雨宮処凛
| 雨宮 処凛 (あまみや かりん) | |
|---|---|
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2015年撮影 | |
| 誕生 |
1975年1月27日(44歳) |
| 職業 | 作家、政治活動家 |
| 言語 | 日本語 |
| 国籍 |
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| 活動期間 | 2000年 - 現在 |
| ジャンル | 小説、ノンフィクション |
| 主題 | 随筆、評論、報道 |
| 代表作 | 『生きさせろ! 難民化する若者たち』(2007年) |
| 主な受賞歴 | 日本ジャーナリスト会議賞(2007年) |
| デビュー作 | 『生き地獄天国』(2000年) |
| 公式サイト | amamiyakarin.com |
雨宮 処凛(あまみや かりん、1975年1月27日 - )は、作家、政治活動家。当初は「ミニスカ右翼」と呼ばれた[1]右翼活動家だったが、後に「ゴスロリ作家」を称する[2]左派系論者に転向した[3]。
近年はプレカリアート問題に取り組み、日本ジャーナリスト会議賞を受賞している。反貧困ネットワーク副代表、『週刊金曜日』編集委員、厚生労働省ナショナル・ミニマム研究会委員、「小説アカデミー」顧問、「こわれ者の祭典」名誉会長。
目次
経歴
生い立ち
北海道滝川市出身。1歳の時からアトピー性皮膚炎に悩み[4]、それが原因で思春期にいじめ、不登校、家出、自殺未遂の経験をもち、10代後半にはヴィジュアル系バンド(XとBUCK-TICK[5])の追っかけをくり返した。大学受験では美大を2浪し、浪人中にアルバイトをしていたが、数日で解雇されることが連続したため自暴自棄になり、オーバードースで自殺未遂を経験した。
球体関節人形作家天野可淡の作品に傾倒し、天野の仲間の吉田良に弟子入りしたが、粘土をこねて人形を作る際にアトピー性皮膚炎が悪化し挫折、リストカットを繰り返す日々が続いたという。
「ミニスカ右翼」、作家デビュー
20歳の時、自身の生きづらさから「今の日本はおかしい」という違和感に駆り立てられ、右翼活動に身を投じる。たまたま読んだ『ゴーマニズム宣言』第3巻の鈴木邦男にイベントの打上げで会ったのがきっかけ[6]。
鈴木の著書を読み、そして出所したばかりの見沢知廉に会い、2年間、右翼団体に属する[7]。右翼活動家(超国家主義『民族の意思』同盟)時代には、ロックバンド「姫処凛」、「維新赤誠塾」、「大日本テロル」などを結成しボーカルをつとめた。そのため、彼女のパンク・ファッションなどの外見と従来の右翼に対するイメージのギャップから、「ミニスカ右翼」として一時は話題になった。元一水会顧問の作家、見沢知廉の弟子になる。1999年以後、数回にわたって塩見孝也と北朝鮮に渡航し、日本人拉致に関与したともされるよど号グループに会ったことから、雨宮が8歳の時に起こった日本人拉致事件とのかかわりで2003年、自宅に「ガサ入れ」を受けた[8]。
自身の壮絶な体験をもとにした処女作『生き地獄天国』が注目を集め、青少年の自殺やいじめをテーマに取り扱った作品を発表した。また、映画の脚本も手がけており、ドキュメンタリー映画『新しい神様』(監督:土屋豊)では雨宮自身が主役として出演している。
右翼からの離脱、「ゴスロリ作家」へ
日本国憲法前文を読んだことがひとつのきっかけで、右翼思想に疑問を抱くようになり、2001年「大日本テロル」解散後は、「(国家や皇族などに対して)依存してるだけで敬意が感じられない。自分が目指していたのはこんなものではない」と、右翼思想からは一定の距離を置くようになった。のち、関係していた右翼団体からも脱退(かつて所属していた一つ「維新赤誠塾」は現在も活動している[9])。
その後「生きづらさ」の原因の一つに新自由主義の拡大があると考えるようになり、自ら「左傾化した」と表明した[3]。本人は自らの社会に対するスタンスが根本的な転回を経たとは認識してはおらず、「多くの人が生きづらい今のこの国(日本)は嫌だ」という違和感はかつて右翼活動をしていたころと変わっていない、或いは、「生存を求める」ことに右や左は関係ない、と語っている。現在はロリータ・ファッションを好んで着用しており、「ゴスロリ作家」と名乗っている[10]。
プレカリアート問題の論客
現在『論座』・『週刊金曜日』・『しんぶん赤旗』・『思想運動』といった革新系、左派・左翼系メディアへ寄稿し、左派系論者として活動をしている。社会民主党の機関紙である『社会新報』にもコラムを掲載した。
