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ユニオン映画

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ユニオン映画株式会社
UNION TV & MOTION PICTURE CO., LTD.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
104-0061
東京都中央区銀座7丁目17番2号
アーク銀座ビルディング5F
北緯35度39分59.7秒 東経139度45分59.2秒 / 北緯35.666583度 東経139.766444度 / 35.666583; 139.766444座標: 北緯35度39分59.7秒 東経139度45分59.2秒 / 北緯35.666583度 東経139.766444度 / 35.666583; 139.766444
設立 1970年昭和45年)2月10日
業種 情報・通信業
法人番号 2010001069734 ウィキデータを編集
事業内容
  • テレビ番組の企画・製作および販売
  • 映画、演劇等の企画、製作および演出
  • インターネット配信コンテンツ・テレビコマーシャル等の企画、製作および販売 など
代表者
  • 代表取締役社長 梅原高実
  • 代表取締役 椋忠治郎
資本金 1億円
純利益
  • 2,184万9,000円
(2025年3月期)[1]
純資産
  • 5億1,967万3,000円
(2025年3月期)[1]
総資産
  • 10億7,799万8,000円
(2025年3月期)[1]
決算期 2月末日
メインバンク
主要株主
外部リンク www.unioneiga.co.jp ウィキデータを編集
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ユニオン映画株式会社(ユニオンえいが、: UNION TV & MOTION PICTURE CO., LTD.)は、東京都中央区に本社を置き、放送番組、映画、舞台演劇等々のコンテンツ製作、コンテンツ事業展開を主な事業内容とする日本の企業。日本テレビ第一興商の関連会社を経て、タクミ商事の子会社

概要

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日本テレビの番組を優先的に制作する制作会社として、日本テレビを筆頭株主として7社の共同出資で1970年2月10日に設立された[2][3]。資本金は1億2,500万円、そのうち日本テレビは3,000万円を出資し、その他、日本クラウン電通大日本印刷三菱電機出光興産ブリヂストンタイヤが出資した[3]授権資本5億円、払込み1億2500万円[4]。仮事務所は永田町東京ヒルトンホテル323号に置かれ[4]、1970年3月6日から六本木5丁目の六本木ベニービルに移転した[4]

発足時の社長はクラウンレコード社長兼任で若築建設(当時の若松築港会社)の有田一壽、副社長は元日活専務の江守清樹郎、専務は元東映専務の今田智憲が就任した[4][5]。出光興産が設立時に出資して2万株保有していたのは有田の人脈によるものである[6]。1978年時点では日本テレビが3000万円を出資して23%の5万株を保有して引き続き筆頭株主で、その他に大日本印刷と電通がそれぞれ4万株、クラウンレコードが3万株を保有し、会長は有田、江守が社長だった[7][8]

設立経緯

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週刊文春』1970年2月23日号には「政財界の大ものをバックに元日活専務江守清樹郎、元東映常務今田智憲の両氏がクラウンレコードの有田一寿社長をかつぎあげ、ユニオン映画を設立した」と書かれている[9]。最初は「不振の日本映画界の殴り込み、最後のカツドウ屋ついに起つ」などと勇ましいキャッチフレーズが付けられ[9]、「大企業とタイアップしたスケールの大きな産業映画を一年に数本、世界の文学作品のテレビ映画化、劇団を組織して定期的な公演を行う」と目標の発表もあったが[9]、映画テレビ関係者は撮影所を持っていないことが致命的な弱さと評価し、映画の凋落ぶりが止まらないこの時期の動きとしては遅すぎたと見ていた[9]日本テレビが四分の一の相当する3000万円を出資していたため[9]、日本テレビを中心とした下請け専門になるのではという予想もあった[9]渡哲也を引き抜くという噂もあったが[9]、いつの間にか立ち消えになり[9]、スターはヘタに動いて既存の映画会社にニラまれるような真似はしないだろうと見られた[9]。ただいい作品さえ作れば江守の関係で、東急レクリエーション配給を引き受ける可能性もあるのではという見方もあった[9]大川博東映社長は今田をずっと育ててきただけに[10]、東映を出て行った今田に対する怒りが抑えきれず、定例の昼食会で陪席の岡田茂常務と池田静雄取締役を労るような目で見て、「映画界全体に対して道義を知らぬ行為だ。少なくとも東映社員は一人も行かせない」などと今田をコキおろした[10][11]。江守はユニオン映画で日活再建に乗り出し、上手くいけば日活への復帰を目論んでいたとされるが[10]、日活は江守を呼び戻す気持ちはさらさらなかった[10]

