杉田かおる

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すぎた かおる
杉田 かおる
本名 橋本 薫(はしもと かおる)(結婚前本名)
結婚後本名は非公表
生年月日 1964年11月27日(51歳)
出生地 日本の旗 日本 福岡県[要出典]
身長 157 cm
血液型 B型
職業 女優歌手
ジャンル テレビドラマ、映画
活動期間 1972年 -
配偶者 鮎川純太2005年1月 - 8月)
一般男性(2013年12月 - )
事務所 オラクル企画
公式サイト 公式サイト
主な作品
テレビドラマ
パパと呼ばないで
雑居時代
ウルトラマンレオ
3年B組金八先生
池中玄太80キロ
積木くずし』<2005年版>
映画
青春の門
バラエティー番組
ロンドンハーツ

杉田 かおる(すぎた かおる、1964年11月27日 - )は、日本女優(元・子役)、タレントである。結婚前本名、橋本 薫(はしもと かおる)。所属事務所はオラクル企画[1]

福岡県生まれの東京都新宿区出身[要出典]明星学園高等学校中退→日本放送協会学園高等学校(NHK学園高等学校)卒業。元女優で実業家白都真理は従姉にあたる[2]左利き

人物・略歴[編集]

東京新宿に生まれ、2歳の頃に母の実家がある福岡へ転居、5歳の時に再び東京・杉並へ転居して育つ。テレビが大好きな「テレビっ子」で、初めて発した言葉はアニメ『オバケのQ太郎』の「Qちゃん」だったという。幼稚園で泣かされているようなやや引っ込み思案な子供だったことから、対人関係の改善も考えて西荻窪の劇団に入団、ピアノや歌、踊りなどを習う[3]

1972年に舞台『春の坂道』で子役としてデビュー[4]。7歳時に初めてテレビドラマで台詞のある役をもらった『パパと呼ばないで』で「チー坊」役を演じて「天才子役」と謳われる[3]

1975年には『ウルトラマンレオ』第4クールに美山あゆみ役で出演。第31話にも別役でゲスト出演している。

13歳にして借金300万円を背負う[要出典]。借金を返済するため新しい事務所に入って借金を立て替えてもらい、女優業を再開。1979年から1980年には『3年B組金八先生』(第1シリーズ)にて妊娠する中学生を演じて話題に。

1980年には『池中玄太80キロ』に出演し、三度話題を集める(ちなみにドラマも大ヒット)。そして挿入歌として歌った「鳥の詩(とりのうた)」をリリースしたところ、こちらもヒット。しかし、月給13万円のままで不満を持っていた杉田は事務所を出奔(事務所に買ってもらったマンションのローン約2000万円を背負うことになる)。

新たに借金を背負った杉田は再び独立し、写真集のグラビアモデルを皮切りにギャラをアップさせることに成功。残ったマンションを売却した資金で不動産の転売を続け、借金を返済した。

1981年に映画『青春の門』でスクリーンデビュー、翌1982年には『青春の門(自立編)』でヌードを披露。

26歳の時、父親の連帯保証人で、また借金1億円を背負う。大半の財産を失い「残った全財産は小銭入れの中の800円だけだった」という。さらに仕事も激減し、どん底に陥った。

1995年、当時普及し始めていたインターネットにいち早く着目、芸能界中でも早い段階で自身のホームページを開設するだけではなく、対談等で知り合った人にも開設を勧めた(秋沢淳子は、ホームページ開設時に「杉田さんに勧められて」と開設動機を掲載していた)。

1998年篠山紀信撮影による自身初のヘアヌード写真集「女優ごっこ」を出版。17歳時に撮影したヌード写真と34歳を迎えるに当たって撮り下ろしたヘアヌード写真で話題を呼んだ。

2000年頃からは、それまでほとんど出演しなかったバラエティー番組に進出。『わらいのじかん』などに出演し、毒舌キャラが人気となり、ブレイク。無頼派タレントの異名を取るようになり、出演番組も激増する。

2004年7月14日にかつてヒットした「鳥の詩」をポニーキャニオンから再リリース。オリコンチャート(週間)では初登場40位だった。ジャケットは、杉田のマネージャーを務める実妹によるデザイン。この時の印税は、現時点で7300円だったことをダウンタウンDXにて告白。

