大月市
| おおつきし 大月市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方、甲信越地方 | ||||
| 都道府県 | 山梨県 | ||||
| 市町村コード | 19206-6 | ||||
| 法人番号 |
8000020192066 | ||||
| 面積 |
280.25km2 | ||||
| 総人口 |
23,128人 [編集] (推計人口、2019年10月1日) | ||||
| 人口密度 | 82.5人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 上野原市、都留市、甲州市、笛吹市、南都留郡富士河口湖町、北都留郡小菅村 | ||||
| 市の木 | 八重桜 | ||||
| 市の花 | 山ゆり | ||||
| 大月市役所 | |||||
| 市長 | 小林信保 | ||||
| 所在地 |
〒401-8601 山梨県大月市大月二丁目6番20号 北緯35度36分38秒東経138度56分24秒座標: 北緯35度36分38秒 東経138度56分24秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
大月市(おおつきし)は、山梨県東部の郡内地方に位置する市である。
目次
地理[編集]
県東部に位置しており、東京都心からは約80kmの距離にある関東大都市圏の都市である。市域面積は広大で、郡内地方は秩父山地や御坂山地、丹沢山地などに属する山間部にあり、市街地は南部を東流する桂川(相模川)や支流の笹子川、葛野川などに沿って急峻な山と深い渓谷に挟まれた平坦地に形成されている。北部は山岳地帯。市街中心地は大月駅周辺の南部に集中しており、この付近に中央自動車道、中央本線、国道20号(甲州街道)が東西に通り、南北を国道139号が通じる。また、富士吉田市方面に通じる富士急行大月線等も通じる。1981年から2010年までの平年値による年平均気温は13.0℃、年降水量は1406.5mm[1]。
梁川町、富浜町、猿橋町、七保町、賑岡町、大月町、初狩町、笹子町の地域区分がある。
隣接している自治体[編集]
歴史[編集]
先史・古代[編集]
郡内地方は相模川水系をはじめとする河川の河岸段丘上に多くの考古遺跡が散在し、市域でも縄文時代の遺跡は80か所以上が確認されており、定住痕跡もみられる。郡内では平坦地に乏しいため縄文後晩期には遺跡数が減少し、弥生時代以降の遺跡は極めて少ない。
律令制下には都留郡福地郷・征茂郷に比定されている。奈良・平安時代の遺跡では大月遺跡、原田遺跡、太田ヶ原遺跡などがあり、古墳時代から継続的に集落が営まれてきた。また、笹子川流域においては甲府盆地東端との交流も考えられている。
中世[編集]
市域西部の波加利荘は平安時代に武蔵七党横山党の分流古郡氏の旧領で、鎌倉時代の建暦3年(1213年)に古郡氏が和田合戦に荷担して滅亡した後には宣陽門院領となり、武田氏や島津氏が地頭となっている。
戦国期に郡内領主として出現する小山田氏が都留市域に本拠を構え、大月市域でも郷村支配が確認されている。岩殿山は修験者からの信仰を集めた霊山で、小山田氏や国中地方の武田氏、江戸期には谷村藩主秋元氏らの保護をうけた円通寺があった。
市域東部の猿橋は百済の渡来人が架橋した伝説を伝え日本三奇橋の一つに数えられているが、交通の要衝でもある付近の地域呼称でもあった。『鎌倉大草紙』に拠れば、応永34年には関東公方の足利持氏が武田信長追討のために一色持家を派遣し、猿橋の地で合戦が行われたという。また、戦国時代には大永4年(1524年)に武田信虎が猿橋を拠点に相模国奥三方(神奈川県津久井郡)まで出陣して北条氏綱と戦っている。郡内領主の小山田氏は武田に服属し、岩殿山に岩殿山城を築いている。
近世・近現代[編集]
江戸時代には甲州街道の宿場が整備され、街道の45の宿場のうち12宿が現在の大月市内にあった。江戸からの往来が盛んとなり、奇橋猿橋は荻生徂徠『峡中紀行』や歌川広重などの旅行者によって紹介された。山間部である郡内の特徴として田地は少なく、市域の生業は焼畑による畑作のほか宿場での駄賃稼ぎや林業などの山稼ぎや養蚕、農間余業として郡内織と呼ばれる織物生産を行い、谷村や上野原の市場へ出荷していた。
第二次世界大戦後期は日本を空襲するB-29が富士山から東京空襲のため東に向かう経路にあることから、陸軍の防空監視哨が複数設けられた。1945年8月13日、終戦の2日前に市内の工場への空襲があり勤労動員されていた生徒らが被害を受けた。
織物産業は戦後一時期まで基幹産業であったが、現在では衰退している。市内に勤務先は乏しく交通機関の整備により東京圏に汲み込まれ、勤労者の多くが東京都多摩地域の企業などに通勤している。ただし2000年頃から長期不況による都心回帰現象により通勤者及び人口は減少しつつある。
行政区画の変遷[編集]
人口[編集]
| 大月市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 大月市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 大月市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
![]() ► 大月市(に相当する地域)の人口の推移 | |
| 総務省統計局 国勢調査より | |