日活の江守清樹郎の他、東映を退社していた今田智憲は有田の誘いで専務取締役に迎えられ[12]大映出身の竹内源三郎も東映を経て社長を務めるなど、映画会社の出資は受けていなかったが映画人が経営に参加。事業目的には劇場映画の製作も掲げられた[2][13]。その他、PR映画やビデオソフトも扱うとされていた[3]

歴史

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主要株主だった日本テレビからは、野崎一元(野崎元晴)が社長に[14][15]、松本紀彦[7]や小坂敬が専務を務め、日本テレビの番組を中心に制作していたが[2]、 2000年頃に株式売却により日本テレビとの資本関係を解消[16]。大株主の日本クラウンが第一興商の資本系列下に入り、ユニオン映画も第一興商グループ入りし、2004年3月現在には日本クラウンが15万1千株で筆頭株主、続いて第一興商が14万株、電通が4万株の株主構成に[17]、2009年には株主5名のうち、第一興商が29万株で筆頭株主に電通が4万株という構成で[18]、第一興商の子会社となった[19]

1970年代に人気になった作品には『気になる嫁さん』『パパと呼ばないで』『雑居時代』『気まぐれ天使』など石立鉄男主演の一連のホームコメディドラマ(石立ドラマシリーズ)や[20][21][22][23]、『俺たちの旅[24][25][26]、『ゆうひが丘の総理大臣』などの中村雅俊主演の青春ドラマがある。

また『子連れ狼』『伝七捕物帳』、火曜8時の里見浩太朗主演シリーズなど日本テレビの時代劇路線を担い[2][27]東映松竹など9社からなる時代劇コンテンツ推進協議会の一員となっている[28]。時代劇では、1985年の『忠臣蔵』に始まる大晦日放送の日本テレビ長時間時代劇(年末時代劇スペシャル)はNHKの『紅白歌合戦』に視聴率民放が一矢報いたとして大いに話題になった[29][30]

一方では『火曜サスペンス劇場』など現代劇も手掛けてきた[2]。フィルムによるテレビ映画などテレビドラマ制作を中心に据えていたが、徐々にスタジオVTR番組も増やして『笑点』『日曜ビッグスペシャル』『火曜ゴールデンワイド』などバラエティー番組の制作も手掛けている[2][7]

2021年2月からYouTube公式チャンネルの「フィルドラチャンネル」を運営開始した。フィルム撮影されたテレビドラマをフィルドラと命名し、ユニオン映画の旧作ドラマとオリジナルの新作コンテンツを配信している[31]

2024年3月1日付で、第一興商が保有している87.92%の株式が半導体・電子部品、音響機器及び測定装置などを扱う商社「タクミ商事」へ譲渡されたと同時に、ユニオン映画は第一興商グループから離脱した[32]

沿革

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  • 1970年2月設立
  • 2006年ネクスト・プロデュースを吸収合併

