秋葉原通り魔事件
本記事事件の加害者・加藤智大死刑囚は実名で著書を出版しておりWP:DP#B-2の「削除されず、伝統的に認められている例」に該当するため、実名を掲載しています。 |
| 秋葉原通り魔事件 | |
|---|---|
|
外神田交差点で現場検証をする捜査員 | |
| 場所 |
(秋葉原) |
| 座標 | 北緯35度41分59秒 東経139度46分17秒 / 北緯35.69972度 東経139.77139度座標: 北緯35度41分59秒 東経139度46分17秒 / 北緯35.69972度 東経139.77139度 |
| 日付 |
2008年6月8日(日曜日) 12時30分 (日本標準時) |
| 標的 | 民間人 |
| 攻撃手段 |
2tトラックで轢く ダガーで刺す(切りつける) |
| 武器 |
いすゞ・エルフパネルバン (ニッポンレンタカー所有) ダガーナイフ |
| 死亡者 | 7人 |
| 負傷者 | 10人 |
| 犯人 | 加藤 智大(かとう ともひろ、1982年9月28日生まれ[1]、犯行当時25歳) |
| 動機 |
電子掲示板荒らしに対する抗議の表明 [2][3][4][5] |
| 対処 |
警視庁(本部捜査一課・万世橋警察署)が逮捕・東京地方検察庁が起訴 刑事訴訟の結果、2015年に死刑判決が確定(未執行) |
秋葉原通り魔事件(あきはばら とおりまじけん、英語: Akihabara massacre)とは、2008年(平成20年)6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔殺傷事件。7人が死亡、10人が負傷(重軽傷)した。マスメディアや本件に言及した書籍においては秋葉原無差別殺傷事件と呼ばれることが多い[6]。
概要[編集]
事件概要[編集]
2008年6月8日12時30分過ぎ、東京都千代田区外神田四丁目の神田明神通りと中央通りが交わる交差点で、元自動車工場派遣社員の加藤 智大(かとう ともひろ、1982年9月28日[1] - 、犯行当時25歳)の運転する2トントラック(いすゞ・エルフ)が西側の神田明神下交差点方面から東に向かい、中央通りとの交差点に設置されていた赤信号を無視して突入、青信号を横断中の歩行者5人をはねとばした。
このトラックは交差点を過ぎて対向車線で信号待ちをしていたタクシーと接触して停車。周囲にいた人々は最初は交通事故だと思っていたが、トラックを運転していた加藤は車を降りた後、道路に倒れこむ被害者の救護にかけつけた通行人・警察官ら17人を、所持していたダガーで立て続けに殺傷した[注 1]。
さらに、加藤は奇声を上げながら周囲の通行人を次々に刺して逃走。事件発生後まもなくして近くの警視庁万世橋警察署秋葉原交番から駆けつけた警察官が加藤を追跡し距離を詰めたところ、防護服を斬り付けられるなど命の危険に晒されるも、警棒で加藤の側頭部を殴りつけるなどして応戦し、最後には拳銃の銃口を加藤に対して向け、武器を捨てるよう警告し、応じなければ拳銃を発砲することを通告した。それに応じダガーを捨てた加藤を非番でたまたま居合わせた蔵前警察署の警察官とともに取り押さえ、旧サトームセン本店(現・クラブセガ秋葉原新館)脇の路地で現行犯逮捕した[8][9]。これらはおよそ5 - 10分ほどの間の出来事だった。
警視庁捜査一課・万世橋署は6月10日、加藤を東京地方検察庁に送検、同地検は7月7日、加藤の精神鑑定のため、東京地方裁判所に鑑定留置を請求し認められた[注 2]。留置期限の10月6日までに、「刑事責任能力がある」という結論が出されている[10]。
救急活動[編集]
これらの犯行に対する救命活動はおおむね迅速に遂行された。犯行現場にいた一般の通行人は加藤がまだ拘束されていない段階から積極的に被害者たちに対する一次救命処置を開始し[11]、また、携帯電話などを活用しての迅速な通報がなされた。
東京消防庁は12時36分に最初の119番通報を受信、通常の交通事故による救急事案として、救急隊1隊と救急隊支援のための消防隊1隊を出場させたが、さらに通報が相次いだことから、指揮隊1隊と救急隊4隊を応援隊として出場させた。12時43分には最初の救急隊(浅草消防署浅草橋出張所)が現場に到着した。現場到着部隊は、通常の態勢で対処できる状況ではないと判断し、現場到着とほぼ同時に、災害派遣医療チーム (DMAT) の出場を要請、東京消防庁は東京DMATに対して出動要請を行った。12時47分には消防の現場指揮本部から応援要請を受け、多数の傷病者に対応するための「救急特別第1出場」を発令、救急隊10隊や、東京DMATの支援のための消防隊(東京DMAT連携隊)等を追加出場させた。12時49分には、先に出場を指令された救急隊5隊が現場での活動を開始している。
東京消防庁がDMATチームに出動を要請してから12分後の12時55分、現場から最も近かった日本医科大学付属病院高度救命救急センターのDMATチームが現場到着した。日本医大DMATチーム指揮官は、犯行規模の大きさからDMATチームをさらに2チーム追加投入するよう要請し、13時8分に東京医科大学病院のDMATチームが到着、これにより、殺人事件としては初のDMATチーム複数投入が実施されることとなった。最終的には、日本医大、東京医大に加え、白鬚橋病院と都立広尾病院の4チームが現場に展開している。13時過ぎにはDMATチームの現地指揮所が設置され、最初に現場に展開した日本医大チームが全体の指揮を執ることで指揮系統が確立された[12]。
これらのDMATチームが主導することで、救急活動はおおむね円滑に遂行されたと評価されている。しかし、一方で、DMATチームの出動に頼ったために、初動のトリアージに遅れが出た可能性も指摘されている[13]。
