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この項目では、日本で死刑が確定した歴代の死刑囚の一覧について説明しています。
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日本における死刑囚の一覧は、日本の刑事裁判で死刑判決が言い渡された主な死刑囚の確定順による一覧である。下級審で死刑判決を言い渡された後、上訴中に死亡した者については死刑確定囚ではないためここに含めない。
死刑囚の項目では、未執行死刑囚と執行済死刑囚の一覧があるが、この項目は明治維新後1870年以降に死刑判決が言い渡された死刑囚の確定順の一覧である。そのため、恩赦で無期懲役に減刑されたものや、冤罪が指摘されている死刑囚、再審で無罪が確定し冤罪であったとされる元死刑囚も含まれる。なお一覧が膨大であるうえに詳細のわからない事件などがあるため、完全なリストではない。また1945年以前については書籍などによって詳細がある程度判明するものについて記載している。死刑囚の氏名についてはイニシャル表記を原則とするが、死刑囚本人が氏名を明らかにして著作などを発表している場合や、事件名称に死刑囚当人の氏名が付されて通称されている[注釈 1]場合、その他個別に氏名が広く認知されているなどの理由で実名または筆名表記としているものもある。
有名な事件である場合には具体的な事件名を記述しているが、その他詳細が判明しない場合には事件名は罪状名をもとに便宜上つけたものもあることに留意されたい。
なお「判決確定日」であるが、特記事項がない場合、最高裁ないし下級審の場合には死刑判決が言い渡された判決公判が開かれた年月日が記入されている。地方裁判所の判決を不服として控訴する場合、判決公判から14日とされている(刑事訴訟法第373条)。そのため一審の死刑判決が控訴せずに実際に確定するのは2週間後である。また控訴取下げの場合は、取り下げにより原判決が確定した日である。ただし最高裁判決を「誤りがある」として10日以内に被告人などの当事者が発見した時には、申し出で訂正することができる(刑事訴訟法415条)とあるため、実際に最高裁判決が実際に確定するのは10日後である(刑事訴訟法418条)。ただし現実に最高裁判決が誤りがあるとして死刑判決が訂正されたことはない。
2017年12月19日現在、法務省によると「同日時点で死刑が確定している死刑囚は123人。このうち、同日時点で再審請求しているのは94人」で、同省は「犯行時に少年だった死刑囚の人数については公表を控える」としている[1][2]。
1870年代[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 石鐵県死刑囚蘇生事件(田中藤作) |
1872年11月 |
1871年8月15日 |
放火犯。死刑執行も、不備により蘇生。再度の死刑執行はされず。
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| 紀尾井坂の変(島田一郎) |
1878年7月27日 |
1878年5月14日 |
大久保利通殺害犯、同志5人とともに判決確定1時間後に斬首刑に処せられた。30歳。
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| 紀尾井坂の変(長連豪) |
1878年7月27日 |
1878年5月14日 |
上記共犯で斬首。23歳。
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| 紀尾井坂の変(杉本乙菊) |
1878年7月27日 |
1878年5月14日 |
上記共犯で斬首、30歳。1889年に大赦。
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| 紀尾井坂の変(脇田巧一) |
1878年7月27日 |
1878年5月14日 |
上記共犯で斬首。29歳。1889年に大赦。
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| 紀尾井坂の変(浅井寿篤) |
1878年7月27日 |
1878年5月14日 |
上記共犯で斬首。25歳。1889年に大赦。
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| 紀尾井坂の変(杉村文一) |
1878年7月27日 |
1878年5月14日 |
上記共犯で斬首。18歳。1889年に大赦。
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| 東京・浅草蔵前古物商強盗殺人事件(高橋お伝) |
1879年1月31日 |
1876年8月23日 |
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1880年代[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 秩父事件(田代栄助) |
1885年2月19日 |
1884年10月31日-11月9日 |
政府に対する武装蜂起。1885年5月17日執行。52歳。
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| 秩父事件(加藤織平) |
1885年2月19日 |
1884年10月31日-11月9日 |
上記共犯で処刑。37歳。
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| 秩父事件(高岸善吉) |
1885年2月19日 |
1884年10月31日-11月9日 |
上記共犯で処刑。37歳。
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| 秩父事件(坂本宗作) |
1885年2月19日 |
1884年10月31日-11月9日 |
上記共犯で処刑。32歳。
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| 秩父事件(新井周三郎) |
1885年2月19日 |
1884年10月31日-11月9日 |
上記共犯で処刑。24歳。
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| 秩父事件(菊池貫平) |
1885年2月19日 |
1884年10月31日-11月9日 |
上記共犯で死刑判決を受けるも、逃走中だったため欠席裁判となる。1886年に強盗教唆で逮捕されて収監されるが、大日本帝国憲法発布の大赦で免罪、別件で無期懲役。1905年に出獄、1914年死去。
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| 秩父事件(井上伝蔵) |
1885年2月19日 |
1884年10月31日-11月9日 |
上記共犯で死刑判決を受けるも、逃走中だったため欠席裁判となる。北海道で変名で生活し、1918年に死去。
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| 人力車夫殺人事件(赤井景韶) |
1885年6月9日[3] |
1884年 |
高田事件で重禁錮9年の判決を受けて服役中に脱獄し、逃走中に人力車夫を殺害して逮捕された。1885年7月27日執行[4]。27歳。
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| 加波山事件(富松正安) |
1886年8月12日 |
1884年9月23日 |
栃木県令三島通庸暗殺未遂。1886年10月5日執行。38歳。
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| 加波山事件(保多駒吉) |
1886年8月12日 |
1884年9月23日 |
上記共犯で処刑。27歳。
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| 加波山事件(琴田岩松) |
1886年8月12日 |
1884年9月23日 |
上記共犯で処刑。25歳。
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| 加波山事件(小針重雄) |
1886年8月12日 |
1884年9月23日 |
上記共犯で処刑。23歳。
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| 加波山事件(杉浦吉副) |
1886年8月12日 |
1884年9月23日 |
上記共犯で処刑。43歳。
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| 加波山事件(三浦文治) |
1886年8月12日 |
1884年9月23日 |
上記共犯で処刑。31歳。
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| 加波山事件(横山信六) |
1886年8月12日 |
1884年9月23日 |
上記共犯で死刑判決を受けるが、執行前の1886年9月3日に肺病のため獄死[5]。24歳。
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| 「青森の亭主殺し」事件(小山内スミ) |
1886年11月6日 |
1886年8月18日 |
12月執行。青森県陸奥国中津軽郡鬼沢村で自分の夫を浮気相手と殺害。法に反して公開で斬首刑に処されたという。地元では数え歌が作られたり、『鬼沢新聞・枕の刃』という覗きメガネが作られた。[6]
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| 「青森の亭主殺し」事件(小野長之助) |
1886年11月6日 |
1886年8月18日 |
12月執行。上記共犯。[6]
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| 「ピストル強盗[7]」事件(清水定吉) |
1887年8月[8] |
1882年-1886年 |
日本最初のピストル強盗。1887年9月7日執行[8]。
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1890年代[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 連続針金強盗殺人事件(貝原喜勢冶) |
1897年3月 |
1894年-1897年 |
連続強盗殺人犯、処刑場に護送中に脱獄し警察官と格闘した際の傷で1897年12月死亡[9]。
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| 連続針金強盗殺人事件(福永友三郎) |
1897年3月 |
1894年-1897年 |
上記共犯、護送中に一緒に脱獄し警察官と格闘し首を切り落とされ1897年6月死亡[9]。
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| 連続針金強盗殺人事件(湊蔵蔵) |
1897年3月 |
1894年-1897年 |
上記共犯、護送中に一緒に脱獄したが、再逮捕され広島監獄に収監[9]。
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| 連続針金強盗殺人事件(明石章吉) |
1897年3月 |
1894年-1897年 |
上記共犯、護送中に一緒に脱獄し、以後消息不明[9]。
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| 山陽鉄道列車強盗殺人事件(岩永元吉) |
1899年2月27日 |
1898年12月2日 |
走行中の夜行列車で陸軍大尉を殺害、列車内の殺人は日本国内では最初[10]。1899年10月30日執行。
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| 山陽鉄道列車強盗殺人事件(中島多次郎) |
1899年5月3日 |
1898年12月2日 |
上記共犯者、一審は無期だったが、検察が控訴し逆転死刑判決。1899年10月30日執行。
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1900年代[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 「紬屋殺し[11]」事件(大久保時三郎) |
1906年11月17日 |
1905年11月8日 |
紬屋1人を誘い出し殺害。そして紬屋仲間1人を偽の書状で誘い出しこれも殺害。反物を質に入れ400円を得る。さらに2人に借金をしたが返済がないと嘘を言い、家人をだまし現金を得ようとした。共犯の妻は無期徒刑となった。また、別件で詐欺もしている[12]。1909年4月23日、死刑執行[13]。
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| 野口男三郎事件(野口男三郎) |
1907年10月10日[14] |
1905年5月14日 |
3件の殺人と1件の文書偽造で起訴。うち薬店店主殺害事件と卒業証書偽造が有罪となる。1908年7月2日死刑執行。
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1910年代[編集]
1910年死刑確定囚[編集]
1911年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 幸徳事件(幸徳秋水) |
1911年1月 |
1910年6月 |
天皇の暗殺を計画した大逆罪[注釈 2]の首謀者として死刑、判決6日後の1月24日に執行、39歳。ただし実際には死刑判決を受けた24人(12人は恩赦減刑)のうち、陰謀に加担[注釈 3]していたのは5人のみであり、幸徳秋水も含む19人は冤罪だったと言われている。政府による社会主義者弾圧事件であったとされている。
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| 幸徳事件(管野スガ) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
女性の社会運動家、彼女のみ1月25日に執行、29歳。実際に陰謀に加担していた。
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| 幸徳事件(森近運平) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、30歳。実際は陰謀に加担していたと言われている。
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| 幸徳事件(宮下太吉) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、25歳。実際は陰謀に加担していたと言われている。
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| 幸徳事件(新村忠雄) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、23歳。実際は陰謀に加担していたと言われている。
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| 幸徳事件(古河力作) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、26歳。実際は陰謀に加担していたと言われている。
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| 幸徳事件(奥宮健之) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、44歳。
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| 幸徳事件(内山愚童) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
僧侶の社会主義者。1月24日に執行、36歳。
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| 幸徳事件(大石誠之助) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、43歳。
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| 幸徳事件(松尾卯一太) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、31歳。
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| 幸徳事件(新美卯一郎) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、32歳。
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| 幸徳事件(成石平四郎) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
1月24日に執行、29歳。兄も同罪として死刑判決を受けたが恩赦減刑。
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| 幸徳事件(高木顕明) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
住職を務める和歌山県の浄泉寺で幸徳の談話会を寺で開催したことを咎められ死刑判決。後に恩赦減刑されたが1914年に自殺、50歳。判決前に僧籍剥奪処分を受けたが1996年に僧籍復帰の名誉回復が行われた。
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| 幸徳事件(峯尾節堂) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、恩赦減刑されたが1919年に獄死。
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| 幸徳事件(岡本一郎) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、恩赦減刑されたが1917年に獄死。
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| 幸徳事件(三浦安太郎) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、恩赦減刑されたが1916年に自殺。
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| 幸徳事件(佐々木道元) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、恩赦減刑されたが1916年に獄死。
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| 幸徳事件(成石勘三郎) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
弟平四郎とともに同罪として死刑判決を受けたが弟処刑後に恩赦減刑された。1929年仮出所、1931年死去。
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| 幸徳事件(坂本清馬) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、無期懲役に恩赦減刑。1934年仮出所、1947年特赦[注釈 4]。1961年に再審請求したが1967年に最高裁で棄却。1975年死去[15]。
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| 幸徳事件(崎久保誓一) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、無期懲役に恩赦減刑され、1929年に仮出所、1955年死去。
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| 幸徳事件(武田九平) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、無期懲役に恩赦減刑され、1929年に仮出所、1932年に事故死。
