死刑の歴史
死刑の歴史では刑罰としての死刑の歴史について記述している。
目次
中世以前の死刑[編集]
死刑は、身体刑と並び、前近代(おおむね18世紀以前)には一般的な刑罰であった。また、「死刑」という刑罰があったわけではなく、多くの「死に至る(ことが多い)刑罰」が並行して用いられていた。たとえば壁に埋め込めたりして餓死させる方法もあった。
懲役・禁固などの自由刑が普及する前の時代(おおむね18世紀頃まで)には、現代とは異なり、死刑は必ずしも重罪に適用される刑罰とは限らず、比較的軽度の犯罪でも簡単に死刑が適用されるものであった。前近代における死刑は、多様な犯罪に適用される刑罰であったことから、単に「生命を奪う」ということのみを目的とするものではなく、身体刑の要素も含まれた複数の死刑方法が採用されていることが一般的であった。
みせしめの手段として死刑を残酷に演出するために、車裂き、鋸挽き、釜茹、火刑、溺死刑、石打ち、首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑、凌遅刑など、その執行方法は多種に及んだ。また公開処刑も古今東西行われていた。犯罪行為に対するものにかぎらず社会規範を破った事に対する制裁[1]として死刑が行われていた時代もあった[2]。
苦痛の多い「重罪用の死刑」や苦痛が少ない「軽犯罪用の死刑」、あるいは「名誉ある死刑」「不名誉な死刑」などが使い分けられており、処刑方法ごとに別種の刑罰と受け止められていた[3]。また、「生命を奪うことを目的とする刑罰」という現代的定義があてはまるとは限らず、「死亡する確率が極めて高い身体刑」という定義も可能だった。このような認識があったことの裏付けとして「生き残った場合には『刑は執行済』として放免される」という現象が見られたことを挙げることができる。「受刑者の死亡」自体が刑の目的となり、現代的な意味での「死刑」という概念が確立されるのは、のちの時代になってからである。他にも神明裁判で「死ねば(死ななければ)有罪」とされるように、結果的に裁判方法と刑が兼ねる場合も存在した。(死ななかった場合に有罪とされる場合は、改めて死刑に処された) 死体の処分法も刑に含まれることもあり、特にアブラハムの宗教であるユダヤ教、キリスト教では死体を焼かれると最後の審判の時に復活できないとされているため、受刑者の精神的重圧は強かった。
死刑が多様な犯罪への処罰として用いられてきたこと、また多様な死刑が存在していたことの理由としては、自由刑が普及するまでは「犯罪者を長期にわたって拘束・収容する」という発想・制度が存在しなかったことが挙げられる。結果として、再犯を防ぎ社会的な秩序を守るために死刑が適用されることが多かった[4]。
この時代の死刑には、犯罪者を社会から排除することだけではなく、犯罪抑制の観点から見せしめ・報復としての機能も重視されていた。そのため、特に重罪向けの死刑の場合は、「より残虐なもの」「より見栄えのするもの」であるよう工夫された。また秘匿して行うという発想はなく、しばしば祭りとして扱われた。古代では裁判・処刑は支配者の特権であり、斬首用の鉞や撲殺刑用の棍棒といった処刑用具は王権の象徴であった。
近代における死刑の変遷[編集]
近代に至って、西洋で人権という新しい概念が開発され、民主主義・資本主義への移行に伴い統治機構の整備・改革が行われるにつれ、死刑の扱いは変更された。
まず、啓蒙時代のカントやロックが、刑罰を「人権侵害に対する国家による報復である」と位置付け、死刑はあくまで生命権を侵害したもの、懲役は自由権を侵害したものに科せられるべきと論じた。そのため死刑は「重大犯罪に対する特別な刑罰」と位置づけられるようになり、比較的軽度の犯罪については新たに普及しはじめた自由刑に移行していった(自由刑の普及には、「受刑者を死なせるよりは、労働力として活用する方が社会にとってメリットがある」といった経済的事情もからんでいる)。
また、祭事性が否定され、非公開とされる傾向が強まった。