被害者[編集]
17名がトラックではねられたり刺されたりするなどの被害を受け、その内、7名が死亡した[14]。通り魔事件としては過去30年で最悪の事件とみられている[15]。被害者数は平成時代に起きた無差別殺傷事件としては7年前の同じ日に発生した附属池田小事件に次ぐ惨劇になった。
| 被害者 | 負傷詳細 | 搬送先 |
|---|---|---|
| 無職男性 | 左背中刺創・死亡 | 東京慈恵会医科大学附属病院 |
| 男子学生 | 腹部打撲・死亡 | 国立国際医療センター |
| 男子学生 | 全身打撲・死亡 | 三井記念病院 |
| 男子学生 | 腰の痛み・軽傷 | 白鬚橋病院 |
| 男子学生 | 擦過傷・軽傷 | 三井記念病院 |
[要出典]
| 被害者 | 負傷詳細 | 搬送先 |
|---|---|---|
| 女子学生 | 失血・死亡 | 東京医科歯科大学医学部附属病院 |
| 無職男性 | 背部刺創・死亡 | 東京女子医科大学病院 |
| 調理人男性 | 背部刺創・死亡 | 駿河台日本大学病院 |
| 男性会社員 | 胸部貫通刺創・死亡 | 東京都立墨東病院 |
| 男性タクシー運転手 | 右胸刺創・重体 | 日本医科大学付属病院 |
| 男性会社員 | 背部刺創・重傷 | 聖路加国際病院 |
| 男性会社員 | 腰・重傷 | 東京医科歯科大学医学部附属病院 |
| 女性会社員 | 肺・重傷 | 東京医科歯科大学医学部附属病院 |
| 男性派遣社員 | 背部刺創・重傷 | 日本医科大学付属病院 |
| 女性大学職員 | 腹部刺創・重傷 | 聖路加国際病院 |
| 男性警察官 | 脇腹刺創・軽傷 | 東京大学医学部附属病院 |
| 男性フォークリフト技師 | 右前腕切創・軽傷 | 東京厚生年金病院 |
[要出典]
加害者・加藤智大[編集]
| 加藤 智大 | |
|---|---|
| 生誕 |
1982年9月28日(36歳) 青森県五所川原市 |
| 職業 |
運転士 派遣社員 |
| 刑罰 | 死刑 |
| 有罪判決 | 死刑判決 |
| 殺人 | |
| 被害者数 | 7人 |
殺害期間 | 2008年6月8日– |
| 国 |
|
逮捕日 | 2008年6月8日 |
加藤の経歴[編集]
- 1982年9月28日[1] - 青森県五所川原市で出生。
- 1998年4月 - 青森県立青森高等学校入学(母が卒業した学校であり母が進学を望んでいた)[16]。
- 2001年
- 2月 - 青森県立青森高等学校卒業(学業に意欲を持てず成績は低迷し、母が望んでいた北海道大学への進学を断念)[17]。
- 4月 - 中日本自動車短期大学自動車工学科入学[18]。
- 2003年
- 2004年
- 2005年
- 2006年
- 4月 - 職場の人間関係の不満に対する抗議の表明として無断欠勤し派遣会社を退職[27]。
- 5月 - 一般労働者派遣事業(登録型派遣)会社と契約し、茨城県つくば市の住宅部品メーカーの工場に派遣。住居は派遣会社が提供する独身寮。同じ職場で働いている人の中で仕事以外で交友する友人はできなかった。ネット上の掲示板への投稿に深入りするようになった[28]。
- 8月 - 職場の人間関係の不満に対する抗議の表明として無断欠勤し派遣会社を退職。青森や仙台時代の友人宛に、自殺するつもりであると携帯電話のメールで送信し、青森の母宛に電話した。メールを受信した友人たちは考え直すよう説得するメールを返信した。3年ぶりに両親宅に帰宅し母と面会した。母は子供時代の教育姿勢を謝罪した[29]。
- 9月 - 母は次に仕事が決まるまでしばらく自宅で休養するように勧めた。父はこのまま自宅にいていいと勧めた[30]。
- 秋 - 高校時代の友人たちとたびたび飲食し歓談した。母から資金提供を受けて大型自動車運転免許を取得[30]。
- 2007年
- 1月 - 青森の運送会社に大型輸送車の運転士として就職[31]。
- 3月 - 雇用形態が正社員に変更。同じ職場で働いている人の中で仕事以外で交友する友人がいた。高校時代の友人たちとの交友関係も継続していた[32]。
- 7月 - 自宅を出て青森市内にアパートを借りて一人暮らしを始めた[33]。
- 9月 - ネットの掲示板の投稿者と面会する旅行2週間のための休暇を会社に対して申請するが、会社から却下されたことに対する抗議の表明として無断欠勤し運送会社を退職。借金の返済をしないまま青森を去る[34]。
- 9月〜10月 - 掲示板の投稿者と面会するための旅行と面会を繰り返す[35]。
- 10月 - 掲示板の投稿者宛に、自殺するつもりであるとメールを送信し、メールを受信した人たちは考え直すように説得した。駐車場に無断駐車した自動車内で寝泊まりしていて、警察官に職務質問され、自殺するつもりと供述し、警察官は考え直すように説得した[36]。
- 11月 - 一般労働者派遣事業(登録型派遣)会社である日研総業と契約し、関東自動車工業の静岡県裾野市に所在する工場に派遣。住居は派遣会社が提供する独身寮。日勤と夜勤の交代制で、月収は残業や休日出勤が多い月は手取りで20万円(寮費を引いた金額)、残業や休日出勤が無い月は手取りで14万円。同じ職場で働いている人の中で仕事以外で交友する友人がいた。ネットの掲示板への投稿に深入りするようになった[37]。
- 2008年
- 犯行に使用されたトラックは犯行日前日に静岡県沼津市でレンタカーとして借りた車であった。当人はより大きな車両を借りたいと考えていたが、借りるにはクレジットカードが必要であり、当人は所持していなかったため犯行に使われたトラックになった。犯行に使用されたダガーなどのナイフ類6本は犯行日2日前に福井県福井市のミリタリー輸入雑貨店で購入したものであった[注 3]。トラックで人をはね飛ばすのは2005年(平成17年)4月に発生した仙台アーケード街トラック暴走事件(加藤は仙台市の事件現場の近くに住んでいたことがある)を参考にし、ナイフで人を襲うのは2008年(平成20年)3月に発生した土浦連続殺傷事件を参考にしたと供述している。
