日本において獄死もしくは恩赦された死刑囚の一覧

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日本において獄死もしくは恩赦された死刑囚の一覧は、日本の刑事事件で死刑が確定した死刑囚のうち、執行されなかった死刑囚の一覧である。

概要[編集]

死刑を執行されなかった理由として、恩赦により無期懲役などに減刑され死刑を免れる場合と、病死もしくは自殺によって死刑が執行されなかった場合がある。前者については1975年福岡事件の実行犯に対する恩赦が最後であるが、後者については比較的多い。なお、死刑判決を受けながらも後に冤罪が判明し、再審無罪が認められた元死刑囚については、別項を参照のこと。

戦後、恩赦で減刑になった死刑囚[編集]

  • デフォルトでは確定日(死刑確定日)の昇順に配列。事件名の列は死刑囚の仮名順にソートされる。
事件名(仮名) 事件発生日 確定日 恩赦日 備考
A/樺太・西柵丹強盗殺人事件 (A) 1944/10/23 1945/07/17 1949/12/24 ソ連軍樺太侵攻のため、公判記録が滅失。死刑執行手続が出来ないため、その特殊事情により恩赦。無期懲役に減刑。
A/名古屋愚連隊殺人事件 (A) 1947/06/21 1948/03/11 1949/03/23 犯行時17歳であったため、少年法改正により恩赦減刑。
A/志和堀村両親殺害事件 (A) 1948/06/12 1950/01 1952/04 広島県で発生した小学校助教員による尊属殺人[1]。他の死刑囚とともにサンフランシスコ講和条約批准恩赦で無期懲役に減刑。
Y/菅野村強盗殺人・放火事件 (Y) 1949/06/10 1951/07/10 1969/09/10 戦後女性死刑囚第1号、重度の精神障害などのために減刑。1979年病死。
A/小田原一家5人殺害事件 (A) 1949/09/14 1951/9/18 1952/04/28 犯行時19歳。一審判決時の判事が減刑のための運動をしたことでも知られる。仮釈放中の1984年7月8日に殺人未遂事件を起こした。
I/福岡事件 (I) 1947/05/20 1956/04 1975/06/17 殺害現場にいた実行犯が恩赦減刑。現場にいなかった「主犯」は死刑執行。主犯とされたNについては冤罪と指摘されている。

戦後、病死した主な死刑囚[編集]

