小早川清

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

小早川 清(こばやかわ きよし、1899年明治32年〉 - 1948年昭和23年〉4月4日)は、大正時代から昭和時代にかけての浮世絵師日本画家版画家

来歴[編集]

鏑木清方の門人。福岡県福岡市博多に生まれる。初めは南画家の上田鉄耕に師事し、1915年大正4年)に上京して清方に美人画を学んだ。小児麻痺による後遺症により、左手一本で絵を描いた。「長崎のお菊さん」が1924年(大正13年)の第5回帝展に初入選し、その後。長崎を題材にした異国情緒溢れる美人画を描いており、続けて帝展において入選を重ねた。また新版画の分野においても活躍しており、1927年昭和2年)から渡辺版画店において木版画を制作し始める。1930年(昭和5年)から翌1931年(昭和6年)には「近代時世粧」というシリーズを私家版により版行している。その中でもほろ酔・爪・化粧・黒髪・口紅・瞳などは著名で、また艶姿・湯上がり・舞踊なども佳作とされている。これらを彫ったのは高野七之助で、摺師は斧富三郎であった。その後、渡辺版画店のほか高見澤木版社、長谷川からも版画を発表している。1933年(昭和8年)には歌手の市丸を描いた「旗亭涼宵」が特選となっている。1936年(昭和11年)以降は文展無鑑査となり、同年文展招待展に「宵」を出品してからは、文展及び新文展に作品を出品した。その他にも日本画会、青衿会などにも会員として多くの作品を発表した。戦後にも数点作品を発表しているが、やはり昭和初期の頃の作品に人気が集まる。代表作に「長崎のお菊さん」のほかに、「春琴」などがあげられる。浮世絵を蒐集しており、またその研究もしていた。1948年(昭和23年)、東京都大田区の自宅で脳溢血により死去。享年49。

作品[編集]

「宵」 絹本着色 1936年
島根県立石見美術館所蔵
  • 「長崎のお菊さん」
  • 「旗亭涼宵」 絹本着色 島根県立石見美術館所蔵 昭和8年(1933年
  • 「宵」 絹本着色 島根県立石見美術館所蔵 昭和11年(1936年)
  • 「唐人お吉」 絹本着色 福富太郎コレクション
  • 「蘭館婦女の図」
  • 「行く春」
  • 「美人詠歌図」
  • 「赤いドレス」 紙本著色 二曲一隻 千葉市美術館所蔵 昭和初期
  • 「童子」 紙本着色 東京国立近代美術館所蔵 昭和17年(1942年)
  • 「化粧」 木版画 東京国立近代美術館所蔵
  • 「踊り」 木版画 東京国立近代美術館所蔵 昭和7年(1932年)
  • 「舞踏」 渡辺版 木版画 昭和9年(1934年)
  • 「踊り」 長谷川版 木版画 福岡市美術館所蔵 昭和7年(1932年)
  • 「ダンサー」 長谷川版 木版画 福岡市美術館所蔵 昭和7年(1932年)
  • 「芸者市丸」 高見沢版 木版画 福岡市美術館所蔵 昭和8年(1933年)頃
  • 「湯上り」 高見沢版 木版画 福岡市美術館所蔵 昭和8年(1933年)頃
  • 「近世時世粧ノ内 一 ほろ酔ひ」 私家版 木版画 アーサー・M・サックラーミュージアム英語版所蔵 昭和5年(1930年)2月
  • 「近世時世粧ノ内 四 瞳」 私家版 木版画 アーサー・M・サックラーミュージアム所蔵 昭和6年(1931年)1月
  • 「近世時世粧ノ内 六 口紅」 私家版 木版画 アーサー・M・サックラーミュージアム所蔵 昭和6年(1931年)3月


参考文献[編集]

関連項目[編集]