加藤は拘置所においては弁護士以外との面会を拒否し、手紙の受け取りを拒否し[41]、マスコミの取材を拒否して自著以外ではコメントを発してこなかった。
神戸親和女子大学教授の片田珠美は、加藤の屈折した人格形成について母親の影響があったと意見している[42]。
加藤は非喫煙者である。
事件のきっかけの一つである掲示板[編集]
さらに、加藤は心のよりどころとしていた携帯サイトの電子掲示板で千回を超える書き込みをおこなっていた。そこでは「不細工スレの主」という独自キャラを確立していたが、成りすましによる偽物が現れたために次第に孤立感を深めていった。加藤は、掲示板との関係について「依存と一言で片づけてるものではなく、全ての空白を掲示板で埋めてしまうような使い方をしていた」という。加藤は「掲示板の成りすましによる偽物に間接的に攻撃するために大事件を起こす」ことを決意し、「近年大きく報道されていた大事件として記憶していたのが無差別殺傷事件」として、次第に殺人を予告する書き込みを行うようになっていった。加藤は「大事件は大都市、大都市は東京、東京でよく知っているのは秋葉原」として襲撃場所は秋葉原に決まり、「日曜日なのは秋葉原の歩行者天国が思い浮かんだから」として日曜日に秋葉原の歩行者天国に襲撃することが決まっていく。
6月8日5時21分、「秋葉原で人を殺します」とのタイトルで、「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら」との犯行予告を行った[43][44][45]。その後、沼津市から犯行現場まで移動する間に約30回のメッセージを書き込んでいた[46]。同日12時10分に犯行現場で最後の投稿をし、その20分後の12時30分に事件が発生した。
否定された犯罪要因[編集]
- 労働環境
加藤が派遣労働社員であったことから、若者の雇用環境が厳しくなっていることで将来に希望を失い、事件の動機になったとする見方も出た。また、この事件をもって若者の雇用環境悪化を問題視する意見が報道機関から多数出て、読者からの投稿でもそれに追随する意見が出された。だが、刑事裁判において、加藤は本件犯行の動機も原因も雇用形態が派遣であることとは無関係であると供述し、弁護人も検察官も裁判官も、その供述が事実であると認定した[2][3][4][5]。加藤は短期大学卒業後の最初の就職から事件を起こす直前まで働いていた最後の就職先まで、全ての就職の雇用形態が登録型派遣労働社員だったわけではなく、青森県の運送会社では正社員として、宮城県の警備会社で準社員として、直接雇用されている(後に自己都合退職)。加藤は、短期間で転職を繰り返した理由は、上記のように職場や人間関係に対して不満があると、雇用主や同じ職場で働いている人と話し合いをせずに、不満への抗議の表明手段として、無断欠勤してそのまま職場放棄して退職するという、極端な考え方とその現象としての言動が原因であると、裁判で供述している。
また加藤による自著『解+』においても否定している[47]。
- 作業服の紛失
加藤は一貫して否定しており[48]、加えて取り調べ段階において、供述の文言を書き換えて勝手に動機とした捜査機関による捏造行為があったことを述べている[49]。
- 負け組
加藤が掲示板に「負け組は生まれながらにして負け組なのです まずそれに気付きましょう そして受け入れましょう」などと書き込んでいたこともあり[50]、事件後加藤を負け組の英雄とし、「神」「教祖」「救世主」とまでみなす共感現象が起きた[51]。これに対し、加藤は「本気で自分を「負け組」だと考える人のことは全く理解できません。また、自分の努力不足を棚に上げて「勝ち組」を逆恨みするその腐った根性は不快です。」[52]と切って捨てている。
- 社会的孤立
社会学者の宮台真司は社会の側の包摂が足りないのが原因として「絆のある人間関係の中で生きられること」が必要などと主張したが[53]、加藤は地元の青森や仙台を中心に趣味の合う仲の良い友人が幾人もおり[54]、どの職場でも友人付き合いをし、心を開いて話をする店主がいる行きつけの酒場などもあった。また掲示板を介しても自らオフ会を提案し、全国を旅行して相手先に宿泊し心を通わせるなど、積極的人間関係の構築により友人が多数いた[55]。事件当日も作業着事件で辞めた元職場の友人へ遊ぼうと呼びかけている。
また、「若者が希望を持てる社会、などと言われたりしているようですが、意味不明です。何故そうやって社会のせいにするのか、全く理解できません。あくまでも、私の状況です。社会の環境ではありません。勝手に置き換えないでください。」[56]と述べている。
北海道大学准教授の中島岳志は「コミュニケーションが下手で、友達がいない若者はたくさんいる。加藤はうまくやっている方で、もしかしたら、私が教えている学生の方が友達がいないかもしれない。なのに、加藤は孤独だった。問題は友達がいないことではなくて、友達がいるにもかかわらず孤独だったこと」と主張している[57]。
- オタク
『夕刊フジ』により氏名不詳の同僚の証言として「加害者は「2D(アニメなど2次元世界)しか興味ない」と公言し、秋葉原のメイド喫茶を案内した」といった、加藤がオタクであることが犯罪の要因となったことを匂わせる報道が行われ、また掲示板の書き込みに基づき「事件数日前にネット掲示板で殺人ゲームであるひぐらしのなく頃にとGTAに言及した」という報道も行われた[58]。しかし、加藤の実弟は、加藤家ではビデオゲームは週に一度土曜にわずか1時間許されるのみで、中学の卒業文集に出ていた「テイルズ オブ デスティニー」は3番目に買ったもの、漫画や雑誌なども読んだことがなかったと証言しており[59]、ひぐらし・GTAもなりすましへの警告として持ちだしただけで未購入[60]、加藤自身も「オタクも理由ではない」と否定している。