地域[編集]
現行行政町名等[編集]
大月市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
| 町名 | 町名の読み | 設置年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施直前の町名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 笹子町黒野田 | ささごまちくろのだ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 笹子町白野 | ささごまちしらの | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 笹子町吉久保 | ささごまちよしくぼ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 初狩町下初狩 | はつかりまちしもはつかり | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 初狩町中初狩 | はつかりまちなかはつかり | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 大月一〜三丁目 | おおつき | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 大月町大字大月、大月町大字駒橋の各一部 | |
| 駒橋一〜三丁目 | こまはし | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 大月町大字駒橋、大月町大字大月の各一部 | |
| 御太刀一・二丁目 | みたち | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 大月町大字駒橋、大月町大字大月の各一部 | |
| 大月町大月 | おおつきまちおおつき | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 大月町駒橋 | おおつきまちこまはし | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 大月町花咲 | おおつきまちはなさき | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 大月町真木 | おおつきまちまぎ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 賑岡町浅利 | にぎおかまちあさり | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 賑岡町岩殿 | にぎおかまちいわどの | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 賑岡町奥山 | にぎおかまちおくやま | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 賑岡町強瀬 | にぎおかまちこわぜ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 賑岡町畑倉 | にぎおかまちはたぐら | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 賑岡町ゆりケ丘 | にぎおかまちゆりがおか | 未実施 | 町名地番整理実施区域 | ||
| 七保町浅川 | ななほまちあさかわ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 七保町葛野 | ななほまちかずの | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 七保町駒宮 | ななほまちこまみや | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 七保町下和田 | ななほまちしもわだ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 七保町瀬戸 | ななほまちせと | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 七保町奈良子 | ななほまちならご | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 七保町林 | ななほまちはやし | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 猿橋町朝日小沢 | さるはしまちあさひおざわ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 猿橋町伊良原 | さるはしまちいらばら | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 猿橋町小沢 | さるはしまちおざわ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 猿橋町小篠 | さるはしまちおしの | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 猿橋町桂台一〜三丁目 | さるはしまちかつらだい | 未実施 | 町名地番整理実施区域 | ||
