モボ・モガ

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モボモガとは、それぞれ「モダン・ボーイ」「モダン・ガール」を略していった語。1920年代大正末期から昭和初期頃)に、西洋文化の影響を受けて新しい風俗や流行現象に現れた、当時は先端的な若い男女のことを、主に外見的な特徴を指してこう呼んだ。戦前日本若者文化では、最も有名な例である。

時代背景・社会風俗など[編集]

大正年間は、日本が連合国の一国として参戦し、戦勝国となった第一次世界大戦にて日本の国益が大きく増進し、主な戦場であったヨーロッパから遠かったため、戦争状態に置かれた連合国への民需、軍需双方の輸出が増大したこともあり、「戦勝国と中立国両方の利益を得た」とされている。国内事情も好景気に沸き、若い男女が同盟国であるイギリスをはじめとするヨーロッパの先進国やアメリカの流行や風俗の模倣をするようになった。

この背景には、従来、洋装は、上流階級の女性の正装として高価で限定されたものであったが、1920年頃より中産階級以下にも広まり始めたことが挙げられる。

この時期、「大正デモクラシー」の時流に乗って、男性に限られてはいるが普通選挙が実施され、教育の分野においては大正自由教育運動がおこり、かつては一部高等子弟にだけ許された教育が徐々に一般庶民へも拡大し、個人の自由や自我の拡大が叫ばれ、進取の気風と称して明治の文明開化以来の西洋先進文化の摂取が尊ばれた。新しい教育の影響も受け、伝統的な枠組にとらわれないモダニズム(近代化推進)の感覚をもった青年男女らの新風俗が、近代的様相を帯びつつある都市を闊歩し脚光を浴びるようになった。

ただし一般庶民の視線からは、彼らに対する憧れの一面も持ちながらも、洋風の異装とにわかに身に付けた習慣をひけらかす軽薄な風潮もまた広まり、「モボ・モガ」というやや嘲笑的な表現が流行した。

昭和3年に実施された普通選挙の実施により議会制民主主義が根付き、自由な気風が続くかと思われたものの、昭和十年代に入ると、世界恐慌の影響と日中戦争の中で、こうした華美な風俗は抑制されて姿を潜める結果になった。

「モボ」「モガ」の特徴[編集]

ファッション[編集]

モボ:

山高帽子ロイド眼鏡・セーラーパンツ・細身のステッキなどが当時の広告などから見て取れる。また、喜劇俳優・榎本健一の歌「洒落男」の歌詞にも「俺は村中で一番モボだといわれた男(中略)そもそもその時のスタイル/青シャツに真赤なネクタイ/山高シャッポにロイド眼鏡/ダブダブなセーラーのズボン(後略)」とある。

モガ:

服装は洋服で、スカート丈はひざ下、ミディアム~ロング。アッパッパなどが有名。その他、クロッシェ(釣鐘型の帽子)・ショートカット(「結い髪でなく断髪」の意)・引眉・ルージュや頬紅などが特徴的。パーマネントマニキュアなどは昭和に入ってからの流行となる。

人物[編集]

団体・商品・場所[編集]

関連項目[編集]