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| 幸徳事件(飛松与次郎) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、無期懲役に恩赦減刑され、1925年に仮出所、1953年死去。
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| 幸徳事件(小松丑治) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、無期懲役に恩赦減刑され、1931年に仮出所、1945年死去。
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| 幸徳事件(岡林寅松) |
1911年1月18日 |
1910年6月 |
死刑判決後、無期懲役に恩赦減刑され、1931年に仮出所、1948年死去。
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1912年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 岡山県勝田郡強盗殺人事件(J) |
1912年2月6日 |
1911年7月8日 |
勝田郡梶並村で、孫(当時32歳)が住居侵入罪の罰金20円が支払えず労役場留置処分を免れる為に金策協力を頼んだ祖父(当時74歳)に断られた。そのため祖父のへそくり50円を奪う為に殺害。1914年2月7日執行[16]。
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1913年死刑確定囚[編集]
1914年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 愛知貰い子殺人事件(坂倉しげ) |
1914年10月21日 |
1898年-1913年 |
養育できない私生児を金銭とともに引き取りながら殺害する貰い子殺人常習犯。犠牲者は200人以上とされる。共犯2人とともに1915年9月9日死刑執行。
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| 愛知貰い子殺人事件(沖つた) |
1914年10月21日 |
1898年-1913年 |
上記共犯者。
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| 愛知貰い子殺人事件(猪飼なか) |
1914年10月21日 |
1898年-1913年 |
上記共犯者。
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| 岡山興除村一家3人殺害事件(A) |
1914年12月16日 |
1914年9月26日 |
未亡人A(当時52)は養子一家が家督相続することを不満に思っていた。そこで情夫B(当時55)に借金230円の棒引きと400円の報酬を約束し、養子一家殺害を指示し自身は事件当日外泊しアリバイ工作をしていた。また近所には自分が虐待されているといった虚偽の噂を立てていた。1915年8月27日執行[17]
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| 岡山興除村一家3人殺害事件(B) |
1914年12月16日 |
1914年9月26日 |
上記共犯者。なおBは殺害の手助けをCにさせていたが、Cは懲役10年になった。主犯Aとともに1915年8月27日執行[18]
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1915年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 小石川七人斬事件(A、B) |
1915年10月22日 |
1915年3月15日 |
東京電燈会社小石川出張所において、同社主任以下7人が襲われ、5人が死亡した強盗殺人事件。1916年8月12日死刑執行[19]。
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1916年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 大米龍雲連続殺人事件(大米龍雲) |
1916年5月22日 |
1905年-1915年 |
僧侶による連続強姦強盗殺人事件。被害者の多くが尼僧であったことから「殺尼魔」と報道された。6月26日死刑執行。
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| 一家四人死刑事件(H) |
1916年7月8日 |
1914年12月30日 |
一家の父親が殺された事件について、一審では被害者の姑と妻、2人の息子の4人全員が死刑判決を受けた。控訴審では長男の単独犯行とされ、他の3人は無罪となった。死刑を維持された長男は、犯行は外部犯によるものとして無実を訴え続けるも、1917年12月8日執行[20]。
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1917年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| ドイツ海軍大尉夫人殺人事件(A) |
1917年10月26日 |
1917年2月25日 |
日本軍捕虜となった夫の世話をする為来日していた女性殺害事件。夫は妻の後を追って自殺。1918年3月11日執行。
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1918年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 鈴ヶ森おはる殺し事件(石井藤吉) |
1917年3月31日 |
1915年4月30日 |
同時期に検察は同じ事件で「単独犯」として2人の裁判を進め、一人は無罪になった。真犯人とされた石井は1918年8月17日執行。
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| 神戸山中妻殺害事件(A) |
1918年5月15日 |
1917年4月6日 |
養子を虐待する妻との離婚話がこじれた為、岡山市の男が神戸市の山中に連れ出して殺害。男は養子を実家に預けたあと外地に逃亡。1918年2月になって朝鮮から中華民国の青島へ逃亡しようとしていたところを逮捕。1919年2月19日執行[21]。
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1919年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 岡山巡礼女性殺害事件(A) |
1919年12月2日 |
1916年4月ごろ |
1916年4月に京都の寺院に巡礼に出かけるとして行方不明になっていた広島県高田郡の主婦が1917年4月18日になって岡山県都窪郡の廃坑で白骨死体として発見された。犯人として金銭目当てに被害女性の夫を広島県深安郡に呼び出し、山陽本線大門駅付近の山道で殺害しようとした殺人未遂の罪で服役中のAが逮捕起訴された。Aは殺害を否定し被害者は情夫の妻に殺害され自身は何者かにはめられたと主張したが、該当する人物は存在せず、そのうえAが妻に胴着するようにと渡した羽織が被害者が持参していたものと判明。それらを証拠に死刑が確定。1923年8月21日執行[22]。
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1920年代[編集]
1924年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 虎ノ門事件(難波大助) |
1924年11月13日 |
1923年12月27日 |
摂政宮(後の昭和天皇)暗殺未遂で大逆罪により有罪(法定刑は死刑のみ)確定2日後の11月15日死刑執行。
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1926年死刑確定囚[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 朴烈事件(朴烈) |
1926年3月25日 |
1925年 |
天皇暗殺を計画したとして無政府主義者の朝鮮人が有罪になるも4月5日に恩赦により減刑。1945年10月に釈放され韓国国務委員に就任したが朝鮮戦争の最中に北朝鮮へ連行され、1974年死亡(田中清玄によると処刑という)。
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| 朴烈事件(金子文子) |
1926年3月25日 |
1925年 |
女性無政府主義者で朴烈の愛人。共犯として死刑宣告も4月5日に恩赦で減刑。7月23日に獄死(当局発表は縊死)した。
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| 関東連続少女殺人事件(吹上佐太郎) |
1926年7月2日 |
1922年-1924年 |
27人を強姦し、うち6人を殺害。1926年9月28日死刑執行。
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1930年代[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 大岡山殺人事件(G) |
1931年4月20日 |
1925年9月6日 |
下記Tと共同で一家3人を殺害し、さらに3年後にもTとともに夫婦を殺害した。この間に大岡山事件の犯人として起訴されていた男性は、裁判中に獄死している。Gは控訴せず一審で確定し、1933年3月7日執行[23]。
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| 大岡山殺人事件(T) |
1932年4月5日 |
1925年9月6日 |
上記Gの共犯。最高裁まで争うも確定し、Gと同じく1933年3月7日執行[23]。
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| 日大用務員殺害事件(D) |
1932年8月29日 |
1930年12月 |
上告棄却。元用務員の男が日本大学に侵入し用務員を殺害し670円を奪った[24]。
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| 桜田門事件(李奉昌) |
1932年9月30日 |
1932年1月8日 |
昭和天皇暗殺未遂犯。1932年10月10日執行、32歳。
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| 十三釣堀屋事件(F) |
1933年3月8日 |
1931年3月1日 |
愛人と共謀して夫を殺害した被告人について死刑。1934年6月28日執行。共犯の愛人は無期懲役[25]。
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| 安田銀行玉島支店強盗殺人事件(O) |
1933年10月30日 |
1933年6月18日 |
現職警察官による銀行ギャング。1934年7月30日死刑執行[26]。
|
| 隅田川コマ切れ殺人事件(K) |
1934年9月19日 |
1934年6月 |
10月執行[27]。
|
| 福岡刑務所囚人殺害事件(D) |
1934年11月7日 |
1933年10月28日 |
上告棄却。殺人未遂で懲役20年、恩赦により刑期短縮も1929年に殺傷事件を起こし無期懲役になった受刑者が同囚の者に「死に損ない」と罵られたことに腹を立て刑務活動中に刺殺[28]。
|
| バス屋殺し事件(G) |
1936年3月30日 |
1931年8月27日 |
家業の利益目的で夫を殺害した被告人について死刑判決が下ったが、後に無期刑に減軽され、1943年頃に獄死。被告人と共謀したとされていた愛人の男性については、一審の死刑判決が控訴審で無罪へ覆った[29]。
|
| 浅草青酸カリ殺人事件(U) |
1936年8月3日 |
1935年11月21日 |
足袋屋経営の男が、顔なじみの小学校校長を紅茶の中に入れた青酸カリで毒殺し、教職員の給料を奪った。日本における青酸カリによる殺人事件第1号。1937年10月26日死刑執行[30]。
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| 松山城放火事件(F) |
1938年 |
1932年-1936年 |
西日本各地で公共施設45箇所を放火。1939年9月15日死刑執行。
|
1940年代[編集]
1945年死刑確定囚(9人?)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 樺太・西柵丹強盗殺人事件(S) |
1945年7月7日 |
1944年10月22日 |
樺太で発生した強盗殺人事件。死刑確定後、樺太がソ連軍に侵略され、公判記録が滅失し死刑執行手続きが不能になった特殊事情により、1949年12月24日、個別恩赦。無期懲役に減刑された[31]。
|
1948年死刑確定囚(33人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 強盗殺人事件(A) |
1948年1月 |
? |
友人を鉄棒で撲殺。
|
| 強盗殺人事件(A) |
1948年1月 |
? |
強盗に入った家で夫婦を射殺。
|
| 強盗殺人事件(A) |
1948年2月 |
? |
雇い主を斧で殺害。
|
| 名古屋愚連隊殺人事件(A) |
1948年3月11日 |
1947年6月21日 |
強盗に入った家人2人を布団で縛りつけ窒息死させた。主犯Aが死刑(控訴取下げで確定)であったが犯行時17歳であったため、少年法改正により1949年3月23日に無期懲役に減刑。
|
| 死刑制度合憲判決事件(A) |
1948年3月12日 |
1946年9月16日 |
犯行時19歳。夕飯を用意してもらえなかったことに逆上して母妹を殺害し遺体を井戸に遺棄。一審は無期懲役だった。最高裁が死刑制度は日本国憲法に反せず合憲とした判例。
|
| 小平事件(小平義雄) |
1948年11月16日 |
1945―1946年 |
連続強盗強姦殺人事件。10人殺害で起訴され、うち7人殺害で有罪となった。なお、小平には軍隊時代に山東出兵に派遣された際に現地の婦女子を殺害(軍規違反に問われず)したうえ、1932年に前妻の義父を殺害し懲役15年(二度の恩赦により8年で仮出所)を受けており、殺人前科があった。1949年10月5日死刑執行。
|
1949年死刑確定囚(33人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 奈良・手拭村強盗殺人事件(D) |
1949年5月28日 |
1946年12月11日 |
強盗団4人組による犯行。Dを主犯として死刑が確定し、後に執行されたが、1958年に出所した「従犯」が本当の主犯を恐喝して逮捕されDは濡れ衣であったという真相が発覚[32]。
|
| 大津野村強盗殺人事件(A) |
1949年7月31日 |
1945年12月18日 |
架空の商談話でおびき出した2人を殺害。共犯5人のうち2人が死刑に。
|
| 大津野村強盗殺人事件(C) |
1949年7月31日 |
1945年12月18日 |
上記共犯。
|
| 和歌山一家8人殺害事件(A) |
1949年8月18日 |
1946年1月29日 |
母親を虐待した兄嫁を恨み、兄一家8人を虐殺。死刑確定後1952年に恩赦により無期減刑、1968年に仮出獄
|
1950年-1954年[編集]
1950年死刑確定囚(25人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 強盗殺人事件(A) |
1950年1月 |
? |
無関係の人物を絞殺。控訴取下げ。
|
| 第二小平事件(K) |
1950年2月3日 |
1946―1947年 |
埼玉県で発生。司法の認定では3人殺害であるが、ほかに2人の殺害も自供。若い女性ばかり被害者であったことから。同様な小平事件からこの事件名で報道された。
|
| 強盗2人殺害事件(A) |
1950年2月 |
? |
|
| 志和堀村両親殺害事件(M) |
1950年2月21日 |
1948年6月11日 |
犯行時19歳、上告を取り下げにより死刑が確定したが、1952年4月、サンフランシスコ講和条約恩赦で無期減刑。
|
| 強盗2人殺害事件(A) |
1950年4月 |
? |
|
| 拳銃強盗殺害事件(A) |
1950年4月 |
? |
控訴取下げ。
|
| 愛人殺害事件(A) |
1950年5月 |
? |
控訴取下げ。
|
| 子供2人撲殺強盗事件(A) |
1950年5月 |
? |
|
| 子供2人撲殺強盗事件(B) |
1950年5月 |
? |
上記の共犯者。
|
| 知人絞殺強盗事件(A) |
1950年5月 |
? |
|
| 強盗事件(A) |
1950年5月 |
? |
|
| 強盗2人殺害事件(A) |
1950年5月 |
? |
|
| 警官ら2人射殺強盗事件(A) |
1950年6月 |
? |
|
| 強盗2人殺害事件(A) |
1950年5月 |
? |
|
| 下宿人大家家族2人殺害事件(A) |
1950年7月 |
? |
控訴取下げ。
|
| 知人夫婦強盗殺害事件(A) |
1950年7月 |
? |
|
| 警官射殺事件(A) |
1950年9月 |
? |
|
| 知人2人ハンマー撲殺強盗事件(A) |
1950年10月 |
? |
|
| 知人殺害事件(A) |
1950年10月 |
? |
|
| 雇用主殺害事件(A) |
1950年11月 |
? |
控訴取下げ。
|
| 強姦殺人事件(A) |
1950年11月 |
? |
|
| 知人親子3人殺害事件(A) |
1950年12月 |
? |
最高裁が下級審の判決を破棄し死刑判決。
|
1951年死刑確定囚(32人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 矢野村強盗殺人事件(F) |
1951年2月2日 |
1947年5月23日 |
兄弟で犯した強盗殺人について、死刑判決を受けた弟が、主犯は兄であると主張していた。兄もそれを裏付ける主張を行っていたが、弟の再審請求は容れられず、1953年2月20日執行。
|
| 菅野村強盗殺人・放火事件(A) |
1951年7月10日 |
1949年6月10日 |
犠牲者1人。戦後初の女性死刑囚。結核と精神病を罹患し1969年に恩赦減刑、1978年病死、63歳。
|
| 小田原一家5人殺害事件(A) |
1951年9月18日 |
1949年9月14日 |
大量殺人犯でありながら1952年恩赦減刑。1970年に仮出獄も、1984年に殺人未遂事件を起こし、懲役8年と仮出獄取消しで収監[33]。2009年10月27日獄死。
|
| 強盗3人刺殺事件(A) |
1951年12月 |
? |
|
| 拳銃強盗事件(A) |
1951年12月 |
? |
一審は無期懲役だった。
|
| 強盗2人撲殺事件(A) |
1951年12月 |
? |
友人を殺害。
|
| 強盗強姦殺人事件(A) |
1951年12月 |
? |
一審は無期懲役。強姦したうえ絞殺。
|
| 免田事件(免田栄) |
1951年12月25日 |
1948年12月28日 |
1983年7月、再審で無罪確定。冤罪事件。
|
| 強盗殺人事件(A) |
1951年12月 |
? |
知人を紐で絞殺。
|
| 強盗2人殺害事件(A) |
1951年12月 |
? |
知人2人を木刀とマフラーで殺害。
|
| 強盗2人殺害事件(B) |
1951年12月 |
? |
上記事件の共犯。
|
| 強盗殺害事件(A) |
1951年12月 |
? |
知人を棒で殺害。一審は無期懲役だった。
|
| 強盗強姦致死事件(A) |
1951年12月 |
? |
通行人ら2人を強姦し扼殺。犯行時少年だった。
|
1952年死刑確定囚(41人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 福岡連続強盗殺人事件(S) |
1952年4月21日 |
1951年5月-6月 |
事件当時19歳。裁判では自分は見張り役で主犯は逃亡していた古谷惣吉だと主張。Sの死刑執行後に古谷は逮捕され、懲役10年が確定。出所後に古谷惣吉連続殺人事件を起こす。
|
1953年死刑確定囚(25人)[編集]
1954年死刑確定囚(21人)[編集]
1955年-1959年[編集]
1955年死刑確定囚(14人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 帝銀事件(平沢貞通) |
1955年5月7日 |
1948年1月26日 |
1987年5月10日獄死、95歳。
|
| 三鷹事件(竹内景助) |