さらに、身体刑の要素が削減されて刑罰内容が「生命を奪う」ことに純化され、方法は「強い苦痛を与える方法」を避けて「ギロチン」「絞首刑」「電気椅子」「毒物注射」「銃殺刑」などの比較的短時間にあまり苦痛を伴わずに死ぬようなものに変わっていった。この変化にあわせて、多くの国で死刑の方法が1種類ないしごく少数の種類に統合され、死刑の中での区別が行われにくくなる(行われなくなる)という変遷も生じている[5][6][7]。
現代における死刑[編集]
概要[編集]
現代の一般的な法体系においては、死刑は一番重い刑罰とされる(極刑とも呼ばれる)。非常に重いとされる罪・主に殺人罪に対して科されるのが一般的である[8]。
21世紀初頭の時点では、死刑について、さまざまな国がさまざまな考え方をしており、人類としての合意は存在しない。その結果として、死刑存続国と廃止国の間では外国人が死刑になるような事件が起きると外交問題へと発展する事例も増えている[9]。シンガポールではオーストラリア人の麻薬犯罪者に対して一度死刑を執行したが、外交問題に発展し、以降は執行されなくなった。また、死刑判決が下る可能性がある犯罪者が死刑廃止国へ逃亡した場合には、引き渡しを拒否される事例も増えている。
死刑執行が多い国[編集]
アムネスティ・インターナショナルの報告によると、2004年の中国、イラン、ベトナム、アメリカを合わせた執行数は、世界で全執行数の97%を占める。2004年では全世界で執行された死刑囚の数の90%以上が中国で、3400人について執行された。中国では死刑方法は公開銃殺刑が主だったが薬殺も導入されつつある。
第2位はイランで159人である。イランや他のイスラーム国家の場合は、イスラム教の戒律を名目として離教や同性愛や不倫にも死刑が適用される。またレイプ被害者の女性が強姦の事実を認めた後、イスラーム法で定められた4人の証人による立証をしそこなったため死刑になる事例も存在する。加害者は死刑ではなく鞭打ち刑で済むこともある。
死刑の方法に関しても、イスラーム法に依拠した投石や生き埋めなどの死刑方法は、他国から残虐であると非難されている。
これに対しイスラーム国家の擁護者からの反論として、不倫、同性愛は汚らわしい性的倒錯であり、死刑になって当然であるという意見、投石や生き埋めなどの刑罰は慈悲深く慈愛遍きアッラーフのお定めになった神法であるという意見、離教は真実の教えイスラームを受け入れた後そこから離れた許されざる犯罪であるという意見などが出されている。(イランやサウジアラビアの場合は、死刑以外の刑でも常習窃盗犯には断手などの身体刑、障害の残る暴行においては手術によって同じ障害を与えるなどの徹底した応服主義に則っているので死刑以外の刑の非難も多い)。
ちなみにレイプ被害者が死刑にされたという事例は、イランで2004年8月14日に死刑判決が下り翌朝執行された16歳の少女である。この少女は13歳の頃に少年と2人きりでいたという理由で鞭打ち刑を受けた経験がある少女で、51歳の既婚の男性からレイプされそのことを黙っていたことによる罪で逮捕され、近所住民から彼女は不道徳であるという訴えを加え、裁判でレイプされたことを実証出来なかった上に着ていたベールを裁判中に投げた結果、死刑判決が下ることとなった。裁判では見た目から彼女の年齢を22歳ということにさせられ、また死刑執行の際に家族に死刑執行することを伝えなかった。また、この加害者の男性は95回の鞭打ち刑で済んだ。この内容を2006年になりBBCが伝えた。
米国では59件の執行があり、執行方法は薬殺で、ネブラスカ州のみ電気椅子で死刑が行われる。人口比率で最大なのはシンガポール。人口が400万あまりの小さい都市国家で、2001年に70件死刑執行された。なお、日本では、2006年には4人、2007年には9人、2008年には15人に対して死刑執行が行われており、ここ数年で急増している。
シンガポールは麻薬に対し極端に厳しく、量の多少にかかわらず麻薬を所持していた者、密輸しようとした者等は(外国人であっても)殆どの場合で死刑に処される。死刑判決についてシンガポールと麻薬所持が露見した者が籍を置く国との間で外交問題になることがある。
多くの国では未成年者を処刑することを禁止しているが、犯行時18歳未満であった者を処刑した国が、1990年以降に8ヶ国存在した。このうち、米国は1990年以降、犯行時に16歳だった者を含む19人を処刑し、世界一の執行数を記録している。
死刑制度の現状[編集]
