白木勇
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白木 勇(しらき ゆう、1945年〈昭和20年〉2月15日 - )は日本の裁判官、最高裁判所判事[1][2][3]。
| 白木 勇 しらき ゆう | |
|---|---|
| 生年月日 | 1945年2月15日(81歳) |
| 出生地 |
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| 国籍 |
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| 出身校 | 東京大学法学部[5] |
| 任期 | 2010年1月15日 - 2015年2月14日 |
| 任命者 | 鳩山由紀夫内閣 |
| 前任者 | 涌井紀夫[6] |
| 後任者 | 大谷直人[7] |
| 任期 | 2008年11月25日 - 2010年1月14日 |
| 前任者 | 竹﨑博允[8] |
| 後任者 | 安倍嘉人[9] |
| 任期 | 2007年12月17日 - 2008年11月24日 |
| 前任者 | 田尾健二郎[10] |
| 後任者 | 相良朋紀[11] |
| 任期 | 2006年10月16日 - 2007年12月16日 |
| 前任者 | 金築誠志[12] |
| 後任者 | 池田修[13] |
| 任期 | 2001年9月16日 - 2002年11月14日 |
| 前任者 | 原田國男[14] |
| 後任者 | 佐藤久夫[15] |
略歴
[編集]東海高等学校、東京大学法学部卒業後は1968年(昭和43年)4月に第22期司法修習生、1970年(昭和45年)4月8日に東京地方裁判所判事補任官[16][2]。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
- 1970年(昭和45年)4月8日 - 1972年(昭和47年)4月14日:東京地方裁判所判事補[2]
- 1972年(昭和47年)4月15日 - 1975年(昭和50年)7月31日:最高裁判所事務総局刑事局付[2]
- 1975年(昭和50年)8月1日 - 1977年(昭和52年)3月31日:新潟簡易裁判所判事、新潟家庭裁判所・新潟地方裁判所判事補[2]
- 1977年(昭和52年)4月1日 - 1978年(昭和53年)3月31日:新潟簡易裁判所判事、新潟地方裁判所・新潟家庭裁判所判事補[2]
- 1978年(昭和53年)4月1日 - 1980年(昭和55年)4月7日:東京簡易裁判所判事、東京地方裁判所判事補[2]
- 1980年(昭和55年)4月8日 - 1981年(昭和56年)3月31日:東京地方裁判所判事[2]
- 1981年(昭和56年)4月1日 - 1984年(昭和59年)3月31日:名古屋地方裁判所判事[2]
- 1984年(昭和59年)4月1日 - 1986年(昭和61年)4月6日:司法研修所教官[2]
- 1986年(昭和61年)4月7日 - 1987年(昭和62年)3月31日:最高裁判所事務総局刑事局第二課長[2]
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 1989年(平成元年)11月9日:最高裁判所事務総局刑事局第一課長兼第三課長[2]
- 1989年(平成元年)11月10日 - 1991年(平成3年)3月31日:東京地方裁判所判事[2]。この時、陪審制の実情及び法曹育成の調査のため、イギリスに派遣される[注 1][17]。
- 1991年(平成3年)4月1日 - 1991年(平成3年)7月17日:東京地方裁判所部総括判事(刑事第10部)[2][18]
- 1991年(平成3年)7月18日 - 1995年(平成7年)4月2日:最高裁判所事務総局秘書課長兼広報課長[2]
- 1995年(平成7年)4月3日 - 1997年(平成9年)8月3日:最高裁判所上席調査官[2]
- 1997年(平成9年)8月4日 - 2001年(平成13年)9月15日:最高裁判所事務総局刑事局長兼最高裁判所図書館長[2]
- 2001年(平成13年)9月16日 - 2002年(平成14年)11月14日:水戸地方裁判所長[2]
- 2002年(平成14年)11月15日 - 2006年(平成18年)10月15日:東京高等裁判所部総括判事(第11刑事部)[2]
- 2006年(平成18年)10月16日 - 2007年(平成19年)12月16日:東京地方裁判所長[2]
- 2007年(平成19年)12月17日 - 2008年(平成20年)11月24日:広島高等裁判所長官[2]
- 2008年(平成20年)11月25日 - 2010年(平成22年)1月14日:東京高等裁判所長官[2]
- 2010年(平成22年)1月15日 - 2015年(平成27年)2月14日:最高裁判所判事[2]
- 2012年(平成24年)12月16日:最高裁判所裁判官国民審査において、罷免を可とする票4,661,824票、罷免を可とする率8.07%で信任[19]。
