『チベット死者の書』について、偽経と述べた。山口瑞鳳「中沢新一氏とNHKが持ち上げる「チベット死者の書」はエセ仏典」『諸君』26(6)、1994年、154~161頁。
  8. ^ http://www.kawaihayao.jp/gakugei.html
  9. ^ 『「自然史過程」について』、「新潮」2012年5月号
  10. ^ 『神話思考1』言叢社、2010年、28頁〜29頁
  11. ^ 「はじめての中沢新一」ほぼ日https://www.1101.com/nakazawa/2005-12-20.html
  12. ^ 坂本堤弁護士一家殺害事件を巡って麻原彰晃と対談。教団が事件に関係していないことを、麻原本人に確認した上で、「(現代社会の宗教への無理解に曝されているオウム真理教を、宗教学者としては)弁護する義務を感じる」と発言。『SPA!』1989年12月6日号
  13. ^ 「麻原さんは嘘をついている人じゃないと思った」『週刊ポスト』1989年12月8日号「オウム真理教のどこが悪いのか」など
  14. ^ 別冊宝島33号 独占手記・元オウム信者の告発「僕と中沢新一さんのサリン事件」宝島社
  15. ^ 週刊プレイボーイ1995年5月30日号
  16. ^ ゲンロンチャンネル http://ch.nicovideo.jp/genron-cafe
  17. ^ 「オウムとは何だったのか」『諸君』1995年八月号
  18. ^ 「憲法九条を世界遺産に」太田光と共著、集英社新書、2006年
  19. ^ 島田裕巳『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』(亜紀書房 2007年4月)
  20. ^ 苫米地英人『スピリチュアリズム』にんげん出版、2007年。
  21. ^ 『ayusーいのち』(2008年11月号、アーユス仏教国際協力ネットワーク発行)[1]
  22. ^ 杉本仁「山梨県におけるキリスト教と民俗学-山中共古から中沢新一まで-」『甲斐』(第118号、2009年2月)

関連人物・項目[編集]

外部リンク[編集]