死刑制度が存置し、かつ死刑の執行が行われている国の一覧[編集]
世界の国のなかには死刑制度は存置(刑事事件では適用されなくても戦時犯罪では適用される等)している国もすくなくないが、ロシアや韓国のように死刑制度があり、死刑判決が言い渡されていても10年以上死刑執行が行われていなければ、事実上死刑制度停止国としてカウントされている場合もある。
そのため下記の表は死刑の執行が行われている国の一覧である。なお、いずれも公式な裁判によって死刑が確定し死刑の執行が行われたものであり、治安部隊が秘密裏に故意に殺害した場合や秘密裁判による非公開の死刑執行が行われている可能性のある国は含まれていない。
- 2006年の一覧
- アメリカ合衆国
- 中華人民共和国
- アフガニスタン
- バングラデシュ
- イラン
- イラク
- エチオピア
- 日本
- バーレーン
- ボツワナ
- エジプト
- 赤道ギニア
- インドネシア
- ヨルダン
- 朝鮮民主主義人民共和国
- クウェート
- マレーシア
- モンゴル
- パキスタン
- サウジアラビア
- シンガポール
- ソマリア
- スーダン
- シリア
- ウガンダ
- ベトナム
- イエメン
- 以上27ヶ国[10]であった。
- 2007年の一覧
- この年には24ヶ国で1252人に対する死刑の執行が確認されているという[11]。また51ヶ国の3347人の刑事被告人に死刑を宣告された。ただし、これらの数字は確認できる最小限の数字であり、秘密警察などによる拷問による死亡や、正規の刑事手続きによる裁判を行わずに、当局が即決で死刑にしたような場合はもっと存在すると言われている。
- これは死刑の執行に関して秘密行刑主義を採っている国が多いためであり、中国、シンガポール、マレーシア、モンゴル、北朝鮮といったアジア諸国では公式発表は正確ではないといわれている。特に北朝鮮では密輸や密出国者、窃盗犯を裁判せずに即決の公開処刑しているとの報道もある。またミャンマー(ビルマ)は公式には死刑執行はないとされてはいるが、2007年ミャンマー反政府デモでは多くの市民が犠牲になっており、日本人カメラマンの長井健司のように故意(ミャンマー当局は否定しているが)に兵士に狙撃[12]されたほか、別の場所に連行された僧侶の遺体が川に浮かんでいたとの報道もあった。そのため下記の数値は最小のものであり、実際にははるかに多くの死刑執行が行われている可能性が高い。
| 国名 | 死刑執行者数 (2007年) | |
|---|---|---|
| 中華人民共和国 | 470+ | |
| イラン | 317+ | |
| サウジアラビア | 143+ | |
| パキスタン | 135+ | |
| アメリカ合衆国 | 42+ | |
| イラク | 33+ | |
| ベトナム | 25+ | |
| イエメン | 15+ | |
| リビア | 9+ | |
| 日本 | 9 | |
| シリア | 7+ | |
| スーダン | 7+ | |
| バングラデシュ | 6 | |
| ソマリア | 5+ | |
| 赤道ギニア | 3 | |
| シンガポール | 2 | |
| クウェート | 1+ | |
| インドネシア | 1+ | |
| ボツワナ | 1+ | |
| ベラルーシ | 1+ | |
| エチオピア | 1 | |
| エジプト | 不明 | |
| 北朝鮮 | 不明 | |
| 数字の後ろに+が付いている国は最小推定値である | ||
以上のことから、中国の死刑執行が際立って多いが、イスラム法による厳罰主義を採っているアラブ諸国も多い。なお中国政府は2007年に1860人以上に死刑判決を出しているとしているが、政府に都合の悪い情報公開を行わない国であり、死刑に関する統計は内政問題であるとして国際社会に充分に開示していない。そのため、中国の死刑執行は公表されている数値よりも多く、アメリカのある財団は6,000人が処刑されているとの推計を出している。そのため、人口が世界最大とはいえ処刑が多く欧州諸国から人権侵害との国際的非難を受けている。同様に麻薬所持で死刑が執行される厳罰主義のシンガポールも非難を受けている。