1955年6月22日 |
1949年7月15日 |
電車転覆致死等事件で6人死亡。ただし冤罪が指摘されている。1967年獄死、45歳。
|
| 栃木雑貨商一家殺害事件(K) |
1955年6月28日 |
1953年3月17日 |
上告棄却、白内障を患った母親の治療費欲しさに近所の雑貨商に侵入し、一家3人と使用人を殺害。最高裁上告中に脱獄、後に確保され、1955年6月28日に最高裁が上告を棄却。同年11月22日執行。死刑確定から執行までの期間は戦後最短。
|
| 神戸洋服商殺人事件(孫斗八) |
1955年12月16日 |
1951年1月17日 |
上告棄却、以前オーバーコートを購入した洋服商店に上り込み、夫婦2人を殺害。
|
| 新宿家政婦殺害事件[34](A) |
1955年12月20日 |
1951年5月25日 |
上告棄却、金銭の貸主宅に侵入し、同家の家政婦を殺害。
|
| 福島警察官殺害事件[35](A) |
1955年12月26日 |
不明 |
上告棄却、一審は無期懲役。駐在所巡査を殺害。
|
| 長野・松尾村強盗致死事件[36](A) |
1955年12月26日 |
不明 |
上告棄却、1人を刺殺。
|
| 門司3人殺人事件[37](A) |
1955年12月26日 |
不明 |
上告棄却、幼児3人を惨殺。
|
| 福岡・豊津村一家8人殺害事件(A) |
1955年12月26日 |
1953年 |
上告棄却、同居していた一家8人を惨殺。
|
1956年死刑確定囚(14人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 福岡事件(N) |
1956年4月 |
1947年6月17日 |
1975年6月17日執行、60歳。
|
| 福岡事件(I) |
1956年4月 |
1947年6月17日 |
1975年6月17日恩赦により無期減刑。1989年仮出獄、2008年11月死去、91歳。
|
1957年死刑確定囚(27人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 財田川事件(谷口繁義) |
1957年1月22日 |
1950年2月28日 |
高松地方検察庁で保存されていた捜査資料が破棄され死刑執行手続きが不可能になったうえに、古畑種基による証拠鑑定の杜撰さや被疑者に対する拷問といった問題点が明らかになった為、1984年3月12日に再審無罪となり放免された。
|
| 親族殺人事件(A) |
1957年2月 |
不明 |
鎌と棍棒で殺害し強奪。犠牲者1人、控訴棄却。
|
| 兵庫女性強姦殺人事件(I) |
1957年4月5日 |
1954年12月1日 |
通行人1人を強姦の上刺殺。少年犯罪、一審は無期懲役。上告棄却。
|
| 保土ヶ谷女性強盗殺人事件(U) |
1957年4月18日 |
1953年12月3日 |
通行人1人を強姦の上扼殺。上告棄却。
|
| 我孫子女子中学生殺害事件(S) |
1957年4月26日 |
1955年9月12日 |
通行人1人を扼殺。控訴取下げ。1959年11月11日執行[38] 28歳。
|
| 八王子マダム福笑い殺人事件(Y) |
1957年6月 |
1955年2月3日 |
1人を縄で絞殺、控訴取下げ。
|
| 佐賀雇主一家強盗殺傷事件(W) |
1957年6月27日 |
1952年1月3日 |
知人1人を日本刀で惨殺。
|
| 人違いバラバラ殺人事件(F) |
1957年7月19日 |
1954年9月5日 |
一審は無期懲役、控訴審最終尋問で証人を負傷させたことが問題に。1959年5月27日執行、40歳。
|
| 藤本事件(藤本松夫) |
1957年8月23日 |
1952年7月6日 |
1962年9月14日執行、40歳。死刑囚がハンセン病患者であったため、当時から捜査と裁判の不正さ、冤罪の可能性が指摘されていたが、国の委託を受けた日弁連法務研究財団[39]は、2005年に調査報告書で、「手続的保障が十分に尽くされ(ていた事件かという)視野に立った場合、藤本事件は、到底、憲法的な要求を満たした裁判であったとはいえないだろう」と指摘した[40]。
|
| 北海道・千歳強盗殺人事件[41](Y) |
1957年8月30日 |
1954年1月2日 |
一審は無期懲役、侵入先で夫婦を惨殺し子供1人を負傷させる。犯行時18歳4か月で確定時も21歳であり、ともに戦後最年少記録だった。犯行年齢最年少は光市母子殺害事件(判決確定2012年2月20日)により18歳1か月に更新されている。
|
| 十二銭五厘強盗殺人事件[42](I) |
1957年9月3日 |
1955年12月9日 |
手提金庫にあった硬貨を掴んだ際に83歳女性にみつかり「口封じ」のために殺害しボストンバッグを持って逃走。硬貨は法的には既に通用しない古銭だった。
|
| 梅田事件(H) |
1957年11月14日 |
1950年、1951年 |
Hは2件の強盗殺人の首謀者であるが、無関係の第三者を2人も巻き込み、そのうちUが無期懲役で服役し後に再審無罪になった冤罪事件でもある。青地晨の「魔の時間」によればHはUを巻き込むことで共犯を守ろうとした可能性を指摘している。1960年6月20日執行、37歳。
|
1958年死刑確定囚(21人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 中野質屋夫婦殺傷事件(T) |
1958年6月13日 |
1955年11月4日 |
遊興費に窮した男が質屋に押し入り、妻をナタで撲殺し夫は重傷。500円と腕時計を奪う[43]。
|
| 江戸川運転手殺害事件(I) |
1958年6月13日 |
1956年4月5日 |
江戸川区で運転手を殴り付近のハス田に投げ込み窒息死にし約2500円を奪った[44]。
|
| さとう まこと/牟礼事件(佐藤誠) |
1958年8月5日 |
1950年4月13日 |
実行犯による証言のみ。物的証拠がないため冤罪との指摘がある。再審請求8回。1989年10月27日、くも膜下出血のため死亡。81歳。
|
1959年死刑確定囚(12人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 北海道連続強盗強姦殺傷事件(A) |
1959年2月25日 |
1953年9月5日 1958年1月3日 |
一審確定、侵入先一家3人を惨殺。
|
| 杉並重役夫人殺害事件[45](A) |
1959年4月16日 |
1957年4月24日 |
一審は無期懲役で上告棄却、侵入先で1人を刺殺。
|
| 銀座雑貨商殺害事件[46](A) |
1959年4月16日 |
1955年3月5日 |
上告棄却、侵入先で1人を殺害。
|
| 長野一家4人殺傷事件(O) |
1959年4月23日 |
1956年12月30日 |
|
| 札幌重役夫人殺人事件(S) |
1959年4月28日 |
1955年3月5日 |
|
| 横浜母子強盗殺人事件(A) |
1959年6月9日 |
1957年5月17日 |
|
| 八王子マダム福笑い殺人事件(O) |
1959年6月16日 |
1955年2月3日 |
未成年、共犯のYは1957年確定。
|
| 品川トランク詰殺人事件(N) |
1959年9月18日 |
1956年6月30日 |
共犯の女性は懲役15年。
|
| 中野友人殺害事件[47](T) |
1959年9月18日 |
1956年12月 |
上告棄却、ネクタイで友人を絞殺。共犯は有期の懲役刑。
|
| 宇部市兄一家4人殺害事件[48](S) |
1959年9月18日 |
1957年3月 |
上告棄却、同居していた兄嫁と子供3人を惨殺。
|
| 北海道・羽幌強盗放火殺人事件[49](O) |
1959年12月4日 |
1956年4月4日 |
上告棄却、金に困り侵入先一家3人を惨殺。
|
| 東京・神奈川・埼玉連続婦女暴行殺傷事件[50](A) |
1959年12月15日 |
1954年7月4日ほか |
上告棄却。殺人2件のほか婦女暴行31件の余罪。
|
1960年-1964年[編集]
1960年死刑確定囚(33人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 日光中宮祠事件(A) |
1960年6月10日 |
1946年5月4日 |
強盗放火殺人、犠牲者6人も警察は一家心中と処理し、1955年まで真相が判明せず。1974年6月6日執行。
|
| 日光中宮祠事件(B) |
1960年6月10日 |
1946年5月4日 |
上記共犯。1974年6月6日執行。
|
| 京都・大映部長一家殺傷事件[51](K) |
1960年6月 |
不明 |
1962年執行。
|
| 宮城自動車販売店外交員殺人事件(A) |
1960年7月15日 |
1955年11月4日 |
購入したオート三輪の支払いに困り、代金の取立てに来た販売店の外交員を殺害し、手形を奪い死体を近所のりんご畑に埋めた[52]。
|
| 熊本質屋女性主人殺害事件[51](I) |
1960年8月4日 |
1958年10月30日 |
1962年執行。
|
| 広島・八本松タクシー強盗殺人事件(A) |
1960年8月4日 |
1957年1月29日 |
銀行強盗に使おうとタクシー運転手を射殺しタクシーを強奪[53]。また1961年4月に拘置所から脱獄し18時間後に拘束される事件も起こした[54]。
|
| 松山事件(斎藤幸夫) |
1960年11月1日 |
1955年10月18日 |
強盗放火殺人事件であるが、再審で捜査当局によって証拠の捏造と自白の強要が証明され冤罪として無罪になったのは、1984年7月であった。
|
| 島田事件(赤堀政夫) |
1960年12月5日 |
1954年3月10日 |
女子児童誘拐殺人事件であるが、自白調書作成と証拠鑑定[注釈 5]で問題が数多くあったことが再審で判明、1989年8月に無罪放免となった。静岡県警察警部であった「拷問王」紅林麻雄による冤罪犠牲者[注釈 6]のひとりとされている。
|
| 熊本饅頭屋夫妻殺人事件(M) |
1960年12月16日 |
1956年1月12日 |
上告審で被告人側弁護人が「死刑が相当」と「求刑」したのが問題に。1962年12月21日執行、26歳。
|
1961年死刑確定囚(24人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 和歌山愛人爆殺事件[55] (H) |
1961年2月 |
不明 |
元愛人ら2人をダイナマイトで殺害。裁判時62歳。執行日不明。
|
| 下関養父母殺害逃亡事件(A) |
1961年3月30日 |
1955年、1956年、1957年 |
養父母殺害後、身代わりにするため2人も殺害。1965年月日不明執行。
|
| 高岡質屋女性主人殺人事件(A) |
1961年6月6日 |
1960年3月14日 |
質屋の女性主人を殺害し、現金23,000円と時計を強奪[56]。
|
| 昭和郷アパート放火事件(A) |
1961年7月31日 |
1957年10月27日 |
現住建造物等放火罪で死刑。一審は無期懲役。
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| 小松川事件(李珍宇) |
1961年8月17日 |
1958年4月8日 |
犯行時18歳、犠牲者は女性2人。1962年11月26日執行、22歳。
|
| 愛知農協宿直員殺人事件(A) |
1961年8月17日 |
1958年3月 |
農協に押し入り宿直していた者を撲殺。一審は無期懲役[57]。
|
1962年死刑確定囚(13人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 横浜船長父子殺人放火事件 (A) |
1962年2月16日 |
1959年2月8日 |
|
| 釧路ハイヤー運転手強盗殺人事件 (A) |
1962年2月20日 |
1957年11月5日 |
|
| 岡山・児島幼姉妹わいせつ殺傷事件 (A) |
1962年3月1日 |
1960年2月19日 |
控訴せず確定。
|
| 岐阜鉱山主殺人事件 (A) |
1962年4月6日 |
1957年9月16日 |
在日コリアンによる事件、1970年10月執行。
|
| 佐世保雑貨商夫婦強盗殺人事件 (A) |
1962年5月8日 |
1959年4月14日 |
1970年9月19日執行。
|
| 新潟県農家強盗殺人事件(島秋人) |
1962年6月1日 |
1959年4月5日 |
凶悪事件の累犯であったが、農家の妻を殺害。裁判中から死刑囚の感情を読んだ短歌を歌壇に数多く発表、島はその筆名である。本名は中村覚。1967年11月2日執行、33歳。
|
| 長崎奈留島雑貨商殺人事件 (A) |
1962年5月29日 |
1955年9月28日 |
1974年1月24日獄死。
|
| 山口同僚強盗殺人事件 (A) |
1962年6月29日 |
1958年10月10日 |
|
| 闇屋連続4人殺害事件 (I) |
1962年7月17日 |
1946年 |
生活に困窮した夫婦が闇屋を連続して殺害。事件発覚後逃亡し11年後に逮捕。一審は共に無期懲役だったが、犯行を持ちかけたのは妻であったにもかかわらず夫が逆転死刑。1967年11月16日執行、68歳。
|
| 北海道・赤平母子殺人事件 (A) |
1962年10月18日 |
1960年1月17日 |
|
| 広島・加計町強盗殺人事件 (A) |
1962年10月9日 |
1957年7月12日 |
被害者3人。
|
| 広島・加計町強盗殺人事件 (B) |
1962年10月9日 |
1957年7月12日 |
上記共犯。
|
| 静岡清水村老婆強盗殺人事件 (B) |
1962年12月11日 |
1960年12月30日 |
|
| 箕面社長一家殺傷事件 (A) |
1962年12月14日 |
1959年3月16日 |
犠牲者1人。
|
1963年死刑確定囚(17人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| バー・メッカ殺人事件(正田昭) |
1963年 |
1959年7月22日 |
当時のマスコミはアプレゲール犯罪の典型として大きく報道した。共犯2人も有期の懲役刑、なお正田は獄中で小説家として名声を得ていた。1969年12月9日執行、40歳。
|
| 西宮雇い主一家3人殺害事件 (A) |
1963年2月8日 |
1958年8月7日 |
犯行時19歳。
|
| 葉山主婦強盗殺人事件 (A) |
1963年3月28日 |
1959年4月21日 |
|
| 北海道豊頃村一家4人殺害事件 (X) |
1963年4月12日 |
1960年8月26日 |
下記共犯Yも死刑。
|
| 中野刑務所看守殺人事件 (A) |
1963年3月28日 |
1961年1月21日 |
共犯(無期)とともに脱獄時に看守を殺害、1967年執行。
|
| 女性連続毒殺魔事件(杉村サダメ) |
1963年3月28日 |
1960年12月 |
女性死刑囚。1970年9月19日執行。
|
| 看護婦強盗殺人・共犯内妻刺殺事件 (A) |
1963年4月30日 |
1960年10月 |
控訴するも直後に取り下げ。
|
| 北海道豊頃村一家4人殺害事件 (Y) |
1963年4月12日 |
1960年8月26日 |
上記X(死刑)の共犯。
|
| 神戸重役夫人殺人事件 (A) |
1963年4月23日 |
1958年12月8日 |
|
| 岩槻一家7人殺害事件 (A) |
1963年4月30日 |
1958年7月27日 |
家庭環境に疲れ果てた男が自宅を放火し一家全員を焼死させた。一審は無期懲役であったが控訴審で逆転死刑となり上告も棄却。執行日不明。
|
| 熊本警官毒殺・タクシー運転手射殺事件 (A) |
1963年5月10日 |
1961年5月31日 |
犯行時18歳、1969年10月18日執行。
|
| 愛知一宮女性事務員殺人事件 (A) |
1963年5月14日 |
1961年6月30日 |
|
| 上尾老夫婦殺人放火事件 (A) |
1963年6月27日 |
1959年6月23日 |
|
| 松島老堂守殺人事件 (A) |
1963年6月25日 |
1961年4月15日 |
|
| 東伊豆ダイナマイト殺傷事件 (A) |
1963年9月5日 |
1960年10月 |
盗みに入った家で顔を見られたため「口封じ」のためダイナマイトで一家5人を皆殺しにしようとし、主人を殺害[58]。
|
| 福岡県立築上西高校警備員2人殺害事件 (A) |
1963年10月1日 |
1960年1月19日 |
共犯は無期、1967年10月21日執行。
|
1964年死刑確定囚(9人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 目黒母子殺人事件 (A) |
1964年1月 |
1963年1月17日 |
控訴取下げ確定。
|
| 南千住宿直員父子殺人事件 (A) |
1964年1月8日 |
1960年5月14日 |
|
| 大阪・住吉実母殺人事件 (O) |
1964年2月7日 |
1960年6月8日 |
強盗殺人の従犯で懲役15年(7年で仮出所)の前科あり。1967年11月16日執行、42歳。
|
| 大和タクシー運転手強盗殺人事件 (A) |
1964年2月18日 |
1954年12月11日 |
|
| 一宮大叔母強盗殺人事件 (A) |
1964年4月2日 |
1961年12月4日 |
|
| 伊那たばこ店老夫婦毒殺事件 (A) |
1964年7月14日 |
1956年4月1日 |
|
| 新潟新聞販売店一家3人殺人事件 (A) |
1964年7月16日 |
1960年4月25日 |
かつて勤めていた新潟市の読売新聞販売店[59]に押し入り、店主と養母、女中の3人を殺害したが、たまたま通りかかった消防車のサイレンに驚き逃走。
|
| 新潟新聞販売店一家3人殺人事件 (B) |
1964年7月16日 |
1960年4月25日 |
上記事件の共犯者[60]。
|
| 愛媛城辺老夫婦強盗殺人事件 (B) |
1964年12月8日 |
1960年6月13日 |
|
1965年-1969年[編集]
1965年死刑確定囚(7人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 三浦タクシー運転手強盗殺人事件 (S) |
1965年1月5日 |
1962年6月5日 |
最高裁1964年12月25日判決、翌年確定。
|
| 三浦タクシー運転手強盗殺人事件 (M) |
1965年1月29日 |
1962年6月5日 |
上記事件共犯者。
|
| 新宿女性殺人事件 (C) |
1965年1月22日 |
1962年9月14日 |
|
| 横浜一家3人殺傷事件 (F) |
1965年6月29日 |
1963年4月16日 |
|
| 世田谷クリーニング店夫婦殺人事件 (O) |
1965年7月13日 |
1963年6月17日 |
|
| 清水一家4人殺傷事件 (O) |
1965年7月20日 |
1960年2月3日 |
|
| 横須賀廃品回収業者殺人事件 (U) |
1965年9月17日 |
1961年2月13日 |
|
| 横浜女児殺人事件 (W) |
1965年12月17日 |
1963年6月16日 |
|
1966年死刑確定囚(13人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 釧路雑貨商夫婦殺人事件 (B) |
1966年2月4日 |
1963年11月6日 |
上告棄却。犯行時19歳、パチンコ代欲しさに民家を物色中に寝返りを打った事に驚き夫婦2人を手斧で殺害[61]。1967年執行。
|
| 横浜韓国人夫婦殺人事件 (C) |
1966年2月26日 |
1964年8月5日 |
控訴せず確定、定住外国人死刑囚としては昭和時代最後の事例。
|
| 四国連続強盗殺人事件 (M) |
1966年3月31日 |
1964年10月 |
6人殺害。軍隊時代に脱走する際看守を殺害しようとしたとして軍法会議で無期懲役になった前科あり。1970年10月29日執行。
|
| 座間市女性殺害事件 (C) |
1966年4月8日 |
1963年6月22日 |
上告棄却。帰宅途中の女性を家まで送ってやると声をかけライトバンの助手席に乗せたが、草地に連れ込み乱暴した上で殺害し遺体を埋め、腕時計を奪った[62]。1969年3月14日執行[63]。
|
| 旭川連続短銃殺傷事件 (C) |
1966年5月31日 |
不明 |
上告棄却[64]。
|
| 小倉強盗殺人放火事件 (C) |
1966年5月31日 |
不明 |
上告棄却[65]。
|
| 西口彰事件(西口彰) |
1966年8月15日 |
1963年 |
5人殺害・1970年12月11日執行、44歳。
|
| 宮崎刑務所仲間両親殺人事件 |
1966年8月11日 |
1965年9月29日 |
控訴せず確定、1969年12月19日執行。
|
| ホテル日本閣殺人事件(小林カウ) |
1966年7月14日 |
1952年、1960年 |
戦後2番目の女性死刑確定囚。1952年にも前夫を毒殺していたことが発覚。1970年6月11日執行、61歳。女性としては戦後初の死刑執行。
|