  • デフォルトでは死去日の昇順に配列。事件名の列は死刑囚の仮名順・氏名の50音順にソートされる。
事件名(死刑囚名) 事件発生日 確定日 死去日 年齢 備考
たけうち けいすけ/三鷹事件(竹内景助) 1949/07/15 1955/06/22 1967/01/18 45 本人は陰謀論による冤罪を主張。東京拘置所が本人の頭痛の訴えを拘禁症状として無視したところ、脳腫瘍であり重度の痴呆状態に陥り死亡。後に国は竹内の遺族に慰謝料を支払った
ひらさわ さたみち/帝銀事件平沢貞通 1948/01/26 1955/05/07 1987/05/10 95 肺炎により死去。現在も冤罪との指摘がある。それゆえか最後まで死刑執行が行われなかった。
さとう まこと/牟礼事件佐藤誠 1950/04/13 1958/08/05 1989/10/27 81 実行犯による証言のみ。物的証拠がないため冤罪との指摘がある。再審請求8回。クモ膜下出血のため死亡。81歳。
U/愛知連続強盗殺人事件 (U) 1993/02-
1993/03
2001/09/20 2003/02/28 33 強盗で2名殺害、1名重傷。他にも窃盗など余罪多数。名古屋拘置所拘置中に突然死した。
T/波崎事件 (T) 1963/08/26 1976/04/01 2003/09/03 86 慢性腎不全のため死亡。物証と自白がないまま死刑が言い渡された為、冤罪との指摘がある。晩年は寝たきりの状態であった。
H/空知2女性殺人事件 (H) 1972/05
1974/05
1990/09/13 2004/06/04 70 本人は冤罪を主張。進行性胃癌による全身衰弱のため死亡。
M/自殺偽装夫殺害事件 (M) 1974/08
1978/04
1991/01/31 2007/07/17 75 女性死刑囚としては戦後5人目。急性心筋梗塞で入院し間質性肺炎を併発し病死。一件について無罪を主張し再審請求中だった。
U/岡山女性殺人事件 (U) 2001/08/09 2007/11/30 2008/02/07 68 胆管癌のため死亡。殺人罪で服役し仮釈放された無期懲役囚による再犯。歴史上初めて、法務大臣自身が死亡の事実を記者発表した。
S/山中湖連続殺人事件 (澤地和夫) 1984/10/11 1993/07/07 2008/12/16 68 警視庁警部。死刑再開への抗議のため上告取下げ、確定。2007年に胃癌が判明、手術したが完治せず、延命治療を拒否したため2008年12月16日、多臓器不全で死亡。69歳。再審請求中だった。公判中の1989年1月、手記『監獄日記 東京拘置所の四季』(彩流社)を出版。以後『東京拘置所死刑囚物語 獄中20年と死刑囚の仲間たち』(2006年3月 彩流社)・『なぜ死刑なのですか 元警察官死刑囚の言い分』(2006年10月 柘植書房新社)・『殺意の時 元警察官・死刑囚の告白』(2010年4月 彩流社(死後の刊行))を刊行した。共犯のIは1995年に死刑確定。
P/名古屋福岡連続殺人事件 (P) 1995/01 2006/11/24 2009/01/04 62 かつて交際していた女性を名古屋で殺害し、逃走先の福岡でタクシー強盗殺人をしたとして死刑が確定した在日韓国人。体調不良と発熱を訴え抗生剤を投与されたが、就寝中に肺炎になり翌日死亡が確認された。名古屋事件ついては無罪を主張し再審請求中だった。
W/高岡暴力団組長夫婦射殺事件 (W) 2000/07/13 2009/01/22 2009/05/02 56 暴力団組長。独居房内で吐血食道静脈瘤と診断され入院するが肝不全による出血ショックのため死亡。死刑判決確定4ヶ月弱で病死。もう一人の主犯も死刑が確定したが、2014年に名古屋拘置所で病死。共犯懲役18年がそれぞれ確定している。
A/三崎事件 (A) 1971/12/21 1990/10/16 2009/09/03 82 冤罪との指摘がある。敗血症で死亡。死刑確定の翌年に再審請求し、死亡時も地裁で審理されていた。晩年は糖尿病高血圧を患っていた。
I/神奈川2件強盗殺人事件 (I) 1988/12-
1989/01
2004/04/27 2009/10/27 72 本人は冤罪を主張。一審では二件のうち一件は無罪だったが、二審ではともに有罪となった。肺炎のため死亡。
Y/入間暴力団組員5人射殺事件 (Y) 2003/12/14 2008/04/24 2010/01/02 62 肝臓癌のため東京拘置所で死亡。
T/架空建設計画取引による連続殺人事件 (T) 1996/06/08
1996/11/19
2009/12/11 2010/04/14 66 小脳出血のため死亡。末期ガンであった。
S/高知連続保険金殺人事件 (S) 1987/01/17-
1992/08/16
2004/11/19 2011/01/27 83 無罪を主張。死刑確定時77歳。女性死刑囚としては最高齢。肝臓癌のため死亡[2]
K/警察庁広域重要指定118号事件 (K) 1986-1991 2004/06/25 2011/01/29 67 共犯6人のうちKを含む3人が死刑。Kは東京拘置所から仙台拘置支所に移送され、一般病院で胆管癌治療中に死亡。
ながた ひろこ/連合赤軍事件永田洋子 1971/08-
1972/02
1993/02/19 2011/02/05 65 脳腫瘍のため、東京拘置所で死亡。
W/日立女子中学生誘拐殺人事件 (W) 1978/10/16 1988/04/28 2013/06/23 74 再審請求中であった。クモ膜下出血のため東京拘置所で死亡。
S/警察庁広域重要指定118号事件 (S) 1986-1991 2004/06/25 2013/08/15 73 再審請求棄却。急性肺炎のため仙台拘置支所で死亡。
U/伊勢崎女子中学生殺人事件 (U) 1976/04/01 1989/12/08 2013/11/15 62 再審請求中であった。肺癌のため東京拘置所で死亡。
I/埼玉2女性殺人事件(I) 1973-1974 1989/06/13 2014/04/19 92 2件のうち1件については無関係を主張していた。前立腺癌のため東京拘置所で死亡。
N/豊中市2人殺害事件 (N) 1998/02/19 2006/06/13 2014/05/15 66 食道癌のため、大阪医療刑務所で死亡。
O/警察庁広域重要指定118号事件(O) 1986-1991 2004/06/25 2014/06/26 60 再審請求中であった。急性呼吸器不全のため東京拘置所で死亡。本事件の死刑確定囚3人は全員死刑を執行されぬまま病死。
O/あきる野市資産家姉弟強盗殺人事件(O) 2008/04/09 2013/12/17 2014/07/02 66 転移性脳腫瘍のため東京拘置所で死亡。
I/高岡暴力団組長夫婦射殺事件(I) 2000/07/13 2009/01/22 2014/07/16 67 旧姓O。元暴力団幹部。再審請求中であった。肝臓癌のため名古屋拘置所で死亡。本事件の死刑確定囚は両名とも死刑を執行されぬまま病死。
おくにし まさる/名張毒ぶどう酒事件(奥西勝) 1961/03/28 1972/06/15 2015/10/04 89 第9次再審請求中であった。肺炎のため八王子医療刑務所で死亡。
M/マニラ連続保険金殺人事件(M) 1994/12-
1996/6
2007/01/30 2016/01/22 61 双子の兄。肺炎のため八王子医療刑務所で死亡。共犯の弟と他1名も死刑確定囚。
K/広島・岡山連続強盗殺人事件 (K) 2003-
2004
2011/03/24 2016/02/14 84 上告中にアルツハイマー病と診断され、死刑確定後には嚥下性肺炎などを併発。再審請求を行っていたものの、認知症が進行していた。アルツハイマー病に伴う摂食障害と老衰のため広島拘置所外の病院で死亡。
S/埼玉愛犬家連続殺人事件 (S) 1993/04/20-08/26 2009/06/05 2017/03/27 75 元夫婦による犯行。元夫S。2016年11月頃から体調を崩し、病院で治療を受けていた。刑を執行されぬまま、2017年3月27日早朝、東京拘置所において病死。
だいどうじ まさし/連続企業爆破事件大道寺将司 1974/08/30-
1975/05/04
1987/03/24 2017/05/24 68 多発性骨髄腫のため東京拘置所で病死。
H/九州連続保険金殺人事件(H) 1978/03-
1979/05/
1988/03/08 2017/06/26 90 福岡拘置所で病死。
おだじま てつお/ マブチモーター社長宅殺人放火事件(小田島鐡男) 2002/08-
2002/11/
2007/11/01 2017/09/16 74 東京拘置所で病死。死亡時の姓は畠山。