- 2015年(平成27年)2月15日:定年退官[2]
- 2016年(平成28年)4月29日:春の叙勲で旭日大綬章を受章[20]。
主な担当事件
[編集]東京高裁部総括判事として
[編集]- 2003年(平成15年)9月10日、栃木・妻と知人殺害事件で死刑判決を受けた被告人Nの控訴審で「反省の態度を見せない被告人はもはや矯正困難であると断じざるを得ない」として一審・宇都宮地裁の死刑判決を支持、Nの無罪主張を退けて控訴を棄却した[21]。
- 2003年(平成15年)11月21日、若築建設事件で懲役2年・追徴金6000万円の判決を受けた中尾栄一の控訴審で「建設大臣という要職にありながら、自ら賄賂を要求した犯行は厳しい非難に値するが、一審判決後、反省もしている」として一審・東京地裁の判決を破棄自判し、懲役1年10月・追徴金6000万円の判決を言い渡した[22]。
- 2004年(平成16年)1月23日、春日部中国人夫婦殺害事件で死刑判決を受けた被告人Sの控訴審で、Sの完全責任能力を認定した上で「理不尽な犯行で被害者夫婦の生命だけではなく、未だに両親の死を知らされていない幼い子供の未来を奪った結果はあまりにも重い」として一審・さいたま地裁の死刑判決を支持、弁護人の控訴を棄却した[注 2][24][23]。
- 2004年(平成16年)9月27日、藤沢放火殺人事件で無罪判決を受けた被告人の控訴審で「被告人と別れられると喜んでいた被害者が心中するとは考えにくい。現場にいた被害者以外の唯一の人物であり、過去に被害者に危害を加えていた被告人が犯行を行ったとの認定に、合理的疑いを入れる余地はない」として一審・横浜地裁の無罪判決を破棄自判し、被告人に懲役15年の判決を言い渡した[25]。
- 2004年(平成16年)10月29日、群馬女子高生誘拐殺人事件の控訴審で第11刑事部の裁判長として[26]被告人に死刑判決(第一審・前橋地裁の無期懲役判決を破棄・自判)を言い渡した[27]。被告人(後に死刑囚)は最高裁へ上告しなかったため死刑が確定し[28]、法務省(法務大臣:鳩山邦夫)の死刑執行命令により2008年(平成20年)4月10日に東京拘置所で死刑を執行された[29]。
- 2005年(平成17年)7月11日、埼玉愛犬家連続殺人事件で死刑判決を受けた被告人Sと風間博子の控訴審で、外国犬の取引でトラブルになった男性ら3人についてSと風間が共謀して猛毒の硝酸ストリキニーネを用いて毒殺し、知人女性をSが単独で殺害したと事実認定した上で一審・浦和地裁の死刑判決を支持、Sと風間の両弁護人の控訴を棄却した[30]。
- 2005年(平成17年)11月30日、群馬パチンコ店員連続殺人事件で死刑判決を受けた後、控訴を取り下げた被告人Tについて、控訴取り下げを有効と判断し、訴訟終了を決定した[注 3][32]。
- 2006年(平成18年)4月14日、中央本線の電車内で女性に痴漢をしたとして東京都迷惑防止条例違反の罪に問われ、罰金30万円の有罪判決を受けた男性の控訴審で、男性が潔白を証明するために中野駅事務室に女性を連れていくなど痴漢を行ったと判断するには不自然な状況があることから一審・東京地裁の判決を破棄自判し、男性に無罪判決を言い渡した[注 4][33][34]。
- 2006年(平成18年)5月29日、オウム真理教元教祖の松本智津夫(麻原彰晃)の裁判で東京高裁が控訴趣意書の提出遅延を理由として控訴棄却を行ったのは不当とする弁護人の異議申し立てに関する審理で「公判の停止という自らの主張が受け入れられないため、趣意書不提出という実力行使に出ることは正当化できない」として弁護人の異議申し立てを棄却する決定を下した[注 5][36]。
- 2006年(平成18年)8月18日、地下鉄サリン事件や松本サリン事件など6事件に関与し、死刑判決を受けた元オウム真理教幹部・土谷正実の控訴審で「教団随一の化学知識を駆使してサリンなどを合成しており、被告人は一連の犯罪の中核を担っていたといえる」として一審・東京地裁の死刑判決を支持、土谷の控訴を棄却した[注 6][37]。
- 2006年(平成18年)9月29日、群馬パチンコ店員連続殺人事件で死刑判決を受けた被告人Oの控訴審で「金目当ての犯行を短期間に繰り返しており許し難い犯行だ」として一審・さいたま地裁の死刑判決を支持、控訴を棄却した[38][39]。
最高裁判事として
[編集]大法廷判決に対する対応
[編集]小法廷判決に対する対応
[編集]- 2010年(平成22年)5月13日、東海村JCO臨界事故で被曝した日立市の夫婦が株式会社ジェー・シー・オーに損害賠償約5800万円の支払いを求めた訴訟で、夫婦の上告を棄却する決定を出したため、請求を棄却した一審・二審判決が確定した[41]。
- 2010年(平成22年)10月25日、オウム真理教男性信者殺害事件と坂本堤弁護士一家殺害事件の実行犯として死刑判決が確定した元オウム真理教幹部・岡﨑一明の第一次再審請求審で、岡﨑の特別抗告を棄却する決定を出した[42]。