そもそも加藤は友人関係を維持するために相手に合わせて特定の人格を演じており[61]、「オタクで生身の女性に興味がないキャラ」は友人関係の中でそれを維持し笑いを取るためのネタであった[62]。加藤にとってゲームは他者と交流するための媒介で、それ自体が目的でなく[63]、むしろゲームは万人にとって犯行を抑止する理由となるとしている[64]。
加えて同じ加藤の友人への取り調べで、加藤が夢中になっていたとされる同一のゲームのことを警察の調書では「暴力的なゲーム」としながら、検察の調書では「女の子がたくさん登場する、萌えゲーム」とするなど、捜査機関がゲーム原因説に沿うように、矛盾する調書を作ったことなどその出鱈目ぶりを批判している[65]。
- 容姿についての自己評価および異性との交際経験
加藤は掲示板において女性関係や容姿に対する劣等感に基づくとみられる書き込みを繰り返していたが、『解+』において「容姿のコンプレックスなども事件の理由とは関係ない。生え際の後退も自分にとってはネタ」と否定している[66]。また、中学時代に2人の同級生と交際を経験している。
- 学歴
加藤は親への恨みから大学に進まなかったことを、不利益であったので後で考えれば損だったとは述べている[67]ものの、「事件とは無関係です」ときっぱり否定し、むしろその様な動機を盛る者達の学歴に対する劣等感を指摘している[68]。
「盛られた動機」に対して[編集]
加藤は繰り返し捜査機関側が都合のいい供述調書を作ろうと様々な動機をでっち上げ、それを前提とした供述をさせようとした事を挙げ、そのような「盛られた動機」を調べもせずに垂れ流す 「広報」と化した大手報道媒体を捜査機関とともに批判している。また「専門家の話もほとんど嘘」と指弾し、そこから出てくる対策に効果などないと結論づけている[69]。
過去の自暴自棄[編集]
加藤は精神的に不安定になり、短大時代には対立していた学生がいる寮へエアガンで襲撃する計画を立てたり、仙台の警備会社では事務所を火をつけるかトラックを突っ込むかして襲撃する計画を立てたり、地元の青森で車で対向車線側のトラックに突っ込んで自殺するという計画を立てたりしていた。しかし、襲撃計画は短大卒業寸前に退寮したり、警備会社を無断欠勤することで実行する気は収まった。2006年8月末と2007年には自殺計画を練り、友人や家族に自殺予告のメールをした後で実行に着手しようとしたが、最終的には実行しなかった。
事件後の対応[編集]
歩行者天国の中止[編集]
通り魔事件は、事件当時秋葉原で実施されていた歩行者天国にも悪影響を与えた。事件発生を受けて、千代田区と万世橋警察署、地元町会で歩行者天国の在り方を検討することとなり、毎週日曜日および祝日の12時から17時まで、中央通りで実施していた、歩行者天国の当面の中止を、東京都公安委員会が決定した[注 4]。
その後、自治体や地元町会・商店街の検討会により、住民によるパトロールの実施・監視カメラの設置、安全に関する協定の制定など防犯体制の案がまとまり、2010年(平成22年)の夏休みを目処に再開することを予定していた[70]。しかし警察庁から、地元からも警備要員を出すように要望があり、その体制がまとまらなかったことから、歩行者天国の再開時期が報じられては延期という状態がしばらく続いていた[71]。最終的には、路上パフォーマンスを警戒する警備要員を一定数、常時巡回させる計画でまとまり、地元住民の同意もほぼ得られたとして、2011年(平成23年)1月からの歩行者天国再開を、2010年(平成22年)12月中に東京都公安委員会に諮ることとなった[72]。
歩行者天国の再開[編集]
その結果、毎週日曜日のみ、実施時間を13時から17時(4月以降は18時)まで[73]とし、実施区間も従来より200メートル短縮したうえで、2011年(平成23年)1月23日より歩行者天国が再開されている[74]。また、歩行者天国実施中は事件再発防止の観点から、事件が発生した交差点への車両の進入が禁止となった。再開は試験的なもので、期間は2011年(平成23年)6月26日までを予定していたが、2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)による、余震や計画停電が懸念されたため一時中止[75]された。その後、計画停電の影響が薄れたことや地元商店から再開の要望が多かったため4月17日より歩行者天国が再開された[76]。
公的機関[編集]
警察のパトロール強化[編集]
福田康夫内閣総理大臣(当時)は、泉信也国家公安委員会委員長に対し、事件の再発防止策の検討を指示した。
事件後、秋葉原周辺には模倣犯防止のため、警視庁・万世橋警察署の制服警察官や私服警察官、刑事・警視庁公安部の職員が多数配置されており、パトカーによる巡回、不審者に対しては職務質問を随時実施している。
犯罪予告への対応強化[編集]
事件後複数の電子掲示板において、殺人などの犯罪予告が相次ぎ、7月7日までに33人を検挙した。事件前は月に2,3件だったが、事件後1ヶ月で100件以上になっている。このほとんどが10代と20代で、供述内容などからそのほとんどが悪戯とされているが、実行の意思とは関係なく、このような行為は脅迫罪や威力業務妨害に該当する。小学生や中学生が行ったものもある[77]。また、通り魔事件や犯人に対して言及したものも一定数みうけられる。警察庁は6月24日に、全国の警察本部に電子掲示板への犯罪予告の書き込みを厳正に取り締まり、検挙例を積極的に広報することなどの通達を出した[78]。