また日本は先進国ではアメリカについて多いが、州知事が死刑執行命令書を出すアメリカと違い、法務大臣が死刑執行命令を出している為、政府が積極的に死刑制度推進を進めているといえるため、前述のように欧州諸国から「日本の人権問題」として中国と同様に非難を浴びる場合もある。
死刑制度を全面的に廃止した国の一覧[編集]
下記の表であるが、法律上死刑を廃止した年と、戦時を除く通常犯罪に対する廃止年である。また参考に最後に死刑執行が行われた年も判明している場合記載している。これから判るように長期の死刑執行猶予期間を経て死刑が廃止される国も少なくない。実際に「ギネスブック」に「1798年に世界で最初に死刑を廃止した国家」として掲載[13]されているリヒテンシュタイン公国の実際の死刑制度廃止年は1987年(最後の死刑執行が行われた年は1785年)の事であり、それまで2世紀にわたり事実上死刑存置国であった。また平時で死刑が廃止されていても、戦時では死刑が執り行われる場合もある。
- 出典:亀井静香『死刑廃止論」花伝社 2002年を最新データに更新して改変
- 中華人民共和国のうち香港とマカオは死刑を廃止している。
- アメリカ合衆国のうち14州とコロンビア特別区、海外領土は死刑を廃止している。
- ロシアや韓国など死刑制度凍結国は除く。
脚注[編集]
- ^ たとえば、中世ヨーロッパでは姦通を犯した既婚者女性は原則的には溺死刑に処せられていた。
- ^ ただし、現在でもイスラム法を重要視している国では不倫や婚前前性交渉を理由に死刑になる場合も存在する
- ^ たとえば、結果として死亡する刑罰として、日本の江戸時代には「切腹」「斬首」「磔」「鋸挽」「火罪」「下手人」「死罪」「獄門」の8種が規定されており、それらは別種の刑罰とされ、適用される罪もそれぞれ異なっていた。うち「切腹」は武士に対する名誉を保った死刑、「斬首」は武士に対する不名誉死刑であり、結果として死ぬことは同じであるにせよ、「切腹」と「斬首」の間には天と地ほどのひらきがあった。死刑の種類は、地域的・歴史的に実に数多くのヴァリエーションが存在した。
- ^ なお、犯罪者を社会から隔離し再犯を防止するための手法として、流刑が存在した。イギリスにおけるオーストラリアへの流刑や、日本における伊豆諸島への流刑・所払いなどの事例をあげることができる。これらは「自由刑」と理解することも可能なものではあるが、現代的自由刑とは発想が異なり、コミュニティからの追放・排除を主たる目的とするものであった。
- ^ 近代になると死刑執行方法として最終的には絞首刑と斬首刑が残ったが、どちらが人道的な刑罰なのかについては国によって意見が分かれている。フランス、ドイツ、スェーデンなどでは絞首刑を廃止して斬首刑のみになっているが、イギリスを初めとするイギリス連邦諸国では斬首刑を廃止して絞首刑のみになっている。日本も斬首刑を廃止して絞首刑のみとなった国である。フランスでは死刑の方法を単一化するに当たって、絞首刑と斬首刑のどちらにするかで議論が起きている、その結果として斬首刑を行う専門の装置となるギロチンが誕生している。
- ^ 例外的に、アメリカでは近代になるほどガス室、電気椅子、薬殺など多様な死刑執行方法が開発され、並行して使われるようになった。
- ^ 現代でも斬首刑、絞首刑、銃殺刑が平行して実施されている国としては、サウジアラビアなど一部のイスラム法の国を挙げることができる。
- ^ ただし、このあたりは各国法制度の設計にはかなりの幅があり、重い経済犯罪や強姦・麻薬などに対しても死刑が選択される国もある。
- ^ 死刑を宣告された犯罪者が死刑を廃止した国の国民である場合には、外交問題への発展を避けるために、減刑や執行停止が行われる事例が多発している。
- ^ [1]
- ^ Death Sentences and Executions in 2007Amnesty International website. Retrieved on 2008-05-10閲覧
- ^ 2008年9月28日の毎日新聞によれば、軍事政権がカメラマンを銃撃する命令を兵士に伝達していたという。そのため軍事政権が事前に「処刑」命令を出していたといえる
- ^ 『ギネス世界記録2006』ポプラ社 123頁