北朝鮮における死刑
ここでは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)における死刑について解説する。
概要[編集]
北朝鮮における死刑執行の個々の事例は、確かな検証をすることがほとんど不可能である。北朝鮮での死刑が執行されたという報告の多くは、北朝鮮からの脱北者へのインタビュー、北朝鮮からのメディア分析、情報機関による機密情報の分析、時には衛星画像に一部基づいている。
韓国の新聞中央日報によると、2013年11月3日、軽犯罪で少なくとも80人が処刑された。 韓国製の映画を見た、 ポルノを見た、聖書の所持等の罪状により、 元山、清津、沙里院、平城などの北朝鮮の都市で同時に処刑されたという。元山市の証人によると、シンポン競技場で8人が公開処刑された時、1万人の住民が見守らなければならなかった [1]。
2013年12月13日、北朝鮮の国営メディアは、北朝鮮の実質的支配者である金正恩第一書記の叔父で金正日の妹の夫である、張成沢の死刑執行を発表した[2]。張成沢は射殺部隊によって処刑されたと考えられている。韓国国家情報院は、張成沢に最も近い補佐官の2人、イ・ヨンハとジャン・スキルが11月中旬に処刑されたと考えている。
2014年に、国際連合人権理事会は、政治犯やその他の犯罪、刑事裁判の有無に関わらず、刑事訴追の多くの事例を調査し、北朝鮮における人権に関する調査委員会報告書を作成した。 委員会は、粛清と殺人を含むこれらの人権侵害行為が、人道に対する罪のレベルにまで達していると判断した。
刑務所や収容所での死刑[編集]
アムネスティ・インターナショナルは、北朝鮮の政治犯収容所では、拷問と死刑が広がっていると述べている。証言によると、北朝鮮の刑務所では、銃殺、斬首、絞首などにより秘密裏に死刑が執行されている 。 死刑は抑止の手段として用いられ、しばしば拷問が伴う。囚人は、食糧を盗んだり、収容所から逃げようとしたり、棄教を拒否したり、政府を批判したとの罪状で処刑される。
公開処刑[編集]
北朝鮮は、2000年頃から公開処刑を国際的な批判を受け控えていたが、2007年10月に再開した。 公開処刑された有名な者には、麻薬密売と横領の罪で有罪判決を受けた公務員が含まれる。 殺人、強盗、強姦、薬物取引、密輸、海賊行為、破壊行為などの罪で有罪判決を受けた一般人も、主に銃撃隊によって処刑されたと報告されている。 北朝鮮政府は国内の犯罪統計を公表していない。
2007年10月、韓国の援助団体「グッドフレンズ」の報告によると、工場の地下室に設置された13台の電話機から国際電話をかけられた平壌南部の工場長が、15万人の観衆の前で銃撃隊によって公開処刑された。また、観客が去った後に急きょ6人が処刑されたと報告した。 別の例では、国境を越えて中国へ渡った脱北者15人が公開処刑された。
国連総会第3委員会は、公開処刑も含めた、北朝鮮政府による多くの人権侵害の報告に「非常に深刻な懸念」を表明し、50カ国以上が共同提案した決議案を採択した。 北朝鮮は、この決議案が不正確で偏向していると非難したが、それでも192加盟国による国連総会における最終投票に付せられた[3]。
2011年には、韓国から国境を越えて飛んできた宣伝チラシを取り扱った罪状により、500人の観衆の前で2人が処刑された。これは、 金正日の息子金正恩が後継者としての地位を確立するための、イデオロギー的支配強化キャンペーンの一環として行われたとされる。
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ “北朝鮮が休日に7都市で80人を公開処刑、機関銃で乱射(1)”. 中央日報日本語版. (2013年11月11日) 2017年2月12日閲覧。
- ^ “張成沢氏の死刑執行=北朝鮮”. ロイター. (2013年12月13日) 2017年2月12日閲覧。
- ^ “第69回国連総会第3委員会における北朝鮮人権状況決議の採択(外務大臣談話)”. 外務省. (2014年11月19日) 2017年2月12日閲覧。
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