この事件に伴い、矢野さとるが運営する、犯罪予告情報共有ウェブサイト『予告.in』が作成された。
銃刀法の改正[編集]
この事件の影響を受け、町村信孝内閣官房長官は刃物の所持規制強化を検討すると述べた。その後、2009年(平成21年)1月5日に銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)が改正された。内容は、「刃渡り5.5cmの剣が原則所持禁止」が主となっている。これによりカキの殻むきナイフの一部なども違法にあたると発表され、各業界で混乱を招いている[79]。
カウンセラーの派遣[編集]
千代田区は、要望があれば区内の全小中学校に子供達の精神ケアを行うカウンセラーを派遣することを決めた[80]。
民間[編集]
- Yahoo!ショッピングやAmazon.co.jp、楽天市場においてダガーの販売を全面中止。インターネットオークションへの出品も全面禁止となった[81][82]。
- TBSは6月9日に月曜ゴールデンで放送予定であったテレビドラマ『森村誠一サスペンスシリーズ(7) 〜時〜』にひき逃げや人が刺されるシーンがあり、事件を連想させるとして放送を自粛すると発表し、急遽、映画『NANA』を代替放送した[83][84]。なお、『〜時〜』は2008年9月15日に放送された。
- ゲームソフト『メタルギアソリッド4』の発売記念イベントが、秋葉原を含む都内3ヶ所で6月12日に行われる予定であったが、この事件(公式発表では「諸般の事情」)により中止となった[85][86]。
- ドン・キホーテ秋葉原店も事件を受けて営業を中止した。しかし同店舗ビルの8階において、AKB48の公演は予定通り行われた[注 5]。
- 東映制作の特撮テレビドラマ『炎神戦隊ゴーオンジャー』では番組中に登場する武器「ロケットダガー」の呼称を当分自粛[注 6]、メインスポンサーであるバンダイは、同武器の玩具の発売直前に商品名を「スイッチ噴射剣ロケットダガー」から「スイッチ噴射剣ロケットブースター」に急遽変更[87]し、パッケージと説明書の作り直しのため発売が延期された。『ダガー』の名称が本事件に用いられた凶器を連想させるための配慮である[注 7]。呼称の自粛は同年度の冬ごろには解除されている(劇中の武器名は変更なし。ただし、3年後の『海賊戦隊ゴーカイジャー』で登場した際には変更されている。)。
監視カメラの設置[編集]
2010年(平成22年)1月、千代田区外神田三丁目の一部地域で、防犯目的での監視カメラが公園や電柱上に16台設置・運用開始された。運用管理は末廣町会が行っている。同年4月には外神田一丁目などに監視カメラ34台が電柱などに設置された。これにより一部地区を除き秋葉原全域にて監視カメラが設置・運用されている。
レンタカー事業者の対応[編集]
窃盗事件や殺人、拉致監禁事件や通り魔事件それらの下見など、犯罪の手段として使用されやすいレンタカーの貸出要件の厳格化(大型の四輪自動車を借りる際には、クレジットカードによる決済を必須事項に加える)を行う動きが見られた。仙台アーケード街トラック暴走事件と本事件では、同じレンタカー会社の車両が使われた。このレンタカー会社は後日、追悼の意を表明する旨を公式サイトのトップページに掲載した。
なお、トラックにはねられて死傷した5名については、自動車損害賠償責任保険が適用され、自賠責による賠償範囲を超過した部分については「運転者が故意に発生させた事故」であるものの、運行供用者責任を負う立場であるレンタカー会社の故意ではないため、任意保険部分についても補償の対象とされた。また、仙台アーケード街トラック暴走事件で遺族がレンタカー会社を相手取って起こした裁判でも、レンタカー会社に運行供用者責任を問う判決が下っている。
事件の反響[編集]
報道[編集]
日曜日の昼食時間帯に一般市民を巻き込んで発生した重大事件であったため、主要マスメディアが大きく報道した[88][89][90][91]。また、国外のメディアも速報で伝えた[92][93][94][95][96][97]。事件の最初の速報では死者2人だったのが度々速報が入るにつれて死者の数が増えていき、最終的に死者7人になる殺人事件となった。
インターネット上における反応[編集]
週刊新潮によると、インターネット上の一部で、加藤を英雄視する見方が発生した。この見方においては、加藤に対して「犯人は神」「格差社会の英雄」「勝ち組に対して事件を起こすことで一矢報いた」「犯人は我々のスケープゴートとなった聖人」などと語られた[98]。しかし、公判で加藤本人の供述が進み、当初報じられたものと異なる動機が明らかになるにつれ、そうした好意的・同情的な見方も薄れていった[2][3][99]。
献花台の設置[編集]
事件を受け、事件現場の交差点傍のソフマップ秋葉原本館側の歩道に、仮設テント付の献花台が設営された。
犯人の世代[編集]
この事件の犯人は、1997年(平成9年)の神戸連続児童殺傷事件の犯人(酒鬼薔薇聖斗・逮捕時14歳)や2000年(平成12年)の西鉄バスジャック事件(ネオむぎ茶・逮捕時17歳)を始めとする一連の少年犯罪でキレる17歳と呼ばれた世代(同学年・1982年4月2日 - 1983年4月1日生まれ)と同じ年齢だったことから、「理由なき犯罪世代」として世代論について語られた[100]。また、西鉄バスジャック事件とはインターネットでの犯行予告という共通点もある。ただし、この世代の犯罪率が特段高いというデータは未だ存在せず、世代と事件の関連性は不明である。
この事件が引き金になった類似事件[編集]