| ホテル日本閣殺人事件 (O) |
1966年7月14日 |
1960年 |
上記共犯。1970年6月11日執行。
|
| 厚木親方一家4人殺人事件 (H) |
1966年12月1日 |
1964年10月25日 |
1969年執行。
|
| 九州三女性殺害事件( ) |
1966年12月8日 |
1952年、1962年 |
上告棄却。1952年9月11日に唐津市にあった炭鉱で女性を殺害。1962年1月と3月にも女性を殺害。他にも婦女暴行や詐欺罪など4件で起訴されていた[66]。翌年1月12日に確定。
|
1967年死刑確定囚(13人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 東京・中野靴職人殺人事件 (A) |
1967年4月 |
1958年2月17日 |
|
| 福神丸殺人事件 (A) |
1967年3月16日 |
1965年3月 |
上告棄却。九州近海の漁船「福神丸」で発生。義母が死亡したため漁船員が帰港を申し出て船長も受諾。しかし途中で嵐に会い口永良部島に寄航。その時船長と早く出港するように申し出たところ喧嘩になり船長を殺害。さらに止めに入った同僚二人を刺した。同僚は船室に逃げ込んだため二人を閉じ込めて水没させ海難事故に見せかけて殺害した[67]。
|
| 宮崎・知人両親殺害事件 (A) |
1967年4月 |
1965年9月17日 |
|
| 東京・バーマダム殺人事件 (A) |
1967年4月7日 |
1965年9月17日 |
上告棄却。出所したばかりの男がじぶんが住むアパート内の部屋を物色中にその部屋で寝ていたバーの雇われマダムを刺殺し2000円を奪った。ほかにも窃盗事件8件の余罪あり[68]。
|
| 雅樹ちゃん誘拐殺人事件(本山茂久) |
1967年5月25日 |
1960年5月16日 |
歯科医の死刑囚、1971年執行。
|
| 大阪・幼女殺人事件 (A) |
1967年6月22日 |
1960年2月3日 |
|
| 船橋・夫婦強盗殺害事件 (A) |
1967年8月5日 |
1964年2月27日 |
被害者2人に対し強盗団3人とも死刑。
|
| 船橋・夫婦強盗殺害事件 (B) |
1967年9月5日 |
1964年2月27日 |
上記共犯者。
|
| 船橋・夫婦強盗殺害事件 (C) |
1967年9月5日 |
1964年2月27日 |
上記共犯者。
|
| 盛岡・強盗殺人放火事件 (A) |
1967年9月8日 |
1965年1月14日 |
|
| 八王子金融業者夫婦殺害事件 (A) |
1967年10月10日 |
1963年7月5日 |
|
| 静岡・中学生強姦殺害事件 (A) |
1967年10月18日 |
1965年10月14日 |
上告棄却。妻の経営するバーの前を通り過ぎていた14歳少女を連れ込み手足を縛り暴行。翌朝絞殺し床下に隠していた。一審は無期判決だった[69]。
|
| 吉展ちゃん誘拐殺人事件(小原保) |
1967年10月13日 |
1963年3月31日 |
1971年12月23日執行、38歳。
|
1968年死刑確定囚(14人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 国分寺市強殺事件 (G) |
1968年4月26日 |
1966年5月21日 |
上告棄却。会社員宅に押し入り同家の妻を刺殺し現金2020円とネックレスなどを奪った[70]。
|
| 岩手薪炭業者夫婦殺害事件 (L) |
1968年5月2日 |
1964年12月 |
上告棄却。12月15日に薪炭業者に手持ちがないのに木炭を買い取って欲しいと嘘を言って15万円を騙し取った。さらに警察に通報されることを恐れ薪炭業者夫婦を猟銃で殺害し4万6500円を奪った[71]。
|
1969年死刑確定囚(11人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 熊本雑貨商一家3人強殺事件 (K) |
1969年3月25日 |
1958年2月18日 |
共犯は無期懲役、1975年7月11日執行。
|
| 秋田元同僚強殺人事件 (S) |
1969年4月25日 |
1966年2月21日 |
|
| 田無・春日部連続強盗殺人事件 (N) |
1969年6月28日 |
1966年9月 |
控訴取下げ、1973年10月12日執行。
|
| 兵庫衣料品店夫妻強殺事件 (K) |
1969年7月11日 |
1968年5月24日 |
|
| 鶴見上司バラバラ殺人事件 (N) |
1969年8月22日 |
1966年12月17日 |
|
| 門真一家3人殺害事件 (M) |
1969年10月21日 |
1968年8月7日 |
元同棲相手の家族を殺害。
|
| 少年ライフル魔事件 (K) |
1969年10月2日 |
1965年7月29日 |
犯行時18歳・1972年7月21日執行、25歳。
|
| 東京切り裂きジャック事件 (T) |
1969年11月14日 |
1967年-1968年 |
被害者2人、殺人前科あり、1972年8月執行。
|
| 宇都宮保険金殺人事件 (O) |
1969年11月6日 |
1967年4月19日 |
|
| 八戸農婦強姦殺人事件 (I) |
1969年12月5日 |
1966年4月14日 |
|
| 長崎質店夫婦強盗殺人事件 (Y) |
1969年12月12日 |
1966年12月23日 |
1975年10月3日執行。
|
| 昭島老女強盗殺人事件 (S) |
1969年12月16日 |
1965年2月19日 |
逮捕直後の5月に脱獄前科あり。
|
| T/福岡現金輸送車職員毒殺事件 (T) |
1969年12月23日 |
1964年12月15日 |
家庭不和解決のため金銭を奪うことを計画したTは、福岡県筑後市にて知り合いの市役所職員ら3人がボーナス資金を運搬していた乗用車に乗り込み青酸カリ入りの栄養剤を言葉巧みに飲ませた。一人は吐き出して助かったが二人はそのまま死亡した[72]。死刑執行当日の1975年10月3日朝、左手首を剃刀で切り付け自殺。死刑執行日の自殺は極めて稀である。以来、死刑囚に対し死刑執行の事前通告を一切しなくなったとされる。また当日は福岡2人連続殺傷事件のK死刑囚も死刑が執行されるはずであったが、Tの自殺のため延期され、Kは2日後の1975年10月5日に執行された。
|
1970年-1974年[編集]
1970年死刑確定囚(14人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 川越一家3人殺傷事件 (A) |
1970年2月19日 |
1965年8月24日 |
交際を求めていた女性の家族に反対され、逆上し姉夫婦を殺害し実弟に重傷を負わせた[73]。
|
| 浜松義妹殺人事件 (I) |
1970年2月20日 |
1968年1月10日 |
犠牲者一人、執行日不明。
|
| 町田警察官殺害事件 (O) |
1970年3月26日 |
1967年10月5日 |
執行日不明。
|
| 福岡2人連続殺傷事件 (K) |
1970年3月26日 |
1966年、1967年 |
福岡現金輸送車職員毒殺事件のT死刑囚と同じ1975年10月3日に死刑執行予定であったが、当日Tが自殺したため延期。2日後の1975年10月5日執行、37歳。
|
| 三原食堂女主人強盗殺害事件 (H) |
1970年5月 |
1963年1月20日 |
殺人前科に余罪多数。1965年に留置場から脱獄しその際窃盗や傷害の余罪を起こし別件で懲役15年が確定。1975年死刑執行。38歳。
|
| 弘前宝石商殺人事件 (N) |
1970年4月16日 |
1967年8月10日 |
共犯は無期懲役、執行日不明。
|
| 北海道知人強盗殺人事件 (N) |
1970年6月 |
1968年10月19日 |
控訴取下げ、執行日不明。
|
| 秋田・五城目夫婦殺人事件 (A) |
1970年6月11日 |
1968年7月23日 |
強盗に入りマサカリで夫婦を撲殺し金品を奪った[74]。
|
| 女性美容師殺人事件 (A) |
1970年8月20日 |
1967年1月26日 |
犯行時19歳。内縁の妻がいるのに、結婚すると騙して金をとった女性が邪魔になった為、連れ出した矢板市で殺害し、死体を玉川上水に遺棄した[75]。1968年に一時脱走の前科あり。
|
| 日暮里用務員夫婦殺人事件 (T) |
1970年9月22日 |
1966年8月10日 |
執行日不明。
|
| マルヨ無線事件 (O) |
1970年11月12日 |
1966年12月5日 |
強盗放火殺人で有罪になったが、放火と殺人については「強盗したが、ストーブを倒していない」と冤罪を主張。死刑確定後収監年数43年は帝銀事件の平沢を上回る世界記録。福岡拘置所収監中。
|
| 栃木連続少女殺人事件 (U) |
1970年12月15日 |
1962年、1963年 |
殺人前科あり、執行日不明。
|
1971年死刑確定囚(7人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 横浜団地主婦殺害事件 (W) |
1971年2月23日 |
1967年6月9日 |
執行日不明。
|
| 静岡同僚妻殺害放火事件 (M) |
1971年3月9日 |
1967年4月29日 |
執行日不明。
|
| 横須賀線電車爆破事件(純多摩良樹) |
1971年4月22日 |
1968年6月16日 |
犠牲者1人。本名はW。獄中で「純多摩良樹」の筆名で短歌を寄稿。1975年12月5日執行、32歳。純多摩の希望により遺骨は支援者の牧師が預かったが、1995年、遺族により遺骨が引き取られ、短歌新聞社より歌集『死に至る罪―純多摩良樹歌集』 が刊行された。
|
| 新潟デザイナー誘拐殺人事件 (Y) |
1971年5月11日 |
1965年1月13日 |
1977年5月21日、東京拘置所の独房の窓ガラスを割り、その破片で首を切り自殺。35歳。
|
| 栃木呉服店一家3人強盗殺人事件 (M) |
1971年8月17日 |
1969年1月3日 |
犯行時19歳、執行日不明。
|
| 横浜母子強盗殺人事件 (H) |
1971年10月26日 |
1967年3月14日 |
1975年12月7日執行、37歳。
|
| 愛知義妹夫婦殺人事件 (F) |
1971年12月21日 |
1969年2月20日 |
1976年執行。
|
1972年死刑確定囚(7人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 名張毒ぶどう酒事件(奥西勝) |
1972年6月15日 |
1961年3月28日 |
2015年10月4日病死。89歳。死刑確定後9度にわたる再審請求もすべて棄却。実妹が第10次再審請求。
|
| 藤沢女子高生殺害事件 (S) |
1972年7月18日 |
1967年1月13日 |
1982年11月25日執行。
|
| 戸田・異常性欲男殺人事件(萩原貞次) |
1972年7月18日 |
1972年12月 |
1976年4月執行。
|
1973年死刑確定囚(5人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 大久保清連続殺人事件(大久保清) |
1973年3月9日 |
1971年 |
8人を殺害、被害者多数。一審で確定・1976年1月22日執行、41歳。
|
| 福岡農協強盗殺傷事件 (A) |
1973年3月2日 |
1967年6月20日 |
1976年9月2日執行。
|
| 富山少女殺人事件 (T) |
1973年10月18日 |
1970年3月29日 |
1977年執行。
|
| 山口・徳山市家政婦殺害事件 (B) |
1973年9月27日 |
1967年11月11日 |
上告棄却。Bは仲間D(無期)と共謀し女性金融業者宅に押し入り金融業者の悲鳴を聞いた家政婦を殺害、金融業者の手足を縛り銀行に電話をかけさせ約42万円を届けさせそれを奪取。逃亡時にBは金融業者の首を縛った。彼女は命は助かったものの全治7ヶ月の重傷であった[76]。1978年執行。
|
| 神奈川3人連続毒殺事件 (H) |
1973年12月13日 |
1969年12月 |
上告棄却。金欲しさのため友人三人を次々と毒殺。犯行を隠すため放火もした[77]。最高裁は1974年2月に判決訂正申立棄却。
|
1974年死刑確定囚(2人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 大田原女性セールスマン殺人事件 (A) |
1974年7月 |
1971年8月 |
知人女性を撲殺。一審は無期懲役だったが二審で逆転死刑。上告取下げで確定。1975年9月5日に東京拘置所でシーツで首を吊り自殺、34歳[78]。
|
| 沼津金融業者殺人事件 (A) |
1974年12月20日 |
1969年2月 |
上告棄却。共犯二人とともに、静岡県内の金融業者を誘い出し睡眠薬を飲ませ絞殺。死体を箱根山中に埋めた。裁判中に自動車の排気ガス機構に関する特許権を取得している。1977年死刑執行。
|
1975年-1979年[編集]
1975年死刑確定囚(3人)[編集]
1976年死刑確定囚(1人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 波崎事件 (T) |
1976年4月1日 |
1963年8月26日 |
二度にわたり再審請求するも棄却。三度目の再審請求準備中の2003年9月3日、慢性腎不全により病死。86歳。晩年は寝たきりの生活であった。
|
1977年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| ピアノ騒音殺人事件 (O) |
1977年4月16日 |
1974年8月28日 |
死刑執行を望み前年10月に自ら控訴を取り下げ確定も、40年以上経過した現在も執行されず生存中[注釈 7]。東京拘置所収監中。
|
| 沖縄一家殺傷事件 (O) |
1977年4月26日 |
1973年3月30日 |
1980年12月16日執行。
|
| 北九州組員4人連続殺人事件 (K) |
1977年6月7日 |
1975年 |
控訴取下げで確定したが、5か月後の1977年11月16日に執行。戦後確定から執行までの期間が短かった記録。
|
1978年死刑確定囚(4人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 正寿ちゃん誘拐殺人事件 (K) |
1977年12月20日[79] |
1969年9月10日 |
犯行時19歳・1979年10月執行、29歳。
|
| 東京連続少年誘拐殺人事件 (K) |
1978年1月26日 |
1966年、1970年 |
4年間に少年2人を殺害・1981年1月執行、55歳。
|
| 愛知武豊一家3人強盗殺人事件 (O) |
1978年4月17日 |
1971年5月1日 |
1985年5月31日執行、53歳。
|
| 群馬2女性強盗殺人事件 (N) |
1978年6月22日 |
1968年、1971年 |
1984年10月30日執行、54歳。
|
1979年死刑確定囚(4人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 大分福岡女性連続殺人事件 (A) |
1979年1月 |
1977年2月28日、3月8日 |
控訴取下げ、1985年7月25日執行。
|
| 古谷惣吉連続殺人事件(古谷惣吉) |
1978年11月28日 |
1965年 |
8人殺害、過去に2人殺害しているため生涯で10人殺害している。1985年5月31日執行、71歳。
|
| 芦屋親子殺人事件 (O) |
1979年4月17日 |
1976年12月24日 |
一審は無期懲役だった。1987年9月30日執行。
|
| 熊本義兄一家殺傷事件 (K) |
1979年7月10日 |
1970年7月4日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。1989年11月10日執行。
|
1980年-1984年[編集]
1980年死刑確定囚(7人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 上野消火器商一家殺人事件 (K) |
1980年1月5日 |
1974年2月6日 |
最高裁判決訂正申立せず。1986年5月20日執行、52歳。
|
| 上野消火器商一家殺人事件 (T) |
1980年1月16日 |
1974年2月6日 |
上記共犯。1986年5月20日執行、49歳。
|
| 銚子民宿母子殺人事件 (Y) |
1980年3月11日 |
1976年6月14日 |
殺人の前科あり。1987年9月30日執行、35歳。
|
| 福島連続保険金殺人事件 (K) |
1980年4月25日 |
1970年7月28日、1971年5月20日 |
1993年3月26日執行、55歳。
|
| 徳島上那賀母子強盗殺人事件 (M) |
1980年7月22日 |
1976年3月12日 |
一審は無期懲役、上告取り下げで確定。1988年6月16日執行。
|
| 寝屋川強盗殺人事件 (W) |
1980年11月6日 |
1975年8月23日 |
拾った合鍵で侵入し夫婦を殺害。1988年6月16日執行。
|
| 袴田事件(袴田巌) |
1980年11月28日 |
1966年6月30日 |
放火殺人事件。公判中から冤罪が指摘されていた。2011年には「世界で最も長く収監されている死刑囚」としてギネス認定(当時42年間、その後46年間)。2014年に第二次再審請求の際のDNA鑑定により有罪の証拠とされた犯行時に着用したとされる衣服から加害者と被害者双方のDNAが検出されなかったことから、静岡地裁が再審開始を決定。これにより死刑の執行が停止され、同年3月27日、48年ぶりに釈放された。釈放後袴田は拘禁反応や糖尿病のため東京都内の病院に入院したが、その後病状は回復しつつあると診断され、同年5月27日、故郷の浜松市に帰り、市内の病院に転院した。
|
1981年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 釧路薬局一家殺人事件 (K) |
1981年3月19日 |
1974年8月7日 |
一家3人を殺害し金銭を強奪。1993年11月26日執行、61歳。
|
| 長崎雨宿り殺人事件 (O) |
1981年6月16日 |
1977年9月24日 |
殺人の前科有り。1999年12月17日執行、62歳。
|
| 愛媛・松前連続保険金殺人事件 (T) |
1981年6月26日 |
1971年、1972年 |
保険金目的で実母を殺害し、口封じの為妻も殺害。別々に審議され死刑と無期懲役が確定。共犯2人も有罪確定。1993年3月26日執行、62歳。
|
1982年死刑確定囚(1人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 世田谷家女性強盗殺人事件 (S) |
1982年9月1日 |
1977年12月3日 |
不動産売主を殺害し、二審で確定。共犯は懲役13年。1993年11月26日執行、47歳。
|
1983年死刑確定囚(1人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 徳島連続老人殺人事件 (F) |
1983年4月14日 |
1978年 |
控訴せず確定。知的障害者で自分が死刑になる事を理解できなかったとの指摘もある。1995年5月26日執行、40歳。
|
1984年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 大阪電解事件 (D) |
1984年4月27日 |
1974年 |
勤務先の上司2人を殺害・1993年11月26日執行、70歳。
|
| 大阪電解事件 (S) |
1984年4月27日 |
1974年 |
上記共犯・1993年11月26日執行、56歳。
|
| 近畿連続強盗殺人事件 (K) |
1984年9月13日 |
1975年-1977年 |
7府県で強盗をし3人を殺害、1993年3月26日執行、48歳。執行時統合失調症であった可能性がある。
|
1985年-1989年[編集]
- 1986年に死刑が確定した死刑囚はいない。
1985年死刑確定囚(2人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 群馬3女性殺人事件 (A) |
1985年4月26日 |
1977年4月16日 |
1994年12月1日執行、44歳。国家賠償訴訟中だった。
|
| 青森旅館連続女性殺人事件 (S) |
1985年7月1日 |
1984年9月9日 |
1958年に強盗殺人で無期懲役となった前科がある。控訴取下げで確定。1994年12月1日執行、65歳。
|
1987年死刑確定囚(8人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 裕士ちゃん誘拐殺人事件 (S) |
1987年1月19日 |
1986年5月9日 |
控訴取下げで確定。1995年5月26日執行、53歳。
|
| 連続企業爆破事件(大道寺将司) |
1987年3月24日 |