2004年8月21日 - 8月22日に放送の日本テレビ「24時間テレビ」で24時間チャリティーマラソンに挑戦。女性としては2001年研ナオコ2002年西村知美2003年山田花子に次いで4人目だった。番組開始が15分遅れたため、20時5分のスタートとなったが、見事100kmを完走した。記録は25時間15分。

2005年1月11日に、日産コンツェルン創始者・鮎川義介の孫である鮎川純太(テクノベンチャー会長兼社長)と結婚、1月13日にマスコミ各社にFAXで発表した。これをワイドショーは「セレブ婚」と騒ぎ立てたが、結婚生活は順調とはいかず、同年6月30日に夫が離婚を決意したと報じられた。杉田は「離婚は誤報」と生放送で語ったが、2005年7月25日に関西のローカル番組で、芸能ジャーナリストの井上公造が鮎川が家庭裁判所に離婚調停を申し立てたことを暴露する。結局、結婚から7ヵ月後の2005年8月11日に離婚。

なお、杉田との離婚騒動の際に、杉田が関西テレビの「たかじん胸いっぱい」に出演して鮎川との結婚生活等を赤裸々に語ったことに関し、鮎川が「関西テレビのバラエティー番組の内容によって名誉・プライバシー権の侵害を受けた」として放送倫理・番組向上機構の人権委員会に訂正放送や謝罪などの人権救済の措置を申し立てた。委員会は検討の結果、杉田の発言が人権侵害に該当すると認定し、「おもしろ可笑しさ」のみを編集の際優先し、放送させた関西テレビに名誉・プライバシー侵害の責任があるとした。これにより関西テレビは、人権委員会の処分では最も重い「勧告」の処分を受けることとなった。これにより、みのもんたは杉田と、やしきたかじんの番組を批判した。

2005年頃からは再び女優としても活動。

杉田かおる自身の借金については、テレビ朝日系バラエティ番組『愛のエプロン』内で完済したと語っていた。

両親が離婚しているため、本名の橋本姓は母親の姓である。

2006年11月23日に『ザ・ワイド』生放送中の日本テレビのスタジオに乱入。司会の草野仁を殴ろうとしたがマッチョな体型を見たためやる気をなくし結果未遂に終わっている。

お酒を愛してやまないが、その代わり健康的な食生活を家族ともども心がけている。

40代に入り、体型や体調が気になるようになり、「45歳までに痩せて、美しいアラフィフになろう」と決意。生活習慣をあらため、2009年1月から3月までの70日間で-10kgの毒だしダイエットに成功した。このダイエットの効果で体調も改善し、糖尿病予備軍からも脱出。冷え性や頭痛にも悩んでいたが解消し、性格も穏やかになった。またその絡みで、自然農法に興味を抱くようになった。

2010年12月、12年ぶりにヘアヌード写真集を発売することが明らかになった[5]

母親は福岡県出身で、杉田自身も里帰り出産で生まれたという。2011年東日本大震災後は、自然農法に絡んで知り合った知人の紹介もあって、6月頃から生活の拠点を一時的に福岡に移して東京へは仕事のたびに通う暮らしをしている。そのためか、福岡の民放での仕事が増えている。

2013年、建築関係の博士号を持つ会社員で6歳年下の一般男性と半年の交際期間を経て年末に12月26日[要出典]再婚[6][7]。療養中の実母と夫と3人で神奈川湘南に住み、畑で農作物を育てながら生活しつつ、女優業にも意欲を示している[7][8]

バラエティでのエピソード[編集]

ロンドンハーツ[編集]