- マツダ本社工場連続殺傷事件 - 2010年(平成22年)6月22日、広島市南区のマツダ本社宇品工場にて犯人が12人の従業員を次々とはね、1人が死亡、11人に重軽傷を負わせる事件が発生。犯人は「マツダに恨みがあった。秋葉原のような事件をおこしてやろうと思い、工場内で車を止めて振り回すつもりで包丁も持っていった」と供述したと判明[101][102]。
- 宇都宮市連続爆発事件 - 2016年10月に72歳の元自衛官が家庭内不和を悲観して起こした一般市民を巻き込む連続爆破事件。容疑者はネット上に「秋葉原無差別殺傷事件のような事件を起こしたい」との趣旨の書き込みを行っていた[103]。
この事件を題材とした作品[編集]
- 2012年(平成24年)3月に廣木隆一監督・脚本、蓮佛美沙子主演の映画「RIVER」が公開された(2011年(平成23年)11月の東京フィルメックスで特別招待作品として上映)。この事件で電機オタクだった恋人を失った女性が人との関わりを通じて立ち直っていく姿を描いた作品で、廣木は「衝撃的な事件だったのに、時間の経過とともに話す人が少なくなってきた。映画にすることで永遠に残したかった」と企画意図を述べている[104]。
- 2013年3月15日に大森立嗣監督・脚本、水澤紳吾主演の映画『ぼっちゃん』が公開された。事件の犯人をモデルに派遣労働者が社会の中で追い詰められていくさまが描かれる。
- 2019年春に松本優作監督・脚本、篠崎こころ主演の映画『Noise』が公開予定(2017年に完成し、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭などの映画祭で上映)[105]。事件から8年後が舞台となっている[106]。
テレビ番組[編集]
起訴および裁判[編集]
3ヶ月にわたる精神鑑定の結果、「完全な責任能力あり」との鑑定結果が出されたことから、東京地方検察庁は10月6日から被害者や遺族への通知を開始し、10月10日に加藤を殺人、殺人未遂、公務執行妨害、銃刀法違反での起訴に踏み切った[107]。
10月31日には公判前整理手続に入ることが決定され、翌2009年(平成21年)6月22日には第1回公判前整理手続が行なわれ、弁護側は起訴事実を大筋で認めた[108]。
第一審・東京地裁[編集]
2010年(平成22年)1月28日、東京地方裁判所にて、刑事裁判による第一審の初公判が開かれた[109][110][111][112]。同日、加藤は事件発生後、初めて公の場に姿を現した。なお、この裁判は裁判員裁判制度施行前に起訴された事件で、裁判員裁判の対象外である。東京地方裁判所の裁判官のみで審理し、判決が出た。
- 開廷直後、村山浩昭裁判長により、刑事訴訟法に則り、人定質問がなされ、被告人の氏名、住所、生年月日、職業、住居、本籍地等を確認した[111]。これは、人違いを防止するためのものであり、どの刑事裁判でも、初公判時に必ず行われる。
- 検察側の起訴状朗読の後、検察側の冒頭陳述にて、当該事件の内容が詳細に述べられた。
- 裁判長による黙秘権の説明の後、罪状認否において、加藤は起訴事実を認めた。弁護人からは責任能力に疑問がある旨の冒頭陳述があった。
2011年(平成23年)1月25日、東京地方裁判所で行われた第28回公判の論告求刑で、検察は加藤に対して「犯罪史上まれに見る凶悪事件で人間性のかけらもない悪魔の所業。多数の模倣犯を生み悪影響は計り知れない。命をもって罪を償わせることが正義だ」と述べ、死刑を求刑した[113][114][115]。
同年2月9日、東京地裁(村山浩昭裁判長)で、第29回公判(最終弁論)が開かれ、弁護側は最終弁論で「死刑を科すべきではない。人を殺すこと自体が目的ではなかった」として、死刑回避を求めた。最終意見陳述で、加藤被告人は「今は事件を起こすべきではなかったと後悔し、反省しています。遺族と被害者の方には申し訳なく思っています」と意見陳述し、結審した[116]。
同年3月24日、判決公判が開かれ、東京地裁(村山浩昭裁判長)は、加藤被告人に求刑通り死刑判決を言い渡した[117][118][119]。判決理由では完全責任能力、比較的軽傷だった被害者への殺意、制服警察官に対する公務執行妨害罪について検察の主張通りに認定した。
直接的な動機としては掲示板荒らしに対する抗議の表明[2][3]、根本的な原因としては不満に対して多様な観点から熟慮せず、話し合いで解決しようとせず、自分の意思を相手に分からせるために、直接的行動で相手の望まないことをしたり、相手との関係を遮断したり、暴力を行使する考え方[4][5]、間接的な原因として母の養育方法が前記のような加藤の人格形成に影響を与えたと認定された。
控訴審・東京高裁[編集]
2012年(平成24年)6月、被告人・加藤の控訴により東京高等裁判所で控訴審第一回公判が開かれ、死刑回避を主張した[120]。
2012年9月12日に判決公判が開かれ、東京高裁(飯田喜信裁判長)は「被告人・加藤は犯行当時、完全責任能力を有していた」として、第一審の死刑判決を支持し被告人・加藤の控訴を棄却する判決を言い渡した[121][122]。加藤は控訴審に一度も出廷しないまま結審することとなった[123]。
弁護人は同年9月25日付で「加藤被告人には精神障害の疑いがあり、死刑判決は不当である」と主張して最高裁判所へ上告した[124]。
上告審・最高裁第一小法廷[編集]
2014年(平成26年)12月18日、最高裁判所第一小法廷(桜井龍子裁判長)で、上告審口頭弁論公判が開かれた。弁護側は「被告は事件当時、心神喪失もしくは心神耗弱だった疑いがある。死刑判決は破棄されるべきだ」と主張、検察側は上告棄却を求めて結審[125]。