- 2011年(平成23年)4月26日、福岡スナックママ連続保険金殺人事件で殺人、嘱託殺人、詐欺、詐欺未遂、恐喝罪に問われ、無期懲役の判決を受けた被告人Xの上告を棄却する決定を出したため、Xに対する無期懲役の判決が確定した[43]。
- 2011年(平成23年)10月17日、大牟田4人殺害事件で強盗殺人、殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反などの罪に問われ、死刑判決を受けた被告人K1とK3の上告審で「現金を奪うことなどを目的にした、強い殺意に基づく犯行。謝罪の言葉を述べたり、反省の態度を示したりしていることなどを考慮しても、死刑はやむを得ない」としてK1とK3の両弁護人の上告を棄却する判決を言い渡したため、K1とK3に対する死刑判決が確定した[44]。
- 2011年(平成23年)10月20日、福岡一家4人殺害事件で傷害、詐欺、住居侵入、強盗、建造物侵入、窃盗、強盗殺人、死体遺棄罪に問われ、死刑判決を受けた被告人Zの上告審で「人の生命の尊さを意に介しない冷酷、残忍な犯行で、何の落ち度もないのに突如非業の死を遂げた被害者らの無念は察するに余りある」として弁護人の上告を棄却する判決を言い渡したため、Zに対する死刑判決が確定した[45]。
- 2012年(平成24年)3月26日、蘭越母子殺傷事件で強盗殺人、強盗殺人未遂罪に問われ、無期懲役の判決を受けた被告人Wの上告を棄却する決定を出したため、Wに対する無期懲役の判決が確定した[46]。
- 2012年(平成24年)3月27日、東金市女児殺害事件で殺人、死体遺棄、未成年者略取罪に問われ、懲役15年の判決を受けた被告人Kの上告を棄却する決定を出したため、Kに対する懲役15年の判決が確定した[47]。
- 2012年(平成24年)7月12日、坂出3人殺害事件で住居侵入、殺人、死体遺棄、銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪に問われ、死刑判決を受けた被告人Kの上告審で「義姉殺害は周到な準備の上で強固な殺意に基づき行われた」と事実認定した上で「冷酷で非情な犯行。3人殺害という結果は誠に重大」として弁護人の上告を棄却する判決を言い渡したため、Kに対する死刑判決が確定した[48]。
- 2012年(平成24年)9月4日、大相撲野球賭博問題で琴光喜から野球賭博関与の口止め料350万円を脅し取った他、8000万円を要求したとして恐喝と恐喝未遂罪に問われ、懲役4年6月の判決を受けた古市満朝の上告を棄却する決定を出したため、満朝に対する懲役4年6月の判決が確定した[49]。
- 2013年(平成25年)6月25日、熊本3歳女児殺害事件で殺人、死体遺棄、強制わいせつ致死罪に問われ、無期懲役の判決を受けた被告人Xの上告を棄却する決定を出したため、Xに対する無期懲役の判決が確定した[50]。
- 2014年(平成26年)7月17日、DNA型鑑定で血縁関係がない場合、民法上の親子関係が取り消せるか否かを争った2件の訴訟の上告審で「血縁関係がないことが科学的に明らかで、夫婦が別居し、子供が妻に育てられる事情があっても、法律上の父子関係は取り消せない」と判断し、「父子関係は取り消せる」とした二審判決を破棄自判し、妻の訴えを棄却する判決を言い渡した[51]。なお、裁判長を務めた上で「民法制定時、鑑定で血縁関係が誤りなく明らかにできると想定できなかった。立法の手立てが望ましい」と反対意見を述べた[注 7][51]。
- 2014年(平成26年)7月22日、明石砂浜陥没事故で業務上過失致死罪に問われ、差し戻し審で禁錮1年・執行猶予3年の有罪判決を受けた国土交通省近畿地方整備局姫路工事事務所および明石市の担当者ら4人の上告を棄却する決定を出したため、差し戻し審の有罪判決が確定した[52]。
- 2015年(平成27年)1月22日、市民オンブズマン福井が自由民主党県政会に対して海外視察の無駄遣いを理由に約1330万円の政務活動費の返還を求めた訴訟で「原告らは憲法違反を主張するが、実質は事実誤認または単なる法令違反を主張するものであり、上告理由に該当しない」として上告を受理しない決定を出した[53]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ アメリカ合衆国には山室惠が派遣された[17]。
- ↑ 控訴審で弁護人は、事件当時、Sは心神耗弱状態だったと主張したが、冷静かつ計画的に犯行を実行していることから完全責任能力を認定し、弁護人の主張を退けた[23]。
- ↑ Tは、2005年(平成17年)7月13日に東京高裁で予定されていた控訴審第1回公判に出廷せず、弁護人に「死んでおわびしたい」「裁判を続けても結果が見えている」と話して自ら控訴を取り下げた[31]。これに対してTの弁護人は「被告人は正常な判断ができない状態で控訴を取り下げており、無効」と主張し、公判の続行を求めた[31]。
- ↑ 判決言い渡し後、男性に「電車の中では女性と離れて立つのが、マナーです」と説諭した[33]。
- ↑ 2006年(平成18年)3月30日に弁護人が第11刑事部に異議を申し立てた[35]。