「格付けしあう女たち」で、青田典子が「今すぐその元カレの電話番号を教えて。今すぐ電話をかけるから」と言ったことを暴露したが、覚えていないらしい。さらに、ロンドンブーツ1号2号田村淳が、「杉田さんは酔っ払うと凄い。男の人に“あんたとねぇ、SEXしたい。11月2日空いてるわ。この日にしましょう”と言った」と暴露したが、本人は全く覚えていない。他にも日本テレビの深夜番組にて、偶然新幹線で出会った男とその日のうちにホテル街へ消えたことをみずから明らかにした。最近では2006年9月25日に50代で妻子ある男性と路上でキスをしたり派手に痴話ケンカをした末、ラブホテルに入っていく姿を写真週刊誌に取られた。その後に開かれた記者会見の中で「お城みたいな建物だったのでついつい入ってしまった」「嫌いな人間に対して激しくキスしてしまう」「ラブホテルの中では相手は服を脱いだが、自分は服を脱いでいない」などと発言した。また同番組ではたびたび「組織」なるものと戦っていると述べている。また同番組2007年4月24日放送の「格付けしあう女たち」で、「付き合っても結婚の対象にならない女」で見事1位をとったときの一般男性のアンケートに「彼女は魔王だ」というコメントが紹介されて以来、同コーナーでは「魔王」で通っている。

しかし、ドラマ「魔王」が放送される大分前から「魔王」と呼ばれていたのに、「一切『魔王』からオファーが来ない」と嘆いていた。結局彼女は「魔王」に出演することはなかった。

あびる優とは、何度も抗争を繰り広げ、2004年には番組の楽屋で掴み合いをしたことが報じられるなど、何度も週刊誌を賑わせたこともある。しかし、現在では和解しているようで、一緒に食事に行くこともあるという。

セレブ婚で、番組を卒業する時の格付けテーマ「こんな女になりたくない」では、第8位とセレブ効果でかなりいい結果になったが、次のテーマ「お風呂に変なモノが浮いてそうな女」ではワースト1位をとり、ヨゴレな結果となったが、本人はかなり喜び、「ヨゴレは永遠です」とコメントを残した。

格付けでのイメージは相当悪く、ワースト1が13回、Wパンチが3回と、格付け出場者の中ではワースト1もWパンチも最も多い。また、全出演者の中で唯一、ワースト1を10回以上も経験し、格付け初のテーマ「実は脱いだらスゴそうな女」では格付け初のワースト1をとり、「同じ下着を3日着けてても平気そうな女」は、格付け初のWパンチを獲得した。さらに、ベスト1位も格付け出演歴が6年間なのに、「社長100人に聞いた すぐ愛人になりそうな女」の1回だけ。

また、青田典子には「あなたはアラブの石油王と結婚した方がいいわよ。」と言い、あびる優には「私が出資してあげるからあなたはクラブのママになりなさい。」という謎のアドバイスを送ったことがある。

ロンドンハーツではかなり破天荒だが、特技披露の企画では、長台詞を瞬時に覚え演技して、女優としての実力と貫禄を証明した。

愛のエプロン[編集]

常連出演者で57回も出演しているのだが料理はほぼ毎回失敗している。結婚を機に一時番組を降りていたものの離婚したという事情もあり、2005年8月24日の放送分から復帰したが初登場から現在まで同番組内でのエピソードは事欠かない。しかし、まれに見事な料理を作り、数回ほど中エプをとったことがある。また、改編期の総集編では、ワーストエプロン大賞候補に入っているものの、ワーストエプロン大賞は一度も取ったことはない。

[例]