| 猿橋町猿橋 | さるはしまちさるはし | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 猿橋町殿上 | さるはしまちとのうえ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 猿橋町藤崎 | さるはしまちふじさき | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 富浜町鳥沢 | とみはままちとりさわ | 1954年9月8日 | 未実施 | ||
| 富浜町宮谷 | とみはままちみやたに | 1954年9月8日 | 未実施 | ||
| 梁川町新倉 | やながわまちあらくら | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 梁川町塩瀬 | やながわまちしおぜ | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 梁川町立野 | やながわまちたちの | 1954年8月8日 | 未実施 | ||
| 梁川町綱の上 | やながわまちつなのうえ | 1954年8月8日 | 未実施 |
郵便[編集]
郵便番号
郵便局
電話番号[編集]
市外局番
- 0554-xx - 大月MA(上野原市、大月市、都留市、道志村)
行政[編集]
観光[編集]
JR東日本中央本線は東京駅からの直通電車があり、中央自動車道の大月インターチェンジがある等、東京方面からの交通の便が良く、本格的な自然、甲州街道沿いの歴史文化や富士山の眺望などを特徴としている。一方、富士五湖地域や観光果樹園などが多い峡東地域に比べると観光の魅力が弱く、これらの観光地への通過地となっているという指摘もなされている[3]。
歴史的建造物[編集]
- 宮谷白山遺跡 - 縄文時代中期のものと考えられる竪穴住居跡。
- 鎌田氏館跡 - 鎌田兵衛尉の屋敷跡
- 猿橋 - 日本三奇橋の一つ。付近の桂川とともに名勝指定。
- 八ツ沢発電所一号水路橋 - 水路橋を含む発電施設が国の重要文化財に指定。
- 星野家住宅 - 旧宿場町の下花咲の本陣跡。国の重要文化財に指定。
- 旧今井医院 - 大正初期の洋風建築。国の登録有形文化財。
- 笹子隧道 - 国の登録有形文化財。
- 岩殿山城 - 岩殿山ふれあいの館。県指定史跡。
観光施設[編集]
温泉[編集]
- 真木温泉
無形文化財[編集]
- 追分の人形芝居 - 笹子峠のふもと、新田地区に18世紀の頃より受け継がれてきた人形浄瑠璃芝居。
- 笹子餅-みどりや(初狩)
- 猿橋饅頭-猿橋で売っている白餡饅頭。
- にごみ-大月で売っているうどんに白味噌と大根と油揚げで煮込んだもの。
登山・ハイキング[編集]
教育[編集]
市内の小中学校は小規模校が多く、児童数減少で複式学級化も予測されたため、2006年6月に小学校5校、中学校2校への統合計画が作成され[4]、2016年までに統合を完了した。
短期大学[編集]
- 大月市立大月短期大学
高等学校[編集]
中学校[編集]
市立
- 大月市立大月東中学校
- 大月市立猿橋中学校
小学校[編集]
市立
- 大月市立大月東小学校
- 大月市立猿橋小学校
- 大月市立鳥沢小学校
- 大月市立七保小学校
- 大月市立初狩小学校
交通[編集]
鉄道[編集]
路線バス[編集]
道路[編集]
著名な出身者[編集]
- 小林宏治 - 元・日本電気株式会社代表取締役会長
- 天野建 - 元・山梨県知事
- 白籏史朗 - 山岳写真家
- 矢頭高雄 - 元・プロ野球選手
- 西村一孔 - 元・プロ野球選手
- 西村公一 - 元・プロ野球選手
- 小林多門 - 元・衆議院議員
- 泉守紀 - 元・沖縄県知事
- 石井由己雄 - 大月市長
- 小林信保 - 大月市長
- 村上雅則 - 元・プロ野球選手。日本人初のメジャーリーガー
- 三遊亭小遊三 - 落語家。『笑点』レギュラーメンバー
- 林家正雀 - 落語家
- 小林雅英 - 元・プロ野球選手
- 富田智美 - 元山梨放送アナウンサー
- 平井昌平 - 旧広里村出身、大日本帝国海軍少将
方言[編集]
大月などの郡内方言は、西関東方言のエリアになるが、アとエの中間のような発音に置き換えられるものがある。(例)泣いている→にゃーてる。これは、静岡弁の影響が強いという説がある。 また、「食べるら?(食べるでしょ)」「もう行くら?(もう行くでしょ)」と語尾に「ら」をつけることも多い。これは長野・山梨・静岡方言(ナヤシ方言)で広く用いられる話法でもある。
脚注[編集]
- ^ 平年値(年・月ごとの値) 気象庁、2018年1月20日閲覧
- ^ 大月市 今後の選挙
- ^ 平成21年大月市観光振興計画 - 大月市公式サイト内
- ^ 大月市立小・中学校適正配置審議会答申
外部リンク[編集]
- 大月市ホームページ
- 大月市観光協会WEBサイト
大月市に関連する地理データ - オープンストリートマップ
| 甲州市 | 北都留郡小菅村 | |||
| 笛吹市 | 上野原市 | |||
| 南都留郡富士河口湖町 | 都留市 |
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