- ↑ 同日の公判では、控訴審に一度も出廷せず、被告人質問にも応じない土谷の態度について「控訴審では、公判に出頭する気もないとして裁判に向き合う姿勢を見せなかった。自ら控訴しておきながら、審理を拒否する被告人に更生の気持ちを汲み取ることはできない」と批判した[37]。
- ↑ 他に金築誠志が反対意見を述べ、桜井龍子と山浦善樹が補足意見を述べた[51]。
出典
[編集]- ↑ “最高裁判所の裁判官(白木勇)”. 最高裁判所. 2012年12月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月6日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 “裁判官検索:白木勇”. 新日本法規WEBサイト. 新日本法規出版株式会社. 2025年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月2日閲覧。
- ↑ 『毎日新聞』2010年1月16日 東京朝刊 総合面22頁「白木・最高裁判事:公平、誠実に職責果たす」(毎日新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』2007年12月27日 朝刊 広島1・1地方28頁「白木新高裁長官「何事にも誠実」 着任会見 /広島県」(朝日新聞大阪本社)
- ↑ 『読売新聞』2007年12月27日 広島 広島朝刊 広島27頁「白木・広島高裁長官が就任会見「誠実に対処」=広島」(読売新聞大阪本社)
- ↑ 『読売新聞』2010年1月13日 全国版 東京朝刊 二面2頁「最高裁判事に白木氏」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2015年1月23日 全国版 東京夕刊 夕二面2頁「最高裁判事に大谷氏」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2008年11月11日 全国版 東京夕刊 夕二面2頁「東京高裁長官 後任に白木勇氏」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2010年1月15日 全国版 東京夕刊 夕二面2頁「2高裁長官決まる」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2007年12月7日 全国版 東京夕刊 夕二面2頁「白木氏・佐藤氏、高裁長官に任命」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『毎日新聞』2008年11月11日 東京夕刊 国際面6頁「人事:東京高裁長官に白木勇氏を任命」(毎日新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2006年10月10日 全国版 東京夕刊 夕特A 4頁「大阪高裁長官に金築氏」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』2007年12月8日 朝刊 政治4頁「広島高裁長官 に白木勇氏任命へ 札幌は佐藤久夫氏」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2001年9月16日 茨城 東京朝刊 茨城東36頁「水戸地裁所長に白木刑事局長=茨城」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2002年11月15日 全国版 東京朝刊 政治4頁「最高裁人事=11月15日」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』1997年8月4日 全国版 東京朝刊 二面2頁「最高裁人事=8月4日」(読売新聞東京本社)
- 1 2 『毎日新聞』1989年11月11日 東京夕刊 一面1頁「最高裁が陪審制度復活の研究のため米英に裁判官2人を派遣へ」(毎日新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』1991年7月3日 全国版 東京朝刊 社会31頁「麻薬で起訴された俳優の勝新太郎元社長 初公判7月23日に」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『毎日新聞』2012年12月22日 東京朝刊 社会面30頁「最高裁判所裁判官国民審査:結果確定」(毎日新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2016年4月29日 全国版 東京朝刊 朝特A 26頁「春の叙勲 中綬章以上と在外邦人、外国人受勲の受章者一覧」(読売新聞東京本社)
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- ↑ 『読売新聞』2003年11月21日 全国版 東京夕刊 夕社会23頁「中尾元建設相、2審も実刑 刑を軽減、懲役1年10月/東京高裁判決」(読売新聞東京本社)