近年は新自由主義の拡大の結果増加したプレカリアートの問題をテーマにした取材、執筆活動に力を入れており、フリーターらによるデモや集会にも参加している。そうした中から生まれた作品として、『生きさせろ! 難民化する若者たち』がある。このような活動から、朝日新聞は雨宮を「プレカリアートのマリア」と呼んだ[11]。
2007年7月18日放送の『筑紫哲也 NEWS23』「私の多事争論」で「生きさせろ!」という題名のポエムを発表。肺癌で入院中だった筑紫哲也の代役を務めている。2007年12月21日号より、椎名誠の退任に伴い、『週刊金曜日』編集委員を務めている。2008年4月からは、『ビッグイシュー』日本版の支援組織「NPO法人ビッグイシュー基金」の相談役も務めている。
政治活動
麻生内閣の倒閣運動
麻生太郎(時の内閣総理大臣)を非難し、反貧困ネットワークの湯浅誠らと麻生の私邸前で無許可の集団示威行動を計画する[12]が、参加者の3名が道路交通法違反で逮捕されて、計画は頓挫した(麻生邸見学ツアー逮捕事件)(この活動は2回目も計画されていたが「警察からの弾圧」を理由に中断された[13])。
しかし、亀井静香国民新党代表と鈴木宗男新党大地代表を世話人として、参加者の逮捕を不当とする院内集会を開催し[14]、逮捕者の解放を警察に迫った。その後も、「麻生を倒せ!ないかくだとうデモ(2009年3月8日開催)」ではリポーター役を務める[15]など、麻生内閣の倒閣運動に奔走した。
宇都宮健児を支援
2012年東京都知事選挙、2014年東京都知事選挙では脱原発、反貧困その他の政策から宇都宮健児を支援。2014年東京都知事選挙では脱原発を訴えた宇都宮及び細川護煕の落選を受けて、池田香代子・香山リカとともに「トーキョー・ノーサイド!実行委員会」を立ち上げた[16]。
安倍内閣の倒閣運動
しんぶん赤旗で、2015年1月17日に国会ヒューマンチェーン「女の平和」と題し、国会を赤い服を着た人間の鎖で囲むとして、吉良佳子、横湯園子(元中央大教授)、藤原真由美(日弁連憲法問題対策本部副本部長)、坂本洋子(mネット・民法改正情報ネットワーク理事長)、辛淑玉(のりこえねっと共同代表)らとともに、安倍晋三首相に「レッドカード」を突きつけるデモに参加することが報じられている[17]。
山本太郎を支援
2016年6月、参院選に出馬した三宅洋平への応援メッセージの中で、間接的に山本太郎の支援を表明している。
国会に、あと10人の山本太郎がいれば日本は変わる。
「太郎くんを一人にできない」と立ち上がった三宅洋平氏を、
みんなの力でその一人目に!!—雨宮処凛 / 作家・活動家、『著名人からの三宅洋平応援メッセージ』[18]
2019年参院選に際し、山本太郎の記事の中で、政治の素人だった頃から本人を支え、「国会議員・山本太郎の製造責任者の一人」であると語っている[19]。
その他
著作
ノンフィクション
- 『生き地獄天国』(太田出版、2000年)のちちくま文庫
- 『自殺のコスト』(太田出版、2002年)
- 『アトピーの女王』(太田出版、2002年)
- 『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎、2003年)のち文庫
- 『EXIT』(新潮社、2003年)
- 『戦場へ行こう!! 雨宮処凛流・地球の歩き方』(2004年)
- 『すごい生き方』(サンクチュアリ・パブリッシング、2006年)
- 『右翼と左翼はどうちがう? (14歳の世渡り術)』(河出書房新社、2007年)
- 『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』(編著)(祥伝社新書、2007年)
- 『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版、2007年)
- 『プレカリアート - デジタル日雇い世代の不安な生き方』(洋泉社(新書y)、2007年)
- 『全身当事者主義 死んでたまるか戦略会議』(対談集)(春秋社、2008年)
- 『雨宮処凛の闘争ダイアリー』(集英社、2008年)
- 『怒りのソウル 日本以上の「格差社会」を生きる韓国』(金曜日、2008年)
- 『プレカリアートの憂鬱』(講談社、2009年)
- 『「生きる」ために反撃するぞ! 労働&生存で困った時のバイブル』(筑摩書房、2009年)
- 『排除の空気に唾を吐け』(講談社現代新書、2009年)
- 『なにもない旅なにもしない旅』(知恵の森文庫、2010年)
- 『生きのびろ! 生きづらい世界を変える8人のやり方』(太田出版、2010年)