2015年(平成27年)2月2日に上告審判決公判が開かれ、最高裁第一小法廷(桜井龍子裁判長)は「動機に酌量の余地は見いだせず、死刑を認めざるを得ない」として、一・二審の死刑判決を支持して加藤被告人・弁護人側の上告を棄却する判決を言い渡した[126][127]。
加藤は判決を不服として最高裁第一小法廷判決の訂正を申し立てたが、同月17日付で同小法廷の決定により棄却されたため、同日付で死刑が確定判決となった[128]。
その後[編集]
- 2012年、加藤が事件について述べた『解』(批評社)を出版した。
- 2014年1月、加藤は著書『東拘永夜抄』を批評社より刊行した。4月、加藤の弟が、自分自身の置かれた境遇に耐えかね、250枚の手記を残して自殺したと複数のメディアで報じられた[129][130][131][132][133][134]。8月1日、加藤は著書『殺人予防』を批評社より出版。8月14日、月刊『創』ブログに「「秋葉原事件」加藤智大被告が「黒子のバスケ」脅迫事件に見解表明!」と題した記事が投稿され、記事中で加藤の見解が全文公開された。
- 事件から10年以上が経過した2018年(平成30年)10月1日時点で[135]死刑囚・加藤は東京拘置所に収監されている[1]。加藤は死刑確定翌年の2016年5月10日付で東京地裁に再審請求を申し立てており、郷里・青森県の地方紙『東奥日報』の2018年4月21日朝刊でその事実が報道された[136]。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 当初、凶器はサバイバルナイフと報道されたが、殺傷に使用されたのはダガーである。このほか、サバイバルナイフ、ペティナイフ、特殊警棒1本がトラック内から発見されている[7]。
- ^ 勾留中の6月17日すなわち事件の9日後に、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の加害者である死刑囚・宮崎勤に対する死刑が、東京拘置所において執行された(宮崎勤#死刑執行の背景および波紋)。比較的早期の死刑執行については、この秋葉原事件にからめての議論が存在する。“宮崎死刑囚に「スピード」死刑執行 囁かれる「秋葉原事件」の影響?”. J-CASTニュース. (2008年6月17日). オリジナルの2018年1月24日時点によるアーカイブ。
- ^ このミリタリー輸入雑貨店は10日間販売を自粛した後で福井市の実店鋪での対面販売を止めて、インターネット通信販売を再開したが、後に閉店している
- ^ 通り魔事件が歩行者天国中止の直接のきっかけではあったが、以前より歩行者天国での過激なパフォーマンス(東京都迷惑防止条例違反による逮捕者まで出した)やそれを取り囲むカメコの輪、エアガン乱射等周囲の迷惑を顧みないマナー違反がたびたび問題となっていた
- ^ 渡辺麻友・柏木由紀などによる、『チームB 3rd Stage「パジャマドライブ」』の昼夜公演(『涙は句読点 AKB48公式10年史』 日刊スポーツ新聞社 230頁)。なお2008年7月1日以降、警察の指導により劇場内への荷物持込が不可能となった(AKB48劇場#コインロッカーと荷物預かり)。Official Blog 明日から (2008-06-30 20:19:47)
- ^ 武器自体は登場。事件直後に放送された数話では明らかに台詞を消したと思われる"間"がある。
- ^ ただし『ダガー』という名称自体はゲームや玩具などで以前から使われており珍しいものではなく、スーパー戦隊シリーズにおいても『爆竜戦隊アバレンジャー』に登場した「プテラダガー」をはじめ、前例がいくつかある。
出典[編集]
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- ^ [1][2]他、ロフトプラスワンでのトークライブなど。宮台は学歴が原因だとも主張。
- ^ 中高時代からの友人含め、実際に合うだけでなくメーリングリストでも連絡を取っていた。“「秋葉原事件は止められた」加藤智大の手記から読み解く、現代社会の生きづらさ”. 日刊サイゾー. (2012年9月25日)
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- ^ “【秋葉原殺傷 死刑求刑】極刑にも加藤被告無表情…「真実語って」と被害者”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2011年1月25日). オリジナルの2011年1月28日時点によるアーカイブ。 2011年2月3日閲覧。
- ^ “【秋葉結審】「事件を起こすべきでなかった」加藤被告謝罪 3月24日判決”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2011年2月9日). オリジナルの2011年3月25日時点によるアーカイブ。 2011年3月25日閲覧。
- ^ “秋葉原無差別殺傷、加藤智大被告に死刑判決 東京地裁”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年3月24日). オリジナルの2011年3月25日時点によるアーカイブ。 2011年3月25日閲覧。
- ^ “加藤智大被告に死刑判決…秋葉原無差別殺傷事件”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2011年3月24日). オリジナルの2011年3月25日時点によるアーカイブ。 2011年3月25日閲覧。
- ^ “「日本が震撼。刑事責任は最大級に重い」 秋葉原無差別殺傷事件、加藤被告に死刑判決”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2011年3月24日). オリジナルの2011年3月26日時点によるアーカイブ。 2011年3月26日閲覧。