1974年8月30日-1975年5月4日 |
共犯の一部が超法規的措置で出国。2017年5月24日、多発性骨髄腫のため病死、68歳。
|
| 連続企業爆破事件(益永利明) |
1987年3月24日 |
1974年8月30日-1975年5月4日 |
同上。東京拘置所収監中。旧姓片岡。
|
| 名古屋保険金殺人事件 (I) |
1987年3月31日 |
1979年11月19日-1983年12月25日 |
二審で確定・1998年11月19日執行、56歳。共犯のHは1993年確定。
|
| 名古屋市女子大生誘拐殺人事件(木村修治) |
1987年7月9日 |
1980年12月2日 |
木村は愛知県名古屋市の被差別部落出身(参考・白山中学校事件)。最高裁上告後「水平社宣言」や死刑廃止運動を知り、1986年2月には死刑廃止運動を行う死刑囚による「日本死刑囚会議・麦の会」に入会、同年、同会運営委員となる。上告審では死刑違憲論を主張するも棄却。大道寺将司・益永利明・坂口弘らとともに統一獄中者組合員として獄中活動。1993年9月に恩赦出願。1995年1月、手記『本当の自分を生きたい 死刑囚・木村修治の手記』(インパクト出版会)を出版。恩赦出願の結果は通知されないまま1995年12月21日死刑執行、45歳。また日本死刑囚会議・麦の会『死刑囚からあなたへ 国には殺されたくない』(インパクト出版会)に手記「強く、優しく生き抜いてください」を寄稿(死刑執行後の1997年3月刊行)。
|
| 秋山兄弟事件 (A) |
1987年7月17日 |
1975年8月25日 |
秋山兄弟(双生児)の弟。兄が経営していた紙工場の元従業員。2006年12月25日執行、77歳。この年齢での執行は日本国憲法下では最高齢、確定から19年5ヶ月後の執行は戦後最長。確定判決において兄は従犯とされ無期懲役(求刑は死刑)となったが、主犯は兄であるとして2003年8月に再審請求するも棄却。執行時は二度目の再審請求中だった。
|
| 東村山署警察官殺人事件 (T) |
1987年10月23日 |
1976年10月18日 |
1995年5月26日執行、69歳。
|
| 熊本連続強盗殺人事件 (H) |
1987年12月18日 |
1979年3月28日、5月15日 |
1995年12月21日執行、63歳。
|
1988年死刑確定囚(11人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 3連続保険金殺人事件 (H) |
1988年3月8日 |
1978年3月24日-1979年5月9日 |
福岡拘置所収監中。
|
| 福岡病院長殺人事件 (S) |
1988年4月15日 |
1979年11月4日 |
犠牲者1名・1996年7月11日執行、49歳。
|
| 福岡病院長殺人事件 (Y) |
1988年4月15日 |
1979年11月4日 |
同上共犯。1996年7月11日執行、43歳。
|
| 日立女子中学生誘拐殺人事件 (W) |
1988年4月28日 |
1978年10月16日 |
経営していた鉄工所の経営難に加え韓国へのキーセン旅行に何度もいったことから1400万円の負債を重ねた男が、資産家であった妻の養父の中学校3年生の娘を金銭目的で誘拐し殺害。2013年6月23日夜、くも膜下出血により病死、74歳[80]。
|
| 群馬連続女性農夫殺人事件 (S) |
1988年5月20日 |
1981年10月2日、1982年7月3日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。1995年12月21日執行、68歳。
|
| 連続4人殺人事件 (W) |
1988年6月2日 |
1967年4月24日-1973年3月20日 |
一審は無期懲役だった。4件の犯行の内、2件は未成年時によるもの。大阪拘置所収監中。
|
| 神田ビル放火殺人事件 (I) |
1988年7月1日 |
1981年7月6日 |
1996年7月11日執行、48歳。
|
| 夕張保険金殺人事件(H) |
1988年10月11日 |
1984年5月5日 |
犯人は夫婦。夫。夫婦から犯行の指示を受けた実行犯は無期懲役。今上天皇即位に伴う恩赦を期待して控訴取下げ、確定。恩赦はされず、1997年8月1日執行、54歳。
|
| 夕張保険金殺人事件(H) |
1988年10月11日 |
1984年5月5日 |
同上。妻。女性死刑囚としては戦後3人目に処刑された。1997年8月1日執行、51歳。
|
| 東京港区・銀座連続強盗殺人事件 (H) |
1988年10月17日 |
1978年5月21日、6月10日 |
今上天皇即位に伴う恩赦を期待して上告取下げ、確定。恩赦はされず、1996年12月20日執行、60歳。
|
| 元昭和石油重役一家殺人事件 (I) |
1988年10月24日 |
1983年1月29日 |
今上天皇即位に伴う恩赦を期待して上告取下げ、確定。恩赦はされず、1996年12月20日執行、55歳。
|
1989年死刑確定囚(5人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 日建土木事件 (N) |
1989年3月28日 |
1977年1月7日 |
1998年11月19日執行、61歳。
|
| 埼玉2女性殺人事件 (I) |
1989年6月13日 |
1973年8月4日、1974年9月13日 |
農道で交際中の女性に結婚とその場で肉体関係を迫ったことからケンカとなり絞殺した後で屍姦し遺体を焼却。ついで飲食店の女性経営者宅に侵入し乱暴目的のために襲いかかったが抵抗されたため絞殺し、貴金属を奪い逃走。2014年4月19日、前立腺癌のため病死、92歳[81]。
|
| 「殺し屋」連続殺人事件 (F) |
1989年10月13日 |
1970年2月13日-1973年4月15日 |
旧姓S。従兄弟の暴力団員に依頼し都合の悪い相手3人を殺害したほか、会社経営者らから恐喝で金銭を巻き上げるなど多数の余罪がある[82]。中日スタヂアム事件にも関与した。東京拘置所収監中。
|
| 埼玉父親等3人殺人事件 (K) |
1989年11月20日 |
1985年3月8日 |
1997年8月1日執行、43歳。
|
| 伊勢崎女子中学生殺人事件 (U) |
1989年12月8日 |
1976年4月1日 |
旧姓T。覚醒剤の購入資金を得るため、隣家に侵入し、留守番をしていたその家の長女と従兄弟の中学生2人を殺害、金品を奪った後で灯油をまき放火し家を全焼させた[83]。2013年11月15日、肺癌のため62歳で病死[84]。
|
1990年-1994年[編集]
1990年死刑確定囚(7人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 東京港区・銀座連続強盗殺人事件 (N) |
1990年2月1日 |
1978年5月21日、6月10日 |
共犯のHは1988年に上告取下げで確定している。1996年12月20日執行、50歳。
|
| 熊本主婦殺人事件 (K) |
1990年4月3日 |
1979年9月11日 |
一審は無期懲役だった。18歳のときに強盗殺人を起こした前科がある。
|
| 警察庁広域重要指定108号事件(永山則夫) |
1990年4月17日 |
1968年10月11日-11月5日 |
犯行時19歳の少年死刑囚・1997年8月1日執行、48歳。
|
| 長崎3人殺人事件 (M) |
1990年4月27日 |
1978年3月21日 |
一審は無期懲役だった。1998年6月25日執行、54歳。
|
| 空知2女性殺人事件 (H) |
1990年9月13日 |
1972年5月-1974年5月 |
一審は無期懲役だった。2004年6月4日病死、70歳。再審請求棄却に対する異議申立中だった。
|
| 三崎事件 (A) |
1990年10月16日 |
1971年12月21日 |
2009年9月3日病死、82歳。再審請求審理中だった。
|
| 福岡県直方市強盗殺人事件 (T) |
1990年12月14日 |
1980年4月23日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。1998年6月25日執行、66歳。
|
1991年死刑確定囚(4人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 自殺偽装夫殺害事件 (M) |
1991年1月31日 |
1974年8月8日、1978年4月24日 |
別の男性殺害でも起訴。2007年7月17日病死、75歳。再審請求中だった。
|
| パチンコ景品商殺人事件 (S) |
1991年2月5日 |
1983年1月16日 |
1950年に強盗殺人で無期懲役の判決を受けている。1998年6月25日執行、66歳。
|
| 泰州くん誘拐殺人事件 (T) |
1991年6月11日 |
1984年2月13日 |
1998年11月19日執行、59歳。
|
| 大宮母子殺人事件 (S) |
1991年11月29日 |
1981年4月4日 |
共犯は逃亡中の1996年に病死。1999年12月17日執行、48歳。
|
1992年死刑確定囚(5人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 市原両親殺害事件 (S) |
1992年1月30日 |
1974年10月30日 |
再審請求中。東京拘置所収監中。
|
| 東京都北区幼女殺害事件 (S) |
1992年2月18日 |
1979年7月28日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。1999年9月10日執行、62歳。
|
| 福島女性飲食店経営者殺人事件 (T) |
1992年6月18日 |
1990年5月2日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。控訴せず確定。1999年9月10日執行、61歳。
|
| 熊本母娘殺人事件 (M) |
1992年9月24日 |
1985年7月24日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。1999年9月10日執行、69歳。
|
| 赤穂同僚妻子殺人事件 (N) |
1992年9月29日 |
1983年1月19日 |
2007年4月27日執行、56歳。再審請求準備中だった。
|
1993年死刑確定囚(7人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 連合赤軍事件(坂口弘) |
1993年2月19日 |
1971年-1972年2月 |
共犯の一部が超法規的措置で出国。東京拘置所収監中。
|
| 連合赤軍事件(永田洋子) |
1993年2月19日 |
1971年-1972年2月 |
2011年2月5日、脳腫瘍により死去。65歳。
|
| 山中湖連続殺人事件(澤地和夫) |
1993年7月7日 |
1984年10月11日-25日 |
元警視庁警部。死刑再開への抗議のため上告取下げ、確定。2007年に胃癌が判明、手術したが完治せず、延命治療を拒否したため2008年12月16日、多臓器不全で獄死。69歳。再審請求中だった。公判中の1989年1月、手記『監獄日記 東京拘置所の四季』(彩流社)を出版。以後『東京拘置所死刑囚物語 獄中20年と死刑囚の仲間たち』(2006年3月 彩流社)・『なぜ死刑なのですか 元警察官死刑囚の言い分』(2006年10月 柘植書房新社)・『殺意の時 元警察官・死刑囚の告白』(2010年4月 彩流社(死後の刊行))を刊行した。共犯のIは1995年に死刑確定。
|
| 今市覚醒剤殺人事件 (F) |
1993年9月9日 |
1981年3月29日 |
2006年12月25日執行、75歳。再審請求中だった。
|
| 名古屋保険金殺人事件 (H) |
1993年9月21日 |
1979年11月19日-1983年12月25日 |
旧姓T。共犯のIは1987年に確定。2001年12月27日執行、51歳。恩赦出願準備中だった。
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| 北九州母娘殺傷事件 (M) |
1993年11月16日 |
1990年3月12日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。控訴取下げで確定するが公判再開申立、再審請求、前科の事件について控訴取下げ無効を申し立てるも福岡高裁に即時抗告中の2009年1月29日執行、58歳。
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| 平取猟銃一家殺人事件 (O) |
1993年12月10日 |
1979年7月18日 |
1999年11月8日、札幌拘置支所で入浴中、剃刀で首を切りつけて自殺。55歳。
|
1994年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 勝田清孝事件(藤原清孝) |
1994年1月17日 |
1972年9月-1982年10月 |
旧姓勝田。2000年11月30日執行、52歳。
|
| 岐阜前妻一家殺人事件 (M) |
1994年3月18日 |
1989年2月14日 |
上告取下げ、確定。2000年11月30日執行、57歳。
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| 北海道庁爆破事件(大森勝久) |
1994年7月15日 |
1976年3月2日 |
極左暴力集団「東アジア反日武装戦線」によるテロ事件。大森の犯行を裏付ける直接証拠は見つからなかったが、有罪が確定。札幌拘置支所収監中。1985年、支援者と獄中結婚。獄中で極左から保守主義に転向し、外部協力者によって論文を雑誌に掲載しているほか、政治評論のホームページを運用している。
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1995年-1999年[編集]
1995年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 佐賀隣人一家殺人事件 (O) |
1995年4月21日 |
1983年5月16日 |
2000年11月30日執行、55歳。
|
| 山梨・新潟連続殺人事件 (F) |
1995年6月8日 |
1986年3月 |
2013年12月12日執行、55歳。
|
| 山中湖連続殺人事件 (I) |
1995年7月3日 |
1984年10月 |
東京拘置所収監中。共犯の澤地和夫は1993年7月死刑確定後手記を複数刊行、2008年12月病死。
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1996年死刑確定囚(4人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 徳島隣人3人射殺事件 (I) |
1996年3月4日 |
1986年6月3日 |
一審は無期懲役だった。2007年12月7日執行、74歳。
|
| 不動産会社連続殺人事件 (Y) |
1996年10月25日 |
1982年3月21日-3月25日 |
自身が経営していた不動産会社の資金繰りに困り、知人の不動産会社社長を架空取引で誘き出し殺害、社長が持参していた小切手を換金した。ついで役員を誘い出して殺害し手付金として持参してきた2100万円を奪った[85]。大阪拘置所収監中。
|
| 練馬一家5人殺害事件 (A) |
1996年11月14日 |
1983年6月27日 |
競売で落札した不動産鑑定士が、立退き料吊り上げのために居座った賃借人が邪魔になり一家5人を殺害し遺体をバラバラにした。2001年12月27日執行、66歳。
|
| 姫路母子3人殺人事件 (M) |
1996年12月17日 |
1985年11月29日・12月3日 |
2003年9月12日執行、42歳。
|
1997年死刑確定囚(4人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 大阪宝石商夫婦強盗殺人事件 (N) |
1997年1月28日 |
1982年5月20日 |
2008年4月10日執行、64歳。
|
| 徳島・愛知主婦連続強盗殺人事件 (M) |
1997年4月28日 |
1987年9月 |
2008年2月1日執行、63歳。
|
| 福岡内妻一家4人殺害事件 (O) |
1997年9月11日 |
1976年6月13日 |
旧姓A。福岡拘置所収監中。
|
| 警察庁広域重要指定115号事件 (J) |
1997年12月19日 |
1984年9月4日 |
旧姓H。大阪拘置所収監中。
|
1998年死刑確定囚(6人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 熊本大学生誘拐殺人事件 (H) |
1998年4月23日 |
1987年9月14日 |
上告中に脱獄未遂を起こし、当時の拘置所所長が自殺。2002年9月18日執行、36歳。
|
| 坂祝町一家3人殺人事件 (H) |
1998年6月3日 |
1994年6月3日 |
殺人の前科有り。2002年9月18日執行、51歳。
|
| 警察庁広域重要指定111号事件 (M) |
1998年9月4日 |
1980年2月-3月 |
犠牲者2人。Mは戦後7番目の女性死刑囚。共犯とされた男性については無罪となったが、検察は一審審理中に主犯と共犯を逆転させた。名古屋拘置所収監中。
|
| 中村橋派出所警官殺害事件 (S) |
1998年9月17日 |
1989年5月16日 |
元陸上自衛官が銀行強盗のために拳銃を奪おうとして警察官2名殺害。東京拘置所収監中。
|
| 宮代事件 (M) |
1998年10月8日 |
1980年3月21日 |
犠牲者2人。兄弟が起訴され兄が死刑、弟が無期懲役と確定したが、冤罪説もある。東京拘置所収監中。
|
| 妙義山麓連続殺人事件 (M) |
1998年12月1日 |
1990年12月4日、1991年7月6日 |
東京拘置所収監中。
|
1999年死刑確定囚(4人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 友人3人殺人事件 (T) |
1999年2月25日 |
1972年2月、1974年2月 |
東京拘置所収監中。
|
| 熊本・菊池市保険金殺人事件 (S) |
1999年3月9日 |
1988年3月 |
一審は無期懲役だった。2004年9月14日執行、59歳。
|
| 高知3連続殺人事件 (F) |
1999年6月25日 |
1978年、1980年、1981年 |
2006年12月25日執行、64歳。
|
| 群馬県安中市親子3人殺害事件 (M) |
1999年9月13日 |
1994年2月13日 |
1975年、殺人事件を起こし、懲役10年の判決を受け、刑務所に服役した前科があった。一時期、姓がNだったが元に戻した。 群馬県安中市で、交際相手の女性とその両親の計3人を、ハンマーで顔を殴るなどして撲殺し、女性の妹らも殺害しようとした。 2017年12月19日執行、69歳。
|
2000年-2004年[編集]
2000年死刑確定囚(6人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 千葉・高知連続強盗殺人事件 (K) |
2000年2月4日 |
1983年8月、1989年2月 |
2005年9月16日執行、58歳。
|
| 広島タクシー運転手連続殺人事件 (H) |
2000年2月9日 |
1996年4月-9月 |
控訴せず確定。2006年12月25日執行、44歳。
|
| 福岡・赤池町保険金殺人事件 (O) |
2000年3月30日 |
1990年12月25日、26日 |
控訴取下げで確定。2007年4月27日執行、59歳。
|
| 京都・滋賀連続強盗殺人事件 (M) |
2000年4月4日 |
1990年9月-1991年9月 |
共犯の兄は逮捕前に自殺。大阪拘置所収監中。
|
| 4都県連続4人殺害事件 (T) |
2000年9月8日 |
1984年、1988年、1989年、1991年 |
旧姓M。恩赦請求提出直前の2007年4月27日執行、42歳。
|
| 今市連続殺人事件 (T) |
2000年12月11日 |
1990年9月、1993年7月 |
上告せず確定。2007年8月23日執行、69歳。
|
2001年死刑確定囚(5人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 富山社長夫婦射殺事件 (S) |
2001年1月30日 |
1991年5月7日 |
2007年8月23日執行、60歳。
|
| 東京連続強盗殺人事件 (I) |
2001年2月6日 |
1996年6月10日、1999年7月8日 |
控訴取下げで、確定。2007年8月23日執行、63歳。
|
| 愛知連続殺人事件 (U) |
2001年9月20日 |
1993年2月16日、3月3日 |
強盗で2名殺害、1名重傷。他にも窃盗など余罪多数。名古屋拘置所に収監されていたが、2003年2月28日未明、突然死した。33歳。