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- ↑ 『読売新聞』2008年4月10日東京夕刊一面1頁「4人の死刑を執行 鳩山法相就任4か月で10人に/東京・大阪拘置所」(読売新聞東京本社)
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- 1 2 『読売新聞』2005年9月23日 全国版 東京朝刊 社会35頁「群馬パチンコ店員2人殺害 「死刑」被告、控訴取り下げ 弁護側は「無効」主張」(読売新聞東京本社)
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- ↑ 『読売新聞』2006年5月31日 全国版 東京朝刊 一面1頁「オウム真理教公判 松本被告の異議棄却 死刑確定強まる/東京高裁」(読売新聞東京本社)
- 1 2 『読売新聞』2006年8月18日 全国版 東京夕刊 夕2社18頁「オウム・土谷被告、2審も死刑 「一連の事件の中核」/東京高裁判決」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2006年9月29日 全国版 東京夕刊 夕2社18頁「群馬のパチンコ店員2人殺害 高裁も死刑」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『毎日新聞』2006年9月29日 東京夕刊 社会面12頁「埼玉・行田のパチンコ店員強殺:2審も死刑支持--東京高裁判決」(毎日新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2012年10月18日 全国版 東京朝刊 B経 8頁「参院選「1票の格差」最高裁判決要旨」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』2010年5月15日 朝刊 茨城・1地方31頁「東海村の臨海事故で被曝、健康被害認めず 最高裁、上告を棄却 /茨城県」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2010年10月27日 全国版 東京朝刊 3社37頁「オウム死刑囚 再審棄却」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』2011年4月29日 朝刊 2社会34頁「中洲元ママの無期が確定へ 最高裁、殺人罪の上告棄却【西部】」(朝日新聞西部本社)
- ↑ 『読売新聞』2011年10月18日 全国版 西部朝刊 西社会35頁「大牟田4人殺害 親子4人 死刑確定へ 父と長男も上告棄却」(読売新聞西部本社)
- ↑ 『読売新聞』2011年10月21日 全国版 西部朝刊 西社会35頁「一家4人殺害 Z被告 死刑確定へ 上告棄却 「実行の重要部分担当」」(読売新聞西部本社)
- ↑ 『読売新聞』2012年3月29日 北海道 東京朝刊 札2社38頁「蘭越の母子殺傷、無期懲役確定へ=北海道」(読売新聞北海道支社)
- ↑ 『読売新聞』2012年3月29日 全国版 東京朝刊 社会39頁「東金の園児殺害 懲役15年確定へ 被告の上告棄却」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『毎日新聞』2012年7月13日 大阪朝刊 総合面28頁「香川・坂出の3人殺害:最高裁が上告棄却、死刑確定へ」(毎日新聞大阪本社)
- ↑ 『読売新聞』2012年9月6日 全国版 西部朝刊 西3社29頁「琴光喜恐喝 実刑確定へ」(読売新聞西部本社)
- ↑ 『毎日新聞』2013年6月26日 東京夕刊 社会面9頁「熊本・3歳女児殺害:上告棄却、無期懲役確定へ」(毎日新聞東京本社)
- 1 2 3 『毎日新聞』2014年7月18日 東京朝刊 一面1頁「DNA鑑定:父子関係確認訴訟「DNA鑑定で父子」認めず 血縁より民法優先--最高裁初判断」(毎日新聞東京本社)
- ↑ 『毎日新聞』2014年7月25日 東京朝刊 総合面29頁「兵庫・明石の砂浜陥没事故:4被告の上告棄却」(毎日新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』2015年1月29日 朝刊 福井全県・1地方31頁「最高裁が原告の上告を棄却 県議会自民の政務費返還訴訟 /福井県」(朝日新聞大阪本社)
参考文献
[編集]- 控訴審 - 東京高等裁判所第11刑事部判決 2004年(平成16年)10月29日 『TKCローライブラリー』(LEX/DBインターネット) 文献番号:28105255、平成15年(う)第2869号、『殺人、わいせつ略取、人質による強要行為等の処罰に関する法律違反、強姦、窃盗、拐取者身の代金取得、住居侵入、強盗、傷害被告事件』。
| 司法職 | ||
|---|---|---|
| 先代 仁田陸郎 |
1991年 - 1995年 |
次代 千葉勝美 |
| 先代 高橋省吾 |
1997年 - 2001年 |
次代 大野市太郎 |