製作作品

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テレビドラマ

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日本テレビ

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ほか

TBS

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ほか

フジテレビ

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テレビ朝日

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ほか

テレビ東京

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ほか

関西テレビ

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ほか

読売テレビ

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ほか

※当時子会社のネクスト・プロデュース作品を含む

時代劇

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映画

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情報・バラエティ番組

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関連項目

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出典

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  1. ^ a b c ユニオン映画株式会社 第62期決算公告
  2. ^ a b c d e f 石井清司『全国テレビプロダクションベスト100社』東急エージェンシー出版部、2003年、p.483
  3. ^ a b c 「マスコミ・ジャーナル」『マスコミ市民 : ジャーナリストと市民を結ぶ情報誌』第35号、日本マスコミ市民会議、1970年3月1日、57頁、NDLJP:3463605/30 
  4. ^ a b c d 「映画界の動き」『キネマ旬報』1970年3月上旬号、キネマ旬報社、76頁。 
  5. ^ 「Projectionist's newsユニオン映画KK発足」『映写』全日本映写技術者連盟、1970年3月号、p.8 NDLJP:2336846/5
  6. ^ 「ユニオン映画社長有田一寿氏(交友抄)」『日本経済新聞』1986年9月6日付
  7. ^ a b c 日本テレビ放送網株式会社社史編纂室 編『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月28日、222頁。NDLJP:11954641/124 日本テレビ放送網株式会社社史編纂室 編『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月28日、406頁。NDLJP:11954641/220 
  8. ^ 板持隆『日活映画 興亡の80年』社団法人日本映画テレビプロデューサー協会、1999年、p.118
  9. ^ a b c d e f g h i j 「ウの目タカの目 その後が気になる最後の活動屋」『週刊文春』1970年2月23日号、文藝春秋、21頁。 
  10. ^ a b c d 井沢淳、高橋英一、鳥畑圭作、嶋地孝麿「映画・トピック・ジャーナル ユニオン映画に東映の反応度」『キネマ旬報』1970年3月上旬号、キネマ旬報社、56–57頁。 
  11. ^ 「映画界の動き 大川博東映社長映画界の状勢を語る」『キネマ旬報』1970年3月上旬号、キネマ旬報社、77頁。 
  12. ^ 大下英治『小説東映 映画三国志』徳間書店、1990年、pp.293、297
  13. ^ 安倍道典『昭和思い出の記 大映テレビ独立の記録』講談社出版サービスセンター、2005年、p.213
  14. ^ 志賀信夫『昭和テレビ放送史 上』早川書房、1990年、p.167
  15. ^ 能村庸一『実録テレビ時代劇史 ちゃんばらクロニクル1953-1998』東京新聞出版局、1999年、p.198
  16. ^ 2000年度【通期】決算短信(連結)添付資料 企業集団等の概況 11頁 日本テレビ公式サイト内 (2001年5月25日)2023年8月29日閲覧
  17. ^ 『会社総鑑 未上場会社版 下巻 2005』日本経済新聞社、p.6427
  18. ^ 『帝国データバンク会社年鑑 東日本 2010年90版』p.1997
  19. ^ 決算のご報告 ECHO発行 - 第一興商 第一興商公式サイト内 2013年9月30日
  20. ^ 杉田かおる松木ひろし「石立鉄男を語ろう」『週刊現代』2012年8月16日号、p.160
  21. ^ 対談泉麻人、上滝徹也「僕らが好きなあのドラマ」『週刊現代』2011年7月16日・23日合併号、p.173
  22. ^ 『テレビ夢50年 番組編4 1981-1988』日本テレビ放送網、2004年、p.72
  23. ^ 日本テレビ放送網株式会社社史編纂室 編『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月28日、233頁。NDLJP:11954641/129 
  24. ^ 読売新聞芸能部『テレビ番組の40年』日本放送出版協会、1994年、pp.183-186
  25. ^ 岡田晋吉『青春ドラマ夢伝説 あるプロデューサーのテレビ青春日誌』日本テレビ放送網、2003年、p.134
  26. ^ 『TV青春白書 僕たちの卒業アルバム』東京ニュース通信社、1995年、p.186
  27. ^ 能村庸一『実録テレビ時代劇史 ちゃんばらクロニクル1953-1998』東京新聞出版局、1999年、p.434
  28. ^ 『CSTVチャンネル大研究』アスペクト、1998年、p.28
  29. ^ 能村庸一『実録テレビ時代劇史 ちゃんばらクロニクル1953-1998』東京新聞出版局、1999年、pp.304-306
  30. ^ 岩佐陽一、大久保一光構成・執筆『日テレドラマ半世紀』日本テレビ、2005年、p.218
  31. ^ フィルドラチャンネル概要 2023年8月28日閲覧
  32. ^ 連結子会社の異動(株式譲渡)に関するお知らせ第一興商 2024年1月29日
  33. ^ めくらのお市 - ドラマ詳細データ -”. テレビドラマデータベース. 2018年9月7日閲覧。
  34. ^ 監督石井輝男 Official Web Site テレビ作品”. www.ishiipro.com. 2018年9月7日閲覧。
  35. ^ アイアンガール ULTIMATE WEAPON 公式HP

外部リンク

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