|
| 市川一家4人殺人事件 (S) |
2001年12月3日 |
1992年3月5日 |
犯行時19歳の少年死刑囚。2017年12月19日執行、44歳。
|
| 大阪地下鉄短大生強盗殺人事件 (M) |
2001年12月6日 |
1988年1月15日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。2008年9月11日執行、68歳。
|
2002年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 多摩市パチンコ店強盗殺人事件 (C) |
2002年6月11日 |
1992年5月30日 |
中国人。戦後来日外国人として初の死刑囚。共犯逃亡中。東京拘置所収監中。
|
| 多摩市パチンコ店強盗殺人事件 (H) |
2002年6月11日 |
1992年5月30日 |
同上。東京拘置所収監中。
|
| 川口バラバラ殺人事件 (Y) |
2002年10月25日 |
1999年1月9日 |
一審は無期懲役だった。上告取下げ、確定。1978年9月にも強盗殺人事件を起こし無期懲役判決を受けて服役し、1998年1月に仮出所していた。東京拘置所収監中。
|
2003年死刑確定囚(2人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 江戸川老母子強盗殺人事件 (F) |
2003年1月 |
1999年4月19日 |
2人殺害のほか別件で詐欺事件も起こしていた。上告取下げ。2007年12月7日執行、42歳。
|
| 附属池田小事件(吉岡守) |
2003年8月28日 |
2001年6月8日 |
控訴取下げ。2004年9月14日執行、40歳。旧姓宅間。
|
2004年死刑確定囚(15人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 警察庁広域重要指定121号事件 (W) |
2004年4月19日 |
1992年3月5日 |
共犯のMは2005年確定。東京拘置所収監中。
|
| 神奈川2件強盗殺人事件 (I) |
2004年4月27日 |
1988年12月28日、1989年1月1日 |
一審は無期懲役だった。2009年10月27日獄死、72歳。
|
| 警察庁広域重要指定112号事件 (F) |
2004年6月15日 |
1981年10月-1982年6月 |
2007年12月7日執行、47歳。
|
| 警察庁広域重要指定118号事件 (O) |
2004年6月25日 |
1986年-1991年 |
主犯格で元岩手県警警察官。2014年6月26日、病死。60歳。
|
| 警察庁広域重要指定118号事件 (K) |
2004年6月25日 |
1986年-1991年 |
上記共犯者。2011年1月29日、病死。67歳[86]。
|
| 警察庁広域重要指定118号事件 (S) |
2004年6月25日 |
1986年-1991年 |
上記共犯者。2013年8月14日、病死。73歳。
|
| 徳之島兄家族殺傷事件(N) |
2004年8月26日 |
2002年8月16日 |
控訴取下げで確定。2008年2月1日執行、37歳。
|
| 滋賀元同僚強盗殺害事件 (N) |
2004年9月9日 |
1986年-1991年 |
2008年4月10日執行、61歳。
|
| コスモ・リサーチ事件 (岡本啓三[注釈 8]) |
2004年9月13日 |
1988年1月9日 |
旧姓・河村[87]。2018年12月27日執行、60歳。
|
| コスモ・リサーチ事件 (S) |
2004年9月13日 |
1988年1月9日 |
上記共犯者。2018年12月27日執行、67歳。
|
| JT女性社員逆恨み殺人事件 (M) |
2004年10月13日 |
1997年4月18日 |
一審は無期懲役。殺人の前科あり。2008年2月1日執行、65歳。
|
| 群馬女子高生誘拐殺人事件 (S) |
2004年10月29日 |
2002年7月19日 |
一審は無期懲役。控訴審で逆転死刑も上告せず確定。2008年4月10日執行、41歳。
|
| 高知連続保険金殺人事件 (S) |
2004年11月19日 |
1987年-1992年8月 |
死刑確定時77歳、保険金殺人で共犯3人は懲役刑。女性死刑囚としては最高齢。2011年1月27日、肝臓がんのため83歳で死去[88]。
|
| 福岡連続強盗殺人事件 (H) |
2004年12月2日 |
1995年4月18日 |
福岡拘置所収監中。
|
| フィリピン人2女性殺人事件 (M) |
2004年12月14日 |
1998年12月25日 |
旧姓S。名古屋拘置所収監中。
|
2005年-2009年[編集]
2005年死刑確定囚(11人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 2件保険金殺人事件 (Y) |
2005年1月25日 |
1985年11月、1990年3月 |
一審は無期懲役だった。2008年6月17日執行、73歳。
|
| 同級生連続殺人事件 (M) |
2005年1月27日 |
1989年8月9日-9月13日 |
東京拘置所収監中。
|
| 資産家老女ら2人殺人事件 (A) |
2005年3月3日 |
1989年10月1日-4日 |
一審は無期懲役だった。2008年4月10日執行、61歳。
|
| オウム真理教事件(宮前一明) |
2005年4月7日 |
1989年2月-11月3日 |
旧姓岡崎。2018年7月26日執行、57歳。
|
| 警察庁広域重要指定119号事件 (N) |
2005年6月7日 |
1991年12月13日-1992年1月5日 |
18歳のときに起こした殺人の前科あり。2017年7月13日執行、61歳。再審請求中だった。
|
| 警察庁広域重要指定122号事件 (K) |
2005年7月8日 |
1985年5月28日-1994年3月 |
再審請求中だった。2016年3月25日執行。75歳。
|
| 群馬パチンコ店員連続殺人事件 (T) |
2005年7月13日 |
2003年2月23日、4月1日 |
控訴取下げで確定。共犯のOは2009年確定。東京拘置所収監中。
|
| 警察庁広域重要指定121号事件 (M) |
2005年9月16日 |
1993年10月-12月 |
共犯のWは2004年確定。東京拘置所収監中。
|
| 仙台老夫婦強盗殺人事件 (H) |
2005年9月26日 |
1986年2月20日 |
宮城刑務所仙台拘置支所収監中。
|
| 東京風俗店連続殺人事件 (M) |
2005年10月17日 |
1995年12月21日 |
2008年6月17日執行、37歳。
|
| 警察庁広域重要指定120号事件 (U) |
2005年12月15日 |
1992年6月19日-1993年10月29日 |
大阪拘置所収監中。
|
2006年死刑確定囚(20人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 警察庁広域重要指定117号事件(宮崎勤) |
2006年1月17日 |
1988年8月-1989年6月 |
再審請求準備中の2008年6月17日執行、45歳。
|
| 右翼幹部ら2人殺人事件 (T) |
2006年2月14日 |
1992年2月9日、1994年4月28日 |
旧姓K。1992年に右翼団体に所属する自動車販売業の男に客を仲介したのに手数料を支払わないのに腹を立て仲間2人と共謀し殺害。1994年に同じ右翼団体に所属する金券販売業の男を架空取引を持ちかけて現金を奪い殺害し琵琶湖に遺棄した[89]。大阪拘置所収監中。
|
| 古美術商ら2人殺人事件 (Y) |
2006年2月24日 |
1994年3月-1995年3月 |
Yは1994年4月に元暴力団員3人と共謀し古物商宅に押し入って現金を奪ったが、この時の共犯の一人が反抗するようになったため4月に殺害した。1995年3月に四日市市の古物商を殺害し、現金を奪った上に遺体を丸山ダムに遺棄した[89]。名古屋拘置所収監中。
|
| 愛知・静岡2女性殺害事件 (M) |
2006年3月2日 |
1996年8月31日、1997年9月4日 |
旧姓T。静岡県で同居していた女性を覚醒剤の大量注射により殺害し、遺体を山林に埋め女性の銀行口座から1000万円を引き出した。愛知県でスナック経営者を借金を踏み倒すために別の男と共謀し尾張旭市の森林公園に連れ出した上で銃殺し、遺体を駐車場脇に遺棄した[90]。名古屋拘置所収監中。
|
| 神戸市夫婦強盗殺人事件 (Y) |
2006年3月20日 |
2005年1月8日 |
2008年9月11日執行、68歳。
|
| オウム真理教事件(松本智津夫) |
2006年3月27日 |
1989年2月-1995年3月 |
2018年7月6日執行、63歳。
|
| 鶴見事件(高橋和利) |
2006年3月28日 |
1988年6月20日 |
横浜市鶴見区にて不動産取引と金融業を営む夫婦が殺害され、現金1200万円と預金通帳が奪われた。犯人として電気工事業の高橋が逮捕・起訴された。高橋は金を奪ったことは認めたが、殺害については否認。殺害時のアリバイを主張し再審請求している[91]。2011年5月、手記『「鶴見事件」抹殺された真実―私は冤罪で死刑判決を受けた』(インパクト出版会) を出版。また2016年2月発行の片岡健編『絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)に手記を寄せている。東京拘置所収監中。
|
| ドラム缶女性焼殺事件 (S) |
2006年6月9日 |
2000年4月4日 |
旧姓N。2009年1月29日執行、39歳。
|
| ドラム缶女性焼殺事件 (K) |
2006年6月9日 |
2000年4月4日 |
2009年1月29日執行、44歳。
|
| 豊中市2人殺害事件 (N) |
2006年6月13日 |
1992年3月5日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。2014年5月15日死去、66歳。
|
| 川崎中国人6人殺傷事件 (C) |
2006年6月27日 |
1999年5月25日 |
中国・福建省出身の犯罪集団による犯行。裕福として目を付けていた中国人男女グループが実際は金が全くない事に激怒し、そのグループ6人を襲撃し、うち3人を殺害。主犯の中国人Cとその親類7人(全員中国人)が逮捕された。主犯Cは2009年7月28日執行、41歳[89]。戦後初の在日中国人死刑執行。
|
| 市貝町牧場夫婦強盗殺人放火事件 (H) |
2006年9月1日 |
1994年12月19日 |
殺人の前科有り。2008年9月11日執行、61歳。
|
| 堺夫婦殺人事件 (E) |
2006年9月7日 |
1997年10月30日 |
知り合いの資産家夫婦から資産を奪うことを計画したEは、知人3人と共謀し言葉巧みに土地建物処理の委任状を書かせた後に夫婦を殺害。二人の遺体を長野市内の休耕田に運び重機で埋める作業を始めたが、休耕田の所有者に通報され駆けつけてきた警官によって緊急逮捕された[92]。共犯逃亡中。大阪拘置所収監中。
|
| 飯塚事件 (K) |
2006年9月8日 |
1992年2月20日 |
当時のDNA鑑定は信憑性が低いとして、再鑑定を求めていたが、2008年10月28日執行、70歳。
|
| 宮崎2女性殺人事件 (I) |
2006年9月21日 |
1996年8月29日、1997年6月13日 |
父親の経営する工務店の経営悪化から、何とかしたいと思った家事手伝いの女性が、金銭目当てに女性2人を殺害した[93]福岡拘置所収監中。
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| 奈良小1女児殺害事件 (K) |
2006年10月10日 |
2004年11月17日 |
控訴取下げで確定。2013年2月21日執行、44歳。
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| 栃木・妻と知人殺人事件 (N) |
2006年10月12日 |
1988年11月、1989年11月 |
東京拘置所収監中。
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| 医師ら生き埋め殺人事件 (T) |
2006年10月26日 |
1992年7月 |
東京拘置所収監中。
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| 名古屋福岡連続殺人事件 (P) |
2006年11月24日 |
1995年1月12日-28日 |
2009年1月4日獄死、62歳。
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| いわき市母娘強盗殺人事件 (T) |
2006年12月20日 |
2004年3月18日 |
一審は無期懲役だった。上告取下げで確定。2008年10月28日執行、55歳。
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2007年死刑確定囚(23人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 長野・愛知4連続強盗殺人事件 (N) |
2007年1月11日 |
2004年1月13日-9月7日 |
控訴取下げで確定。2009年1月29日執行、32歳。
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| マニラ連続保険金殺人事件 (M) |
2007年1月30日 |
1994年12月-1996年6月 |
双子の兄弟の兄。名古屋拘置所収監後、肺炎のため八王子医療刑務所に移送。2016年1月22日、肺炎のため病死。61歳。
|
| マニラ連続保険金殺人事件 (M) |
2007年1月30日 |
1994年12月-1996年6月 |
上記共犯者、双子の兄弟の弟。名古屋拘置所収監中。
|
| マニラ連続保険金殺人事件 (S) |
2007年1月30日 |
1994年12月-1996年6月 |
上記共犯者。大阪拘置所収監中。
|
| 宮崎連続強盗殺人事件 (M) |
2007年2月6日 |
2001年11月-12月 |
2012年3月29日執行、44歳。
|
| 宇都宮宝石店放火殺人事件 (S) |
2007年2月20日 |
2000年6月11日 |
2010年7月28日執行、59歳。
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| 名古屋市中区栄スナックバー経営者殺害事件 (K) |
2007年3月22日 |
2002年3月14日 |
旧姓B。一審は無期懲役だった。殺人の前科有り。2013年2月21日執行、62歳。
|
| 武富士弘前支店強盗殺人・放火事件 (K) |
2007年3月27日 |
2001年5月8日 |
2014年8月29日執行、56歳。死刑確定後3度にわたり再審請求を行ったが、すべて棄却。2014年8月6日に3度目の再審請求の棄却が言い渡されていた。4度目の再審請求の準備に入るところであったという。
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| 福山市女性強盗殺人事件 (N) |
2007年4月10日 |
1992年3月29日 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。一・二審は無期懲役も最高裁で口頭弁論を経て差し戻され、その後言い渡された死刑判決が確定。広島拘置所収監中。
|
| 池袋通り魔殺人事件 (Z) |
2007年4月19日 |
1999年9月8日 |
東京拘置所収監中。
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| 大阪姉妹殺害事件(山地悠紀夫) |
2007年5月31日 |
2005年11月17日 |
控訴取下げで確定。16歳のとき山口母親殺害事件を起こして少年院送致。2009年7月28日執行、25歳。
|
| 太州会内部抗争連続殺人事件 (N) |
2007年6月12日 |
1997年10月 |
福岡拘置所収監中。
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| 春日部中国人夫婦殺害事件 (S) |
2007年6月19日 |
2000年9月22日 |
元筑波大学大学院生。被害者・加害者とも中国人留学生。被害者夫は新越谷外国語会話教室中国語講師で埼玉大学大学院生、妻は筑波大学大学院生。東京拘置所収監中。
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| 自殺サイト殺人事件 (M) |
2007年7月5日 |
2005年2月-6月 |
控訴取下げ・2009年7月28日執行、40歳。
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| 三重連続射殺事件 (H) |
2007年7月18日 |
1994年7月-11月 |
名古屋拘置所収監中。
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| 熊谷男女4人殺傷事件 (O) |
2007年4月10日 |
2003年8月18日 |
控訴取下げ、2010年7月28日執行、33歳。執行命令書に署名した法務大臣自身が歴史上初めて立ち会う。
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| オウム真理教事件(横山真人) |
2007年7月20日 |
1989年11月等 |
2018年7月26日執行、54歳。
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| 宇都宮監禁殺人事件 (G) |
2007年9月28日 |
2000年7月-8月 |
東京拘置所収監中。
|
| オウム真理教事件(端本悟) |
2007年10月26日 |
1995年3月20日等 |
2018年7月26日執行、51歳。
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| 警察庁広域重要指定124号事件(畠山鐵男) |
2007年11月1日 |
2002年8月 |
犠牲者4人。東京高等裁判所への控訴取下げ、共犯も2011年に最高裁上告棄却で死刑確定。ノンフィクション作家斉藤充功の手によって死刑囚獄中ブログに、獄中手記を更新している。旧姓:小田島。東京拘置所に収監されていたが、食道がんのため2017年9月16日に病死。74歳。
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| 大和主婦連続強盗殺人事件 (S) |
2007年11月6日 |
2001年8月-9月 |
東京拘置所収監中。
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| 横浜前妻一家殺人事件 (F) |
2007年11月15日 |
2002年7月31日 |
2012年3月29日執行、46歳。
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| 岡山女性殺人事件 (U) |
2007年11月30日 |
2001年8月9日 |
殺人罪で服役し仮釈放された元無期懲役囚による再犯。2008年2月7日獄死、68歳。歴史上初めて、法務大臣自身が死亡の事実を記者発表した。
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2008年死刑確定囚(10人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 長崎・佐賀連続保険金殺人事件 (S) |
2008年1月31日 |
1992年9月-1998年10月 |
福岡拘置所収監中。
|
| オウム真理教事件(小池泰男) |
2008年2月15日 |
1995年3月20日等 |
旧姓林。2018年7月26日執行、60歳。
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| 三島女子短大生焼殺事件 (H) |
2008年2月29日 |
2002年1月22日 |
一審は無期懲役だった。犠牲者1人。強盗致傷の前科があり、強姦の上生きたまま焼き殺すという残虐なものであった。2012年8月3日執行、40歳。
|
| 宇都宮実弟殺害事件 (H) |
2008年3月17日 |
2005年5月 |
無期懲役の仮釈放中に事件を起こす。上告取下げで確定。東京拘置所収監中。
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| 京都・神奈川親族連続殺人事件 (M) |
2008年4月8日 |
2007年1月 |
