少年死刑囚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
死刑 > 死刑囚 > 少年死刑囚

少年死刑囚(しょうねんしけいしゅう)とは、未成年の時期に死刑事犯の犯罪少年犯罪)を犯したとして死刑判決確定した死刑囚

概要[編集]

少年法では、満20歳までの触法少年(少年犯罪)に対する処遇が定められているが、犯行時18歳及び19歳の場合、死刑事犯の犯罪を犯した被告人に対して死刑判決を言い渡すことが可能である。

戦後日本では、未成年死刑判決が確定した死刑囚は42人(うち昭和36人、平成6人。なお平成のうち3人は同一事件)いると確認されている。

ただし全員が執行されたわけではなく、未執行の者も多い。旧少年法(1922年制定)の規定により17歳未満の犯行で死刑判決が確定した少年死刑囚3人については、現在の少年法が1948年に制定された際に個別恩赦されている。ほか、サンフランシスコ平和条約締結に際して政令恩赦された者が2人(うち1人は仮出獄後に2人殺人未遂再犯)、反省悔悟の情の深さを理由に個別恩赦された者が1人いる。また、死刑判決を受けたが再審無罪になった者が1人いる(財田川事件)。全員が男性であり、女性の少年死刑囚(少女死刑囚)は戦後2017年現在まで確認されていない。

報道については、死刑確定判決によって少年が社会復帰する見込みがほぼなくなったことで、これまでの匿名報道から実名報道に切り替えることが多いが、新聞社や放送局によって判断が分かれている。なお、2011年の大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件最高裁判決以降は、全国メディアでは毎日新聞を除きすべて実名報道している。

一覧[編集]

