資生堂パーラー

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株式会社資生堂パーラー
Shiseido Parlour Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
104-0061
東京都中央区銀座8-8-3
設立 1941年(1902年創業)
業種 小売業
法人番号 8010001046307
事業内容 レストラン・カフェの運営
洋菓子の製造・販売
代表者 代表取締役社長 鈴木 真
従業員数 501名
(平成23年3月31日現在)
主要株主 資生堂
外部リンク http://parlour.shiseido.co.jp/
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資生堂パーラーが入る「東京銀座資生堂ビル

株式会社資生堂パーラー(しせいどうパーラー、英語: Shiseido Parlour Co.,Ltd.)は、資生堂子会社で洋食・喫茶店の運営や洋菓子の販売を行う企業、またそのチェーンの名称。本社は東京都中央区

概要[編集]

「資生堂パーラー」の名称での直営喫茶店の運営、別ブランドでのフランス料理店・カフェの運営が有名。そのほか、主に全国の百貨店や高級スーパーに向けに洋菓子やレトルト食品の製造・卸売を行っており、その関係で埼玉県春日部市に直営の菓子工場を、東京都足立区物流センターを持つほか、大阪市福岡市に営業所を、高松市に出張所を置いている。

花椿ビスケット

歴史[編集]

1902年(明治35年)、東京銀座の資生堂薬局(当時)内に開設された「資生堂ソーダファウンテン」が起源である[1]。これは、資生堂創業者の福原有信が、1900年(明治33年)の欧米視察からの帰国後に、アメリカのドラッグストアを模して設けたもので、当時の日本ではまだ珍しかったアイスクリームソーダ水を供し、人気を博した。福原有信は、ソーダ水製造機はもとより、コップストローにいたるまでアメリカから輸入し、本物志向に徹した。

1928年(昭和3年)、「資生堂アイスクリームパーラー」と改称し、本格的な洋食レストランを開業した[注 1][1]。メニューには、カレーライスオムライスなどがあり、モボ・モガ新橋芸者衆から贔屓にされた。いわゆる昔からの上流階級を顧客に持ち、「成功率の高いお見合いの名所」としても知られている。

店舗[編集]

資生堂パーラーとしては、現在銀座本店(東京銀座資生堂ビル内、3Fサロン・ド・カフェ、4・5Fレストラン)のほか、以下の店舗を展開している。

かつて存在した店舗[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 当時の名称には、商品として知名度が高かった「アイスクリーム」が入れられていた。資生堂パーラー公式サイト資生堂パーラーものがたり Part:2」 2010年11月17日閲覧.

出典[編集]

  1. ^ a b スイーツ番長 『男のパフェ 首都圏版』 日本出版社、2010年、p.9.

関連項目[編集]

  • 銀座 - 資生堂パーラー発祥の地。

外部リンク[編集]