- 『14歳からわかる生命倫理』(河出書房新社、2014年)
小説
共著
- 『「酒鬼薔薇聖斗」への手紙 生きていく人として』有田芳生、森達也共著(宝島社、2003年)
- 『ワーキングプアの反撃』福島みずほ共著(七つ森書館、2007年)
- 『貧困と愛国』佐高信共著(毎日新聞社、2008年)
- 『信号機の壊れた「格差社会」』佐高信森岡孝二共著(岩波ブックレット、2008年)
- 『「生きづらさ」について 貧困、アイデンティティ、ナショナリズム』萱野稔人共著(光文社新書、2008年)
- 『生きさせる思想 記憶の解析、生存の肯定』小森陽一共著(新日本出版社、2008年)
- 『対論 生き抜くこと』香山リカ共著(七つ森書館、2008年)
- 『脱貧困の経済学 - 日本はまだ変えられる』飯田泰之共著(自由国民社、2009年) ISBN 4426104610
- 『国家の貧困―格差社会を今こそ粉砕せよ!』森田実共著(日本文芸社、2009年)
出演・寄稿など
映画
テレビ
- ムーブ!(2008年6月12日、ABCテレビ)
- たかじんのそこまで言って委員会(2008年8月24日、読売テレビ)
- 水曜ノンフィクション(2008年10月22日、TBSテレビ)
- 朝まで生テレビ!(2009年1月1日、テレビ朝日)
- 憲法記念日特集「いま問われる25条“最低限度の生活”」(2009年5月3日、NHK総合テレビジョン)
- サンデープロジェクト(2009年6月28日、テレビ朝日)
- 日めくりタイムトラベル 昭和50年!(2009年7月11日、NHK衛星第2テレビジョン)
雑誌
新聞
ウェブサイト
- マガジン9条
単行本(対談等)
- 『貧乏人の逆襲!――タダで生きる方法』松本哉著、巻末対談(筑摩書房、2008年)
- 『絶望男――46歳、ニート、障がい者の人生』白井勝美著、巻末対談(サンクチュアリ・パブリッシング、2008年)
- 『天国だった、けど――6畳王子マモルの1825日』加藤健著、巻末対談(三才ブックス、2008年)
- 『勝間和代の日本を変えよう』勝間和代著、巻中対談(毎日新聞社、2008年)
関連項目
脚注
- ^ Amazon.co.jp 「新しい神様(DVD)」商品の説明
- ^ 「すごい生き方」公式サイト プロフィール
- ^ a b 『論座』2007年4月号35、39頁
- ^ 『アトピーの女王』p.8
- ^ “1.(自分の中だけで)第2次ヴィジュアルブーム到来!!”. Rooftop (2010年1月1日). 2015年5月29日閲覧。
- ^ 『図書』2010年2月号40頁以下
- ^ 『図書』2010年2月号35、40頁以下
- ^ 『図書』2010年2月号40頁以下
- ^ 維新赤誠塾 伊藤秀人のホームページ
- ^ 『大日本テロル』時代によく着ていたパンク・ファッションを全く着なくなったわけではなく、2009年3月26日の毎日新聞東京夕刊頁2では、パンク・ファッションを着てインタビューに応じている。また青弓社・松浦桃著の『セカイと私とロリータファッション』(頁213)では「ロリータファッションやゴシック・ロリータを着ている」との記述がある。
- ^ 朝日新聞『ポリティカにっぽん』2007年6月18日付
- ^ もうこうなったら麻生の家に行くしかない!!の巻(マガジン9条 雨宮処凛がゆく!)
- ^ 麻生邸見学ツアーに大弾圧体制敷かれる レイバーネット
- ^ 13日、院内集会! だんだん更にオオゴトになってきた!!(すごい生き方)
- ^ 8日の「ないかくだとうデモ」をライブ中継(レイバーネット)
- ^ トーキョー・ノーサイド!宣言
- ^ “来月17日「女の平和」行動 会見し発表 赤くキメて国会へ”. しんぶん赤旗. (2014年12月26日) 2017年3月15日閲覧。
- ^ VOICES 三宅洋平オフィシャルサイト
- ^ 中原一歩 (2016年6月19日). “立憲・枝野議員とダブる山本太郎議員 その特徴から見る共通点と違い”. AERA 2019年6月24日号(AERA dot.). 2016年6月19日閲覧。
- ^ “反日大統領”文在寅 意外に日本好きな素顔と家族FRIDAY DIGTAL 2019/8/3(土) 8:04配信
外部リンク
- 雨宮処凛 公式ホームページ
- 雨宮日記
- 雨宮処凛 (@karin_amamiya) - Twitter
- マガジン9条 雨宮処凛がゆく!
- 魂の仕事人 雨宮処凛 キャリア&転職研究室 連載インタビュー
- 社会新報コラム 雨宮処凛のかりんと直言
- しんぶん赤旗創刊80周年対談
- 対談 赤木智弘×雨宮処凛
- 著名人メッセージ・雨宮処凛さん