  • 初登場は2000年11月。鶏の骨が付いたままの「唐揚げ」を作ったが、山崎邦正に骨が付いたままのことを指摘されて、「鶏に骨がなかったらなんなのよ!?」と逆切れ。デビュー作はいきなり愛のバケツ行き(どうしても我慢できず、吐きに行くこと)となってしまった。しかも、この回付き合っている人がいると告白したが、すぐ次の回で「ほかに6人も女がいて、しかも男も好きだった」ため、破局したことも告白した。
  • また、2002年には「あんこう鍋」を作ったのだが、あんこうの胃袋をそのまま煮込み、中から魚の頭やイカが出てきた。当然結果は、全出演者中最下位になってしまった。
  • 2002年と2003年のお正月スペシャルでは、最下位という不名誉な結果を2年連続で達成させた。
  • 復帰第1回の料理はドジョウを使った「柳川鍋」と「唐揚げ」だったが、拙い物で、細川茂樹らをエチケットタイム行きにしている。細川からは「回し蹴りに対抗してライダーキックをかます!」(細川は同年に仮面ライダー響鬼を演じており、杉田は元夫に六本木ヒルズで回し蹴りを与えていた。)と怒りをぶちまけ、それを聞くや「そうきたか…」と愕然としていた。
  • 杉田の母と共に同番組で親子で出演し料理を作ったが、母も料理がへたで娘と同様の評価を受けてしまい、後日娘と共に同番組の企画で料理修行の旅へ行かされた。
  • 2006年3月15日の放送に出演した片岡鶴太郎ブログには、料理がすさまじいと書かれていた。ランキングには多岐川華子と最下位に並んだ。
  • その次の回では、「カレー南蛮うどん」を作ったが、カレーうどんが好きだった男に嫌なことをされたことがあったため、その時の恨みが出てしまったせいか、食べた人はみんなとり憑かれたのように苦しんだ。
  • 2007年のお正月スペシャルでは、うなぎを動かなくなるまで足で踏みつけたことがある。
  • 2007年3月21日の放送では「何故初出場から数年経った今でも料理が上達しないのか?」を検証するため、杉田の自宅のキッチンと冷蔵庫がVTRで初めて公開された。しかし冷蔵庫の中は、「味噌」がいっぱい入っており、野菜室には泥つきレンコンとゴミが入っており、冷凍庫には大量のお茶が入っていた。
  • しかし2007年5月2日の放送では「たこの唐揚げ」と「たこ飯」を作ったのだが奇跡が起こり、神田川俊郎も「見直した!!」と言われるほどの美味しい料理を作り、95点を叩き出しこの日の大会のトップ賞に輝いた。
  • 深夜放送時代に、まったく下処理をしていない金目鯛を、大量の赤ワインで豪快に煮込んだ「ブイヤベース」を食べたピーターが、スープを口に入れてすぐにおもいっきり噴出したシーンは、何度も伝説として総集編で取り上げられている。
  • 深夜に放送されていた頃は、3回上エプを取った事がある。

その他の番組[編集]

2007年4月に放送された『オリキュン』ではFBIのコーナーに登場し、自身の武勇伝を暴露された。その内容で「授業中にいいちこを飲む。スゴイ、職員室で大宴会。」というものがあり、その話がどういうものなのかを聞いたところ、「放送に適さない話が披露されたため、割愛させていただきます。」とカットされた。又、直後の「ロケで切れてスタッフ殴る。すごい、局の玄関が血の海に。」という話でもところどころにズキューン(所謂隠し音)が入っていた。

明石家さんちゃんねる』で「現在、生きている日本人で天才だと思う人は誰ですか」と問われ、「大江健三郎」の名を挙げている。

ドラえもん』のことをあまり知らない。『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』の「ドラえもん大好き芸人」で「ドラえもんの体はお風呂に入らなくても、ホコリが付かない体になっている。」と聞いて、「安上がり!」と、いうなんとも現実的なコメントを残した。

同じく子役出身の女優、安達祐実は『行列のできる法律相談所』の「憧れの人特集」で杉田の名前を挙げた。安達曰く、杉田のバラエティ番組での女優とは思えない芸人顔負けの振る舞いを見て当初は良い印象を持っていなかったが、テレビドラマ積木くずし真相 〜あの家族、その後の悲劇〜』で共演して杉田の圧倒的な演技力に感動し、以降は尊敬するようになった。安達は杉田を「別の次元にいらっしゃる方。演技が神がかり的」と評している。この放送回で杉田はVTR出演し、安達に「私を賞賛してくれる人には文豪の娘さんだとか、政治家の息子さんだとか偉人が多い。安達さんもきっとそう」と逆に賞賛の言葉を送り、安達を喜ばせた[9]

石立鉄男は晩年のバラエティー番組への出演にも消極的だったが、杉田が「(杉田と)セットが条件でどうか」と出演交渉すると「俺が承諾すれば、お前(杉田)は出れるんだな?」と言って出演していた。

本まで出版してダイエットを行ったきっかけは、『情報ライブ ミヤネ屋』が行ったアンケート「なりたくないアラフォー」で杉田が選ばれた際、出された杉田の似顔絵が二重顎に描かれており、実際に杉田がテレビでその似顔絵を見た事から。これによって自分を客観的に見る事となり、ダイエットを決意する。その事は本を出版した際にミヤネ屋にVTR出演、この事を語っている。