気に入らない親族2人を殺害し、かつての同級生をも殺そうとしていた。公判では反省の弁を述べなかった。控訴取下げで確定。2012年8月3日執行、31歳。
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| 入間暴力団組員5人射殺事件 (Y) |
2008年4月23日 |
2003年12月14日 |
2010年1月2日病死、62歳。
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| 伊勢原市同居母娘強盗殺人事件 (K) |
2008年6月5日 |
2001年8月4日 |
東京拘置所収監中。
|
| 下関通り魔殺人事件 (U) |
2008年7月11日 |
1999年9月29日 |
駅の構内に乱入し5人殺害。2012年3月29日執行、48歳。
|
| 本庄保険金殺人事件(八木茂) |
2008年7月17日 |
1995年6月3日-1999年5月30日 |
東京拘置所収監中。
|
| 福島悪魔払い殺人事件 (E) |
2008年9月16日 |
1994年12月-1995年6月 |
戦後女性死刑囚執行第4号。2012年9月27日執行、65歳。
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2009年死刑確定囚(18人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 高岡暴力団組長夫婦射殺事件 (W) |
2009年1月22日 |
2000年7月13日 |
元暴力団組長。名古屋拘置所に収監されていたが、2009年5月2日、肝不全による出血性ショックにより入院先の病院で死亡、56歳。
|
| 高岡暴力団組長夫婦射殺事件 (I) |
2009年3月23日 |
2000年7月13日 |
上記共犯者。旧姓O。元暴力団幹部。取調べの段階で副組長と一緒に殺害を依頼したと供述した。その後、副組長は起訴されて死刑を求刑されたが、一審、二審で無罪判決が言い渡され確定している。再審請求をしていたが、2014年7月16日、肝臓がんのため病死。67歳。
|
| 熊本松橋町男女強盗殺人事件 (M) |
2009年4月3日 |
2003年10月16日 |
上告取下げ。2012年9月27日執行、39歳。
|
| 闇サイト殺人事件 (K) |
2009年4月13日 |
2007年8月24日 |
控訴取下げ。2015年6月25日執行、44歳。共犯の二人は無期懲役刑が確定したが、うち一人は刑確定後、碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件などで再逮捕され、一・二審で死刑判決を受け上告中。
|
| 和歌山毒物カレー事件(稲垣眞須美) |
2009年4月21日 |
1998年7月25日 |
女性死刑囚。旧姓林。2014年3月に支援者の釜ヶ崎地域合同労働組合委員長稲垣浩と養子縁組。大阪拘置所収監中。
|
| 埼玉愛犬家連続殺人事件 (S) |
2009年6月5日 |
1993年4月20日-8月26日 |
元夫婦による犯行。元夫S。東京拘置所に収監されていた。Sは事件前、TV番組「男のBEタイム」(テレビ東京系列、1988年9月25日放映)に「狼に魅せられた男」として出演。また有名ブリーダーとして雑誌『ペット経営』237号(野生社、1992年2月号)にも登場している。従犯の山崎永幸は懲役3年。山崎は1998年8月28日に満期出所後、1999年に事件の顛末を記した本『共犯者』(新潮社。2000年発行の文庫版は筆名「志麻永幸」名義、『愛犬家連続殺人』に改題、角川書店(角川文庫))を出版(実際は週刊新潮元記者・作家の蓮見圭一による代筆)したほか、2001年6月20日放映のテレビ番組『オフレコ!』(TBS系列)に出演し事件について証言した。Sは2016年11月頃から体調を崩し、病院で治療を受けていた。刑を執行されぬまま、2017年3月27日早朝、病死。75歳[94]。
|
| 埼玉愛犬家連続殺人事件 (K) |
2009年6月5日 |
1993年4月20日-8月26日 |
上記共犯者。元妻。女性死刑囚。東京拘置所収監中。Kは事件前の1992年2月に著書『愛しのアラスカン・マラミュート』(アフリカケンネル)を出版している。死刑確定後、S・K夫婦の実娘が運用するホームページに手記と絵画が掲載されている。2016年2月発行の片岡健編『絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)にも手記や実娘に宛てた手紙を採録している。再審請求中。
|
| 群馬パチンコ店員連続殺人事件 (O) |
2009年6月9日 |
2003年2月23日、4月1日 |
共犯も死刑確定。東京拘置所収監中。
|
| ファミレス2人射殺事件 (M) |
2009年6月15日 |
2005年4月25日 |
共犯も死刑確定。2013年4月26日執行、56歳。
|
| 仙台市暴力団幹部による強盗殺人事件 (T) |
2009年6月23日 |
2001年1月8日、2月3日 |
旧姓I。仙台拘置支所収監中。
|
| 前橋スナック乱射事件 (K) |
2009年7月10日 |
2003年1月25日 |
元住吉会系暴力団組員。同じ住吉会系暴力団組員YK(2013年6月7日死刑確定)とともに元暴力団住吉会幸平一家Y会会長YO(2014年3月14日死刑確定)に指示され事件を起こす。暴力団稲川会大前田一家関係者1名が死亡、2名が重傷を負ったほか、無関係の一般市民3名が巻き込まれ犠牲となった。東京拘置所収監中。
|
| オウム真理教事件(早川紀代秀) |
2009年7月17日 |
1989年2月、1989年11月4日 |
2018年7月6日執行、68歳。
|
| オウム真理教事件(広瀬健一) |
2009年11月6日 |
1989年2月、1989年11月4日 |
2018年7月26日執行、54歳。
|
| オウム真理教事件(豊田亨) |
2009年11月6日 |
1989年2月、1989年11月4日 |
2018年7月26日執行、50歳。
|
| 北見市資産家夫婦殺人事件 (K) |
2009年12月4日 |
1988年10月21日 |
札幌拘置支所収監中。
|
| オウム真理教事件(井上嘉浩) |
2009年12月10日 |
1994年1月-1995年3月 |
一審は無期懲役だった。2018年7月6日執行、48歳。
|
| 架空建設計画取引における連続殺人事件 (S) |
2009年12月11日 |
1996年6月8日、11月19日 |
福岡拘置所収監中。
|
| 架空建設計画取引における連続殺人事件 (T) |
2009年12月11日 |
1996年6月8日、11月19日 |
一審は無期懲役だった。2010年4月14日病死、66歳。
|
2010年-2014年[編集]
※は第一審裁判員裁判による死刑囚。
2010年死刑確定囚(8人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 土浦連続殺傷事件 (K) |
2010年1月5日 |
2008年3月 |
2009年12月18日死刑判決。通り魔事件で9人を殺傷(2人が死亡、7人が重傷)。弁護人が控訴したものの、本人が控訴を取下げ、確定。2013年2月21日執行、29歳。
|
| オウム真理教事件(新実智光) |
2010年1月19日 |
1995年3月他多数 |
上告棄却。一連のオウム真理教事件で11件26人の殺人に関与したとして死刑確定。2018年7月6日執行、54歳。
|
| 大阪・岐阜連続女性強盗殺人事件 (O) |
2010年1月29日 |
2005年3月-4月 |
上告棄却。パチンコに負けた借金に窮して金銭目的で女性2人を殺害。他にも空き巣の余罪あり。大阪拘置所収監中。
|
| 久留米看護師連続保険金殺人事件 (Y) |
2010年3月18日 |
1998年1月24日、1999年3月27日 |
女性死刑囚。再審請求中だった。2016年3月25日執行、56歳。戦後女性死刑囚執行第5号。
|
| 館山市一家4人放火殺人事件 (T) |
2010年9月16日 |
2003年12月18日ほか |
上告棄却。一連の放火で5人が犠牲に。東京拘置所収監中。
|
| 鉾田町独居高齢者連続強盗殺人事件 (F) |
2010年10月14日 |
2005年1月 |
上告棄却。犠牲者2人。東京拘置所収監中。
|
| 大分替え玉保険金殺人事件 (O) |
2010年11月8日 |
2002年1月 |
犠牲者2人。北九州市で強盗放火殺人、大分で殺人[95]。旧姓T。福岡拘置所収監中。
|
| 大分替え玉保険金殺人事件 (H) |
2010年11月8日 |
2002年1月 |
上記共犯。旧姓T。福岡拘置所収監中。
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2011年死刑確定囚(24人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| オウム真理教事件(土谷正実) |
2011年2月15日 |
1995年3月他多数 |
上告棄却[96]。殺害行為に直接関わっていないがサリンなど一連の化学兵器製造に関与しており、大量殺傷事件の共同正犯で死刑。2018年7月6日執行、53歳。
|
| 渋谷駅駅員銃撃事件[97] (K) |
2011年3月1日 |
2004年5月29日 |
一審は無期懲役だった。確定時70歳。窃盗罪で服役直後、金銭目的で横浜で強盗殺人のほか、東京駅地下放火、渋谷駅で集金係と思い込んだ地下鉄職員を銃撃、私物を奪い片足麻痺の後遺症を与えるなどの累犯であった。2013年9月12日執行、73歳。
|
| 福岡3女性連続強盗殺人事件 (S) |
2010年3月8日 |
2004年12月-2005年1月 |
強盗と強姦目的に飯塚市、北九州市、福岡市で凶行に及んだ[98]。福岡拘置所収監中。
|
| 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件 (KM) |
2011年3月10日 |
1994年9月28日-10月7日 |
犯行時19歳の少年死刑囚。未成年グループによるリンチ殺人事件の主犯格。戦後の少年犯罪史上において、複数の被告の死刑が確定した初のケース。[99]。再審請求中。名古屋拘置所に収監されていたが、後に東京拘置所に移送された。2010年12月、拘置所職員に他の収監者に関する情報の漏えいをそそのかした容疑により国家公務員法違反で書類送検、東京拘置所に移送された。国家公務員法違反については不起訴処分。この他に3つの事件で共犯7人が刑事処分を受け、5人の有罪判決が確定し、2人は少年院送致された。
|
| 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件 (KA) |
2011年3月10日 |
1994年9月28日-10月7日 |
一審は無期懲役だった。上記KMの共犯、犯行時19歳の少年死刑囚。旧姓Ko、その後Oに改姓し現姓はKu。再審請求中。名古屋拘置所収監中。
|
| 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件 (HM) |
2011年3月10日 |
1994年9月28日-10月7日 |
一審は無期懲役だった。上記KMの共犯、犯行時18歳の少年死刑囚。旧姓K。名古屋拘置所収監中。
|
| 広島・岡山連続強盗殺人事件 (K) |
2011年3月24日 |
2003年-2004年 |
確定時79歳。79歳での死刑確定は戦後最高齢という[100]。2003年9月に広島県比婆郡東城町(現:庄原市)で一人暮らしの91歳無職女性を、2004年12月に岡山県井原市で一人暮らしの76歳蕎麦屋店主男性を強盗目的で殺害。一審では広島の犯行を強盗致死と認定し無期懲役としたが、控訴審および上告審では2件とも強盗殺人であると認定し死刑を言い渡した[101]。2016年1月、意識不明の重体となり、治療のため拘置所外の病院に入院させたが、同年2月14日、アルツハイマー病に伴う摂食障害と老衰のため病院にて死亡した。84歳[102][103]。
|
| 東大阪集団暴行殺人事件[104] (K) |
2011年3月25日 |
2006年6月19日 |
被害者2人が男性2人を恐喝・暴行したことに対し、「殺さなければ殺される」と考え仲間9人で岡山県で生き埋めにして殺害。殺害実行犯首謀者が死刑。共犯8人は殺害発案者は無期、最初に暴行された2人は11年と9年、重機を操作した未成年は15年、被害者2人を呼び出した暴力団関係者は17年、見張り役は7年の判決が確定している。また他の2人は未成年で殺人罪で起訴されず家庭裁判所送致になっている。大阪拘置所収監中。
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| 同僚・妻連続殺人事件 (O) |
2011年4月11日 |
2004年、2005年 |
不倫相手を中傷されたことに腹を立てた男が同僚を殺害。また不倫を知って離婚を迫った妻を殺害し遺体をバラバラにして遺棄[105]。旧姓T。東京拘置所収監中。
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| 宮崎の口封じ連続殺人事件 (F) |
2011年4月19日 |
1999年 |
保険金詐欺常習犯が分け前を巡るトラブルから仲間を殺害。ついで事件の真相を知った税理士を殺害[106]。福岡拘置所収監中。
|
| 広島連続保険金殺人事件 (O) |
2011年6月7日 |
1998年-2000年 |
1998年に義父を交通事故を装って殺害。2000年には妻を浴槽につけて殺害し、遺体を遺棄した。いずれも保険金目当ての犯行であった。[107]。広島拘置所収監中。
|
| ※横浜港バラバラ殺人事件 (I) |
2011年6月16日 |
2009年6月18日-19日 |
麻雀店経営の男性2人を千葉県内のホテルに監禁し、電動ノコギリでバラバラにして殺害。遺体を横浜港や山梨県内に遺棄した。2009年5月に施行された裁判員裁判で初の死刑判決を受けるが、判決を言い渡した裁判長から控訴することを勧められた。その後、弁護側が控訴したが、控訴を取り下げ刑が確定。裁判員裁判で初の死刑確定者である。共犯は現在も指名手配中[108]。審理再開申立中。東京拘置所収監中。
|
| ※川崎アパート3人殺害事件 (T) |
2011年7月4日 |
2009年5月30日 |
川崎市内のアパートで隣室に住む夫婦を刺殺。さらに被害者の兄で、アパートの大家であった男性を刺殺した。本人控訴取り下げ。裁判員裁判で2例目の死刑確定[109]。2015年12月18日執行、63歳。裁判員裁判による死刑囚として初の執行。
|
| 大牟田4人殺害事件 (KM) |
2011年10月3日 |
2004年9月16日 |
大牟田市で起きた殺人事件。最高裁にて確定。母親。戦後日本14番目の女性死刑囚[110]。福岡拘置所に収監中。
|
| 大牟田4人殺害事件 (IT) |
2011年10月3日 |
2004年9月16日 |
上記共犯者。次男[111]。元力士。旧姓K。2013年に支援者女性と獄中結婚し父・母・兄とは違う姓になっている。福岡拘置所に収監中。
|
| 大牟田4人殺害事件 (KS) |
2011年10月17日 |
2004年9月16日 |
主犯の一人。父親。元暴力団組長。この判決で一家4人が死刑判決が確定するという異例の事態になった。[112]。広島拘置所に収監中。
|
| 大牟田4人殺害事件 (KT) |
2011年10月17日 |
2004年9月16日 |
共犯者。長男。傷害致死の前科あり[113]。逮捕後福岡地検久留米支部庁舎より逃亡し、単純逃走罪で追起訴。大阪拘置所に収監中。
|
| 福岡一家4人殺害事件 (G) |
2011年10月20日 |
2003年6月20日 |
福岡市で起きた中国人3人組による一家4人殺害事件の主犯[114]。福岡拘置所収監中。共犯の被告Y・Oは中国に逃亡後、中国当局により身柄を拘束された。2005年1月24日、中国遼寧省遼陽市中級人民法院はYに死刑、Oに無期懲役の判決を下し確定。同年7月12日、Yに死刑執行。25歳。
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| オウム真理教事件(中川智正) |
2011年12月8日 |
1995年3月他多数 |
上告棄却[115]。坂本堤弁護士一家殺害事件で弁護士の長男を殺害し、松本、地下鉄の両サリン事件ではサリンの製造に関与した。2018年7月6日執行、55歳。
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| オウム真理教事件(遠藤誠一) |
2011年12月12日 |
1995年3月他多数 |
上告棄却[116]。松本、地下鉄の両サリン事件でサリンの製造などに関与した。2018年7月6日執行、58歳。
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| 警察庁広域重要指定124号事件(M) |
2011年11月22日 |
2005年8月5日-11月22日 |
死者4人。共犯(畠山(旧姓:小田島)鐵男)は2007年に控訴取下げで死刑が確定していたが、2017年9月16日に食道がんで病死。Mは東京拘置所に収監中。
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| 愛知交際2女性殺害事件(K) |
2011年11月29日 |
1999年8月15日、2003年5月25日 |
交際していた女性2人を殺害し、バラバラにして遺棄。名古屋拘置所に収監中。
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| 北九州監禁殺人事件(M) |
2011年12月12日 |
1996年2月-1998年6月 |
7人殺害(司法の認定では6人は殺人、1人は傷害致死)、殺害実行犯とされた女性は無期。殺害を指示したとされた主犯が死刑。福岡拘置所に収監中。
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| ファミレス2人射殺事件(H) |
2011年12月15日 |
2005年4月25日 |
千葉県市原市にあったファミリーレストランで暴力団員同士の話し合いがこじれ、2人が射殺された。犯人3人のうち1人は自殺。共犯は2009年に死刑が確定している。2013年4月26日執行、64歳。
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2012年死刑確定囚(10人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 岩手県洋野町母娘強盗殺人事件 (W) |
2012年1月16日 |
2006年7月19日 |
岩手県九戸郡洋野町の母娘2人暮らしの民家に暴行と強盗目的で侵入。金品を強奪し2人を殺害し遺体を山林に埋めた[117]。2015年12月18日執行、39歳。
|
| 光市母子殺害事件 (O) |
2012年2月20日 |
1999年4月14日 |
山口県光市の社宅に強姦目的で侵入、住人の女性と11か月の娘、合計2人を殺害。一・二審は無期懲役も最高裁で口頭弁論を経て差し戻され、その後言い渡された死刑判決が確定。犯行時の18歳1か月(少年死刑囚)という年齢は、死刑確定囚では史上最年少。広島拘置所収監中。
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| 本庄夫婦強盗殺人事件 (I) |
2012年3月2日 |
2007年2月21日 |
一審は無期懲役だった。知人男性の家を訪れて男性と妻を殺害。現金1万円を奪った[118]。東京拘置所収監中。
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| 香川・坂出3人殺害事件 (K) |
2012年7月12日 |
2007年11月16日 |
金銭トラブルを抱えていた女性と、現場にたまたま居合わせた女性の孫姉妹の3人を殺害[119]。Kは被害女性の義弟(事件当時既に故人になっていた被害女性の妹の夫)。2014年6月26日執行、68歳。
|
| 大阪連続強盗殺人事件 (K) |
2012年7月24日 |
2000年7月29日 2008年2月1日 |
上告棄却。大阪市北区の商業施設のトイレで、たまたま入ってきた会社員から金を取ろうとして抵抗されたため刺殺。犯行後警察に出頭したが、過去に大阪市中央区の路上で中国人留学生のバックを奪い自転車で逃走し、取り押さえようとした男性の足を刺し負傷させた上、追いかけてきた留学生を刺殺した事件を起こしていたことが判明[120]。2013年12月12日執行、63歳。
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| ※宇土市院長夫人殺害事件 (T) |
2012年9月10日 |
2004年3月13日/2011年2月23日 |