- ^ “秋葉原殺傷、控訴審初公判に本人出廷せず 東京高裁”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2012年6月4日). オリジナルの2012年6月4日時点によるアーカイブ。
- ^ “秋葉原殺傷:2審も死刑判決…東京高裁、弁護側の控訴棄却(1/2ページ)”. 毎日jp (毎日新聞社). (2012年9月12日). オリジナルの2018年1月22日時点によるアーカイブ。
- ^ “秋葉原殺傷:2審も死刑判決…東京高裁、弁護側の控訴棄却(2/2ページ)”. 毎日jp (毎日新聞社). (2012年9月12日). オリジナルの2018年1月22日時点によるアーカイブ。
- ^ 来栖宥子 (2012年9月25日). “秋葉原無差別殺傷事件 被告側が上告”. goo.ne.jp. 2015年2月2日閲覧。
- ^ “「精神障害の疑い」 秋葉原連続殺傷で弁護人が上告”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2012年12月7日). オリジナルの2012年9月25日時点によるアーカイブ。 2012年12月11日閲覧。
- ^ “「加藤被告は急性ストレス障害だった」 弁護側が死刑判決破棄を要求 最高裁弁論”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2014年12月18日). オリジナルの2018年1月22日時点によるアーカイブ。 2018年1月22日閲覧。
- ^ “秋葉原無差別殺傷 加藤被告の死刑確定へ 最高裁が1、2審判決支持”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2015年2月2日). オリジナルの2018年1月22日時点によるアーカイブ。
- ^ “秋葉原通り魔事件 加藤被告の死刑確定へ”. NHKニュース (日本放送協会). (2015年2月2日). オリジナルの2018年1月22日時点によるアーカイブ。
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- ^ “『秋葉原事件』加藤智大の弟、自殺1週間前に語っていた「死ぬ理由に勝る、生きる理由がない」”. J-CASTニュース. (2014年4月11日). オリジナルの2017年6月17日時点によるアーカイブ。
- ^ 週刊現代 (2014年4月24日). “独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大被告)の弟は自殺した 兄は人殺し、その家族として生きていくことは苦痛そのものだった……(1/5ページ)”. 現代ビジネス. オリジナルの2017年7月9日時点によるアーカイブ。 2014年8月1日閲覧。
- ^ 週刊現代 (2014年4月24日). “独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大被告)の弟は自殺した 兄は人殺し、その家族として生きていくことは苦痛そのものだった……(2/5ページ)”. 現代ビジネス. オリジナルの2017年6月17日時点によるアーカイブ。 2014年8月1日閲覧。
- ^ 週刊現代 (2014年4月24日). “独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大被告)の弟は自殺した 兄は人殺し、その家族として生きていくことは苦痛そのものだった……(3/5ページ)”. 現代ビジネス. オリジナルの2017年6月17日時点によるアーカイブ。 2014年8月1日閲覧。
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- ^ インパクト出版会 2018, pp. 270
- ^ 『東奥日報』2018年4月21日朝刊第一社会面29面「08年秋葉原無差別殺傷 加藤死刑囚 再審請求」
参考文献[編集]
刑事裁判の判決文[編集]
- 最高裁判所第一小法廷判決 2015年(平成27年)2月2日 裁判所ウェブサイト掲載判例、『最高裁判所裁判集刑事編』(集刑)第316号1頁、平成24年(あ)第1647号、『殺人,殺人未遂,公務執行妨害,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件』「死刑の量刑が維持された事例(秋葉原無差別殺傷事件)」。
関連書籍[編集]
- 加藤智大 『解』Psycho Critique 17、批評社、2012年7月。ISBN 978-4-8265-0559-8。
- 加藤智大 『解+ 秋葉原無差別殺傷事件の意味とそこから見えてくる真の事件対策』Psycho Critique 21、批評社、2013年4月。ISBN 978-4-82-650559-8。
- 加藤智大 『東拘永夜抄』 批評社、2014年1月。ISBN 978-4-8265-0591-8。
- 加藤智大 『殺人予防』 批評社、2014年8月。ISBN 978-4-8265-0605-2。
- 中島岳志 『秋葉原事件―加藤智大の軌跡』 朝日新聞出版、2011年3月。ISBN 978-4-02-330922-7。
- 片田珠美 『無差別殺人の精神分析』 新潮社、2009年5月。ISBN 978-4-10-603637-8。
- 年報・死刑廃止編集委員会 『オウム死刑囚からあなたへ 年報・死刑廃止2018』 インパクト出版会、2018年10月25日、267,270。ISBN 978-4755402883。