戦後、自殺した主な死刑囚[編集]

  • デフォルトでは死去日の昇順に配列。事件名の列は死刑囚の仮名順・氏名の50音順にソートされる。
事件名(死刑囚名) 事件発生日 確定日 死去日 年齢 備考
Y/新潟デザイナー誘拐殺人事件 (Y) 1965/01/13 1971/05/11 1977/05/21 35 東京拘置所の独房の窓ガラスを割り、その破片で首を切り自殺。
T/福岡現金輸送車職員毒殺事件 (T) 1964/12/15 1969/12/23 1975/10/03 38 家庭不和解決のため金銭を奪うことを計画したTは、福岡県筑後市にて知り合いの市役所職員ら3人がボーナス資金を運搬していた乗用車に乗り込み青酸カリ入りの栄養剤を言葉巧みに飲ませた。一人は吐き出して助かったが二人はそのまま死亡した[3]。死刑執行当日の1975年10月3日朝、左手首を剃刀で切り付け自殺。死刑執行日の自殺は極めて稀である。以来、死刑囚に対し死刑執行の事前通告を一切しなくなったとされる。また当日は福岡2人連続殺傷事件のK死刑囚も死刑が執行されるはずであったが、Tの自殺のため延期され、Kは2日後の1975年10月5日に執行された。
O/平取猟銃一家殺人事件 (O) 1979/07/18 1993/12/10 1999/11/08 55 札幌拘置支所で入浴中、剃刀で首を切りつけて自殺。

脚注[編集]

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  1. ^ 広島県警察史編さん委員会編 『広島県警察史 下巻』広島県警察本部、1972年
  2. ^ 連続保険金殺人の死刑囚、医療刑務所で死亡:社会:YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  3. ^ 朝日新聞1969年12月23日夕刊