2004年、宇土市で強盗目的で女性を殺害。さらに2011年には熊本市の民家で夫婦を殺傷。本人上告取り下げで死刑確定。裁判員裁判での死刑判決で刑が確定したのは3人目。2016年11月11日執行、45歳。
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| 品川製麺所夫婦強盗殺人事件 (S) |
2012年10月19日 |
2002年8月31日 |
中国籍。強盗目的で当時住んでいたアパートの所有者であった夫婦を殺害する。東京拘置所収監中。
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| 群馬県暴力団組長等3人射殺事件 (T) |
2012年10月23日 |
2001年11月~2005年9月 |
山口組系暴力団元組長。組員と共謀し、対立していた暴力団の組長ら3人を射殺した。配下の組員に指示し、2001年11月、群馬県碓氷郡松井田町(現・安中市)において土木作業員の男性(当時60歳)を射殺させ、2005年4月には安中市の自身の組の事務所を訪れた男性元組員(同35歳)を自ら射殺した。更に配下の組員に指示し、2005年9月には安中市内の路上において対立していた暴力団の組長の男性(当時61歳)を射殺させた。2014年8月29日執行、59歳。
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| 都留市従業員連続殺人事件 (A) |
2012年12月11日 |
1997年3月~2000年5月 |
自身が経営する建設会社の従業員3人を殺害する。東京拘置所収監中。
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| お台場フィリピン人バラバラ殺人事件 (N) |
2012年12月14日 |
1999年4月22日/2008年4月3日 |
1999年と2008年に交際していたフィリピン人女性2人を殺害する。一審では1999年の事件で懲役14年、2008年の事件で無期懲役としたが、二審では1999年事件については一審同様懲役14年としたが2008年の事件については一審判決を破棄、死刑を言い渡した。東京拘置所収監中。
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2013年死刑確定囚(7人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
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| 架空請求詐欺仲間割れ殺人事件 (S) |
2013年1月29日 |
2004年10月16日 |
架空請求詐欺事件および殺害首謀者。仲間CがAら幹部殺害を計画していたことに激怒。Aらは共犯のDの伝手により暴力団員Eらを加えて、Cら4人を殺害し、遺体を遺棄。東京拘置所収監中。
|
| 架空請求詐欺仲間割れ殺人事件 (W) |
2013年1月29日 |
2004年10月16日 |
一審は無期判決だった。上記Sの共犯の元暴力団員。東京拘置所収監中。
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| 架空請求詐欺仲間割れ殺人事件 (I) |
2013年2月28日 |
2004年10月16日 |
上記Sの共犯。東京拘置所収監中。
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| ※岡山元同僚女性バラバラ殺人事件 (S) |
2013年3月28日 |
2011年9月30日 |
かつての勤務先の同僚であった女性を殺害。遺体をバラバラにして遺棄した。一審裁判員裁判で死刑判決を受け控訴するが、その後本人が控訴を取り下げ刑が確定する。被害者が1名で被告に殺人前科がない事例での死刑判決は近年では異例であった。2017年7月13日執行、35歳。
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| 前橋スナック乱射事件(YK) |
2013年6月7日 |
2003年1月25日 |
元住吉会系暴力団組員。同じ住吉会系暴力団組員K(2009年7月10日死刑確定)とともに元暴力団住吉会幸平一家Y会会長YO(2014年3月14日死刑確定)に指示され事件を起こす。暴力団稲川会大前田一家関係者1名が死亡、2名が重傷を負ったほか、無関係の一般市民3名が巻き込まれ犠牲となった。東京拘置所収監中。
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| 姫路2女性殺害事件 (T) |
2013年11月25日 |
2005年1月9日 |
警察による職務怠慢があり、被害者の両親が飛松五男の協力を得て犯人特定・逮捕に至った事件。大阪拘置所収監中。
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| あきる野市資産家姉弟強盗殺人事件 (O) |
2013年12月17日 |
2008年4月9日 |
知人の男と共謀し、東京都あきる野市の資産家姉弟から現金やキャッシュカードを奪い、2人を窒息死させた後に遺体を長野県の山中に埋めた。共犯者は無期懲役。Oは東京拘置所に収監されていたが、転移性脳腫瘍を患い、2014年7月2日に病死した。66歳。
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2014年死刑確定囚(6人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 大阪個室ビデオ店放火事件 (O) |
2014年3月6日 |
2008年10月1日 |
自殺をしようとして個室ビデオ店内に放火し、16人を殺害、9人を負傷させた。大阪拘置所収監中。
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| 日医大事件・前橋スナック乱射事件(YO) |
2014年3月14日 |
2002年2月25日・2003年1月25日 |
元暴力団住吉会幸平一家Y会会長。東京拘置所収監中。2001年8月に東京都葛飾区の斎場で起きた暴力団稲川会大前田一家系組員による住吉会幹部射殺事件が発端となり、暴力団同士の抗争に発展。YOは2002年2月25日、文京区の日本医科大学付属病院に入院中の住吉会幸平一家系暴力団の幹部Iを、Y会の下部団体のT組組長Tらとともに日医大病院東館1階の高度救命救急センター集中治療室に侵入し射殺した。幹部Iは射殺される前日に豊島区内の路上で脇腹を拳銃で撃たれ重傷を負い、日医大に搬送されていた。幹部Iは同月に大前田一家元総長宅襲撃に失敗したため制裁と口封じのため殺された。同年3月、YOとT組組長Tはガソリン噴射器を用いて大前田一家元総長宅を襲撃。同年8月、YOは別の詐欺事件で警視庁に逮捕された。T組組長Tは日医大事件等で無期懲役確定。なおも抗争は激化し、前橋スナック乱射事件を起こすに至る。YOは逮捕前、住吉会系暴力団組員のK(2009年7月10日死刑確定)とYK(2013年6月7日死刑確定)の両名に対し、大前田一家関係者が出入りしていた前橋市のスナックを襲撃し同一家関係者の射殺するよう指示した。両名は翌2003年1月25日に犯行に及び、大前田一家関係者1名が死亡、2名が重傷を負ったほか、たまたま客としてスナックに居合わせた無関係の一般市民3名が巻き込まれ犠牲となった。2事件の主犯として死刑確定。死刑確定後の2014年9月、「金銭トラブルなどにより他の複数の人物も殺害し、遺体を遺棄した」という内容の文書を警視庁目白警察署に送付。警視庁は任意でYOに事情聴取したところ同趣旨の証言をしたため、裏付け捜査に入った。2016年2月、文書の内容とその真偽を確かめるための捜査が行われている事実が明らかとなった[121][122]。YOが文書で「殺害した」と告白している東京都内の会社社長男性と神奈川県伊勢原市内の不動産業男性はいずれも20年近くにわたって行方が分からず失踪している。うち東京都内の会社社長男性は1996年のオレンジ共済組合事件に関与し、友部達夫・新進党参議院議員の当選を画策する政界工作を行ったとされる「永田町の黒幕」・「リュー一世」(YOが提出した文書内での呼称)と呼ばれる人物。この会社社長男性は1997年4月、オレンジ共済組合事件に関して国会に証人喚問された[123]が、その後1998年春頃より行方が分からなくなっている[124][125]。YOは同社長を絞殺し、配下の元Y会組員男に命じ遺体を遺棄したという[126]。配下の元Y会組員男は死体遺棄を認め場所も説明したため、YO死刑囚と配下の元Y会組員男の供述に基づき警視庁と神奈川県警は不明両名の捜索を行い、2016年4月19日、神奈川県伊勢原市内の山林において1996年8月から行方不明となっていた不動産業男性の白骨死体を発見した[127][128][129]。YOは不動産業男性とトラブルになっていたという暴力団関係者から依頼を受け、1996年8月、別の暴力団関係者に不動産業男性を殺害させ、配下の元Y会組員男に死体を遺棄させた。トラブルになっていたという暴力団関係者や、殺人の実行役とされる暴力団関係者はその後いずれも死亡しており、配下の元Y会組員男の死体遺棄容疑については既に時効が成立している。更に2016年11月29日には同社長と思われる遺体が発見され[130]、DNA鑑定および歯形照合を行った。2017年4月10日、警視庁組織犯罪対策4課はYOを同社長に対する殺人の容疑で東京拘置所において逮捕した[131]。同年5月1日、東京地検より改めて殺人罪で起訴され[132]、裁判員裁判に付された。確定死刑囚の逮捕・起訴は極めて異例であるうえ、裁判員裁判の被告が確定死刑囚という事例は初めて。2018年11月、東京地方裁判所においてYOの裁判員裁判が開始されたが、YOは初公判の被告人質問において、起訴事実について「間違いです」と全面否定し、上述の自身の殺人告白は「全く虚偽です」「(東京都内の会社社長男性について)私は殺していません。ただし殺させました」「(神奈川県伊勢原市内の不動産業男性について)名前すら知りません。間違いです」と述べた。YOの告白が契機となって始まった裁判であるが、その当人がいずれの容疑についても無罪を主張した[133][134]。YOは告白の目的について、「死刑判決を受けた事件などの再捜査であり、自身の死刑執行の先延ばしではない」と主張したが、YO以外に事件に関与したとされる者は既に全員死亡しており、再捜査や立件は困難な状況であるという[135]。検察はYOが後から告白した二件の殺人について、「(裁判になれば判決確定までは死刑執行は見送られる可能性が高いため)告白の目的は死刑執行の引き延ばしであるが、告白の内容は信用できる」と指摘。裁判において否認に転じた理由は「裁判も引き延ばすため」と推認し[136]、無期懲役を求刑。弁護側は「証拠不十分」のため無罪判決を求めた。同年12月13日、東京地裁は「告白の主な目的は死刑執行の先延ばしだった」「手紙には犯人でなければ知り得ない情報はない」「(告白内容を記載した)手紙は信用できない」と指摘し、YOに無罪判決を言い渡した[137][138]。判決の言い渡し後、裁判長はYOに「検察が控訴しなければ裁判は終わり」と宣告した。なお、刑法の併合罪に関する規定により、確定死刑囚に他の刑は執行しないため、仮にYOが後から告白した二件の殺人について有罪が確定しても刑は課されない[139]。東京地検は同月27日の期限までに控訴せず、YOの無罪が確定した[140][141]。殺人事件の無罪判決に対して検察側が控訴しなかった事例はまずないという。
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| 元厚生事務次官宅連続襲撃事件 (K) |
2014年6月13日 |
2008年11月17日-18日 |
元厚生省事務次官宅2軒を襲撃し、山口剛彦とその妻の2人を殺害、吉原健二の妻に重傷を負わせた。東京拘置所収監中。
|
| ※長野市一家3人殺害事件 (M) |
2014年9月2日 |
2010年3月24日-25日 |
裁判員裁判で死刑判決を受けた被告の刑が最高裁で確定した初のケース。共犯2人の内、1人(I)は2016年に死刑確定。もう1人は一審で死刑判決を受けるが二審で無期懲役に減軽され、その後確定。東京拘置所収監中。
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| ※宮崎家族3人殺害事件 (O) |
2014年10月16日 |
2010年3月1日 |
同居する義母の叱責から逃れたいために義母、妻、長男の3人を殺害する。福岡拘置所収監中。公判中Oとその両親はTBS(JNN)系列の報道・ドキュメンタリー番組『報道特集』の取材を受け、死刑確定後の2015年4月11日、同番組にて特集「確定死刑囚の告白」として放送された。
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| ※静岡2女性殺害事件 (K) |
2014年12月2日 |
2005年10月、2010年2月23日 |
2005年に交際相手の女性を、2010年に妻を殺害した。東京拘置所収監中。
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2015年以降[編集]
※は第一審裁判員裁判による死刑囚。
2015年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| 秋葉原通り魔事件(加藤智大) |
2015年2月2日 |
2008年6月8日 |
東京都秋葉原の歩行者天国にトラックで5人をはねて3人死亡させ、ダガータイプのナイフで12人を切りつけて4人死亡させた。戦後最悪の通り魔事件。東京拘置所収監中。
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| 加古川7人殺害事件(F) |
2015年5月25日 |
2004年8月2日 |
親戚や近隣住民に見下されているとの思いを抱いたことから、自宅両隣の民家で7人を包丁で刺殺し、1人に重傷を負わせた。大阪拘置所収監中。
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| ※横浜深谷連続殺人事件(A) |
2015年12月4日 |
2008年3月13日/2009年8月7日 |
従兄弟の男と共謀し、2008年、男の養母を保険金目的で殺害。2009年には金銭トラブルを抱えていた叔父を殺害する。共犯は求刑死刑に対し、無期懲役判決が一審で確定。東京拘置所収監中。
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2016年死刑確定囚(6人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| ※大阪此花区パチンコ店放火殺人事件(T) |
2016年2月23日 |
2009年7月5日 |
借金など生活に対する不満を募らせ、パチンコ店の床にガソリンをまいて放火。客と従業員5人を死亡させ、10人を負傷させた。大阪拘置所収監中。
|
| ※福島県会津美里町夫婦強盗殺人事件(T) |
2016年3月8日 |
2012年7月26日 |
病院職員の55歳男性と56歳妻の夫婦を殺害。宮城刑務所仙台拘置支所収監中。
|
| ※長野市一家3人殺害事件(I) |
2016年4月26日 |
2010年3月24日-25日 |
共犯のMは2014年に死刑が確定。東京拘置所収監中。
|
| ※山形・東京連続放火殺人事件(A) |
2016年6月13日 |
2010年10月2日/2011年11月24日 |
2010年、山形市で元交際相手の実家を放火し、元交際相手の両親を殺害。翌年には妻と共謀し、東京都内で別の交際相手の母親が住むマンションに侵入し、母親を殺害した後、室内に火をつけ全焼させた。東京拘置所収監中。
|
| ※石巻3人殺傷事件(C) |
2016年6月16日 |
2010年2月10日 |
事件当時18歳の少年死刑囚。共犯の少年と共に元交際相手少女の実家に押し入り、少女の姉とその友人の女子高校生計2名を牛刀で殺害。その場に居合わせた少女一家の知人男性1名に重傷を負わせた。元交際相手少女も軽傷。平成生まれ初の死刑囚。また裁判員裁判で少年事件に死刑判決が下され確定した史上初のケースでもある。宮城刑務所仙台拘置支所収監中。共犯の少年は2010年12月、殺人幇助の罪により懲役3年以上6年以下の不定期刑を言い渡された。
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| ※長崎ストーカー殺人事件(T) |
2016年7月21日 |
2011年12月16日 |
2011年、長崎県西海市で同居中の女性をその家族が連れ去ったと思い込んで77歳の女性の祖母と56歳の母を刺殺し母の車のトランク内に遺体を遺棄。千葉・三重・長崎各県警の対応が問題として浮き彫りになった(警察不祥事)事件。福岡拘置所収監中。
|
2017年死刑確定囚(3人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| ※首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗) |
2017年4月14日 |
2008年9月 - 2009年9月 |
裁判員裁判では初めて死刑判決を受けた女性。戦後15人目の女性死刑囚で、同時に史上初の裁判員裁判による女性死刑囚である。 無罪を主張。上告中に獄中結婚し現姓はD。東京拘置所収監中。
|
| ※鳥取連続不審死事件(U) |
2017年7月27日 |
2004年5月-2009年10月 |
裁判員裁判では木嶋に続いて2番目に死刑判決を受け確定した女性で、戦後16人目の女性死刑囚。 無罪を主張。広島拘置所収監中。
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| ※大阪府和泉市元社長夫婦殺害事件(S) |
2017年12月8日 |
2004年12月3日 |
大阪府和泉市の、元カーペット製造販売会社社長男性とその妻を、鈍器で殴って殺害し、金品を奪い、遺体をのこぎりで切断してドラム缶に詰め、同府阪南市内の貸ガレージに遺棄した。 事件から5年後の2009年11月、夫婦の遺体が発見され、被害者宅での別の窃盗容疑で逮捕された。 その後、事件から丸6年となる2010年12月、強盗殺人容疑で再逮捕・追起訴された。 無罪を主張。大阪拘置所収監中。
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2018年死刑確定囚(1人)[編集]
| 事件名(死刑囚名) |
判決確定日 |
事件発生日 |
備考(執行日など)
|
| ※愛知県蟹江町母子3人殺傷事件(L) |
2018年9月16日 |
2009年5月1日 - 5月2日 |
中国国籍で犯行当時は三重大学に在学していた留学生だった。 生活に困り、別の万引き事件で科された罰金が払えなくなることを恐れて愛知県海部郡蟹江町内の民家に強盗目的で侵入し一家3人を殺傷した。 事件後に三重大を卒業して自動車部品会社に就職したが1年後に退職、本事件で逮捕される直前には別の自動車盗事件で逮捕されていた。 名古屋拘置所収監中。
|
- ^ 日本国内・国外を問わず事件名に加害者あるいは被害者の氏名を付けて呼称されている事例は少なくなく、一部は既に歴史用語となっているものもあり、そのような事件名称を本項に限って匿名・イニシャル表記とすることは困難であるため。
- ^ 未遂に終わったとしても法定刑は死刑しか規定されていない刑罰。戦後廃止された
- ^ あくまでも構想のみであり、実際に犯行計画をすすめていないため、日本では罰則規定が現在もない共謀罪であった。
- ^ 大逆罪廃止による
- ^ 東京大学教授の古畑種基による被害者の殺害方法についての鑑定が、再審時の鑑定とまったく一致しないばかりか、目撃証言と元死刑囚の体格が一致していなかったことが判明。
- ^ 拷問と虚偽の捏造した証拠によって自白調書を作成する捜査手法をとることで静岡県警で「捜査の神様」といわれた紅林の関わった冤罪事件は幸浦事件、二俣事件、小島事件など多数あるが、死刑判決が確定したのは島田事件が唯一だった。最高裁でも見向けなかったのは古畑の誤鑑定の評価ミスだった。もっとも現在では証拠能力を否定する刑事訴訟法の法理である違法収集証拠排除法則が確立しているため、真実の自白や証拠であったとしても証拠能力が否定され刑事裁判の維持が不可能になる。
- ^ 控訴取下げの時点で精神異常をきたしていたといわれており、心神喪失のため執行できない可能性もあるが、実際のところ現状不明。
- ^ 実名で著書を出版し[87]、WP:DP#B-2の「削除されず、伝統的に認められている例」にあたるため、実名で掲載。
参考文献[編集]
外部リンク[編集]
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