ロンドンハーツ』で、セックスでは「自分はSなのでM男が好きで、複数プレイもOK」と述べた。

ワイドナショー』で清原和博逮捕の週に出演し、怒りで多くを語れない状態だった松本人志に司会の東野幸治が困惑している中で、視聴者と長年の芸歴の経験の両方の立場から冷静に発言し、その場を収めた。また、その回で介護問題に触れた際には、自らの母親が障害者1級と介護保険で介護をしており、介護の現状について実体験者として厳しい現実であることを訴えた。途中で狩野英孝の三角関係問題で、全員が興味のない話題だったが、唯一真剣に話題を広げようと努力すると、周囲からなだめられる一幕もあった。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ番組[編集]

レギュラー
準レギュラー
不定期
過去の出演番組

歌番組[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

声優[編集]

ナレーション[編集]

アニメ[編集]

洋画・海外ドラマ(日本語吹替)[編集]

CM[編集]

ディスコグラフィー[編集]

子役時代から何枚かレコードを発売していたが、オリコン週間チャートの100位以内にランクインしたのは「鳥の詩」とその再発盤だけである。

シングル[編集]

  1. 見ちゃった 聞いちゃった/雨だれピンポン (1973年5月25日)
  2. なぜ なぜ なぜ?/赤ちゃん 赤ちゃん (1973年)
  3. 小犬が死んだ/この猫 どこの猫 (1973年)
  4. 宿題 (1974年)
  5. シドロ アンド モドロ/ねむりの森の詩 (1976年3月5日)
  6. 手のひらを太陽に/太陽はお医者さん (1977年3月5日)
  7. しあわせ色をあなたに/夏しぐれ (1978年7月25日)
  8. 十三月の旅/落葉の窓 (1978年11月25日)
  9. しあわせ季節/ハリケーン野郎 (1980年)
  10. 鳥の詩/みかん (1981年6月21日)
  11. ある晴れた日に/17歳のため息 (1982年7月)
  12. 鳥の詩 (2004年7月14日)

アルバム[編集]

  1. 歌おう! たのしい仲間たち (1974年)
  2. 0歳から99歳までの童謡 (1976年)
  3. 鳥の詩 (1981年)

書籍[編集]

写真集[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 杉田かおる公式ホームページ
  2. ^ 2012年9月7日放送分『爆報! THE フライデー』「女優たちの闘病記SP」白都真理の紹介より。
  3. ^ a b 石塚孝志 (2016年3月30日). “私だけの東京・2020に語り継ぐ 女優・杉田かおるさん 堀切駅から運命始まった”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/articles/20160330/dde/012/040/054000c 2016年8月27日閲覧。 
  4. ^ 杉田 かおる”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2016年8月27日閲覧。
  5. ^ 杉田かおる、ヘアヌード写真集発売決定!一糸まとわぬ40代究極の美ヌード解禁!”. シネマトゥデイ (2010年11月12日). 2015年6月8日閲覧。
  6. ^ “杉田かおる 再婚相手は年下会社員”. デイリースポーツ online. (2013年12月28日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/12/28/0006602024.shtml 2016年8月27日閲覧。 
  7. ^ a b “杉田かおる 再婚相手は博士だった 「頭良くて変態。年下のすごいイケメンで理想」”. デイリースポーツ online. (2016年8月21日). http://www.daily.co.jp/gossip/2016/08/21/0009411720.shtml 2016年8月27日閲覧。 
  8. ^ “杉田かおる 再婚相手は元カレの紹介”. デイリースポーツ online. (2014年5月16日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/05/16/0006964339.shtml 
  9. ^ 2009年5月10日放送回『行列のできる法律相談所』出演時に発言
  10. ^ ニャンニャン事件の影響で降板した高部知子の代役
  11. ^ 安田顕主演作『俳優 亀岡拓次』に麻生久美子、新井浩文らが出演”. ORICON STYLE (2015年9月28日). 2015年9月28日閲覧。

外部リンク[編集]