※氏名は本人名義の著書がある人物のみ記載

戦後日本の少年死刑囚(昭和の事件)
事件 事件発生日 死刑確定日 殺害された被害者数 備考
名古屋2女性殺人事件 1947年6月22日 1948年3月11日 2人 犯行時17歳。1949年3月23日無期懲役恩赦
死刑制度合憲判決事件 1946年9月16日 1948年3月12日 2人 1949年7月27日に死刑執行
岐阜清見村一家3人殺害事件 1947年4月9日 1948年6月8日 3人 犯行時17歳。1949年3月23日に無期懲役恩赦
鹿児島雑貨商殺害事件 1947年12月18日 1948年11月29日 2人 犯行時17歳。1949年4月6日に無期懲役恩赦
逆恨み母子殺人事件 1948年2月5日 1949年2月15日 2人 1951年6月5日に死刑執行
福島県伊達夫婦強盗殺人事件 1947年6月6日 1949年3月3日 2人 1950年1月20日共犯と共に死刑執行
熊本知人女性強盗殺人事件 1947年8月27日 1949年4月20日 1人 死刑執行日不明
北海道滝川老女強盗殺人事件 1948年3月7日 1949年5月17日 1人 1954年1月15日に共犯と共に無期懲役恩赦
熊本龍峯村老夫婦強盗殺人事件 1947年12月20日 1949年5月31日 2人 1951年6月5日に死刑執行
北海道南尻別一家3人強殺事件 1948年4月2日 1949年7月15日 3人 死刑執行日不明
広島両親殺害事件 1948年6月11日 1950年2月21日 2人 1952年4月28日に無期懲役恩赦
福島県一家4人殺害事件 1949年6月3日 1951年7月6日 4人 死刑執行日不明
矢野村農家夫婦強盗殺人事件 1947年5月23日 1951年2月2日 2人 1953年3月20日に死刑執行
小田原隣人6人殺傷事件 1949年9月14日 1951年9月6日 5人 1952年4月28日に無期懲役恩赦。1970年3月に仮出獄。1984年7月8日に2人殺人未遂再犯。
宮城一家強盗殺傷事件 1950年4月26日 1951年10月18日 1人 1955年1月29日に死刑執行
大阪連続強盗強姦殺人事件 1947年11月30日~1948年3月29日 1951年12月21日 2人 死刑執行日不明
福岡連続強盗殺人事件[1] 1951年5月15日~1951年6月3日 1952年4月24日(21日上告取下げ) 2人 1953年3月27日に死刑執行
御殿場宿直員殺害事件 1952年3月3日 1953年11月19日 2人 死刑執行日不明
大阪看板屋父子殺害事件 1947年1月23日 1954年1月12日 2人 1957年6月27日に死刑執行。事件直後に逮捕された共犯は先に死刑執行。
大阪一家4人殺人事件 1953年9月15日 1956年12月21日 4人 死刑執行日不明
財田川事件 1950年2月28日 1957年1月22日 1人 1984年3月12日に再審無罪
兵庫女性強姦殺人事件 1954年12月1日 1957年4月5日 1人 死刑執行日不明
北海道質店主夫婦強盗殺人事件 1954年11月27日 1957年8月30日 2人 死刑執行日不明
穂高一家4人殺害事件(死刑受執行義務不存在確認請求事件) 1949年10月1日 1958年4月17日 4人 1962年に共犯と共に死刑執行
八王子マダム福笑い殺人事件 1955年2月3日 1959年6月16日 1人 死刑執行日不明。共犯は一審で死刑確定。
稚内牧場主夫婦強盗殺人事件 1958年2月18日 1960年3月15日 2人 死刑執行日不明
福岡幼児誘拐殺人事件 1957年12月17日 1960年6月9日 1人 1962年2月21日に死刑執行
小松川事件(李珍宇) 1958年4月20日8月17日 1961年8月17日 2人 1962年11月16日に死刑執行 執行時の年齢は戦後最も若い。
西宮雇い主一家殺害事件 1958年8月7日 1963年2月8日 3人 死刑執行日不明
熊本警官等2人殺害事件 1961年5月31日 1963年5月29日 2人 1964年1月18日に死刑執行
釧路市雑貨商2人殺人事件 1963年11月6日 1966年2月4日 2人 1967年に死刑執行
少年ライフル魔事件 1965年7月29日 1969年10月2日 1人 1972年7月21日に死刑執行
結婚詐欺殺人事件 1967年1月26日 1970年8月20日 1人 死刑執行日不明
栃木県烏山町呉服店一家強盗殺人事件 1969年1月3日 1971年8月17日 3人 死刑執行日不明
連続4人殺人事件 1967年4月24日1973年3月20日 1988年6月2日 4人 一部は成人後の犯行。大阪拘置所に収監中。再審請求中。
仙台大学職員女性殺害事件 1969年9月1日 1972年6月27日 1人 1976年に死刑執行
正寿ちゃん誘拐殺人事件 1969年9月10日 1978年1月 1人[2] 1979年10月に死刑執行
警察庁広域重要指定108号事件永山則夫 1968年10月11日~1968年11月5日 1990年4月17日 4人 1997年8月1日に死刑執行
戦後日本の少年死刑囚(平成の事件)
事件 事件発生日 死刑確定日 殺害された被害者数 備考
市川一家4人殺人事件 1992年3月5日 2001年12月3日 4人 東京拘置所に収監中。再審請求中。
大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件(3人) 1994年9月28日-10月7日 2011年3月10日 4人 少年事件で複数の被告の死刑が同時に確定するケースは最高裁判所が把握している1966年以降初。
3名のうち、1名は東京拘置所に、2名は名古屋拘置所に収監中。3人全員が再審請求中。
光市母子殺害事件 1999年4月14日 2012年2月20日 2人 犯行時の18歳1か月という年齢は死刑確定囚では最年少。広島拘置所に収監中。再審請求中。
石巻3人殺傷事件 2010年2月10日 2016年6月16日 2人 裁判員制度の下では初と同時に初の平成生まれの死刑囚となった。仙台拘置支所に収監中。

その他[編集]

上坂冬子著の『巣鴨プリズン13号鉄扉』によると、連合軍による占領時代に軍法会議で、ほかの戦争犯罪人と同じように当時18歳の少年が死刑になった事実があるという。

それによると、1945年12月19日札幌にあった進駐軍宿舎に盗みに入った少年3人が米兵を殺害した後拘束され、アメリカ軍軍事法廷でわずか2日の審理で1946年1月23日主犯の少年の死刑が確定、5月17日に巣鴨プリズンにおいて絞首刑になった。なお、他の少年2人に対して強制労働30年の刑罰が言い渡されたとされるが、彼らのその後の運命は不明だという。

脚注[編集]

  1. ^ 共犯者は懲役10年の判決を受け服役、出所後に古谷惣吉連続殺人事件を起こす
  2. ^ 身代金目的の殺人